第百二十三話 帰宅準備 後編
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。少し短いですが楽しんでもらえたら幸いです。
『帰宅準備 後編』
パフェがお腹を押さえ苦しそうに呻いている頃、ユウヒと分かれたクマは薪割り施設を訪れていた。
「クマさん、行ってしまわれるのですね」
「あぁまぁ、そろそろ帰らないとな、いくら有給が余ってるからって限りがあるからな」
クマがハラリアで仲良くなった獣人と言えば、魔法を教えてもらったネシュ族の他には熊人族ぐらいなものなので、ハラリアで力仕事を請け負っている熊人族を捜して薪割り場までやって来たの様である。そんなクマは、明日帰ることを熊人族の女性に伝えると、思った以上に寂しそうな表情を浮かべる彼女達を見て困った様に頭を掻いていた。
「寂しいです・・・」
「あはは、機会があればまた来るさ」
「・・・」
じりっと一歩近づき寂しそうに呟く女性の円らな瞳を見詰めたクマは、乾いた笑いを洩らしながら一歩後退る。しかしその一歩は彼女の更なる一歩で詰められさらに無言で見上げられ、その瞳はクマの良心を責めているかのようであった。
「ったく重い娘だねぇ」
「何よ!」
思わず生唾を飲み込んだクマが口を開くより少し早く、気風の良い言葉遣いの熊人族女性が詰め寄っていた女性の頭を掴みクマから引き離す。その乱暴な扱いにうめき声を洩らした女性は頭にのせられた手を払うと、気風の良い女性と口喧嘩を始める。
「ねぇえ? クマ君このままここに住まない? お姉さんが養ってあげるから」
「なな、何ですって!?」
「ちょっと抜け駆けしないでよ、クマくんそいつより私の方が絶対良いからね?」
二人の女性が喧嘩を始めた隙に逃げようと一歩下がったクマであったが、その退路はすぐに色気を感じる声の熊人族女性に腕を掴まれ絶たれてしまう。声だけならゾクゾクしそうになるクマであるが、声の聞こえる方にはやはりどこか縫い包みの様な可愛さのある熊顔しかなく、その姿を目にするとすぐに昂った感情も萎え、反対の腕を女性の胸に抱かれても困惑しかできない様だ。
「ちょっと!!」
「あ、ははは・・・」
どこかの大岡捌きの如く引っ張られ、乾いた笑いを洩らすクマに何者かの大きな影が近づき、その陰に気が付いたクマが背後に首を向けた瞬間、彼の肩は大きく毛深い腕に掴まれる。
「てめぇ粋がるのも「グッジョブ友よ!」は?」
クマが大きな手によって力強く引っ張られた拍子に、驚いた女性たちは思わずクマの拘束を緩めてしまう。逃げる隙を窺っていたクマは目を細めると即座に体を捻る様なステップで一歩下がり、
「ファイナルお友達スケープゴォォォオトゥオ!」
「は?」
合気道の要領で肩を掴む大きく毛深い腕を引っ張って、気合いの籠ったお礼の言葉と共に毛深い腕を女性陣に向けて放す。
『え? きゃあああっ!?』
その毛深く大きな腕の持ち主とは、熊人族女性に好意を寄せられるクマに嫉妬する熊人族男性であった。文字に起こすと実に読み辛い関係性ではあるが、一方的にクマから友と呼ばれた熊人族男性は、気の抜けた声を残しその大きな体を女性陣に向かって放り投げられ、飛び掛かってくるように見える男性の巨体に悲鳴を上げる女性達。
「すまぬ友よ! そしてさらばケモっ子娘たちよ! また会う日までー!」
「うほっ流石だ兄弟!」
どこかの物語の主人公達よろしく、ラッキースケベを発揮した熊人族男性は、その両手と体全体で女性たちの柔らかさを堪能すると、急いで逃げ去るクマに初めて友情を感じ鼻の下を伸ばす。
「どこ触ってんのよ!」
「ゲブラ!?」
しかしそんな状態でいつまでも害がないなどあり得るわけもなく、気風の良い女性は動き辛い体勢で無理やり体を動かし男性の顔を殴り、男性は変な声を洩らし起き上がった上体を安定させるために手を突き出し目の前の柔らかな毛皮に包まれた双丘を揉みしだく。
「きゃぁ!? 触んな!」
「おぐっふ! ・・・我が人生、一片の悔い・・・なし」
それは当然巻き込まれた女性の胸であり、誰の胸をどう掴んだかすら解らない状況で、ただその柔らかさに感動した男性は次の瞬間下半身に激痛を感じ意識を失う。その意識が失われるほんの僅かな時間で、男性は獣人生の充足感を感じ幸せそうに地面へと沈むのであった。
自分の為なら割とひどいことを平然と行う男クマ、ユウヒの友人が本当の意味で常識人であるはずがないと言う事であろうか。
一人の熊人族男性が幸せに気を失っている頃、クマと別れて行動していたユウヒはネムの家に居た。
「・・・どこかで漢が散った様な」
「うにゃ? どうかしたにゃ?」
ハラリアのどこかで漢が地に伏し散ったことを感じ取ったユウヒは、日の光が中天を通り過ぎた空を見上げ小さく呟き、その呟きにお茶の入った湯飲みを手に持ったネムは、大きく丸い瞳を瞬かせて小首を傾げる。
「いや、なんだか最初来た時と違って賑やかになったなと思ってな」
「ふふふ、それもこれもユウヒのおかげにゃ」
不思議そうな表情のネムに、ユウヒは頭を振って感じ取ったものを誤魔化すと、外から聞こえてくる賑やかな声に目を向け顎を扱く。ユウヒがネムの家に泊まっていた頃は、ハラリアの中でも静かな一画であったネムの家周辺も、急激に増えた獣人達によって賑わっており、そんな声に頭の上の耳を澄ましたネムは嬉しそうに微笑む。
「なら俺をここまで連れて来たネムの手柄だな」
「うにゃ・・・確かに、それなら氷漬けにされた甲斐もあるにゃぁ」
ハラリアが賑やかになったのはユウヒのおかげであると、笑みを浮かべるネムに目を向けたユウヒは、彼女と出会った時の事を思い出しながら話すも、二人の出会いがよかったとはとても言えない。その事が脳裏を過ったユウヒの引き攣った表情に、ネムも出会いの悪さに思い至ったのかどこか棘のある口調でジト目を浮かべる。
「なるほど、それなら俺も氷漬けにした甲斐があったという事、っていたいいたい」
「フーッ! まったくユウヒは、最近構ってくれないしそんな事言うしひどいにゃ」
「ははは、まぁそうむくれるなよ」
しかし、事実あのファーストコンタクトが無ければ現在のような状況になっていなかったかもしれず、そのことに感心し始めるユウヒは不用意な言葉を洩らしてしまい、素早い動きで飛び掛かってきたネムによって太ももに爪を立てられてしまう。
まるで、不機嫌な猫を抱えた拍子に爪を立てられたような痛みに後ずさったユウヒは、威嚇の声を鳴らし毛を逆立てるネムを見詰めると、その顔に冗談めかしな怒り顔が張り付けられていることに気が付き、ほっとした様に苦笑いを浮かべるのであった。
「ふぅ・・・ユウヒは、またここに来るかにゃ?」
本当に怒っているわけではなくじゃれ付く程度行為であっても、人と獣人ではだいぶダメージが違う様で、赤く細い線上に腫れて居そうな太腿をジャージの上から擦るユウヒ。そんな彼の様子を窺っていたネムは、先ほどまでの元気が嘘のように鳴りを潜めた声で問い掛ける。
「まぁ暇があればな、何かとこの後も用事が詰まっていてな」
「・・・」
静かな問いかけに擦っていた太腿から顔を上げたユウヒ、彼は視線の先で寂しそうに揺れる尻尾の先を見詰めながら、どこか曖昧に答えた。この先、異世界と地球の繋がりがどうなるかわからい以上、あまり期待を持たせるような事は言えず、しかし彼自身もまだこの世界で見てみたい物がある為、絶対に来ないと言う選択肢もないようだ。
「そんな顔をするなって、色々やりたいこともあるしまた来るさ」
「絶対だよ?」
「ああ」
しゅんとした表情と共に頭の上で萎れる様に倒れた猫耳を見たユウヒは、言わないつもりであった言葉を肯定すると困ったように笑う。
「ふふ、ならその日を楽しみにしてるにゃ」
その困ったような笑みに、やはり困ったような笑みで答えたネムは、耳を立て少しだけ元気を取り戻すと、くすくすと言った笑い声をこぼしながら尻尾をゆるりと揺らした。
「ふむ、明日は早めに出るらしいからこの辺で失礼するよ」
「そっか、明日は門まで見送るからネムも早めに寝るのにゃ。じゃないと寝過ごしそうだしにゃ」
ネムの機嫌が持ち直したことにほっと息を吐いたユウヒは、ヒリヒリとした痛みを訴える太腿を軽く擦りながら立ち上がると、背筋を伸ばしながらそろそろお暇すると話す。そんなユウヒに少しだけ寂しそうに息を吐いたネムは、笑みを浮かべ明日のお見送りの為に今日は早めに寝ると言う
「護衛には付いてこないんだっけ?」
「・・・ジジイに止められたのにゃ」
寝起きがすこし? 悪いネムは、どうやらユウヒ達の護衛につく事は無いらしく、そのことについてユウヒ問いかけると、彼女は感情の消えた顔と立てに細く割れた瞳で悪態を洩らす。どうやら彼女は護衛につくつもりでいたようだが、万が一のことを考えたウォボルによってその案は却下されたようだ。
「ジジイって・・・」
万が一、要はそのままユウヒの世界に行ってしまうことを危惧したウォボルであったが、その心配の代償は彼が考えていた以上に重いものとなった様である。
「そういえばユウヒ」
「ん?」
ネムから洩れだす怒りのオーラが、そのままウォボルの寿命を縮めないか心配しているユウヒに、怒りを収めて振り返ったネムは、気になっていることがあったのかユウヒに呼びかけると、視線をとある方に向けた。
「あれはどうするのかにゃ?」
「あれ・・・まぁ好きに使ってくれ」
ネムが目を向け『あれ』と指さす方向には、土間を挟んだ反対側に小部屋があり、そこはユウヒがネム宅に泊まった時に使っていた部屋で、同時に散々合成魔法を繰り返した部屋でもある。
「好きにって、薬も宝石も高価な物なんだけど・・・」
「おう、あげるよ」
と言う事は当然その生産物もごろごろと残っているわけで、作った後に関しては無頓着なユウヒは、ネムの問いかけに特に執着心無く譲渡の意思を伝えた。しかし、そのごろごろと転がっている生産物はどれもこの世界で高価な物であり、日本に持って帰ればさらに価値が跳ね上がりそうな物ばかりであった。
「・・・あんなに高価な物をホイホイと、そんなんじゃすぐに勘違いされるんだから・・・私みたいに」
「何か言ったか?」
土間に降りて小部屋に歩いて行ったユウヒは、置いていた物を手に取り事前に危険物の廃棄をしていた事を思い出しながら再確認し始める。そんなユウヒの背中を見詰めるネムは、彼の行動に危機感を感じぶつぶつ呟くと、聞かせたいのか聞かせたくないのか判断に困る小声で注意を促すのであった。
「何でもないにゃ! ユウヒ、女性への贈り物はあまりほいほいするものじゃないのにゃ! 気を付けるのにゃ」
しかし声に気が付き振り返ったユウヒと目が合ったネムは、先ほどまでのか細い声が嘘の様な声量で叫ぶと、捲し立てる様に注意を促しながら勢いよく立ち上がる。
「んん? あーよくわからんが分かった気を付ける。それじゃまた明日」
「またあしたにゃー・・・はぁぁ、絶対分かってないよねあれ」
挙動の可笑しいネムにきょとんとした表情を浮かべたユウヒは、目を瞬かせコクコクと頷くと確認し終えた物品を元に戻し別れの挨拶を交した。ネムの家から外へ踏み出した後も、何度か振り返り手を振るユウヒを見送った家主は、ニコニコと手を振り返していたかと思うと、急に肩を落として長い溜息を垂れ流す。
すでに姿の見えなくなったユウヒの本質を理解し始めて来たネムは、色々な事を再認識して少し寂しそうに微笑みを浮かべるのだった。
翌日早朝、ハラリアの西門前は早い時間にも関わらず沢山の人で賑わっていた。
「それではこれより地球への門に向かって移動を開始する」
その人々は大半がユウヒ達の旅立ちを見送る者達である。すでに別れを済ませた重鎮たちは空気を読んで来ていないものの、それ以外は獣人やエルフ、魔族に、さらに精霊まで多種多様な者達が集まっているようだ。
「・・・」
「・・・これで?」
そんな中心では、ユウヒがこれから地球へ帰還するための足を女性陣に説明していたのだが、反応はとても鈍かった。朝が弱いメロンは眠たげな微笑みを浮かべるだけで、その隣で言葉を失っていたリンゴは声を絞り出し、言外に本気かと言いたげな表情で問いかける。
「うん、これで」
じっと見上げてくるリンゴを見詰め返したユウヒは、感情の籠らぬ笑みを浮かべ頷いて見せ、そんなユウヒの表情にリンゴは冗談ではないことを察して肩を落とす。
「神輿?」
「あらあら、それじゃパフェが女神さまってことね」
「んん?」
一方、妙に静かなパフェは一頻首を傾げ終えたかと思ったらぽつりとつぶやく、どうやら目の前の乗り物の名称が出てこなかったようで、そんなパフェの様子に正気を取り戻したらしいメロンは、いつもの笑みで微笑み不思議そうに頭を傾げ始めるパフェの頭を撫でる。
「ふつうに輿でいんだとさ、そんな知識覚えてねぇけどなぁ? 本当に小学校の社会でやったか?」
「教科書には書いてあったぞ?」
パフェの様子に苦笑を浮かべていたクマは、呼び方を伝えるも彼自身呼び慣れないものであるがため、どうにも違和感が拭えないでいる様でユウヒに肩を竦めて見せた。
「吊るすんじゃないんだ」
「それは駕籠の方ね、でもこんなのに乗って運んでもらえるなんて、お姫様になったみたいでドキドキしちゃうわね」
小学校の教科書で見た覚えがあるといった話をしていたユウヒとクマの隣では、何か別のものと勘違いしているルカがメロンと談笑している。どうやらメロンにはお姫様の様に扱ってもらいたいと言う願望がわずかながらあるようで、輿を見詰める目からは眠気がすっかり消えていた。
ユウヒを中心に帰宅組がにぎやかに騒ぐ一方、別の意味で騒がしく、と言うより覇気の溢れる一画があった。それはある小柄な人物を中心に広がっている様だ。
「良いかお前ら作戦は安全第一にゃ! 絶対に怪我させちゃダメにゃ! 当然お前らも怪我しちゃダメにゃ!」
『ハイお嬢!』
ユウヒ達が居る場所からよく見える輿の脇には、屈強な肉体の獣人戦士たちが整列しており、両手を後ろで組み大胸筋を張る彼らに檄を飛ばすのは、両手を腰に当てたネムである。安全第一と言う地球の言葉を使い檄を飛ばす彼女に、獣人戦士達は声を揃えて大きな返事を返す。
「でも遅くなってもダメにゃ! 全力で魔法使うにゃ!」
『ハイお嬢!』
安全第一で、しかし遅くなってもだめだと中々難しい注文を告げるネムに、やはり声を揃えて返事をする獣人戦士達。彼らの表情はその大胸筋と同じように硬く引き締めあられ、返す返事からは一切負の感情を感じない。
「声が小さいにゃ! お前たちの筋肉は見せかけかにゃ!」
『イイエお嬢!』
たとえネムが挑発するような言葉を使っても、後ろ手に組んだ腕の上腕二頭筋を盛り上げ否定するだけで、引き締まった表情を変えてはいなかった。そんな彼らの姿を見渡し満足気な表情で頷いたネムは、小さく息を吸い込むと腹に力を入れ、
「ならばその力を森の精霊様に見せつけて来るにゃあ!!」
それまでで一番大きく張りのある声で締めくくる。
『ウオオオオオオ!!』
ネムが叫ぶように告げた言葉に腕を解いた獣人戦士たちは、各々に力を籠めやすい態勢で雄たけびを上げ、その雄叫びはまるで勇壮な太鼓やドラムの様に、ユウヒ達の鼓膜だけではなく体全体を揺らすのだった。
「・・・あ、あつくるしい」
「あつくるしいわね」
見る者が見れば心を熱く滾らせるような光景も、普通の女子高生である流華にとっては唯々暑苦しく見えるだけの様で、小さく平坦な声で呟く流華に、隣のリンゴは同意の声を洩らしながら頷く。
「熱気だな!」
「朝から元気ねぇ」
一方、乾ききった目の流華と違い、パフェは心底楽しそうに目を輝かせ、メロンは獣人戦士達やその見学をしている楽しそうな獣人達や鳥獣族を眺め笑い声をこぼしている。
「異世界最後の瞬間が、筋肉の壁か・・・辛い」
「ふむ・・・筋肉の壁かぁどうだろうなぁ」
自分の感情を考えない様にするため、余計に張り切って指示を出すネムに目を向けていたユウヒの隣では、クマが遠い目で安全点検を始めた筋肉の壁に目を向けていた。しかし彼の小さな呟きに反応したユウヒは、この先で待ち受けている物を思い出し思わずつぶやくとゆっくりと視線を逸らす。
「え? 何? もっとひどい現実が待ってるの?」
「さぁ? ほらさっさと乗らないと置いてかれるぞ? それとも一緒に担ぐかあれ」
「ヤダ!」
ユウヒの言葉に心底嫌そうな表情を浮かべたクマは、さらなるとんでもない提案を耳にすると子供の様に拒否して慌てて輿に駆け上がる。そんな友人の姿に肩を竦めたユウヒが魔法を軽く使い輿に飛び乗ると、一行はようやく動き出すのであった。
ようやく異世界と言う非日常の地から地球の日本と言う日常へ帰還し始めたユウヒ達、しかし離れ行く彼の背を見詰めるネム胸には謎の不安が広がっており、それは周囲の精霊や見送りに来たシュリと母樹も同様の様である。どうやら輿に揺られているユウヒには、まだまだ世界を賑わす運命が待っている様だ。
いかがでしたでしょうか?
様々な感情を胸にハラリアを後にするユウヒ達と見送る人々、一部不穏な気配が漂う見送りを背に、ユウヒは無事家に帰りつくことが出来るのであろうか、それはまた次回以降をお楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




