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獣の中の歯車  作者: チンアナゴ(かたゆで)
3/5

第三話「火制の獣」

平成27年皇大文芸倉陵祭号掲載

11、鬼ごっこ


 どす黒い雲が夜空を覆い、湿気の混じった生暖かい風が顔を撫でる。

 ここは公園だ。遊び手のいない、赤黒くサビの浮いた遊具たちが、不気味に佇んでいる。周囲を見渡せば、木造の黒く変色した家屋、錆が浮いた廃工場が闇に溶け込んでいた。

 輪は、錆が浮いてボロボロになったジャングルジムの傍に佇んでいる。胸部までジッパーを閉め、ライダースジャケットに身を包み、黒いスカートを穿いている。

 一人の少年が、周囲を警戒するように公園内に入ってきた。

「クソっ、出てこい!」

 少年――佐原は、輪を確認できないのか、震える声を張り上げた。手には、安物の折り畳みナイフが握られている。

 佐原が無防備な背中を晒す。

瞬間、輪の瞳が鋭く光ると、ジャケットのポケットからブラックジャックを取り出し、まるで猟犬のようなすばしっこさで、少年に迫る。

「くっ……」

 佐原は彼女の気配を感じ、迎撃しようとするが、一瞬間に合わなかった。

 奇麗な弧を描いて振り回されたブラックジャックが、佐原の頭部に直撃する。

 ものすごい衝撃を感じ、思わず地面にうずくまる。割れそうなほど傷む自らの頭を押さえ、佐原は苦悶した。

「手加減はしたよ」

 輪はつまらなそうに言い放つと、佐原の頭部に、太ももにバンドで止めていた、M36リボルバーの銃口を突き付ける。

「言うとおりにしたら、逃がしてあげる。だけど、仮に君が、聞き分けの良くない豚なら……」

 輪は、拳銃の撃鉄(ハンマー)を親指で引き起こした。乾いた金属音が、夜の静寂を払う。

「この世とおさらば……いいかな?」

 喋っている間、彼女は瞬きをしなかった。ただ、淡々としていた。

「わ、わかった……」

 佐原は首をぶるぶると振って、従順の意を示した。輪にはひどく滑稽に見えた。

「スマホを使って、SNSでもメールでもいいから、『○○君、さんが、君を殺そうとしている』ということを仲間に送って」

「そ、そんなこと。出来るわけねぇ……」

 瞬間、M36リボルバーの冷たい銃口が、再び押し付けられ、佐原は背筋が凍え、動けなくなった。

「立場を弁えない人は、あまり好きじゃないな、私」

 輪は悪戯っぽく笑う。頬にえくぼができて、無邪気に見えるが、手に握られた鈍く光る銃が、そんな幻想を無残に打ち砕く。

「わ、わかりましたっ!言うとおりにする!」

 佐原は震える指で、メール送信を開始した。

 20分ほどで、全ての送信が完了した。佐原は大きく息を吐いた。

「お疲れ」

「逃がして貰えるんだよな?」

「うん、そだよ」

 輪は素っ気なく答えたが、銃は下さなかった。

「クソっ、だましたな!」

「逃がしてあげるとは言ったけど、命の保証まではしなかったんだけどなー」

輪は不敵に口元をつり上げた。佐原は、ズキズキと痛む頭を押さえながら、走った。

「そっちじゃないよ」

 そう言って輪は、来た道を戻ろうとする佐原の足元に、銃弾を撃ちこむ。

 甲高い音と共に、アスファルトを銃弾が抉り、粉煙が舞い上がった。

 佐原は驚いて足を引込め、方向を変えて、路地をふらふらと走っていく。

「鬼ごっこだね……」

 輪は感情の籠っていない冷たい声でつぶやくと、後を追って、闇に入っていく。瞳は、獲物を追う猟犬のように爛々と光っていた。


12、人間を狩る漁師


 輪は、ふわふわと暖かい世界を漂っていた。心地よさが体を支配し、動く気力を奪われていた。

 突然、場面が変わった。

輪はテーブルに座っていた。夕食の席らしい。目の前には両親が居て、何事か話しかけている。声は聞こえなかったが、彼女も、返事をしたように感じた。すると、両親は笑い、自分も笑っていた。

 ふと、頬の辺りに痛みを感じた。それは徐々に強くなっていく。

 抓られて、引っ張られているのだと気付くと、輪は夢の世界から這い出した。

「……いひぁい」

「……すまない」

 そう言って、藤岡は手を離した。

 輪は目をこすって、小さな欠伸をした。

「待っている間、寝てしまったようだな」

「うん、恥ずかしながら」

 輪ははにかんだ笑顔を藤岡に向ける。ぼうっとした雰囲気の彼は、小さく溜め息を吐いた。

「何故、呼び出した」

「分かってると思うけど」

「何?」

 輪は、ひょいと椅子から立ち上がると、藤岡の目の前に立った。彼は背が高く、輪は彼の胸ほどまでにしかならないため、見上げる形になる。

「佐原を殺ったよ」

 輪は、くりくりとした大きな瞳を、上目遣いにして言った。美しい深茶色の瞳が妖しく光っている。

「関わるな、と言ったはずだ。これから、どうするんだ?」

 藤岡は静かに言ったが、険しい顔をしている。輪は後ろを振り返って、グラウンドの方を見た。

「一緒に仕事をしようよ」

「どういうことだ」

「第一段階で、佐原を殺した。そして、彼のスマホから、SNSとメールで、お互いが疑心暗鬼になるように仕向けた」

 輪は、藤岡に向き直る。スカートの裾がふわりと舞った。腕は後ろで組んだ。

「そして、私は第2段階に入ろうとしてるけど、人手が居るんだよ」

「君は、『人間を狩る漁師』にでもなったつもりか?」

「ふふ、確かに新約聖書の『獲る』よりも、私の場合は『狩る』の方があってる。でも、違うよ」

 輪は一歩、藤岡に近づいた。

「……全てをやり遂げれば、私たちはそれに見合った報酬を手にできる」

藤岡と輪は、瞬きもせずに、互いに瞳を見ていた。夕陽が室内に差し込み、赤く染めていく。同時に、影も生み出す。

「昔、毎日が退屈だった。毎日、同じことの繰り返し」

 藤岡は続ける。

「だが、あの2人と、3人で遊んでいた時、俺は本当に楽しかった。だが、それも昔の話だ……」

「危ないことや、不道徳なことは良くしていたが、いつから……変わってしまったのか」

 藤岡は、遠い目をしながら、噛み締めるような口ぶりで言った。

「まるで、バージェスの『時計仕掛けのオレンジ』に出てくる非行少年のグループだね」

「……」

「彼らは、もとから狂っていたんだよ……協力、してくれる?」

「……ああ」

 藤岡はカバンを持ちながら言った。

輪は、はにかみながらも、何か含みがある笑顔を見せた。


13、血の連鎖


「これで、5件目か……」

 七崎(しちさき)邦雄(くにお)は、溜め息交じりに呟いた。顔の彫りは深く浅黒い、屈強な身体を持つ、捜査一課の刑事だ。

 彼は、ベンチに腰を下ろしていた。缶コーヒーを片手に取る休息は格別だった。

「やはり、射殺と言い、暴力団絡みの線が濃厚か……戦争中だからな」

「多分、そうだとおもうがなあ」

 隣に座っている、小太りの同輩――小倉が、下がった眼鏡を指で押し上げながら答える。手には、缶コーヒーが握られている。

「組対4課の仕事だぜ、これは。射殺現場からは、薬莢も弾も見つからなかった。スマホも完全に破壊されている。手慣れの鉄砲玉(ヒットマン)だな」

 組対4課、通称「マル暴」とは、組織犯罪対策第4課のことを指し、主に暴力団絡みの事件を担当している。

「4件とも、お互いに仲よく殺し合っている。最初に射殺された少年の、SNSとメールが全ての引き金だ。友情って脆いもんだな」

「仲が良かった連中が、たった一通のメールかなんかで殺し合うか?」

「というと」

「たぶん、お互いに疑心暗鬼になっているようなグループだったんだろう」

「うーん、さっぱりわからんな。確かに、若い時ってのは衝突が多いもんだが……疑心暗鬼とはねえ」

 そう言って、小倉はコーヒーを飲み干した。

「どんなグループだったか、それさえ分かれば……」

「全員が死んだわけじゃないが……彼らは、話してくれない」

「……ああ」

 七崎は唇を噛み締めた。

「リーダー格2人に話を聞きたいが、圧力がかかっている」

「議員と、警察官僚の子供じゃあなあ」

 小倉そう言って、ごみ箱に缶を捨てると、立ち上がった。

「聞き込みを続けるしかない」

「そうだな」

 七崎は小倉に外で聞き込みをしてくる、と一言伝えると、警察署を出た。

 被害者、加害者の学年、クラスは偏りがなく、真面目な生徒もいれば、不良学生もいるグループ。

 生存者に聞いても、ただ遊ぶだけのグループとしか答えない。

 捜査本部は、ただの喧嘩から発展した傷害と片付けるつもりでいる。暴力団関連の事件で、署内は多忙を極めていて、気を回す暇など無いのだろう。

 周りから聞き込みをするしかない。

 七崎は悔しげに唇を噛むと、車に乗り込んだ。


14、現金(ナマ)に体を張れ


 学校が終わると、輪に家に来るように呼ばれ、藤岡は向かった。

 到着し、目の前の鉄筋造りの3階建ての家を見上げていると、制服姿の輪が玄関から現れて手招きをした。藤岡は頷いた。

「家に男の子を上げるのは……初めて、かな」

 輪はそう言って、うーんと考えるように、腕を組んで左腕の人差し指を口元に当てる。

「ところで、警察の聴取は受けた?」

「ああ……心配するな、俺は疑われてはいないようだ」

「なら、いいけど」

 藤岡はリビングに通され、テーブルのところに座らされている。

 やがて、輪はコーヒーの乗ったトレイを持って来た。

「インスタントだけど、どうぞ」

「どうも」

 お互いに一口飲む。

 部屋の中は、散らかった様子もなく、奇麗だった。棚には本と、DVDがびっしりと詰まっている。

「映画とか本、好きなのか?」

 藤岡は何気なく聞いた。輪は微笑んで答える。

「うん……あ、そうそう、コレとか」

 ささっと棚の前に移動して、DVDを一本、棚から取り出す。そして、藤岡の前に突き出した。

「キューブリックの『現金(ナマ)に体を張れ』。競馬場の収益を、人生が色々積んでる人たちが協力して強奪する話で……」

 輪は饒舌に語り始めた。藤岡はしばし圧倒される。

「で、それは成功するのか?」

「成功するけど、最終的に主人公は捕まっちゃう。しかも、仲間は全員死ぬし」

「ダメじゃないか」

「でも、私たちは違う」

 輪はニヤリと笑うと、棚からノートを引き出して、藤岡に渡した。藤岡はページをパラパラとめくり、読み込んでいく。徐々に表情が険しくなっていく。

「パチスロ店の収益費強奪って、どういうことだ」

「そういうことだけど……何か問題?」

「俺は、汐莉と沢木を殺すことにしか手を貸さない。奴らによる、犠牲者を増やしたくない」

 藤岡は有無を言わさぬように言い放った。

「で、でも、なんでもするって言ったよね?」

「記憶にない。いつの話だ?」

 藤岡の硬化した態度に、輪は頭を抱え、俯いた。両者の間に沈黙というカーテンが引かれる。

 輪は俯いている顔を上げた。顔には暗い翳りがあったが、瞳は爛々と不気味に光っている。

「弱者は、強い力を持った者に淘汰される。だから、犠牲者なんて興味ない」

 輪は冷たく言い放つ。まっすぐ、藤岡をその瞳に据えていた。

「私は、身の程知らずの人が嫌い。大した力も無いくせに、弱い人間を狙っているのが気に入らないんだ。だから、奴らを獲物にした。罠にかかって、何人か死んでるみたいだけど」

 夕闇が、部屋を包み込んでいた。部屋には影がちらつき、二人の存在を闇があやふやにさせる。

「私は自身の強さを証明するために、強者と戦わないと」

「誰に証明するんだ?」

 沈黙していた藤岡が口を開いた。輪の小さな息遣いが一瞬だけ聞こえた。

輪はストッキングを纏った、すらりとした足を組み、プリーツスカートとストッキングの間の、露出している瑞々(みずみず)しい太ももにはガーターが走っている。それらは夕焼けに反射して、藤岡の瞳に妖しく、そして美しく映った。

「他でもない、自分自身、だよ」

 輪は自身に言い聞かせるように、乾いた声で言った。


15、準備


 鋭く、乾いた連続する銃声が林の中をこだまし、澱んだ空気を吹き飛ばした。

「……よし」

 輪は、満足げに頷いた。腕は、小型の自動小銃を抱えている。ラッパに切れ込みが入っているような、特徴的な消炎器(フラッシュハイダー)と、レシーバー上部の排莢口(エジェクションポート)からは、濛々とした硝煙が尾を引いている。

彼女は射撃の轟音のため、不快な耳鳴りを振り切るように頭を少し振った。

 ここは、輪の家から、少し離れたところにある小高い山だ。家が所有していて、倉庫や畑に使っていたのを、輪は利用した。悪路を登らねばならないのは閉口したが、メリットがその分多い。

 メリットの一つは、私有地なので心配は必要なく銃が撃てる。

 もう一つは、銃の射程距離まで存分に撃つことができることだ。

 特に、彼女が撃っているAKS74U「クリンコフ」自動小銃は5・45×45ミリ小銃弾を用いるため、拳銃よりも遥かに射程が長く、威力がある。ガレージで撃つには近すぎるのだ。

 輪はクリンコフを撃つことに満足したのか、木目の美しい短めのハンドガードを一撫でして、すぐ後方にある赤茶色をしたベークライト製の湾曲弾倉(バナナ・マガジン)を弾倉止め(マガジンキャッチ)のレバーを押さえ、脱し、右側面のセレクターレバーを滑らせ、安全装置を掛けた。

 そして、肉抜きされた銃床(スケルトン・ストック)を、その根元にあるボタンを押して、レシーバーの左側面に折り畳む。

 そのまま、コンパクトになったクリンコフをスポーツバッグに、マガジンと共に入れる。

「さてと」

 そう言って、輪は近くにある倉庫に軽い足取りで向かう。

 ボロボロの倉庫の中には、軽トラ一台が止まっていた。

「そろそろお昼にしよ!」

 輪は溌剌(はつらつ)とした声で呼び掛ける。手には弁当の包みがある。

 すると、軽トラの扉が開き、ジャージに身を包んだ藤岡が長身を折り曲げて、のっそりと出てきた。

 二人は近くの倒木に腰を下ろして、風呂敷を広げて、弁当箱を開く。

「軽トラの整備は完了。パイプ爆弾は作り終わったが……冷や汗をかいたぞ」

 藤岡は溜め息を吐きながら、サンドウィッチを取り上げる。パイプ爆弾とは、パイプの中に火薬を詰め、両端をボルトで密閉し圧力を増加させ、爆発力を上げたものだ。学生運動が盛んだった頃、過激派学生は「キューリ」と呼んでいた。

「一瞬で天使が迎えに来るから、大丈夫」

「全裸に羽が生えた生物に、迎えられたくはないな」

「確かに合ってるけど。うーん、それもそうだね」

 輪はそう言って、サンドウィッチに小さな口で、はむりっと(かぶ)り付いた。

「そう言えば、新聞見たけど、手打ちをするみたいだよ。暴力団」

「警察も一息つけるか……」

「そうだね……たぶん、長くは無いけれど」

 輪は水筒からお茶を注いだ。そして、一口飲むと口を開いた。

「彼女の情報は確かだよ。しっかり聞くには苦労したよ」

「そうか」

「まだ、迷ってる?」

「そんなことはない」

 そう言って、藤岡は相変わらず、ぼうっとしたような仏頂面でサンドウィッチを食べていた。

 ふと、彼の咀嚼が止まった。

「これ、美味いな……何が入っているんだ?」

「シシカバブ」

「シシカバブ……」

「うん」

 二人はそれから取り留めのないことを話し、食べ終えた。木々と建物はオレンジ色に染まり、太陽が山の向こうに沈もうとしている。

 木々の間から見える、街の景色を見ながら、山を下り、帰途に就く。輪が、藤岡の斜め前を先行していた。

「ねえ、今、紛争の数はいくつあるか知ってる?」

 夕陽と影を浴びて、輪の横顔の細い線を浮きだたせていた。

「知らない」

「40以上だよ。そして、紛争地域の住人は23億人」

「多いな」

「彼らの生活の中で、死体転がっていたり、銃弾が飛んでくるのは、当たり前なのかもしれないね」

 輪は歩きながら、木々の間から時々見える街を眺めている。だが、その瞳は木々や街よりも、遠くの何かを見ているようだった。

「同情しているのか」

 藤岡は訊いた。輪は足を止める。開けた場所で、木々が遮ることはなく、二人を赤く染める。

「……どうだろ」

彼女はぽつりと、無感情に呟いた。

乾いた風がそよぎ、彼女の夕陽を浴びた、色素の薄い、()ねた髪が(なび)く。そして美しく、星を散らした。

彼女の後姿は夕陽で朱く染まり、藤岡の瞳に(はかな)く映った。


16、閃光


 深夜。郊外にあるパチスロ店の店内は、うっすらと明るく、闇の中でおぼろげに浮かび上がっている。

一台のクラウンが、パチスロ店の駐車場から出てきた。フロントライトが2条の光芒(こうぼう)で夜道を照らしている。

 クラウンには4人の黒いスーツを着た男が乗り、トランクにはジュラルミンケースが詰められている。

 彼らは抗争が終わり、気が緩んでいた。武器はスーツの下に忍ばせているが、心構えと言うものは、どうにもできなかった。

 交差点に差し掛かろうとした時、無灯火の軽トラが、突如、右から飛び出してきた。運転手はブレーキを踏み、男たちは前のめりになった。

 軽トラに乗っていたのは、輪と藤岡だった。彼らは何故か制服を着ていた。

 輪は、クラウンが停車したのを確認し、ドアを開け放ち、ボルトハンドルを引いて初弾を送り込んだクリンコフを構える。脇を締め、態勢を低くしている。

 男たちの反応は優れていた。すぐさま、脇から銃を抜き出して、ドアを楯に応戦の構えを見せた。

 輪は冷たい瞳で男達を照準(サイト)に捉え、構わずに引鉄を絞った。セレクターは連射(フルオート)の位置にずらしていた。

 パパパッ……。ぽっかりと小さく開いた死の銃口から、オレンジ色の閃光が連続で迸った。乾いた射撃の轟音が、静寂を打ち壊す。

「撃て!」

 助手席の男は叫んで、スタームルガーSP101リボルバーの引鉄を引き絞った瞬間、喉笛を、3発の高初速5・45ミリ弾で食いちぎられ、口から黒い血液を吐き出し絶命した。

 その時、軽トラのミラーが赤い火花とともに吹き飛ばされた。割れたガラス片がキラキラと輝いた。輪を狙った銃弾が外れたらしい。

「しっかり狙え」

 輪は吐き捨てるように呟くと、運転席の男に向かって、薙ぐようにクリンコフをフルオートのまま向ける。

 クラウンのフロントガラスは、ミシン目のように銃弾が食い込み、蜘蛛の巣のようになったかと思うと砕け散った。

 熱い空薬莢が排莢口から乱舞し、アスファルトに打ち付けられる。

 男は銃弾に胸部の肋骨と頭蓋を叩き割られ、血だらけになりながら銃を落し、崩れ落ちた。

 残る二人に向けて、輪はクリンコフの引鉄を絞る。心地よいキレのある反動と、濛々と立ち込める硝煙に酔いしれ、輪は瞳を暗く光らせる。

 マカロフ自動拳銃を撃ちまくりながら、喚声を上げ突っ込んでくる男に、死の銃弾を送り込む。

 男は柘榴のような弾痕を晒しながら、前に崩れ落ちる。輪の瞳には、闇を穿(うが)つ連続した眩い射撃の閃光で、スローモーションのように映った。

 最後の一人が逃げ出す。輪は数歩歩いて、落ち着いて狙うと、クリンコフを点射した。

 男は2発で頭蓋を吹き飛ばされ、(きり)もみに体を回転させると、地面に叩きつけられるように斃れた。

 硝煙が晴れた時、粗いアスファルトの路面は、血だまりで赤黒く染まっていた。

 輪は構えた銃を下ろすと、スカートを翻して振り向き、運転席で蹲っている藤岡にガッツポーズを送る。

 藤岡は、深いため息とともに頷いた。


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