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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
第一章 救出と救済

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第百四話 帰りを待つのは

 どうもHekutoです。


 修正等完了しましたので投稿させていただきます。少し量が増えましたが、その分楽しんで頂ければ幸いです。



『帰りを待つのは』


 痙攣した風の精霊を頭の上に載せたまま農村周辺をぐるりと回り、集めた薬草を手早く纏めて行くユウヒが、復活した風の精霊を見送ってから数時間後。


「そっかー明日にはもういっちゃうんだね」


「いろいろやることが多くてな」

 ミルーカ達の家の食卓で食前茶と言う飲み物を飲んでいるユウヒは、明日の朝には森へ出発すると話し、残念そうな表情を浮かべるミルーカに肩を竦めながら、困ったように笑っていた。


「旅人とはそう言うものです。ですが何かあればまたいつでも寄ってください」


「また何かあればな、その時は面倒事じゃないことを祈るよ」

 胃腸の調子を整え、食欲増進と胃もたれ防止の効果があると言う茶色いお茶を飲みながら、イジェのいつでも寄ってくれと言う言葉に嬉しそうに頷くユウヒであるが、次にお世話になるときは面倒事がないことを願わずにいられない。


 実際今回も、農村に異常がないことを確認するまで胃の痛い一時を過ごしたわけで、現在ユウヒが胃腸に良いお茶を飲んでいるのも、そんな彼の体調に目敏く気が付いたミルーカの気遣いなのである。


「それじゃ今日はいっぱい食べないとね! 明日は森まで向かうんでしょ? 遠いからたくさん食べないとすぐお腹すいちゃうよ」


「・・・(ええこやなぁどっかの誰かに爪の垢でも・・・)」

 天真爛漫な言動の中に見え隠れするミルーカの気遣いに、心の中でほろりと涙を流すユウヒは、日本ではまみえることの少ない純朴な女性に笑みを浮かべながら、これから向かう森で待つ友人たちに爪の垢でも届けてやろうかなどと思わず考えてしまう。


「食べ過ぎたら動けなくなりそうですが、でも好きなだけ食べてください。前回は芋だけでしたが、今回はそれ以外の作物も採れましたから」


「確かに、緑とか赤とかカラフルになってるな・・・うん美味い」

 お茶を飲み終えたユウヒがテーブルの上に木製のコップを置くと同時に、料理を盛り付けていたイジェがユウヒ目の前に暖かい料理を置いて行き、彼女の言葉で視線を誘導されたユウヒは、カラフルな色合いの料理に自然と箸を伸ばす。


「ふふふ」

 異世界に来てから今まで色々と食事を摂って来たユウヒであるが、いい加減食べ辛かったのか、農村を見て回った道中で質の良い木を見つけ箸まで作っていた。そんな見慣れない道具を使いパクパクと料理を口に運んでいくユウヒに、料理を並べる手を休めないイジェは嬉しそうに微笑む。


「緑カロットに赤カロットだよ、甘くておいしいの」


「モグモグ(味も食感も人参だな・・・形も少し丸っこいが良く知る人参っぽいな)」

 ユウヒが手を付けた料理は、一口サイズ程度の短冊状に切られた淡い赤や緑の野菜と同じように切られた芋の炒め物であった。食感も噛んだ時に感じる甘みも人参のそれである炒め物は、塩との相乗効果でより一層甘く、また異世界の人参故か爽やかさもあってユウヒの舌を大いに楽しませる。


「カロットはね? 元々はオレンジ色だけなんだけど、昔々の賢者が魔法で種類を増やしたんだよ」

 咀嚼しているユウヒが、部屋の隅にまとめて詰まれた色とりどりの人参に不思議そうな視線を向けた事に気が付いたミルーカは、口に頬張っていた芋を飲み込むとユウヒが気にしているカロットについて説明し始めた。どうやらこの世界の人参、もといカロットはオレンジ色しかなかったそうである。


「色ごとに栄養が違うそうですし中には薬になる物あるそうで、それぞれ味も少し違う気もします」


「なるほど・・・品種改良か、いやもしかしたら遺伝子を弄ったのかもなぁ」

 しかし大昔に存在した賢者の手によって、オレンジの他に何十種類と言う色のカロットが生み出され、それは色が違うだけではなくそれぞれに栄養割合が違っており、中には薬効まであるカロットもあるのだと、ユウヒに料理を装いながらイジェはカロットについて話す。


 イジェの話を聞きながら、この世界に大昔から品種改良と言う概念があったことに少し驚くユウヒであるが、古代の遺産を右目で調べた限り、かなりの超文明が一度滅んでいそうな事に思い至ったユウヒは、難しい表情を浮かべてカロット料理を見詰める。


「もふ? ・・・私は紫カロットが好きなんだけど、育てるのが面倒だから今は無いの」


「・・・面倒と言うか、青カロットを一緒に育てないといけないのが嫌なんでしょ?」

 そんなユウヒを見たミルーカは首を傾げ、パクパクと口に料理を頬り込みながら僅かに不満そうに眉を寄せて紫カロットとやらについて話し、イジェは可笑しそうな笑みを浮かべながら青カロットの名を出してミルーカの顔をさらに顰めさせた。


「青いカロットか?」


「・・・」

 自らの弱点をばらされたミルーカはイジェに口を窄めて見せるも、ユウヒの問いかけに反応するとその視線を明後日の方向へと向けて恍けてみせる。


「ミルーカは青い食べ物が苦手なんだ」


「むぅ・・・」


「なるほど」

 どうやら、何でもおいしそうに食べる雰囲気のあるミルーカにも好き嫌いはあるようで、イジェの言葉に苦笑を漏らしながら納得するユウヒに、頬を膨らませたミルーカはカロットの話しを無理やり切り上げ、今度は別の料理に入っていた野菜の説明を開始するのであった。





 ミルーカの野菜好きは本物だな、日本の農家さんもあれくらい話せるものなのだろうか。


「ふぅ・・・食い過ぎた」

 しかし、ほぼすべて野菜や芋だったとは言えあれだけ食べるとお腹が苦しい。部屋に戻ると言って立ち上がると同時に胃もたれに効くお茶を渡されたときは、その心遣いにキュンとしてしまった。あれが姉さんやリンゴならゲーム大会に強制連行だろう。


「異世界の野菜は色々食べたつもりだったが、魔王領は森と違うものが多かったな」

 それにしても、今日食べた料理は本当に多種多様な野菜だった。森で出された食事も野菜が中心だったけど、魔王領とはだいぶ植生が違うのか今日は食べた事のないものばかりだった気がする。


「比較的土の中で育つものが多かったか、魔王城ではほとんど肉だったけど」

 ミルーカもイジェも葉物野菜が好きだと言っていたが、こっちでは育ちにくいのか根菜類が多かった。一方で森だと葉物が多く、根菜と言えば畑を元気に走り回るモリコマンドと言う、根菜と言って良いのか微妙に困る野菜? くらいだったな。


「こっちの食材で料理したことないから元の形はわからないけど、味は特に問題なかったな」

 魔王領ではあんなアグレッシブな野菜はまだ見ていないし、お城ではほぼ肉ばかりであったが、特に困るような味の物はなかった。料理する前の姿を見て見たくもあるが、モリコマンドを思い出すと少し怖い。なんせリンゴや姉さんが逃げ出すくらいだからな、あんなに猛々しいのにどうやって食べるんだろ。


「・・・それでも日本の味が恋しくなるのは仕方ないか」

 どこからどう見ても動く大根なんだけど、そんなことを考えていると日本食が恋しくなってくる。腹いっぱい食べた直後だというのに、大根が入った家の味噌汁が恋しくなってくるのは、ホームシックと言うやつなのかもしれない。俺でもこうなのだから、早く流華を家に帰らせてあげないといけないな。


「さて、寝る・・・前にこの薬草の山を処理しないと」

 どこからともなく、母さんの作った味噌汁の香りがしてきそうな気分を振り払った俺は、寝ようかとベッドに目を向けたのだが、その脇に置いていた草の山を見て処理する予定だったことを思い出して浮き上がった腰もう一度床に下す。


「しかし、たった数日でここまで緑あふれる大地になるとは、魔力ってすごいなぁ」

 ここのところ繰り返している製作作業から、魔法を使って素材の下処理を行うことで、合成魔法を使った時の魔力消費が抑えられることに気が付いて以来、採取した物は下処理をしておくことにしている。


「・・・よし、濃縮液っと」

 農村の周りを見回った時は、すぐに確保しておきたかった魔力回復薬だけ手早く作ったが、それ以外の物は有限な魔力を節約するためにこうして持って帰ってきていたのだ。


「乾燥根の粉末・・・ぺろり、これは!?」

 決して奴らに仕返しを企てたわけではない。誰にともなく言い訳をしつつ、濃縮液を詰めた瓶に間違って飲まないように札を張り、次に引っこ抜いてすぐに乾燥させておいた根っこを粉末にしていく。テンプレで一舐めして驚いてみたが、特に驚くような味はしない。


「と言うか、サスペンス物の人達は毒物舐めても大丈夫なんだろうか? うん、こっちは酸っぱいな」

 薬の材料になるようなので採取しておいたが、別に毒物と言うわけではないので気にせず味見しているのだが、白い粉を舐めて毒物や麻薬を判別している人たちはよく躊躇せず舐められるものだ。正直俺はこの金色の右目がなければ絶対にマネしない。


「これとこれを混ぜて・・・魔法で出した水で薄めて」

 正直、最初は金色になった右目を見てどうしたものかと考えもしたが、これだけ便利な力ならば色が変わるくらい些細な問題である。なんて考えられたら楽なんだろうけど、まぁ便利ではあるのだ、何せ薬に使える草や根の判別も出来てさらに素材を揃えてまとめて視るとどんな薬が作れるかまでわかるのだ。


「さらに程よく加熱すると、おお! 色が変わった」

 作り方までは解るものの、細かな配合まで見ようとするとまた視界が塞がれてしまうとは言え、トライ&エラーを繰り返せばそのうちできるので問題ない。


「やはりガラス瓶がほしいな、三角フラスコとか試験管とかあればもう少し作りやす・・・」

 この薬は色の変わり具合で効果が少し変わるらしいのだが、陶器の瓶ではどんな色か細かく見分けるのが大変だな。理科実験器具専門店みたいなところでガラス器具を買うか、いっそ作ってみるか・・・いやまて、俺は何をしているんだ。


「あれ? おかしいな、乾燥とか粉末化させて下ごしらえだけのつもりが、すでに数種類の薬を作ってしまっていただと?」

 おかしい、下ごしらえだけのつもりだったのに、考え事をしていたら新たな薬を作り出してしまった。しかも色の変化で効果が変わるなんて知ってしまったせいで、グラデーションになるように薬の入った小瓶を並べてしまっている。


「・・・・・・片付けて寝るか」

 無意識って怖いな、体が勝手に動いてしまう。特に娯楽もないからかいつも以上に物作りにたいして身が入ってしまう。良い事のような気もするけど、明日も早めに出ないといけないし、今日はこのぐらいにしておかないと。


「作った物は仕方ないので小分けにして、乾燥させた物は束ねて布に包んでっと」

 せっかく作った薬は捨てるのももったいないので、同じ効果の薬をまとめて薬瓶に詰めておく。副作用が眠くなるだけな痛風の特効薬とか日本でも売れそうだな、まぁもうあるかもしれないけども、こっちは腰痛や関節痛によしと、全体的に沈痛剤と言ったところかな。


「これは・・・二人に上げてしまおう。畑仕事は手が荒れるからな」

 一番色が薄くてドロドロした液体は、魔力を込めてみたら肌荒れ用になっている。正直日本にも類似品はいっぱいありそうだし、量も多いからこれはまとめて二人に置いて行ってあげることにする。なんせあれだけ広大な畑を二人で収穫するのだ、肌荒れ用の薬があって困ることはないだろう。





 ミルーカ達が寝静まった後もしばらく起きていたユウヒが、翌朝目覚めたのはやはり例の社畜精神によって習慣となっている早朝。お城の布団より硬くはあるも、自分の部屋の寝具より寝心地の良いベッドから起き上がったユウヒは、朝一から大量の朝食を用意され引き攣った笑みを浮かべていた。


「ユウヒありがとう! 絶対また来てね? 次はもっともっと歓迎してあげるから!」

 朝から食べ過ぎでおなかを擦るユウヒは、朝日も出て間もない時間とあって少し薄暗く感じる空の下、ミルーカの元気な声で見送られている。


「これ以上食べたら腹が破裂してしまうよ」


「ならば味で勝負だな、任せてくれ」

 ユウヒの置き土産である少し大きめな薬壺を抱きしめているミルーカに、ユウヒがお腹を押さえたまま十分すぎる量であったと苦笑を漏らすと、今度はイジェが目を輝かせて笑みを浮かべた。どうやら出された物を全て平らげて見せたユウヒの喰いっぷりに機嫌がいいらしく、彼女にしては珍しくミルーカの様な気合の入り方である。


「十分美味しかったと思うんだが」


「そう言ってくれると作った甲斐がある」

 きりっとした表情で胸を張る彼女に、ユウヒが首を傾げながら十分おいしかった伝えると、彼女は気合の籠った顔から力を抜いて少し恥ずかしそうに微笑んで見せるのだった。


「それじゃ体に気をつけてな」

 妙な気合の抜けたイジェに笑みを浮かべたユウヒは、もう一度ミルーカに顔を向けると、別れの挨拶と共に歩き出す。


「うん! ユウヒも気を付けてね!」


「ご武運を」


「おう、またなー」

 歩き出すユウヒに一歩足を踏み出したミルーカは元気な声で見送り、イジェはふわりと宙に浮かび上がるユウヒに会釈すると旅路の無事を祈る。空中で姿勢を安定させ彼女たちにもう一度振り返ったユウヒは、手を振りながら薄雲が流れる空へと上昇していく。


「・・・ねぇイジェ」

 小さくなり空に消えていったユウヒにブンブンと音がなるほど手を振っていたミルーカは、すっと手を下し後ろを振り返ると、目の前のイジェに声をかける。


「はい?」


「私にお料理教えて!」


「え? ええ、良いですけど・・・珍しい」

 急に声をかけられたイジェは笑みを浮かべたまま小首をかしげ、彼女のお願いを耳に入れると心底不思議そうな声で返事を返して、小さくはあるが心の底から珍しいとつぶやく。


「昔ね、お母様に聞いたの」


「・・・何をです?」

 基本的に料理はイジェの担当であり、ミルーカは気が向いた時にちょこっと手伝う程度である。飽き性なミルーカは今まで本格的に料理の練習などしたことがなく、まともに作れるのは蒸かし芋くらいであった。そんな彼女が急にどうした事かと不思議そうな表情を浮かべていたイジェは、彼女の母と言う存在が説明に出てきた瞬間その顔を訝し気に歪める。


「男は胃袋を掴むと良いって!」


「い、意味わかってます?」

 母から聞いたと言う言葉を力強く宣言するミルーカに、訝しげな表情を浮かべていたイジェは思わず脱力してしまう。どうやらこの世界にも男を捕まえるなら胃袋を掴めなる格言は存在する様で、意味合いも大体あっているのか、少し顔を赤くしたイジェはミルーカを問い質す。


「喜ぶんじゃないの? あとはベッドの上「はいはい」え? わわ!?」

 しかしどうやら彼女はその正しい意味を知らないようで、真昼間から外で叫んで良いような内容ではない事まで話し出しそうになり、


「先ずは畑仕事、料理はその後です」


「い、イジェどうしたの? なんだかこわいよ?」

 慌てて彼女の襟首をつかんだイジェは、そのまま彼女を畑仕事へと連行するのであった。いくら二人しか居ない農村とは言え、家の近くには街道もあってまれに行商人が通る事もあるのだ。そんな通りすがりにミルーカの痴態を晒すわけにはいかない親代わりのイジェは、彼女に正しい知識を覚えさせることを誓うのであった。





 それから数時間後、イジェから正しい知識と、自分が大声で話そうとしていた事の意味を教えてもらったミルーカが、昼食の芋を手から落として顔を赤く染めている頃、


「・・・地面より空の方が魔力多かったな、これはあの二人のおかげかな?」

 ユウヒは無事ハラリア上空まで到達していた。


「よっと、だいぶ早かったな。寄り道しなければ空を飛んでまる一日で魔王城まで行けそうだ」

 昨日と同じく体に悪そうな急降下でハラリアに降り立ったユウヒは、軽い声と着地音でハラリアの地面を踏むと、わずかに残った勢いを殺すように数歩弾むように歩き、真っ直ぐ世界樹に向かって歩き出す。


「といっても休まずになるだろうからやりたくない・・・お?」

 体の調子もよく、空気中の活性魔力も増えたことで魔法の調子が良いユウヒであるが、魔王城とハラリアの間を丸一日飛び続けるのは、出来てもあまりやりたいとは思わないとつぶやくと、遠くから勢いよく近づいてくる存在に気が付き顔を上げる。


「おとうさんおかえりー!」


「とう!? ふぅ・・・元気だな」

 勢いよく飛んできたのは、目の前に聳え立つ世界樹の精霊でありユウヒの娘でもあるシュリであった。勢いそのままユウヒに抱き着こうとするも、彼女のターゲットが自分の頭であることを察したユウヒは、首に多大なダメージを負う未来を感じ取り、素早い動きで少女の脇に手を入れると衝撃を逃がすように持ち上げてゆっくりと地面に着地させる。


「げんきだよ! それよりこっち!」


「おっと? そんなに急いでどうした?」

 ユウヒの頭に抱き着くことには失敗したものの、彼の行為は思いのほか面白いものであったらしく、無邪気に目を輝かせて地面を飛び跳ねるシュリ。ユウヒの引き攣った笑みを見上げて元気よく返事を返した彼女は、再度空中に浮かび上がるとユウヒの手を取り力強く引っ張り先導する。


「んふふぅ♪」


「・・・なんだろう? その笑みには嫌な予感を感じるのだが」

 幼女趣味ではないものの、汚い大人の世界に染まってしまったユウヒにとって、小さな子供の笑顔は癒しそのものである・・・はずなのだが。彼女が見せる満面の笑みに何故か薄ら寒いものを感じたユウヒは、引っ張られながら次第に近づいてくる世界樹を見上げると、思わず心の声を呟いてしまう。


「いやなことなんてないよ! すごいんだから」


「そうか、すごいのか・・・(嫌な予感の原因はこれか?)」

 嫌なことなんて何もないと笑顔で語るシュリの笑顔を直視したユウヒは、彼女のすごいという言葉に嫌な予感の原因が世界樹関連であることを確信し、この先で待っているであろう母樹の笑みを思い浮かべ、小さくため息を吐くのであった。





 そこには笑顔があった。


「アナタ! おかえりなさい」


「おうただいま・・・やはり不敵な笑みが」

 満面な笑みでしかないはずのその顔には、俺にだけ感じられる不穏な気配が確実に存在している。これはよく母さんが一切の悪気なく父さんを追い詰めるときの笑顔に似ている気がするのだが、一体どんなすごいことが待っているのか不安でしかない。


「こっちですよ」


「何をそんなにいそい・・・」

 母子に両手を引っ張られながら歩く、それはとてもほほえましい光景でしかないはずなのだが、今の俺にとっては微笑ましい彼女たちの姿より、目の前に近づいてくる大きな何かの方が気になり、さらにその中に鎮座していた見覚えのある球体を目にした瞬間時が止まる。


「見てください! 新しい世界樹の種です!」


「・・・oh。やっぱりかぁ」

 そこには世界樹の根が集まって作られている、人が一人くらい入りそうな鳥の巣状の空間になっていた。さらにその巣の中央には、以前母樹に見せてもらった物と同じかやや明るい色合いをした世界樹の実が鎮座している。実と言うがその本質は種であり、母樹達世界樹の精霊は種と呼んでいる物だ。


 まさか、つい最近彼女が話していた内容が現実になるとは、いや待てユウヒ、まだ焦るほどの状態ではない。


「アナタのおかげでこの子も種を実らせることが出来たのです! あぁなんて素敵なんでしょう」

 確か種とは、彼女達が単独で作れるものであると言っていた。目の前で周囲に花弁を舞い踊らせる母樹曰く、魔力はある程度必要であるが芽を出させるほどは必要ないと。それ故まだ事案発生で焦るようなの状態ではないはず。


「この子はおとうさんと私の子なの!」

 ないはずなのだが、なぜかすでにこの種は俺の子供であると嬉しそうに話すシュリ。母樹より大きな姿であるが幼さを残す彼女は、巣の中から大事そうに種を取り出すと胸に抱きかかえ俺の前で満面の笑みを浮かべている。


「いやいやいやいや? その理論は可笑しい、俺何もしてないじゃん?」

 しかしその理論は可笑しい、これは彼女の魔力で作り出した種であって? 俺は何も関与していないはずなのだ。


「・・・そうですね? でも、アナタの作った装置から溢れる濃厚な魔力と、シュリの間に出来たのですから、アナタ子でもいいのでは?」

 俺の助けを求める様な視線に気が付いた母樹は、動きを止めて考え込むと首をこてりと傾げて俺の意見を肯定してくれる。そんな母樹の援護にホッとしたのも束の間、彼女はでもと口にしてとんでも理論を展開し始めた。


「おかしい! それは可笑しいからね!? 魔力源は大地なんだから俺ノータッチだよ!?」

 どうやら、シュリが実を結ぶことが出来た大きな理由は、俺が作った大型の魔力活性化装置の存在が大きかった様で、活性化装置が無ければ実を結ぶことは出来なかったようだ。しかしだ、だからと言って俺の子と言うのは可笑しいと思う。だって元になる不活性魔力は大地から汲み上げた物であって、俺が提供した物ではないのだから、たとえそれが俺の装置を介していたとしても俺ではないのだ。


「おとうさん・・・いやなの?」

 俺が全力で否定していると、実を胸に抱えたシュリが酷く悲しそうな顔で俺を見上げてくる。


「うっ・・・嫌と言うか、倫理的にアウトの様な? いや、だが、ぐぬぬぬ・・・」

 女性の泣き顔とか俺凄く苦手なんですそんな顔で見上げてこないでください、折れてしまいます。なんせこの子は俺の子供になるらしいんですよ? 結婚はしてないけど、その子と俺の子供って倫理的にアウト・・・いや? この場合俺の制作物もまた俺の子供のようなものであって、そうなると子と子の子で孫? いやいや余計にアウトだろ・・・。


「精霊に人の倫理など関係ないと思いますよ?」


「え、いや・・・うぅぅぅん?」

 確かに母樹が言うように、精霊に人の倫理観を求めても仕方ないと言う事は、わからないでもない。しかしその辺を理解してくれそうにないのが友人の中にいるわけで、急に怒り出しそうだし、俺個人としてもそのへんどうかと思うんです。あ、でもまだ種の段階なら芽が出てないわけだしセーフ―――。


「あ! 芽が出た!」


「!?」

 あうとー!? なぜこのタイミング、立ち合い出産ならぬ立会萌芽? 母樹さんなんですかその笑顔、無駄に母性があふれてませんか? でも考えてることはよくわかりますよ、だってあなた娘と俺で子供作れとか言ってましたもんね。


 シュリは、嬉しそうだけど・・・報告しないとまずいんだろうな、いろいろこの苗で出来ることも増えそうだし、姉さんにばれなきゃだいじょうぶかな? うん、状況を煽りそうな我が友人たちにも秘密にしておこう。



 いかがでしたでしょうか?


 ユウヒがハラリアに帰還しました。そして森から感じていた嫌な予感の原因が判明した様です。しかい森から感じられていた予感は複数、この先まだ何か起きるのか是非お楽しみに。


 それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー

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