第百七話 緩い会議
どうもHekutoです。
修正等完了しましたので投稿させていただきます。少しでも楽しんでもらえれば幸いです。
『緩い会議』
基人族の大声を聞きながらユウヒとクマがボケ合い続けていた頃から小一時間後、場所は移りハラリアの長であるウォボル宅の会議場。道場の様な板張りの部屋には、現在ハラリアに住む多数の種族の代表者が集まり、車座になって座っている。
「して、サーキスは何と言っておるのかの?」
三重の輪になって座る中央の輪には、ウォボルやリーヴェン、カデリアなどの重鎮に混ざりユウヒも強制的に座らされており、その後ろにはユウヒと一緒に居たと言う事で巻き込まれたクマが、大きな体を小さくして座っていた。
「はい、世界樹を返してほしければ降服しサーキス子爵家に隷属しろとのことです」
周囲が静かになってきたことで口を開いたウォボルに、彼の傍に控えていた女性は懐から紙の書類を取り出すと、そこに書かれた内容を読み上げ始める。どうやらそこにはサーキス側が喋っていた内容が書き記されている様だ。
「それだけか? えらく長々と大声張り上げておったみたいだったが?」
しかし彼女が読み上げた内容は非常に短く、遠くから聞こえて来る大声を聞いていたウォボルは、内容こそわからなかったものの、それほど短い内容ではなかったであろうと首を傾げて見せる。実際に彼女の持つ書類にも色々と書き込まれており、明らかに彼女の話した内容は短い。
「長すぎたので要約しました。慈悲を与えるとか収穫物の8割を税として徴収するとか、あと定期的に奴隷を送れなどいろいろ言っておりました」
「・・・それは隷属と確かに変わらないですね」
そんな疑問の声に視線を上げた女性は手元の情報を要約していたようで、再度手元の書類に目を向けると、淡々とした声ではあるが嫌そうに一部を読み上げていく。彼女が読み上げた一部を聞いただけでも、彼女の要約がいかに的確だったか理解できたようで、リーヴェンは静かにため息を漏らすと首を振って呟くのだった。
「返してほしければのぉ? どうじゃった」
一方、女性の読み上げる内容を聞いて呆れたように眉を寄せていたウォボルは、リーヴェンに目を向けると徐に問いかける。
「すでに大規模な切り出しが始まっています。今の状態では枯れるのは時間の問題ではないかと」
「どうもあいつら、世界樹様があの一本だけだと思ってるみたいですね」
ウォボルの不明瞭な問いかけに、リーヴェンは真剣な表情を浮かべて母樹の宿っていた世界樹の状況について話す。それらの情報を調べて来たのは、彼の後ろに控えて追加の情報を口にするアブルの様で、いつものどこか軽そうな印象の笑みを浮かべながらも、その目の中には確かな怒りの火を揺らしている。
「私たちもそう聞いておりましたから、情報が漏れたのかもしれません」
表面的にはいつも通りなアブルの言葉に、顔を上げたカデリアは頷きながら、森に実在する世界樹について知りえていた情報について話す。
国が保持する世界樹の正確な情報とは、この名もなき異世界では機密とも言え、正確な話を知るにはそれなりの地位が必要である。事実カデリアの国であるマルターナ王国において、森の世界樹についての情報を知り得る者は、王家の一部や最高位の貴族くらいなもので、男爵や子爵程度の貴族が知ることのできる情報ではない。
「まぁすでにシュリ様が大きくなられておるからの」
言外に母樹以外の世界樹があったなんてここに来て初めて知ったと語るカデリアの視線に、どこか自慢げに感じる鼻息を洩らしたウォボルは、何度も頷きながら自らの治める里に根を下ろしたシュリについて嬉しそうに話す。
「ココを忘れてはいけません。あの子の方が姉なのですから」
「白い壁を守っているココもいるからな・・・あれだ、母樹が忘れるなって怒ってるぞ」
しかしその自慢げな言葉には、世界樹の精霊・・・と言うよりは母樹にとって足りない部分があった様で、頬を大きく膨らませた母樹はユウヒの頭の上で仁王立ちすると、ウォボルに向かって不満の声を上げる。
「あいや、忘れておったわけではないのだが・・・」
「ならいいのです」
精霊の姿を見ることの出来ないウォボルに、ユウヒが母樹の言動を通訳すると、通訳された彼は厳めしい狼顔を驚きで強張らせ、目を見開き引き攣る口で慌てながら弁明を始めた。ユウヒがフレンドリーに接しているから解り難いが、この世界の人々にとって精霊とは身近な存在であると同時に、畏怖の念を抱く存在でもある。
「ならいってさ」
「ふぅ・・・」
それは自他ともに認める武人気質な獣人族の長であるウォボルも同様であり、頭の上で胸の小さな平原を逸らせながら頷く母樹を見上げたユウヒの、どこか呆れた感情の見え隠れする通訳を聞いたウォボルは、心底ほっとしたように息を吐く。
「ふふふ、それでは返答は決まりですね」
現在省エネモードな母樹を見ることが出来るのは、精霊との親和性の高いリーヴェンや特殊な目を持つユウヒくらいであり、そんなエルフの長はユウヒと母樹のやり取りを見ながら楽しそうに笑うと、幾分覇気が減退しているウォボルに話を振る。
「うむ、徹底抗戦じゃ!」
「・・・」
いつの間にか、と言うより最初から決まっていた返答は徹底抗戦の様で、その結論は報告を受けても変わらず。大きく頷き力強く返答するウォボルの言葉に、カデリアは諦めと無力感と苛立ちが綯交ぜになった感情を抑えるように眉を寄せる。
「カデリア姫も、協力してくださるな?」
「ええ、すぐに文を用意します。そちらからの手紙と一緒にゴーバン辺境伯に送っていただければ確実ですね」
「ふむ、あ奴なら問題あるまい」
眉を寄せるカデリアに目を向けたウォボルは、確認するようにゆっくりとした口調で協力を確認し、その言葉にすっと顔を上げたカデリアは真剣な表情で協力を確約するのだった。
彼女の協力とは、マルターナ王国に現状を正確に伝えて王国軍を動かすことである。いくら力ある貴族とは言え、国を敵に回せばその手を止めざるを得ず、これからカデリアとウォボル達が頼ろうとしている貴族は、マルターナ王国内でも三本の指に入る力の持ち主であり、質実剛健と言う言葉を人にしたような頼れる人物であった。
「しかし徹底抗戦かぁ・・・異世界の戦力差の計算とか出来ないけど、現状どうなんだ?」
「さぁ」
カデリアの手紙が王に届けば、すぐにでも事態は治まるであろう。しかし問題はそれまでの間どうするかである。すでにハラリアは基人族の軍に半包囲されており、大きな里であるからこそ半包囲で済んでいるものの、このまま徹底抗戦の構えを取り続けることにユウヒと話すクマは一抹の不安を感じているようだ
「数の上では確実に負けてますが、かといってハラリアを完全に陥落させるには少々物足りないでしょう」
事実徹底抗戦に賛同したリーヴェンも、クマとユウヒの会話に困ったような笑みを浮かべると、数の上では負けていると話す。しかし今の数でハラリアを落とせるかと言うと、現在出揃っている情報にあるだけの兵力を用いても難しいと言う。
「でかいもんなここの壁」
「ですが今以上に戦力を用意されたり攻城兵器を用意されると拙いですね」
リーヴェンの説明に少しほっとしたクマであるが、想定外の戦力と言うものを念頭に入れないのは愚策であり、万が一そういった戦力が投入された場合はどうなるかわからないと首を振るリーヴェンに、クマは難しい表情を浮かべる。
「んー・・・ユウヒの伝手はどうなんだ?」
リーヴェンとクマの会話が互いに眉を寄せあい途切れると、周囲の者達も同じように難しい表情で押し黙ってしまう。そんな重苦しい無言がしばし続いた後、クマは不意に顔を上げると最近聞いたばかりの伝手の話を思い出し、どこか飄々とした顔でお茶を飲んでいるユウヒに問いかける。
「さぁ? 一応頼んではいるけどいつ来るかなんてわからん。最悪一号さんを出せば・・・」
「一号さん?」
お茶に口をつけていたユウヒは、クマに向き直るとすぐに首を傾げわからないと口にし、伝手以外にも最終手段が残っていることを仄めかす。
「でもそうなると待っているのは虐殺だしなぁ」
「え、なにそれこわい」
しかしその最終手段は明らかにオーバーキルであり、待っているのは巨大兵器によって蹂躙される矮小なる人々と言う構図である。そんな構図を求めていないユウヒが、苦笑を浮かべながら首を傾げると、彼の言葉に冗談を一切感じなかったクマは蒼い顔で抑揚の無い声を洩らす。
「ユウヒ殿、伝手と言うのは?」
「ん? うん、魔王領に行く途中で知り合った魔族の傭兵に森の話をしておいたんだけど」
「傭兵ですか」
一方、ユウヒとクマが話す伝手と言うのが気になったリーヴェンは、少しだけ身体を前のめりにしながらユウヒに問いかけ、その伝手が傭兵であると聞き興味深げな表情を浮かべる。
「何という名の傭兵じゃ?」
「なんだっけ? えっと、なんだか暴走族っぽい名前だったような」
それは周囲の獣人やエルフも同様で、純粋な戦力として数えられる傭兵の助けあるのなら、安全性は格段に上がるのだから彼等が興味を抱くのも当然であろう。またそんな心強い傭兵と言う存在には、大抵傭兵集団としての名前が存在しており、中には誰でも知っている様な傭兵団も存在しているのだが、ウォボルの問いかけにユウヒは首を傾げる。
「それ大丈夫かよ」
どうやら純粋に忘れてしまっているらしいユウヒの不穏な言葉に、クマは何とも言えない不安を感じるのであった。
「魔族の傭兵・・・ふふ」
「何だったかなぁ? まぁ悪い奴らじゃないと思う。来るかどうかわからないけど」
首を傾げ続けるユウヒを見詰めていたリーヴェンは、魔族の傭兵と言うワードから当てはまる傭兵集団を思い出すように顎に手を添え、ユウヒの傭兵に対する評価を耳にすると笑みを浮かべ考えることをやめる。
「はっきりしない男だな!」
リーヴェンがユウヒの評価を信じることにした一方、来るのか来ないのかわからない不確定要素にイライラし始めた女性騎士は、同僚の手を掻い潜り立ち上がるとユウヒに吠え掛かるも、すぐに同僚に取り押さえられ周囲の苦笑を誘う。
「そう言われてもな、お礼がしたいって言うからハラリアが危ない時は助けてやってくれって頼んだだけだし」
「・・・ユウヒ殿」
勝気な女性騎士の行動にもだいぶ慣れたらしいユウヒは、当初驚いていたような感情も見せず、ただ困ったように頭を掻くと依頼したわけではなくお願いしただけだと話し、そんなユウヒの純粋な好意にリーヴェンは感動したように目を潤ませる。
「何のお礼なんだ?」
「・・・人攫いの討伐手伝い?」
潤む目頭を指で摘み俯くリーヴェンの姿に首を傾げていたユウヒは、クマの質問に少しだけ考えると、自然と上を向いていた顔を戻して首を傾げながら答えた。
『は?』
ユウヒ自身道案内や実質的な襲撃も手伝っていたため、何に対するお礼と明確に答えられなかったらしく、結果的に人攫いの確保を手伝ったということで今のような返答になったのだが、彼の返答を聞いた者は一様に疑問の声を洩らすのだった。
魔王領道中での出来事を詳しく話していなかったユウヒが、周囲の空気を察して説明を要求される前に逃げだしてから数十分後、暗くなる前にと急ぎオレンジ色の空の下集会所まで帰ってきたクマは、
「てわけで、徹底抗戦らしい」
帰って早々にパフェから強制連行されて会議の結果を説明させられていた。
「・・・」
そんな説明も一通り終わったらしく、最後に徹底抗戦で締めくくったクマに、周囲の女性陣は無言で様々な視線を向けている。
「まぁそうなるわよね」
「戦争になるんですか?」
しばしの沈黙ののち、最初に口を開いたのはリンゴで、彼女は大体の予想は出来ていた様で肩を竦めて見せ、その隣に座っていたルカは彼女の言葉で不安そうに瞳を揺らす。
「戦争ってより紛争と言うか小競り合いと言うか?」
一応平和な国である日本に住み、戦争や争いごとからは縁遠い生活を送っていたルカにとって、身近に迫っている争いの空気は恐怖でしかない。そんな彼女の問いかけに、困ったように笑みを浮かべたクマは、何とも言い辛そうにフォローしたくてもできない現実を語る。
「ここって一応首都なんでしょ? もう戦争でいんじゃないかしら」
「微妙だな、相手は一領主程度であって国家間での戦いとは言えないし」
戦争と言えば国家間での争いでありそれは同時に規模の大きさでもあり、現状の小規模なぶつかり合い程度ではクマも今回の衝突を明確に戦争とは言い難いようで、不満そうなリンゴの言葉にも首を傾げて見せた。
「それにしても、これじゃまだ帰れそうにないですね」
何が気に食わないのか不満そうに口を窄めるリンゴに、困った子を見るような優しい笑みを浮かべていたメロンは、クマに目を向け眉を八の字に寄せると頬に手を当てながら、ため息交じりにまだまだ帰りが遅くなりそうだと首を傾げる。
「まぁそう長くはかからないと言う予測らしいんだけどな」
「・・・兄さんは、戦うんでしょうか?」
ハラリアの見解としては、今回の争いはそう長く続かないであろうと言うもので、何故そう言った経緯になったのか話そうと口を開くクマに、ルカは先ほどから一番気になってしょうがなかった事を問いかけた。それは自らの兄がまた危険な場所へと向かうのかどうかと言うことである。
「んー・・・本格的にやばくなれば手を貸さざるを得ないだろうけど」
「けど?」
実際すでに何度も危ないことを仕出かしており、過去にも割と危ない場所に身を投じてきたことのあるユウヒ。そんな兄の事を度々心配しているルカとしては、なるべく危ないことはしてほしくない。しかし、現在進行形で兄を危険な場所に引き寄せてしまった原因が自分にある手前、ルカは自分を責めつつただ心配することしかできないでいる。
「ユウヒ曰く、自分が最前線に出ると漏れなく誰かついてくるらしくてな? そうなると一方的な虐殺になってしまうとか悩んでた」
「あいつまた何かやったの?」
「むぅユウヒばかり特別でずるいぞ・・・」
ユウヒが戦いの場に出る可能性があると聞き不安そうにしていたのはルカだけではなく、ほかの女性陣も顔に出ていたのだが、クマの若干呆れ交じりの言葉を聞いた瞬間その表情は変わり、リンゴとパフェはまるでユウヒを責めるような声を上げはじめ、ルカなきょとんとした表情で首を傾げた。
「ほかにも伝手で応援もいるみたいだから、あいつが最前線に出るのは最終手段らしい。だからルカちゃんはそんな悩まなくていいと思うぞ? 人殺しはよくないことだが、この世界じゃそう綺麗事も言ってられないらしいし」
「・・・はい」
兄が斜め上の悩みを抱いていると聞き思考が一瞬固まったルカであるが、ユウヒにも困ったものだと言いたげな笑みを浮かべるクマの言葉に神妙な表情で頷き、しかし僅かにほっとしたように息を吐く。
「そういえば、その徹底抗戦の返事は明日の朝なんだろ?」
「そう言ってたな」
一方、説明当初こそ神妙な表情を浮かべていたパフェであるが、すでに緊張の糸などと言うものは緩んでしまったのか、いつもと変わらないキラキラとした目でクマから詳しい話を聞きだす。
「あれか? 魔法で伝えたりするのか?」
どうやらファンタジーな世界で起こる争いに興味が出て来たらしく、魔法が飛び交う妄想を頭の中で膨らませながら、腰を浮かすと前のめりでクマに問い質し始める。
「何わくわくしてんだよ・・・。今日の降服勧告は大声だったからな、こっちも大声で返すか手紙とか矢文とかじゃね?」
「・・・・・・つまらん」
しかしクマから帰ってきたのはひどく原始的なやり取りであり、一気に熱の冷めたパフェは無言でぺたんとお尻を床につけて座ると、無感情な顔で心底詰まらなさそうにつぶやく。
「いや、詰まる問題か?」
「・・・・・・そうだ! リンゴ! バリスタの出番だ!」
いったいどんな妄想を膨らませていたのか疑問しかないクマは、脱力感を感じながらも律儀にツッコミを入れる。しかし、そんなクマのツッコミなど聞いていないと言う表情で虚空を見詰めていたパフェは、急に瞳の輝きを取り戻すと勢いよく立ち上がり、目の前のリンゴに気合いの籠った声を投げかけた。
「・・・いいわね、ネムちゃんに提案しに行きましょう」
あまりに短い提案で何が言いたいのかわからないクマを他所に、パフェとリンゴの間では意思の疎通がとれたらしく、にやりと笑みを浮かべたリンゴはゆっくりと立ち上がるとパフェを伴い部屋から出ていく。
「・・・?」
「俺知らねぇぞ・・・」
謎の急展開に頭のついていけないルカは、目を丸く見開き不思議そうに二人の大人の女性を見送り、彼女の前では頭を抱えたクマが自分は無関係であることを宣言しながら二人の冥福を祈る。
「うふふ、もう喉元過ぎたのね」
どうやらクマは、また二人がそろって何か仕出かし、ユウヒに怒られる未来を想像したようで、楽しそうな笑い声を洩らすメロンは短い言葉で二人の状況を明確に表すのであった。
喉元過ぎれば熱さ忘れる、どうやらユウヒに怒られた恐怖はすでに彼女達の喉元を過ぎてしまったようで、学習していないのか意図してなのか、それとも抑えられない何かがあるのか・・・。ただ、彼女たちが再度正座させられるのは、そう遠くない未来なのかもしれない。
いかがでしたでしょうか?
ハラリアの住民たちが基人族の戦力に戦々恐々とする中、里の重鎮たちによる会議はなんとも緩く、さらにユウヒの言動も緩い様です。しかしそれは無謀や無知から来るものでは無い様で、そんなユウヒ達の物語を次回もお楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




