第四話「皆殺しの歌」
平成27年皇大文芸倉陵祭号掲載
17、夢
輪は頬杖をつきながら、小さな口で、大きな欠伸をした。節々が痛く、瞼は重い。昨日と今日で、さすがに疲れが溜まっている。
昨日、トランクから見つけたジュラルミンケースの中の収益金をカバンに詰め込み、輪と藤岡は軽トラの中で夜を明かした。
軽トラを、襲撃前に潜伏していた廃車置き場に戻すという策を使った。灯台もと暗し、よもや、すぐ近くに犯人が潜伏しているとは、警察も考えなかった。
そして、二人は寝不足のまま、大金をカバン、リュックに詰め込み、何気なく登校したということである。
「めぐちゃん!おっはよう!」
「ぐふぇええ!」
輪の上に体重が覆いかぶさり、一瞬呼吸できなくなる。
「元気~?」
「どいてぇ……お願い……死んじゃう」
輪が必死に声を絞り出すと、体重が消えた。
「ごめんごめん。最近人に抱きついてなかったから、つい」
「……どれだけ苦しいか分かる?」
「ごめんってぇ~」
「謝らなくてもいいよ。どうせ、次もやるし」
輪は蔑んだ瞳で、香に似た少女――津島咲を見上げた。咲はさすがに、ばつの悪そうな顔をしている。
「ほら、機嫌直してよ。飴ちゃんあげるからっ」
「そんな大阪のおばちゃんみたいな戦法に、私が乗るとで……ぐふぅ」
「はい、チュパ○ャプス」
「うーっ、ほのやらう!」
輪は棒付き飴を口に突っ込まれてうまく喋れない。そして、咲が匂いを嗅いで、不思議そうな表情をしたことにも気づかなかった。
「かっーーっ!!ゾクゾクするような背徳感ゲットしたところで、じゃあね~」
咲は流れるような長い黒髪を翻して教室を出ていく。輪は、結局何しに来たんだという目で、咲の後姿を見送った。
「……ま、いっか」
輪は溜め息交じりにつぶやく机に突っ伏した。そして、ホームルームまでに時間が無いことが分かり、大急ぎで食べ終えた。
ホームルーム後の授業は眠く、輪は瞬く間に、夢の世界に引きずり込まれていった。
それは、両親の夢だった。笑顔の絶えない、幸せな夕食。
しかし、それは突然の轟音で叩き壊される。
床の血だまり。覆面。叫び声。
赤く染まる、小さな手。
輪はハッと目を覚ます。額に汗を浮かべ、息は荒かった。
18、訪問者
ひどく眠い一日が終わると、輪はいつものように一人で帰宅する。
見慣れた、夕焼けに染まる街。髪先を揺らし、耳元をくすぐっては通り過ぎていく風。
ふと、輪は自分の手の平を見た。小さく、白い繊細な手だった。そっと、握りしめる。
「何も変わらない、誰ひとり、気付かない」
他人事、だからかな――輪は誰にも聞こえないような小さな声で呟く。瞳には、薄く濁った、翳りが覆っていた。
玄関前に着くと、面識ある男が立っていた。輪と目を合わせると親しげに微笑む。
「よう」
「邦おじさん!」
輪は目を輝かせて言った。彼は死んだ両親の友人で、輪とも長い付き合いだった。
「元気にやってるか?」
「はい!えと、上がってください!」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
輪は玄関の鍵を開けて、七崎をリビングに案内した。七崎は、靴を奇麗にそろえて、上り込んでいた。
「ガレージは使えないみたいだから、車は前に停めておいたよ」
「あ……すいません、今ちょっと片付けに使ってて」
「いや、いいよ」
輪は台所でお茶の準備をしている。七崎はソファーに深く腰を下ろしていた。
「そういえば、警察のお仕事はどうしたんですか?さぼりですか?」
「うっ。それは……」
七崎の目が動揺で泳ぐのを見て、輪は口元に手をあてて、くししと悪戯っぽく笑う。
「休憩だよ。休憩!なかなか疲れてね……」
「大変ですね……体には気を付けてください。はい、どうぞ!」
湯呑を差し出す。七崎は受け取ってうまそうにゆっくりと飲んだ。
「背は伸びたかい?」
「うっ……す、少しは伸びてますよ、へへ」
輪は目を泳がせたが、笑顔で誤魔化す。七崎は吹き出すように笑って「そうか」と頷く。
「うん……輪ちゃんは成長したよ。少し前までは、小さかったから」
「初めて出会ったのは、私が事故の後に、目を覚ました病院でしたね」
「覚えてるか?」
「起きた時に、『お腹減った』って言いました」
「そして僕は蕎麦屋に連れて行ってあげたっけ。今思えば、良く外出許可がでたなあ」
七崎は懐かしそうに目を細めた。輪は、窓に手を当てて、沈みかけている夕陽を見つめている。
「……最近、父と母の夢を見るんです」
七崎は彼女の後姿に視線を移す。輪は続ける。
「夢の中の私は、一家団欒、楽しい夕食を取っていました。だけど、玄関から物音がして……」
「熱っ!」
七崎が声を上げた。輪が振り返ると、湯呑が床に落ちている。彼の手から、手から滑り落ちたらしい。
「大丈夫ですか!?すぐ雑巾を持ってきます!」
輪は慌てて台所に戻り、冷えたタオルで七崎の濡れた太ももあたりを拭く。
「すまん。自分で拭くよ」
「はい……注意してないと、ダメですよ」
輪は、まったくと言うように口を膨らませて、タオルを渡した。
「大の大人が心配されちゃあね……」
七崎は、ニヤリと笑う。
その時、チャイムが鳴った。
「あ、こっちは良いから、玄関出て」
「は、はい」
輪は急いで玄関に行って扉を開けると、そこには藤岡が立っていた。リュックを背負っている。
「打ち合わせに来た」
「ちょっと待って……」
「お、お客さんか。君は確か……聞き込みの時の」
藤岡は礼をした。七崎も礼を返す。
「そうだ、輪ちゃん」
「なんですか?」
「最近は物騒だから、気を付けて。鍵はしっかり掛けるように」
「は、はい」
七崎の注意に呆気にとられたが、すぐに彼の真剣な顔はいつもの優しげな顔に戻っていた。
「僕はそろそろ帰るよ。邪魔しちゃ悪いだろ?」
「邪魔?何のことですか?」
輪は首を傾げるが、七崎はニヤニヤしながら二人を交互に見て、玄関を出た。手を振って、ガレージの方へ回っていく。
輪も手を振り返したが、七崎の言葉を、その瞬間理解し、恥ずかしさから耳を赤くした。
「知り合いか?」
「うん。私の死んだ両親の友達」
藤岡が尋ね、輪は耳を両手で隠しながら答えた。
それから、輪は藤岡を自室に招いた。
「金を返しにきた」
「えっ!なんで?」
輪は一瞬、不思議そうな目を藤岡に向けたが、察したように目を細めた。
「……わかったよ。藤岡くんは奴らを殺す以外、興味は無かったね」
「ああ」
輪はリュックを受け取り、いくらか札束を取り出す。
そして、帯を破り取り、ベッドの上にぶちまけ、ダイブした。
「ふふ、お金の海」
輪はニヤリと笑うと、まとめてすくい取り、そのまま放り上げる。
ひらひらと、黄土色の紙がゆっくりと舞い降りた。
輪は歓喜の笑顔をつくろうとしたが、寂しげに目を伏せることしか出来なかった。
「金が目当てだったのか?」
藤岡の問いかけに、輪は仰向けになって首をふる。
「全然。得たのは、刹那的な快感だけ」
「だろうな」
輪はスレンダーな線の右足を折り曲げ、全体の力を抜いたようだった。スカートがまくれ上がり、太ももが露わになっている。全く無防備な身体だ。
「……どうしたものかな」
輪は、深い吐息と共に呟いた。
19、狩りの時
その日から2か月経った。定期考査も終わり、あとは夏休みが来るのを待つのみだ。
輪は、机の上で、ノートにまとめたことを読み返し整理をしていた。特に最近のニュースについてだ。
暴力団の抗争はいまだに続いていた。特に、手打ち寸前での乗用車襲撃事件は、終わりなき憎悪の連鎖を生み出した原因であったようだ。
また、警察は学生同士の殺傷事件も解決できず、生存者は退院したとの情報もあった。
「そろそろかもね」
輪は、ノートを閉じ、机の中から大型のバケーロリボルバーを取り出した。
11・4ミリの確実な死を感じさせる銃口と、フレームに収まったM36よりも巨大なシリンダー、4・75インチの長く太い銃身。銃口からフレームまで伸びているエジェクター、大きく湾曲したグリップ、引き代が短い、SAオンリーの引鉄。
西部劇のガンマンが持っているコルトSAAシビリアンモデルにそっくりだ。それもそのはず、アメリカのスタームルガー社が、SAAをコピーした拳銃である。
輪はバケーロリボルバーのハンマーを親指でコックして、自分の口の中に突っ込む。ひんやりと冷たい銃身が、口の中で心地よく思えた。
カチリッ。
引鉄が引かれると、ハンマーは空のシリンダーを叩き、乾いた打撃音を響かせた。
***
沢木と汐莉は、2か月ぶりに学校以外で顔を合わせた。
場所は汐莉の自宅だった。沢木は落ち着きなく、部屋を行ったり来たりしたかと思えば、カーテンの隙間から外を覗いたりしている。汐莉はソファーに座っているが、相変わらず爪を噛んでいた。
「お互い大変ね」
「ああ、イライラして眠れねーよ。クソ警察が」
「私たちの親の力で、私たちの監視の目は消えたから、いいじゃない。また、始めましょ」
「仲間やったのは、いったいどこのどいつだ……わかんねえのか?」
「ヤクザの線は薄いようね」
「ちっ。とりあえず、生き残った2人を呼び出そう。武器も揃えたしな」
「私は、今回のオモチャを連れてくるわ。そして、そろそろ彼女にも、加わって貰わなくちゃ……」
「勝手にしろよ。こっちは殺したくて、殺したくて、うずうずしてんだ」
***
裸電球がぶら下がっているだけの、ガレージ内は相変わらず薄暗い。その下に輪と藤岡は机の前で、向かい合って座っていた。
藤岡はジーパンにTシャツという出で立ち。輪は、コンビネゾンのワンピースを纏っている。
「銃を持って、鏡の前に立つのは、誰もがやるよねえ」
「本物持ってやるのは、少ないと思うが」
「『You talkin' to me?』とか言っちゃって。デニーロみたいに。それか、松田優作みたく半裸になって銃構えたりするのもいいかも」
「無いな。ドン引きだ」
「え~」
二人は他愛もないことを話しながらも、手元は休めない。38スペシャル弾の弾頭をひたすらナイフで削っている。弾芯が金属で被われた被甲弾のため、先端部分を削って、柔らかい鉛を露出させようとしているのだ。
そうすることによって、人体に着弾した時の衝撃を増加させ、殺傷力も比例させようという訳である。
「こんなもんかな」
輪は、机の上に完成した銃弾を置いて、軽く伸びをした。二の腕や腋は、モデルのように白く、奇麗だった。
そして、M36リボルバーと収益金強奪の時にヤクザから奪ったSP101リボルバーを手渡す。SP101は黒い樹脂のグリップと、ステンレスを用いた堅牢な設計のリボルバーだ。
「スピードローダーに予備弾を詰めて。着替えてくる」
「ああ。そろそろ時間だな」
急いで、スピードローダーに銃弾を埋め込む。6個30発をポケットに入れ、M36を靴下のところに挟み、SP101を腰のベルトに挟む。そして、薄いジャケットを羽織り、隠す。
やがて、薄緑のフィールドジャケットをシャツの上から着て、灰色のプリーツスカートを穿いた輪が降りてきた。
腋のところのショルダーホルスターに、大型のバケーロリボルバーを納めているためか、少し盛り上がっていた。
「法律に守られた彼らを、同じく法律に守られた私たちが裁く……皮肉だね」
輪は唇をつり上げて、乾いた笑みを浮かべた。
藤岡は無表情のまま、こくりと頷いた。
20、咆哮と歯車
「まだ来ねーのかよ!」
沢木が苛立ちながら、地面を蹴り上げる。
ここは、市でも有数の廃倉庫だ。周りには、腐りかけた木箱や木材が散らばっている。外では虫の声が聞こえ、近づく夏の夜を演出していた。
「何をイライラしてるの」
汐莉が窘める。相変わらず、爪を噛む癖は止められないようだ。
その二人に挟まれるように、椅子に縛り付けられた、少女がいる。目の光は消え、何事かうわ言を呟いている。
その奥の方では、仲間である退院した二人の少年が、ベアリング弾と炭酸ガスを使用できるように、違法改造したガスガンを手にしている。
彼らは鈍いランタンの光を見て、暴力への期待と興奮を抑えていた。
しかし、彼らを見つめる四つの瞳があった。その瞳は、獲物を品定めしている獣のように光っている。
「おい、早く殺っちまおうぜ。な?」
「だめよ。彼女も一緒に参加して、価値観を共有するの」
「どうでもいいだろ」
沢木はポケットから、中国製コピーの45口径ノリンコT1911A1自動拳銃を抜出し、少女に突き付ける。
「待った?」
正面の入口から声がした。輪だ。
「ようやく来てくれたのね!今から……」
「ごめんね」
輪の一段と低い声が、汐莉を遮る。
「生憎、君らに付き合ってる暇は無くて」
侮蔑の混じった口調だった。ランタンの光にぼんやりと浮かぶ、輪の姿は、恐怖を感じさせる。
「この野郎舐めやがって!」
沢木が怒りで声を震わせ、拳銃を向けた瞬間、鋭い銃声とともに、椅子に縛られている少女の胸を、銃弾が抉った。少女は声を上げる間もなく絶命した。
沢木は呆気にとられて、少女にくぎ付けになっている。
「遅いなあ。甘いよ、沢木君。これくらい、早くなきゃ」
輪は不敵な笑みを浮かべる。手には、硝煙が靡く小さな38口径ワルサーPPKs自動拳銃が握られている。
スライドは全体的に丸みを帯び、優雅なカーブを描くスライド後部からは、リング状のハンマーが突き出ていて、スライド左側面にはデコッカーがある。鋭さとエレガントさを備えた、機能的で無駄のないものだ。
「うるさい!」
震える手を制して、沢木は引鉄を絞る。
力が入ってガク引きをしたのか、明後日の方向に銃弾は飛び去る。輪は、素早く木箱の影に隠れる。
瞬間、奥にいた藤岡が飛び出す。M36リボルバーとSP101リボルバーを構え、仲間の二人を狙っていた。
「こっちだ」
藤岡が呼び掛ける。少年達は振り向きざまに改造銃を撃つまもなく、2丁の拳銃から放たれる38スペシャル弾の弾幕を浴びる。
着弾の衝撃で少年たちは、腕や足を吹き飛ばされる。黒い血が地面を濡らす。
藤岡は弾が切れたことを確認すると、各銃のラッチを押して、スイングアウトをし、シリンダーにスピードローダーで銃弾を込める。
硝煙を振り払い、まだ息がある少年たちにありったけの弾を頭にぶち込み、判別できないようにグシャグシャにした。
柘榴のようになった「それ」から、どろりとした液体が流れるのを見て、藤岡は、アドレナリン分泌時の喉の渇きを思い出した。喉がざらつくような渇きだった。
その頃、輪は決着を決めるべく、じっと息を殺していた。
相手は闇雲に撃っているようだった。時折、射撃音と叫び声が聞こえる。
先ほどまで、沢木は輪の影を見かけると、狂ったように引鉄を引いていた。しかし、45口径の強い反動を制御しきれないのか、銃弾は明後日の方向に吸い込まれていった。
自分より強い相手を知らないのだから、動揺して当然だ――輪は侮蔑から込み上げる微笑を堪えきれなかった。
態勢を低くして銃声のする方に目を凝らし、近づく。すると、彼の後姿が見えた。
「後ろを取ったよ、どうする?」
輪は沢木に呼び掛けた。沢木はぎくりとしたように、固まった。
「こ、降参だ!」
沢木は泣きそうな声で叫ぶ。
物陰と物陰の間から差し込む光線は、輪の目元を照らし、闇の中で浮かび上がらせ、また、PPKsのスライドを鈍く光らせている。
輪は一旦銃を下ろす。
「死ね!」
その瞬間を見計らって、沢木は態勢を低くしながら、銃を構え、撃った。
しかし、命中はせず、輪のもみあげのを掠めて後方の木箱を抉った。木片が舞う。
輪は他愛もなく、するりと片腕を伸ばしPPKsを感覚的に速射する。黄色い閃光が視界を覆い、エジェクターは硝煙と共に、熱い空薬莢を弾き飛ばす。
沢木は銃ごと指を吹き飛ばされ、両腕両足の骨を38APC弾で叩き割られた。
弾倉に残っていた6発全弾を撃ちきり、スライドが後座してストップする。ホールドオープンだ。
すぐさまマガジンキャッチを押し、マガジンを落す。同時に、濛々とした白煙が排出された。
そして、フィールドジャケットのポケットから取り出した、新しいマガジンを込めて、スライドを少し後方へ引いて放すと、薬室に初弾が送り込まれた。デコッカーを押し下げて、安全なようにハンマーを戻しておいた。
醜い絶叫がこだまする中、ダルマになった沢木に近寄る。PPKsは太もものホルスターに納めていた。
輪はショルダーホルスターから、バケーロリボルバーを取り出し、ハンマーをコックした。銃身が、暗く輝いている。
「地獄で仲間が待ってるよ」
憐みの混じった乾いた目をして、つまらなそうに輪は言うと、引鉄を絞った。
ハンマーは薬莢の雷管を叩き、45ロングコルト弾は狙いを過たず、眉間に吸い込まれた。
この銃弾の弾頭は窪んでいる。ホローポイント弾と言うもので、標的に着弾後、マッシュルーム状に弾頭がまくりあげられる。
沢木の頭蓋を、変形しながらも叩き割った銃弾は、脳幹を滅茶苦茶に破壊した。その衝撃波は一気に、射出口へ向かう。
沢木の頭部は4分の3が四散し、その一部の破片は、赤い痕を刻みながら、地面の上を転がっていった。
胴体は一しきり痙攣した後、鈍い音を立てて倒れた。
「あと一人」
輪はそう言って、前髪をかき分ける。汐莉を探すのだ。ハンマーをハーフコックの位置にして、シリンダー後部のローディングゲートを開き、熱く膨張した空薬莢をエジェクターで、一発一発せり落とす。そして、新しい銃弾をシリンダーに納めた。
汐莉はすぐに見つかった。
壁際で震えている彼女は、輪を見つけると、泣きながら言った。
「これからは、あなたと二人だけ……ね、そうでしょ……」
輪は瞬きひとつせず、首を傾げた。
「汐莉はさ、地獄へ一人で旅立つんだよ。心配しないで、見送りはしてあげる」
バケーロリボルバーの引鉄を絞ったまま両手で構え、左手の親指でコックしつつ放す。サミングという射法だ。
右腕が弾け飛んだ。黒い飛沫が飛び散る。コックして放す。
「ゆっくりと、ね」
重苦しい銃声が何回も反響し、同時に絶叫が響き渡る。輪は死神のような影を纏っている。
「殺して……」
鮮血を纏いながら、しゃがれた声で一言、汐莉は呟いた。
輪は無表情のまま、左手を目の前にかざし、ハンマーをコックして、紫煙漂う仄暗い銃口を彼女の頭部に向けた。
ハンマーが落ちた瞬間、壁に大きな赤黒い花が咲いた。
耳鳴りを起こすほどの轟音の後には、ぴしゃりという、液体が叩きつけられるような音が響いた。
それは毒々しくも、目を惹きつけられるような美しさがあった。
輪はかざした手を下し、ホルスターにバケーロリボルバーを納めた。
「終わったな。全部」
放心したかのように立っていた輪は、声の方に振り向いた。藤岡が木箱を背にして輪を見つめていた。
「ううん、まだだよ」
輪は突然、ワルサーをホルスターから抜き出すと、突然撃った。
鋭い銃声が、闇を衝いた。
藤岡はゆっくりと、地面に崩れ落ち、血を口から吹き出す。
「生かしておけないんだ。私の暗い部分を知っているのは、藤岡君だけだもん」
藤岡の瞳は、まっすぐ輪の方を見つめていた。最後まで。
痙攣の後、目から光が消え、地面に顔をうずめた。もう、動くことは無かった。
「はは、ははは」
輪は乾いた笑いを抑えきれなかった。頭の中から聞こえる、獣の咆哮と歯車の幻聴は狂ったように激しく響き、体中からは、自分のものでは無い、獣の血管が無数に浮き出て、血液を送っているような感覚を覚える。
終わりなど、無かった。輪は、快感と絶望の間でのた打ち回っていた。