表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
第一章 救出と救済

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/356

第十一話 とあるパン屋さんの悲劇

 どうもHekutoです。


 修正等完了いたしましたので投稿させて頂きます。先行きに怪しい空気が立ち込め始めたユウヒの冒険を、お楽しみください。




『とあるパン屋さんの悲劇』


 その日、ユウヒは朝靄の立ち込める夏の朝早くから、その全身で重たい外気を掻き分ける様に自宅の門を潜っていた。眠たそうな表情でふらつき、心もとない足取りで住宅地をどこかに向けて歩いて行くユウヒの姿は、傍目から見ると心配にしかならない姿なのだが、


「・・・ユウちゃん、なんだか少し見ない間にさらに大きくなったみたいね」

 天野家の二階にある両親の寝室から、カーテンの隙間越しにユウヒを見送る明華の目には、そんな状態とは裏腹に、彼の細められた目の奥で揺れる真剣な色が見て取れたらしく、彼女の口からはどこか感嘆とした言葉が零れ出る。


「男子なんたら括目せよってか? まぁ・・・夕陽の場合元からやる気出せば出来る子、ではあったがな」

 彼女の言葉を聞いて、明華を後ろから抱き締める様に現れた勇治は、小さくなっていくユウヒの背中を見詰めながら苦笑を浮かべる。彼はユウヒの父親なだけあり、昔から息子の根底にある性質を理解している様だ。


「だからってダーリンはユウちゃんを連れまわし過ぎなのよ」


「いや・・・あれは、そんなつもりで連れまわしていたわけでは・・・」

 その性質は、勇治によってあちこちと連れまわされた事である意味で良い方向へと伸び、ユウヒを精神的に強い人間へと成長させていた。だが、そんな事を考えていたわけでは無い勇治は、明華の苦情に対して苦笑いを浮かべ、しかしユウヒを出汁にして楽しい事をしていたなど口が裂けても言えない為、思わず言葉を濁してしまう。


「ぶぅぶぅ! それだったら私もユウちゃんと一緒にお仕事行きたかったわぁ」

 ユウヒが見えなくなったことで視線を頭上の勇治に向けた明華は、子供の様に頬を膨らませ不機嫌さを示すと、自分もユウヒを仕事に連れて行きたかったと言い出す。


「いや、それこそ無理だろ・・・色んな意味で」


「そうかしら?」

 しかしその言葉は、勇治によって即座に否決されてしまい、明華は目の前で引きつった笑みを浮かべる勇治に、きょとんとした表情で小首を傾げて見せる。


「・・・おまえは夕陽の菊を散らすつもりか?」

 今は専業主婦となっている明華が以前働いていた職場は、男にとって非常に貞操的危険を伴うような場所だったらしく、小首を傾げて見せる明華に、勇治は心底呆れた様な視線を注ぐ。


「そんなことする子は・・・・みぃんな捩じ切っておくから大丈夫よ?」


「・・・・・・・・・」

 一方勇治の視線に対して、すっと暗い笑みを浮かべた明華は、ユウヒの去った住宅街を眺めると、何でもない事の様に自然とそんな言葉が口から飛び出し、何か口にしようとした勇治の顔を蒼く絶句させる。


「ジョウダンヨ?」

 そんな勇治の表情を窓越しに見た明華は、自らの失言に気が付き目を猫の様に見開くと、窓に映った勇治の顔に首を傾げて見せる。


「嘘だ!?」

 しかし彼女の目は回遊魚の様に泳いでおり、明らかに嘘を吐いている明華の様子を見て、驚きと恐怖と言う二つの感情で勇治は叫ぶように彼女の言葉を否定するのだった。彼女がナニをして、万が一のことがあるとナニをヤル心算いや、ナニをやったのか、それは皆の妄想に任せよう。


 ただ言える事は一つ、彼女の元職場や知り合いの男性には、急に乙女心に目覚める人間が多かったと言う事だけである。





 多分、父さんも母さんも俺が外出した事に気が付いているであろうが、何も言ってこなかったと言う事は、特に問題無いんだろう。俺は無駄にスペックの高い二人の事を頭の片隅で考えながら、まだ早い時間の駅前商店街へと足を踏み入れたのだが、今日は朝から何とも気持ち悪い空気である。


「3時半か、向こうに付くのは4時前くらいかな」

 住宅街は朝も早すぎる時間だった為か、それほど人の気配は感じなかったが、ここまで来ると流石に人がまばらに歩いている。ここまではこっそりと魔法の力を借りて急ぎ目で来たが、そろそろスピードを緩めておこう、いくら目的地が中心街から離れた場所とは言えあまり目立ちたくはない。


「早朝から仕込みとは言えご苦労な事だが・・・今日は、定休日になってもらおう」

 大体が今から俺が行うのは僅かに犯罪臭を感じる様な事であり、問題にはならないとは思うのだが、悪目立ちする行為は少しでも避けておきたい。


「何がユウヒは私の嫁だ・・・色々ツッコミどころが多すぎだろったく」

 割と私情が含まれている事は否定しないが、いい加減あの子はネタに走るのを自重しないと嫁の貰い手に苦労しそうである。と言うかだ、俺は男なので先ず嫁呼ばわりするところから説得したいところだ。


「先ずはパン屋さんで尋問&簀巻き制裁」

 まぁそれ以前に、うちの妹を唆した罪は重いのでしっかりと罰を受けてもらうとしようじゃないか・・・パン屋。


「んで行先を聞いたら・・・探しに行くのは、一度戻って朝食を食ってからにするか」

 パン屋かミカンから、流華と馬鹿と生贄の行先を聞き次第、ドームに突入したいところではあるが、一度朝食を摂るため家に戻ろうと思う。


「なんだかんだ言って心配もするだろうし」

 きっと母さんの事だから朝食は用意してくれるだろうし、行った先で何があるか分らないのでメシくらい真面な物を食べたい、それになんだかんだ放任っぽいけど心配性なところあるしな。


「にしても、今日は本当に蒸し暑くなりそうだな。ドームの先、異世界はどんなもんだろなぁ」

 行動方針が決まれば後は目的地に向かうだけ、行先を見据えた俺は表情を引き締め背筋を伸ばすと、力強く一歩を踏み出す。


 しかし、抵抗するほどにより強く感じる気持ち悪い空気に、気を張っていないと自然とだらけてくる気がした俺は、空を見上げ、高確率で行くことになるであろうドームの中が適度な気候であることを、願わずに居られないのだった。





 ここはとある街の『パン屋さん』。


 そこは朝早くから仕込みを始め、朝食時には焼きたてのパンが店頭に並び、美女美少女が接客してくれるパン屋として近所では有名である。しかし、その開店時間は短く、ランチタイムも過ぎた3時前には売り切れで閉店してしまう。


 そんな街の人気ベーカリー『パン屋さん』に今、魔王が降り立つ。


「・・・よし!」

 近所でも人気のお店は今日も朝早くから仕込みを始め、お店の入ったビルの換気口からパンの焼けるいい匂いが吹き出し、街の空気を華やかに彩っている。


 四階建てのビルは一階部分をパン屋、その上を住居としており、そこに住み込みで働くそれぞれにタイプの違う美少女達が、パンを焼き接客する『パン屋さん』は、老若男女どの層にも人気があり、その証拠に開店すると瞬く間にパンは売れてしまい、昼過ぎには完売で締まってしまうほどであった。


 しかし、店先に早朝から行列を作り、町の景観を悪くすることを嫌った店主の取り決めにより、開店前の店先には開店準備をする店員以外の姿は見当たらない。その事が、この日大きな悲劇を生み出してしまう・・・いや、たとえ人が居たとしても結局魔王からは逃げられないのかもしれない。


「かおりん、店先に出すワゴンの準備出来たよ!」

 人の身長くらいまで開けられたシャッターの内側で、キャスター付きワゴンにパンを並べていた少女の名は西園にしぞの 蜜柑みかんと言う。このお店で最年少の店員であり、ムードメーカー的存在である。


「ご苦労様です」

 そんな小柄な少女に、かおりんと呼ばれた女性は、このベーカリー『パン屋さん』の店長である南野みなみの 香織かおりと言い、蜜柑からは『かおりん』と愛称で呼ばれている辺り、そこに明確な上下関係を感じることは出来ない。


「こっちはいつも通り? あれ、なんだか少ない?」


「はい、いつも通りで・・・まぁなんだかんだで人手も少ないですしね」

 ころころ表情の変わる蜜柑に対して、ほとんど表情に変化の無い香織は、僅かに笑みを浮かべると、小首を傾げる蜜柑にそう話す。どうやら現在パン屋さんの店員は少なくなっているようで、その事が売り物であるパンの数にも影響している様だ。


「そっかー、ミカンも行きたかったなリアルクロモリ!」


「まぁ気持ちは分かりますが、先行偵察は姉さん達が適任でしょうしね」

 香織の言葉に自分の事をミカンと呼ぶ少女は、納得しながらもどこか詰まらなさそうに唇を窄めて、不平を洩らす。そんなミカンに対して、香織は少し困った様な微笑みを浮かべると、肩を竦めながらそう答えた。


「ジョブは真逆なんだけどねぇ」

 そんな香織の言葉にどこか面白い部分でもあったのか、ミカンは目を細めて笑うと、食パンを抱えながら同意を求める様に香織へ視線を送る。


「いつもの事ですから・・・」

 そんな視線に気が付いた香織は、呆れた様な笑みを浮かべると、今度はすっと表情を消して何か考え始め、


「それよりも、未来の義妹が心配です」

 先ほどまでの清楚な笑みとは違うキリッとした自信に満ちた表情を浮かべると、虚空を見詰めそんな事を呟き始めるのだった。


「あぁ、まだ言ってるんだ・・・」

 その様子に、食パンを並べていた手を止めたミカンは、呆れと疲れの混ざった表情で肩を落とす。


「当たり前です。ユウヒは俺の嫁、これは確定事項なのです」


「・・・前から気になってたけど、何で嫁なの? 夫じゃないの?」

 ここまでの会話で何となく解る通り、彼女達はユウヒと同じクロモリオンラインのプレイヤーであり、ユウヒと同じギルドのメンバーである。香織はゲーム内で『パン屋』と名乗り、ミカンはそのまま『ミカン』と言うプレイヤーネームを名乗っていた。


「特に深い意味は、しいて言うなら・・・語呂が悪かったからでしょうか?」


「ふぅん・・・じゃ私が夫の方を貰おうかなぁ」

 この二人、詳しい話は割愛させていただくが、それぞれにニュアンスは違うものの、ユウヒに対して好意を抱いている。


「ミカンさん、今何と・・・言いました?」

 ミカンは、妹が仲の良い兄に向ける様な好意と同時に、芽生えたばかりの異性としての好意。またミカンの発言を聞いて、電源が落ちたかのように表情を消し、ドロドロとしたヘドロの様な目で彼女を見詰めるパン屋は、依存とストーカー染みた病んだ好意を抱いていた。


「なんでもないよぉ!」


「待ちなさい! 事と次第によっては敵対もありえますよ!」


「きゃー襲われもふゅ!?」

 腰の包丁こそ取り出したりしないものの、見る者を不安にさせる様な濁った瞳のパン屋は、明るい声で駆けだすミカンを睨むように見つめると、カウンターを跳び越えて彼女を追いかけ始め、ミカンは楽しそうな声を上げて店の入り口から外に出ようと駆けだす。


 しかし、後ろを気にしながら駆けだしたミカンは、入口の方を向き直った瞬間ほどよい固さの何かにぶつかり、その物体を抱き締める様な形で動きを止めて驚いた声を洩らす。


「え? すいませんまだ開店準備、チュウナノデ・・・」

 店の外から入ってくる光が逆光となり、すぐには判別が出来なかったその物体が人だと解ったパン屋は、即座に猫をかぶり直すと、営業スマイルを浮かべてその人物の顔を見るが、そのスマイルは見る見るうちに引き攣り真っ蒼に染まって行く。


「この臭い・・・ユウヒ!」


「悪い子は、ここかなぁ?」

 一方、その人物のお腹に抱き着く形となっていたミカンは、嗅ぎ覚えのある体臭に眉を寄せ、抱き着いた人物が何者か分かると嬉しそうに顔を上げて頭上の顔を見上げる。そこには、パン屋の営業スマイルにも負けない、完璧な笑みを顔に貼り付けたユウヒの顔が存在し、彼はミカンの頭を撫でると、彼女を離れさせながら一歩踏み出す。


「ミカン! 殿しんがりは任せました!」


「ええ!?」

 ユウヒの注意がミカンに向いた瞬間、顔を蒼くさせていたパン屋は、一秒とかからずその天才的な頭脳ですべてを理解して未来を予測し、最良の結果につながる道を選択する。それは、『脇目も振らず逃げる』と言う選択であった。


 パン屋の急な行動に驚きの声を上げるミカンと、依然として営業スマイルを浮かべたユウヒを置き去りにして、切れの良い動きで踵を返して走り出すパン屋。


「少しでもにげ―――」

 その表情はまさに必死、それは魔王を前にした村娘Aの様な、それとも逃げると言う賢明な選択が出来る賢者の表情であろうか。


「知ってたか、パン子?」


「ひっ―――!?」

 しかし現実とは非情なもので、ユウヒとの距離、互いの身体能力、殿ミカンの位置関係によるユウヒの初動にかかる致命的遅延。それらすべてを計算し逃げ切れると確信していた選択は、魔王が新たに手に入れた【身体強化】と言う魔法の力によって、脆くも崩れ去り、


「魔王からは、逃げられないらしいぞ?」

 楽しそうに嗤う魔王ユウヒに肩を掴まれたパン屋は、その目を絶望の色で染めると声にならない悲鳴を上げるのであった。





 それから十数分後、魔王の去った店内には何事も無かったかのように、美味しそうなパンの香りが漂っていた。


「・・・ぃ・・・ぉ・・・ま・・・わい」

 ただ当然何も起こらなかったわけでは無く、あまりの恐怖体験? に頭を抱えて座り込んだミカンは、店内の隅で床を見詰めながらぶつぶつと何かを呟き続けている。


「ハァハァ・・・これは、これで、心ときめくものが・・・」

 パン屋に至っては、何故か店の床の上に布団で簀巻きにされた状態で転がされており、唯一外に出ている顔は首まで真っ赤に染まって、口からは楽しげな荒い息が漏れていた。


「警察です! 通報がありましたので入らせて頂きます! 南野さん無事・・・!?」

 そんな二人の耳に届く様な大きな声が外から聞えたかと思うと、シャッターを潜って制服を着た警官が姿を現す。どうやらユウヒの尋問中に彼女達が上げた悲鳴や物音を聞きつけ、近隣住民が通報をしたようであるが、中の状況を見た瞬間彼は絶句した。


「ハァハァハァ」


「・・・ぃ・・・まぉ・・・」

 室内に入った瞬間簀巻きにされた女性と、何かに怯えて震える少女を見れば誰しも驚くだろう。その上そこには他に何者も居ないのだ、何が起きたのか予想も出来ないであろう。


「これはいったい・・・」


「君は奥の子を!」


「はい!」

 しかしそこはトラブルに逸早く駆けつける警官である。後から入って来た女性警官が洩らした驚きの声に、正気を取り戻した男性警官は頭を切り替えると即座に指示を出し、指示を出された女性警官も脊髄反射の如く行動を開始した。


「大丈夫ですか! 南野さんですよね? 聞こえますか!」


「・・・あ、はい」


「怪我は有りませんか? 付近の住民の方から悲鳴が聞こえたと通報がありましたが」

 男性警官は一番近いパン屋に駆け寄ると、大きな声をかけながら外傷などの有無を確認する。一方、声をかけられたパン屋は正気を取り戻すと、状況を理解して即座に猫を被り直す。


「大丈夫、だいじょうぶよ、もう怖い事無いからね?」


「まおうこわいまおうこわい」

 店の奥では女性警官が、少女にしか見えないミカンを安心させるように声をかけるも、こちらは未だ正気に戻らず、只々魔王への恐怖を口にして焦点の合わない目で綺麗に拭き掃除がされた床を見つめ続けている。


「だいじょうぶ、もんだいないわ・・・ぐふ」


「気を失った!? 南野さん! 南野さん!」

 ミカンにかけていた女性警官の声はパン屋の耳にも入っていたのか、自然とそんな言葉が口から漏れ出ると、彼女は小さく息を吐いてそのまま気を失ってしまう。その様子に驚いた男性警官は、彼女の首で脈を取りながら声掛けを始め、脈を取るのとは反対の手で無線を操作し応援を要請する。


「一体、ここで何が・・・」

 目の前に広がる混沌とした状況に、まだ経験の浅い女性警官はミカンの背中をさすりながら、思わず答えの返ってくる事の無い疑問を洩らす。自らが洩らした声に気が付いた彼女は、店内を満たす混沌とした空気と、それに反して人を安心させるようなパンの香ばしい香りに、より一層の困惑を感じるのだった。



 いかがでしたでしょうか?


 書いてて悲劇よりも喜劇にしか思えなくなり、一番災難だったのはミカンにも思えますが、ユウヒのギルドメンバーのリアルが登場です。彼女たちが今後物語にどう関わってくるのか、作者にも分かりませんが楽しんで頂ければ幸いです。


 それではこの辺で、またお会いしましょう。さようならー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ