第百二十二話 帰宅準備 前編
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで行ってもらえれば幸いです。
『帰宅準備 前編』
遥か彼方、世界の壁を何度も超えた先でアミールが不貞寝している頃、集会所に戻って来たユウヒは車座に座る友人達の前で帰宅の準備が整った事を伝えていた。
「と言うわけで、明日一日帰宅準備の日とするので、ちゃんと準備してね?」
「いや、帰るだけなら明日朝出発で良くないか?」
その為、今度はこちらの準備を整えてほしいと言う事であるが、ほぼ手ぶらと言って良い状態で何の準備が必要なのか首を傾げるクマ。
「んーほら、お別れとか必要じゃないかと?」
「そうねー仲良くなった子もいるし、次何時来れるかわからないものね」
「あぁまぁ、そうか・・・」
ユウヒの準備と言うのは、どうやら荷物の準備だけではなくあいさつ回りも考えての準備と言う事の様で、おっとりとしたイントネーションで話すメロンの視線に頷いて見せる。少し寂し気に微笑むメロンの言葉に、お別れを再認識したクマは困った様に眉を寄せると頭を掻きながら天井を見上げた。
「お土産も買う必要があるし」
「二人にか? 検疫に引っ掛かりそうなものはやめろよ?」
「なるほど、検疫か・・・確かに面倒なことになりそうだ」
また挨拶の他にも居残り組となった友人二人にお土産も必要だと言うリンゴ。しかし下手な物を地球に持ち込んだ場合の危険性を考えると、普段無鉄砲なパフェも慎重にならざるを得ない様だ。と言うよりも、異世界の元気な植物? に痛い目を見ている彼女としては慎重にならざるを得ないと言い直した方が良いだろうか。
「それなら、ルカちゃんの工作宿題で見せてもらった生地とかどうかしら?」
「いいな、あとは市場で何か見繕っていけば・・・」
その結果、無難なところで異世界っぽさのある布地や帯などをが良いだろうと、大人の女性三人は楽しそうに計画を練り始める。
「・・・流華の工作は出来たのか?」
「う、うん・・・あまり上手く作れなかったけど一応」
「自由研究も帰って纏めて、残りは流華なら問題ないな。何かわからないことがあれば聞くと良い」
「うん」
一方、夏休みの宿題が話題に上がったことで流華に目を向けたユウヒは、友人たちに任せていた妹の工作宿題について問いかけ。問いかけられた彼女はびくりと肩を振るわせると、ちらちらと自分の荷物に目を向けながら小さく頷き、指折り数え宿題の進捗に安心した笑みを浮かべるユウヒに、もう一度頷き笑みを浮かべるのだった。
「んー大丈夫だろうか」
「ダメだったら俺が消毒なり殺菌なり魔法でなんとかするさ、まぁ向こうじゃあまりぽんぽん魔法使えないけど」
メロンが横目で微笑まし気に見詰める兄妹のふれあいの隣では、姦しさの増すお土産談義が繰り広げられており、時折聞こえて来る不穏な言葉にクマが腕を組んで首を傾げている。そんなクマは、肩を軽く叩かれたことで振り返ると、ユウヒの苦笑いに同じ笑みで返す。
「使えるだけいいじゃねぇか」
「レベルアップしてるのか?」
「まぁ微妙にな、持続時間? 魔力量? が増えてるらしい」
ユウヒの反則的な魔法の話しに苦笑と同時にジト目を向けたクマ曰く、魔法訓練は今も続いている様で、少しずつであるが魔力の最大量が増えているのだと言う。そんなクマの自慢気な話に感心した表情で頷いていたユウヒは、何かを思い出したのか顔を上げる。
「あ、あと・・・足については獣人達が何か企んでたから気にしなくていいと思うぞ?」
『・・・え?』
何を思い出したのかと周囲から注目が集まる中、ユウヒは移動手段について話す。元々、険しい森の中の移動手段についてはいろいろと話されていた様だが、その話題が何故か用意ではなく企てと言う言葉を使われたことで、不穏な空気を感じたのかクマ達の表情は音を立てて固まるのだった。
翌朝、その企ての内容が判明した。
ユウヒとクマが訪れたのは、光る壁までの道のりを護衛する獣人戦士団との顔合わせの場所で、同時にユウヒ達の足の紹介もされたのだ・・・が。
「どうですか親方! いい出来でしょう!」
「・・・」
「・・・」
そこには喜色満面で胸を張る獣人大工の親方と、親方に親方と呼ばれるユウヒとクマの真顔が並んでいた。対照的な表情を浮かべる両者の周囲では、どちらかと言うと獣人大工親方側の表情が多く、次点で苦笑いが多い。
「クマ、感想」
「・・・これは何というか、神輿?」
そんな中真顔を貫く二人が目にした物は、クマが首を傾げながらつぶやいた通りの表現が一番近いであろう。
「神様が乗るわけじゃないから唯の輿だな、まぁ用途は変わらないんだろうけど」
実際はユウヒの呟きの通り、神様が乗るわけじゃないので唯の輿であろう。人が担ぐ太い二本の丸太の上には、土台と壁と屋根が付いた屋形が固定されており、一つの輿には余裕をもって二人ほど乗れるようで、ユウヒが眺めた先には三台の輿が並べられている。
「なるほどこれで市中を晒され、偶に壁や家屋にぶつかると」
「そ、そんなことしやせんぜ!?」
「確実安全にお送りしますよ!」
ユウヒと共に輿を見詰めていたクマは、その脳裏にとある荒々しい祭りの光景が過り、思わず口からその妄想が洩れてしまう。彼の呟きにユウヒは苦笑を浮かべるだけであったが、元となる話の内容を知らない獣人大工たちは驚き、クマが不安を感じている考えたのか慌てて否定すると、担ぎ手と共に安全であると訴える。
「しかしなんで輿?」
「最初はお姫さんの馬を貸してくれるって言うで馬車だったんすけどね」
「まだ残党が残ってるかもしれないですし、安全を考慮した結果・・・」
「二人乗りの輿と・・・わけがわからないお」
上半身をはだけさせ、筋肉を見せながら安全を訴える獣人戦士にクマが後退る後ろで、ユウヒはなぜ輿を使う事になったのかと問う。どうやら獣人なりに安全を考慮した結果である様だが、ユウヒにはその過程が想像できないのか首を傾げ眉を寄せて考え込んでいる。
「・・・ユウヒ、俺もわけがわからん」
「うぅんまぁ、凸凹山道の走破性能から言ったら車輪より足なのかね?」
それはクマも同じなのか、迫る筋肉の壁から目を逸らしながらユウヒに同調して頷く。しばらく考え込んだユウヒ曰く、光る壁までの道は獣道くらいしかないことから、道なき道を車輪で進むのは難しいのであろうと言う事である。事実獣人達もその事に気が付き急遽輿を用意したのであった。
「多脚的な?」
「森林地帯で遭遇する多脚戦車の脅威だな」
「嫌な思いでしかないんだけど、大丈夫だよな?」
真面目な会話の様ですぐに脱線するのが彼等の仕様なのか、ゲーム内に出て来た森林仕様多脚戦車のトラウマを思い出し眉を寄せて唸る二人。何の話か分からない獣人達が首を傾げる中、その視線に気が付いたクマはもう一度確認するように問いかけ。
『!!』
「だそうだ」
「めっちゃいいえがおだなー」
その問いに対する答えは、無言で筋肉をアピールする獣人戦士たちの輝く笑顔であった。あまりに暑苦しい笑顔だったのか、ユウヒとクマは抑揚の無い声で感想を述べると、遠い目で彼らを見詰め溜息を洩らすのだった。
一方その頃女性陣はと言うと、
「お土産は一人1キロまでよ、しっかり選びなさい」
「バナナはお土産に入りますか?」
「遠足のおやつかい!」
帰宅のあいさつ回りと並行してお土産の購入に市場へと足を延ばしていた。何かと知り合いが増えていたリンゴとパフェは、店の店員たちと挨拶を交わしながら1キロの範囲でお土産を探しながらいつもと変わらぬ談笑を交わし合っている。
「・・・あれって結局どっちなんですか?」
「え? えぇっと・・・まじめに考えたことないわねぇ?」
その後ろには流華とメロンが市場を見渡しながら歩いており、時折前から聞こえてくる話題に食いつく流華の質問に、メロンは少し意外そうな表情を浮かべながらにこやかに答えていた。
「食事だろ? バナナだぞ?」
お互いに首を傾げ合う流華とメロンに、パフェは軽い足取りでくるりと振り返ると、何を言っているのだと言いたげな表情でバナナは食事だと胸を張って話す。
「どっちでもいいじゃない、この柄いいわね。お姉さんこれ何?」
自信にあふれるパフェの言葉に納得した様に頷く二人を、苦笑交じりの表情でちらりと見たリンゴは、笑いを我慢するように素っ気なくつぶやくと、目の端に映った細めのバスタオルほどの長さの布地を手に取り、店員である兎系の獣人女性に問いかける。
「それは外布だよ」
「外布?」
「オシメの上から巻くんだよ、ほらこんな風に」
リンゴが手に取った、三色の糸で細かな柄が織られている布は外布と言うらしく、首を傾げるリンゴに笑みを浮かべた兎獣人女性は、隣で愚図り始めた赤ん坊を抱え上げると、あやしながらその子のお尻に巻かれた青と白の二色で織られた布地少し引っ張って見せる。
「ああ、オムツカバーなのね」
「使い道がないな・・・次!」
どうやら鮮やかな三色の布はおむつカバーであったらしく、綺麗な柄ではあるが使い道がないことに肩を落としたパフェは、一頻兎獣人の赤ん坊を見詰めるとすっくと立ち上がり次の商品へと歩み出す。
「あら、将来のために買っておかないのぉ?」
「そそ、そんな予定はない!」
そんなパフェの様子に薄っすら笑みを浮かべたリンゴは、彼女の耳元で将来の為に必要じゃないかと呟く。その呟き一つでどこまで妄想を広げたのか、見る見る顔を赤くしたパフェは慌てて仰け反って語気を荒げる。
「別にパフェのとは言ってないんだけどねぇうふふふ」
「ならミカンちゃんかしら? それともパン屋ちゃん?」
明らかに揶揄う事が目的の発言であり、その事にすぐ気が付いたパフェは頬を膨らませると無言でリンゴを睨む。そんな彼女のリアクションに機嫌よく笑みを浮かべるリンゴは、外布を手に取り眺めていたメロンの言葉に思わず振り返り、
「・・・ごめんどっちも犯罪臭がするわ」
外布と二人の小柄な友人で何を想像したのか微妙な表情で犯罪臭がすると呟く。その呟きにパフェも同意見なのか、何とも言い難い罪悪感を感じているような表情で唸る。
「うぅん・・・ならば、お! これ可愛いな、サッシュだよな?」
「そうそう腰に巻くのよ、巻いてあげるからいらっしゃい」
二人の小柄な友人であるパン屋とミカンを思い浮かべ、彼女達に合いそうな商品を探していたパフェは、目の前の色鮮やかな薄布を手に取り店員の猫耳獣人の腰を指す。元気なパフェの姿に目を細めて笑った女性は、立ち上がるとパフェに手招きしてサッシュと呼ばれた飾帯を広げて見せた。
「頼む!」
「サッシュベルトかぁ・・・コーディネイトが難しいわね。ふむふむ、うぅん・・・む、うぅん・・・」
花が咲くような笑みを浮かべて歩いて行くパフェに苦笑を洩らしたリンゴは、布地を広げたり皺を寄せて見たりしながら思案し、いくつかの商品を並べてはとっかえひっかえしながらさらに一つ唸る。
「革のサッシュもあるのね」
「それは矢筒用の革帯だよ」
「へぇ」
「・・・」
一方メロンは革製品の露店を見ているらしく、店先に吊るされた鞣し革を興味深げに触る流華に笑みを浮かべながら、植物の絵柄が彫り込まれた革のベルトを手に取って厳つい男性店員の話を聞いていた。そんなメロンに目を向けた流華は、初対面の相手でも臆さず話せる大人の女性に羨望にも似た目を向けている。
「イタ! ルカイタ!」
「マダカエッテナイ!」
「だからぁ明日って言ったでしょぉ?」
パフェ達を中心に賑わいが増す市場の一画に、更なる賑わいが急接近して来た。それは片言で話し元気に飛び跳ねる黒い子供、もとい成人したゴブリン達とその後ろを引率の先生の様にゆったりと歩くコズナである。
「タビハトツゼン! ヨクアルコト!」
コズナの服を引っ張り急がせようとするゴブリン達を見る限り、どうやら流華が仲介に入った関係は良好な様だ。
「コズナさん、だいぶ仲良くなれたんですね」
「ふふ、ルカちゃんのおかげよん・・・まぁ、私以外はまだ距離があるんだけどね」
遠くからでも目立つコズナの姿に顔を上げた流華も、コズナとだいぶ仲良くなったのか自然な笑みで彼女を迎え入れ、すっかり仲の良くなったゴブリン達とコズナの姿に嬉しそうな笑みを浮かべる。
そんな流華の笑みに、飛び跳ねるゴブリン達の頭を押さえる様に撫でているコズナは、バチコーン! と音が鳴りそうなウィンクで返し嬉しそうに微笑むのだが、後半は何とも言えない表情で肩を落とす。どうやら今のところゴブリンが心を開いているオークはコズナだけの様である。
「ルカ、コレモッテイケ!」
「ミヤゲダ!」
「これは?」
小さく鼻息を洩らすコズナに流華が苦笑いを浮かべていると、彼女の足下に駆け寄って来たゴブリン達は両手を広げてその上に乗せられたペンダントを指し出す。どうやらそのペンダントは流華へのプレゼントであるらしく、ペンダントを手に取る流華をキラキラした目で見上げている。
「ゴブリン族のお守りよ、それは災厄除けなんですって」
「あぁお守りなんだ。うん、ありがとう大事にするね」
ペンダントのトップには黒曜石の様な黒く艶のある素材が使われており、表面には幾何学模様が彫られ、その中は白く塗られていた。それはゴブリン族に伝わる災厄除けのお守りであるらしく、コズナの説明に納得した流華はペンダントトップを見詰めると、その視線の先で見上げてくるゴブリン達に礼を述べる。
「レイ、イラナイ!」
「マモッテクレタ、オレイ!」
「だそうよ、まったく失礼しちゃうわよね」
「あはは・・・」
そんな流華の御礼に、どこか恥かしそうに体を揺らすゴブリン達曰く、そのお守りはコズナから自分達を守ってくれたことに対するオレイであるらしい。悪気の全くないゴブリン達の言葉に鼻息を勢いよく鳴らしたコズナは、流華の乾いた笑いにもう一度今度は優しく困った様に鼻息を洩らすのであった。
「むむ、いいなそれ・・・」
そんなやり取りを眺めていたパフェは、ウェストに巻いたサッシュをひらひらと揺らしながら爛々と輝く瞳で流華の手の中にあるお守りを見詰める。その様子はまるで獲物に狙いを定める猫の様で、リンゴとメロンはそっと彼女のウェストに巻かれた飾布を後ろから掴むのであった。
その後、勢いよく駆け出そうとしたパフェが苦しそうな呻き声を洩らす事態に、なったとかならなかったとか・・・。
いかがでしたでしょうか?
地球と繋がった異世界で騒動を巻き起こしたユウヒと仲間達、彼らはようやく地球へと帰る準備を始めた様です。騒がしくも楽しそうな準備も進み、次回後編をお楽しみください。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




