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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
第一章 救出と救済

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第百六話 危機迫るハラリア

 どうもHekutoです。


 修正等完了しましたので投稿させていただきます。ほんのちょっとでも楽しんで頂ければ幸いです。



『危機迫るハラリア』


 切り開かれたハラリア周辺を囲む様に広がる森の中、そこでは数えるのも億劫になる様な数の人間たちが、ガチャガチャと金属のぶつかり合う音を立てながら慌ただしく動き回っている。


「ベティア様、準備完了しました」

 そんな騒がしい森の一角には、明らかに周囲とは雰囲気の違う天幕が張られており、中には森の中で使うには少々装飾過多な椅子に座ったベティアと呼ばれた男と、その男に何かの準備完了を知らせる革鎧姿の男がいた。


「うむご苦労」

 鎧姿の男と違い、ひょろりとした身体に煌びやかな服を纏ったベティアと言う男性は、サーキスと共にこの森を訪れていた男で、現在はハラリア侵攻の陣頭指揮を執っているようだ。


「しかし本当に問題ないのでしょうか」


「ふん、貴様はいつも小心だな」

 鎧姿の男の報告を満足そうに聞いていたベティアであるが、彼がどこか心配そうな顔で訪ねてくると、心底詰まらなさそうな表情で鼻息を洩らして男を小馬鹿にする。


「私が小心なのではなく、ベティア様が図太いだけではないですか?」


「はっきり言うな・・・」

 しかし小馬鹿にされた男は別段怒るわけでもなく、逆にベティアをジト目で見詰め首を傾げて見せた。そのあまりな言い分に、思わず男を凝視したベティアは何とも言えない表情を浮かべる。どうやら二人の関係は上司と部下の様な関係ではあるものの、一方的に強く出れる関係ではないようだ。


「言いますよそりゃ。どう考えても戦争になるじゃないですかこれ」

 それなりの配慮はするものの、貴族と話すには幾分気安過ぎる言葉使いの男は、これから起きる未来を悲観してウンザリと言った表情を浮かべている。


「ははは、貴様もまだまだだな」


「?」

 しかし彼の懸念はベティアにとっては無駄な心配であるらしく、急に笑い出して肩を竦めるベティアに、男は不思議そうな表情を浮かべた。


「今回の事で戦争など起きはしないさ、なにせ奴らにとって頼みの綱である世界樹は我々の手にあるのだ」

 ベティア曰く、エルフや獣人にとっての頼みの綱である世界樹を確保した今、自分たちに障害となるものは存在しないのだと言う。


「はぁ? でも世界樹は他にもあるって」

 しかし、鎧の男はこれからの侵攻理由を、獣人たちが不当に独占している世界樹の解放であると聞いていた為、それを守る獣人と戦うのは熾烈を極めると考えており、むしろエルフ達の行動が不気味に思えて仕方なかった。


「無いな」


「無いんですか? でも有るからここまできたんじゃ」

 そんな前提のもと不安を感じていた男であるが、ベティアはそんな前提を平気で覆す。ベティアがハラリアに世界樹が無いと言った事に目を丸くした男は、そのことが真実であるならば今回の戦いには一切侵攻の理由が存在しないことになり、急に感じ始めた嫌な予感に男は背中に一筋気持ち悪い汗を流す。


「確実性の高い情報を得ている。この世界に残る世界樹は既にあの世界樹一つだけだ」


「・・・それやばいじゃないですか! もう切り出してますよ!?」

 表情を引きつらせる男を見たベティアは、優越に浸るような笑みを浮かべると胸を反らし、誇るように自分が確保した世界樹はこの世界で最後の世界樹だと話し、その言葉を聞いた男は愕然とした顔で慌てだした。なぜなら世界を支えていると言われている世界樹が実質あと一本、しかもその世界樹に関してもすでに切り出しを始めており、その切り出し如何によっては世界が破滅するかもしれないのだ。


「多少切り出してもすぐに枯れたりはせん」


「いやでも・・・」

 貴族ではない一般人でも、世界樹は人にとって重要なものであることは誰でも知る常識である。またある程度の知識人であれば、ベティアの言葉と現状を顧みて鎧の男同様に狼狽える事であろう。


「故に奴らは我らの降服勧告に応えるほかないのだ・・・ふふふ」


「そりゃまぁそうかもしれないですけど・・・(この人色々陰謀巡らせる割りには抜けてるからなぁ)」

 それでも尚、不敵な笑みを浮かべ続けるベティアは、頬を引き攣かせる男の知識が及ばぬ場所で世界を見ているのか、それともただ何も見えていないだけなのか、男にとってはそれが後者の様に思えて仕方ないらしく、だらしなく緩んだ顔で低く笑い声を洩らすベティアを難しい表情で見つめる。


「なんだその顔は」

 目の前で見詰められ続ければ、いくら上機嫌で笑っていたとしても気が付くもので、その視線の主である男にベティアは不愉快そうな声と訝し気な表情を向けた。


「いえ、そろそろサーキス様の所に行かなくていいのかなと」


「そうだったな、あの馬鹿に動いてもらわないといけなかった。まったく面倒なことだ」

 不機嫌そうなベティアに首を横に振った男は、準備も整ったのだから総責任者であるサーキス子爵に声をかけた方がいいのではないかと話し、ベティアは男の言葉に今初めて思い出したように眉を上げ、すぐにまた不機嫌そうな顔に戻って椅子から立ち上がり歩き出す。


「・・・んー何だか嫌な予感がするんだよなぁ」

 自分より上位貴族であるサーキスの事を、当然の様に馬鹿と呼んだベティアを見送った男は、見送った彼の背中に嫌な予感を感じて身震いすると、自分の身を守るために行動を起こすべく豪華な天幕から姿を消すのであった。





 丁度そのころ、騒がしさが増す森の陰から見えるハラリア、その里を守る大きな壁の上も獣人達の声や走る足音で騒がしくなっていた。


「こっちの矢箱空だぞ!」


「急かすなすぐ持ってくる! てかなんで空箱があるんだよ」

 ハラリアを守るために里をぐるりと囲んでいる巨大な外壁は、森に自生する樹の中でも特に固く火に強い物で作られており、外壁の上には割と広い通路が用意されている為、外を警戒する獣人達は急に動き出した基人族とのいつ始まるかわからない戦いの為に、重たい荷物を片手に走り回っている。


「今のうちに油を足しとけ! 暗くなったら俺らの仕事が増えるぞ!」

 外壁の上から攻撃するための矢に石礫用の石が詰まった木箱の他には、手元や周囲を照らすための松明やランプ、それらに使う油壷などが忙しなく走り回る小柄な獣人の手によって設置されたり給油されている様だ。


 深い森故に夜が来るのが早いハラリアであるが、それ以上に様々な獣人が集まる故の問題もあった。


「夜目の効かない奴は早めに戻って来いよ!」

 それは、明るいうちは偵察役として戦力となっていた鳥獣族の大半が、夜は普通以上に視力が弱くなることによる戦力の低下である。森の夜はすぐに真っ暗になってしまうために、獣人達は鳥獣族の労働時間には特に気を使っていた。


「もう交代の子来てるから大丈夫だよー」


「暗くなったらお前らが着陸失敗するだろうが!」

 ただ種族の特徴故か、思考の緩い鳥獣族は危機管理能力が陸の獣人族より乏しいらしく、楽しそうに空を舞いながら笑う彼女たちは、大声を張り上げる狼系の獣人男性の言葉に今初めて思い至ったと言った表情で笑うのであった。


「ぐえ!?」


「きゃー!?」

 そんな女系種族である鳥獣族の女性が話していた交代の子とは、鳥獣族の中でも夜行性に特化された特徴を持つ種族であり、その分日が出ている間はあまり動きが良くない。その為、彼女らは日の出ている間はほぼ寝ており、急に駆り出された現在は移動して来たは良いものの、眠気や夜の為にあちこちで丸まって寝ている。


「なんでこんなところで寝てるんだよ!?」

 ただでさえ忙しく走り回る者が多い場所で、隅っことは言え小さくなって眠っていれば接触事故が起きるのも必然と言え、今も不幸なことにとあるネシュ族の男性が一人転倒し、毛布に包まって寝ていた鳥獣族女性に覆いかぶさってしまった様だ。


「・・・どいてよ変態!」

 このような場所ではよくある事であり、大半は互いに誤って済む問題であるが、急に起こされ不機嫌な女性に対して悪態をついたのが悪かった。


「ちょま!? 鉤爪はマジであぶねぇから!?」

 覆いかぶさり気遣う事もせず悪態をつくネシュ族の男子に怒った女性は、人で例えると両腕と手にあたる翼を振った反動で、軽く小柄な体を勢いよく飛び上がらせると、そのまま空中で一回転しながらまるで踵落としでもするかのように、鋭く足の鉤爪を男性に振るう。


「あー・・・すげぇ騒がしくなってるな」

 さらに追撃の鉤爪を振るい追いかける光景が、まるでカラスや猛禽類に襲われる猫の様に見えたクマは、女性は世界が違っても恐ろしいと言う事実を再確認すると、関わり合いにならない為に視線をユウヒに戻して何でもないかのように話す。


「外壁通路は結構広いから問題ないみたいだけど・・・気を付けないと突き落とされかねないな」


「おいおい、落ちたら死ぬぞ」

 クマの視線の先を見ていたユウヒは、今も追いかけられているどこかで見たことがあるネシュ族男性の冥福を祈ると、外壁の外に落ちない様にと設置してある手摺を握るクマに気を付けろと声をかけ、注意を促されたクマはびくりと肩を振るわせると恐る恐る外壁の下に目を向ける。


「クマだけな」


「なんでだよ!?」

 ちょっとしたビルの屋上くらいの高さがある外壁である為、万が一落ちればよく言われる完熟トマトの様なグロテスクな状況になるだろう。最悪の想像を膨らませた蒼い顔のクマが下を覗き込む姿に、ユウヒは何でもない様に呟き、クマは即座にツッコミを入れる。


「獣人脅威の身体能力、鳥人飛べる、俺も飛べる」


「助けてくんねぇのかよ」

 しかしそれも仕方ない事で、現在この場に居る中で普通の人間はクマだけなのだ。獣人族は落下時に爪を立てたり壁を蹴ったりなどして衝撃をやわらげ、怪我こそしても死にはしないし、鳥獣族は抑々飛べる。ユウヒに関しては空を飛ぶ種族ですら驚くような飛行を魔法で可能としているのだから、この場で落ちて死の危険があるのはクマだけなのだ。


「・・・善処する」


「それ当てにならねぇ奴だ!?」

 ユウヒ自身も別に助けないつもりはないのだが、クマの足先から頭の先まで見上げると、どこか不安そうに目を逸らし善処すると呟く。どう考えても安心できる返事ではないが、少し寂しそうな表情で叫ぶクマは、ユウヒが冗談交じりで話す時はまだ信頼できると知っている為、彼の反応も肩を小さく落とすだけで済んでいる。


「落ちなきゃいんだよ」


「そりゃそうだけど・・・お? なんかぞろぞろ出てきたぞ」

 それなりに長い付き合いであるクマは、ユウヒが無理な時は無理と言ってくれる人間であると知っており、その辺がクマにとって信頼が持てるところでもあった。


「基人族が出てきたぞー!」


「んー・・・兵士か?」


「見た目はそんな感じだけどな」

 そんな会話をしながら、監視の真似事をやっていた二人の目に、森の奥からぞろぞろと姿を現す人影が映り、すぐに物見の獣人男性が大きな声で叫ぶ。どうやら鎧や長物の武器を手にする姿から兵士だと思われる基人族であるが、見た目から兵士だと推測したクマにユウヒは首を傾げて訝し気な表情を浮かべる。


「その割にはだらだら出てきたな、もうちょっと整列とかしないのか?」


「式典なんかと違うんだからこんなものだろ?」

 何故なら森から出て来た大量の人間は、まるで都会の雑踏の様に込み合っているだけで規則正しさの欠片も無いのだ。観光地を名所に向かって集団で移動する修学旅行生の様に、談笑までしながら歩く兵士の姿に、首を傾げ疑問を口にするユウヒを見たクマは、苦笑いを浮かべると彼が見た限りでの戦力評価の下、こんなものではないかと肩を竦める。


「このまま戦闘?」


「いやぁ流石にそれはないと思うけど、人数多いし威圧かね?」

 クマも別に異世界を舐めているわけでは無いが、獣人たちの装備や目の前に迫ってきている兵士の装備を見る限り、長距離からの狙撃などよりも近距離での戦闘を考えられた装備ばかりの為、この距離で今すぐ戦闘が開始されるとは思っていない様だ。と言うよりも目の前に迫ってきている大群の雰囲気から、彼は威圧による士気の低下を狙っているのではないかと話す。


「威圧・・・牧歌的だな」


「そりゃ地球とは違うからな、地球でも昔はあったらしいし? それに結構効果はあるっぽいぞ?」

 いきなり戦闘が始まったり、奇襲や大きな魔法による爆撃なども考えていたユウヒにとっては、威圧と言う作戦が牧歌的に感じられたようだが、ユウヒの呟きに小さく笑うクマが周囲に目を向けた限り、威圧の効果は十分感じられるようだ。


「あー慌ててるな」


「はは、慌ててないお前もどうかと思うがな」

 クマの言葉に周囲に目を向けたユウヒの目には、慌てて外壁の外に目を向ける者や急いで外壁の中に退避する鳥獣族の姿が映る。むしろ、のほほんと構えているのは自分達だけである状況に、クマは場違い感を感じると自分の事は棚に上げてユウヒに苦笑を洩らす。


「本職が隣にいるし?」


「誰が本職だよ、俺は警備であって戦争屋ではありません」

 周囲を見回していたユウヒは、隣から聞こえて来る忍び笑いに振り返ると、見るからに一般人とは思えないがたいのクマを見上げながら当然の様に首を傾げる。クマの家は警備会社を営んでおり、必然的に彼もその会社に勤める事となっているのだが、テロが多発した十数年前の法改正と共に設立された警備会社は普通に考える警備会社とは少し違う。


「またまた御冗談を」


「俺はデスクワークの方がいんだよ」

 詳しくは割愛するものの、一般に考えるよりずっと荒事に慣れやすい環境で働くクマは、常日頃から平和なデスクワークに心の安寧を感じており、実際森野警備会社の中ではトップクラスのデスクワーク能力を持っている。


「にあわないなぁ・・・ん? 何か偉そうな人出てきたぞ?」


「遣っとくか」


「おいデスクワーカー」

 しかし、その芯の部分には業界関係者から戦争屋などと呼ばれる会社の空気が染み渡っている様で、ユウヒが見つけた偉そうな人物と言う言葉を聞いて、即座に効率的な戦況の打開策を提案してしまう。集団戦において効率を考えるならば、作戦指揮などを行う上官から潰すことが出来れば、優先して攻撃することが好ましい。


「イケメンは逝ってよし」


「エルフさん逃げて」

 しかしクマがその決断を行ったのは効率を優先しただけではなく、彼の嫌いなイケメンでさらに顔から滲みだす傲慢さが癪に触ったからでもあるようだ。足下の木箱から硬式野球ボールほどの大きさをした石を徐に拾い上げる友人に、ユウヒは呆れながら異世界でも有数のイケメン種族に注意を促し始める。


「エルフはしょうがない」

 今にも全力投球をしそうなクマであったが、ユウヒの言葉に動きを止めたかと思うと、辛い現実を真正面から受けた様な悲しそうな顔で首を横に振るのだった。時に圧倒的な戦力差を目の当たりにした者は、その大きな壁に戦意を喪失するものなのである。


「聞けぇい! 愚かな森の民ども!」


「お?」

 イケメンと言う壁に肩を落とすクマの背中を、慰める様に叩くユウヒ達に周囲の獣人達が首を傾げていると、先ほどユウヒが偉そうだと言っていた人物がメガホンの様なモノを口に当て、大きな声を張り上げて始めた。


「我らが偉大なるサーキス子爵のお言葉を伝える!」


「ほう、あの太いのがサーキスししゃもか」

 基人族の声により急激に周囲の緊張が高まる中、イケメンの隣でふんぞり返る豪華な服で着飾った男に目を向けたユウヒは、右目の力を使ってその人物がイケメンの言うサーキス子爵である事を確認する。しかし、目の上に手を翳すユウヒを真似しながら顔の周りを飛び交う精霊が、彼の口の前で羽ばたいたことで大事な部分を噛んでしまう。


「ぶふっ・・・子持ちか?」


「雄で子持ちとはまた面妖な・・・」

 言葉を噛んだユウヒに思わず笑ってしまうクマは、その場のノリで恍けたように話し首を傾げ、いつものノリでユウヒもボケ倒し始める。基本的にこの二人だけの会話だとボケ倒すことが多く、普段ツッコミに回らざるを得ないことが多いための反動なのかもしれない。


「・・・(この場でこの余裕、流石ユウヒ殿のご友人と言うことか)」

 緊張感の欠片も無く笑い合う二人の様子は、当然周囲の獣人達も気が付いており、その姿が恐れを感じぬ者の余裕に見えた獣人達は感心すると同時に、緊張で無駄に張っていた力を自然と抜いていく。


「・・・(クマさんすてき)」

 また一部の獣人女性は、圧倒的な戦力差を前に友人と笑い合うクマの姿に好感度を上げていくのだった。



 いかがでしたでしょうか?


 基人族に包囲され始めるハラリアと慌ただしくなる獣人とエルフ、そんななかいつも通りなユウヒ達でした。のほほんとしているユウヒ達はこの後どうなるのか、次回をお楽しみに。


 それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー

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