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獣の中の歯車  作者: チンアナゴ(かたゆで)
1/5

第一話「少女の闇」

平成27年皇大文芸倉陵祭号収録

1、闇の中の少女


 甲高い靴音が、暗闇の中で反響している。靴音に混じり、少年の擦り切れるような荒い息も聞こえる。

 狭い路地に並ぶのは、薄汚れた人気のない廃屋だ。淀んだ大気と、静寂。アスファルトは、雨露でしっとりと濡れて光っている。

 少年は誰かに追われているかのように、何度も振り返りながら、歯を食いしばって走っていた。頭部がひどく傷むのか、フラフラになりながら、頭を押さえている。

 その時、少年の痩躯が大きく揺らぎ、鈍い音と共に倒れこんだ。

「うっ……痛!」

 急に、何かにつまずいた。

 見ると、強く張った鋭利なピアノ線が、アスファルトから10センチ程上に強く張ってあった。

 膝や手の平は擦過傷と打撲で、赤黒く染まり、少年の絶望感を掻き立てる。

「怖い?」

 鈴の音のような、すんだ少女の声が、前から聞こえた。感情の無い、冷徹な声色だった。

「何でこんな事するんだよっ!どうして、俺がこんな目に!お前が何でっ!」

 少年は喉から振り絞るような声で叫び、恐怖で顔を引き攣らせ、足を引きずり、座ったまま後ずさる。

その時、曇天の空が晴れ、月光が雲間から差し込んだ。

 淡い月の光が、影を静かに照らしだす。ライダースジャケットを着込んだ、華奢な少女が暗く浮かび上がった。

「寂しくないように、仲間も地獄へ送ってあげるよ」

 少女は低いトーンで言った。

「ま……、まって……れ」

 少年は歯を恐怖からガチガチと言わせながら、やっとの思いで言葉を吐き出す。少女の瞳が暗闇の中で光った。

「死ね」

 彼女の唇が、そう動いた。

 瞬間、乾いた銃声が淀んだ大気を震わせ、青白い閃光が、少女の暗い瞳に鮮やかに映った。

 少年は頭部を銃弾に貫かれ、後頭部から赤黒い霧の花を咲かせた。反動で、少年の上半身が、頭部からアスファルトに叩きつけられる。

 そして数秒間、小刻みな痙攣をした後、鉛のように重くなり、動かなくなった。

 少女は、ゆっくりと、動かなくなった少年に歩み寄る。黒い革手袋を嵌めた右手には、小さな回転式(リボルバー)拳銃――S&(スミスアンドウェッソン)M36「チーフスペシャル」が握られ、だらりと下げていた。月光を浴びて、黒々と光る獅子鼻(スナップ・ノーズ)の短い銃身からは、紫色の硝煙が薄く(なび)いている。

 亡骸を見下ろしながら、少女は満足気に暗く笑う。

 彼女の耳には、キリキリという歯車の音が、狂ったように聞こえていた。


2、回想


「それにしてもさ、びっくりだよね、佐原君のこと」

「ほんとにね。不良だと思ってたけど、撃ち殺されちゃうなんて」

「やっぱり、ヤクザの怖い兄ちゃんと関わりあったんだよ、きっと。最近この町、ヤクザさんたちの抗争とか通り魔で、物騒だし……」

 双子の少女の間で、子犬のような雰囲気の、華奢な身体の少女が、怯えた様子を見せた。

「おっと。メグの前で怖い話しちゃった、ほら見て、目がうるうるしてるっ!」

「ほんとだ、わんこみたい!かわいい!」

「よ~しよしよし。このくせっ毛、癖になるっ、ハアハアっ」

「……あ、バイト行かなきゃ!」

「そういえば私も生徒会の会議が……メグをモフってる場合じゃなかったよお」

「じゃね~」

「また明日!」

 少女は微笑みとともに、手を振り返した。彼女たちの姿が消えると、すっと微笑の表情が消えた。



備品室の扉を、鍵を使って開けると、埃の匂いと澱んだ空気が流れ出てきた。

 少女――朝井(あさい)(めぐる)は、肩にかかる、セミロングの撥ねた毛先を指でいじりながら、部屋を注意深く見渡す。大きな瞳は、広がるような深茶色をして、顔立ちは高校生よりも幼く見える。華奢で、スレンダーな体つきだ。

 ここには、文化祭や体育大会などの物品や、授業用教材が棚や壁に所狭しと並んでいる。誰も居ない。

 中に入ると扉を閉めて、鍵をかける。そして、窓際の椅子に腰を下ろし、足を組む。制服である短いプリーツスカートからは、ガーターを穿いた長い脚が伸びて、扇情的だった。

 静寂が、部屋を支配していた。

 輪は少し溜め息をついて、窓の外のグラウンドを、気怠げに眺めた。儚さと暗さを、同時に背負っているような後姿は、退廃的な美しさを放っていた。

「幸先は、いいな……」

 輪はぽつりと、乾いた声で呟いた。



 輪は、低学年の時に両親を亡くした。葬儀が親類で執り行われ、出棺を彼女の祖父母とともに見送った。

しかし、彼女は泣くことは無かった。彼女が幼さから、死を理解できないのだろうと、周囲は憐みの目で彼女を見つめた。

 中学生の頃、優しかった祖父と祖母が相次いで亡くなった。

 しかし、その時も涙は流れなかった。

 周囲は、彼女を強い人間だと評価した。日頃から礼儀正しく、優しく、明るい――そんな彼女を悪くいう人間はいなかった。

 勝手に評価する周囲を尻目に、輪は、自分がどのような人間か、その時理解した。周囲には、良心的に振る舞っているが、本当は冷血で、他人に興味がない――そんな自分だと。

 自身の人間性を認識してから、輪は底知れぬ暗い破壊、自滅欲求に囚われ始めた。それは「渇き」と形容できるものだった。

医学やオカルト、殺人、戦争、片っ端から本を読んでいった。創作の小説や、映画も見逃さない。すべて、人の死に関するものだった。

高校生になってからは、テロリストや思想系の本を読み始める。国を憂いて、短刀を用い左翼の党首を刺殺した後、独房で自決を遂げた十八歳の少年、自衛隊のクーデターを呼びかけ、割腹自決した作家。彼女は、それらの書物を読み進めるたびに、テロリズムへの猛烈な憧憬から、胸を熱くした。

 しかし、輪の「渇き」潤うことは無かった。所詮、現実ではないのだ。

 リストカットや首吊りにも及ぼうとしたが、準備の段階で馬鹿らしくなりやめた。どの方法でも、死なないリスクが大きく、何より美しくない。到底、「渇き」が癒せるものではない。自分といった個人が一人死んでどうなるというのか。死ぬのは、いつでもできる――彼女は自分の価値を知っていた。

 自殺という手段に幻滅してから、輪は鬱屈した気分で生活した。もちろん、周囲にはその様子を見せなかった。人の良い、優しい人間の皮を被っていた。

 心のうちに沈む、どす黒く濁った欲求。それは、深いところで抑圧されながらも、闇の中で無数に増殖していった。

彼女は、昇華させる出来事や、手段が欲しかった。自身の非力な身体に。

 そんな時、チャンスが彼女のもとへ転がり込んできた。


3、旅行鞄


その日、輪はいつもの如く、独りで帰宅していた。周囲は薄暗く、生温い風が吹き抜けていく。

独りで帰ると言っても、彼女に友人はいる。しかし、そこまで深い関係にならないよう、自ら距離を決めていた。群れるのは苦手だ。

 歩みを進めるたび、所々、廃屋や廃工場を多く見ることができる。地域では過疎化が進み、このような廃墟を見ることができるのだ。

 黒く墓標のように立つ煙突。赤茶びた屋根や壁、割れたガラス――不気味さを引き立てている。

 輪は、気味の悪さよりも、期待で胸が高鳴るのを感じた。

 影から人が現れ、襲ってくる――そんな期待だ。

 思わず、スカートのポケットに落としたブラックジャックを握りしめる。靴下に、小銭と砂を入れた凶器だ。輪は、ナイフやこうした武器を入手、制作することに凝っていた。

 ふと、前方から2台の自動車が走ってくるのが見えた。煌々としたフロントライトが、輪の目を幻惑させる。

 2台とも猛スピードを出しているようで、土煙を巻き上げて、ジグザグに疾駆していた。どうやら、手前の車を、後続の車が追いかけている様だ。道は狭かったが、避けることができない程ではなかった。

 このまま歩けば、轢かれてしまうかもしれない。しかし、輪は避けることはせずに、道路の端を平然と歩いていく。

 徐々に強烈なフロントライトが近づき、輪の身体を照らす。

 輪は、車に跳ね飛ばされ、関節が不可解な方向に曲がり、血だらけになって地面に斃れている自分を一瞬想像した。

 瞬間、猛烈な突風が彼女の華奢な身体を揺さぶった。風が過ぎ去った後、ブレーキ音と、鈍い金属音の混ざった大音響が、大気を震わせた。

 輪は、ゆっくりと振り返り、確認する。

 2台の車は、道端のトタンの壁を突き破り、敷地に侵入して止まっていた。ハの時に交差するようにぶつかり、ボンネットから白煙を上げているのが確認できる。

 輪は導かれるように、2台の車に近づいて行った。ガソリンの刺激臭が漂っているのも気にしない。

 輪は、落ち着いた様子で傍にカバンを置き、車内を観察しようと覗き込んだ。

「うぉおおおぉおぉお」

 奇声とともに、運転席から頭から血を流した男が這い出してきた。右手には、白刃が光る短刀(ドス)を握り、態勢を低くして、輪に突進してくる。焦点の合わない両眼は、グロテスクに血走り、口からは涎が長い尾を引いていた。

 輪は、本能的な恐怖を感じた。一瞬にして、凍るように背筋が寒くなり、冷や汗が流れる。心臓の鼓動が、今にも破裂しそうなほど大きく聞こえる。

しかし、それ以上に頭は冴えていた。麻薬(ぺー)かその他の薬物で興奮しているのだろうと冷静に判断する。

輪の瞳孔は狭まり、妖しく光を放つと、瞬間的に腰を落しながら、男の短刀を躱し、ポケットから抜き出したブラックジャックで、男の後頭部を狙う。

振り回した遠心力で、靴下の布が伸びる。すさまじい速さである。このまま直撃すれば、浸透圧で骨を粉砕し、外傷は目立たない筈だ。

 一瞬、グシャリというような、気味の悪い鈍い打撃音が響く。男の頭蓋骨と、首の骨は砕け散っていた。男はそのままの勢いで、地面に自らの身体を叩きつけた。

倒れた男は、体を小刻みに痙攣させている。その光景を見ながら、輪は動くことができなかった。

「……そんな」

 輪は放心したようにブラックジャックを握りしめ、目を大きく見開いていた。息が荒々しくなるのを感じる。

 次いで、強烈な吐き気が込み上げてきた。輪は思わず口元を抑えた。ここで吐くわけにはいかない。

 輪は、喉がヒリヒリと焼けるような感覚に耐えながら、用心深く車内を検める。

 車内の男たちは全員血だらけになって、即死していた。エアバッグは、不幸なことに作動しなかったようだ。

スーツ姿も居れば、ジャージ姿もいる。背広に付いたバッジや男達の人相、服装から、暴力団員だと輪は考えた。

 車内を検めた後、後部のトランクを開ける。

 すると、キャスター付の旅行鞄が現れた。取り出してみるが、ずっしりと重い。

 チャックを開けると、油紙が見えた。何か金属の物体を包んでいるようだった。

 中から取り出して丁寧に、幾重にも重なった油紙を取り払うと、中から、鈍く光る銃身がはみ出した。

 輪は、しばし呆然としていたが、はっと我に返ると、素早く仕舞い、自分のカバンと旅行鞄を両手に、その場を離れる。

 走っている間、耳鳴りに交じって、金属と金属の触れ合う、澄んだ音を聞いた。

 誰も見ているものはいなかった。

 彼女の足早に駆ける靴音が、薄暗い闇の中に溶け込んでいった。


4、冷笑と拳銃


 朝の教室は賑やかだった。明るい女子の嬌声(きょうせい)が飛び交い、男子の下卑びた笑いが充満している。

 輪は教室に入る前に、クラスの雰囲気を感じ取り、笑顔を浮かべる。外面だけは明るく保たねばならない。

 そのまま教室に入り、クラスメートに軽く挨拶を返しながら、窓際の自分の席に着く。

 ふと、目の前のカップルが、五月蠅く話しているのが目についた。お世辞にも、美男、美女ではない。お互いに醜い口を開けて、ゲラゲラと笑っている。

 輪は、視線を周りに向ける。恋愛や進路について高言のたまう男女、そんな彼らに群がり、羨望と嫉妬の視線を向けるクラスメート。

 自己顕示欲や性欲など、負の感情を薄汚く纏った愚者の群れ。

 彼らはお互いに、妬み、憎しみ、哄笑といったもので、一杯になった腹を隠しながら会話をしている。

 輪は、幼顔を一瞬歪ませて、蔑むように冷笑すると、文庫本に目を落した。



 授業が終わり、輪は家に帰ると、セーターとジーンズに着替え、シャッターが固く降りている薄暗いガレージに籠る。

 彼女の家は鉄筋で、一階は、車が二台程、余裕で入る広さのガレージ、その上の二階は居住階である。一人で住むには大き過ぎる、立派な家だ。

 もともと、朝井家は裕福であった。祖父は県会議員を務めていたし、父は会社の重役で、母も県庁の職員だった。

 なので、家には金を掛けることができたようだ。家は両親が他界してからも、一度改装されている。

 ガレージの中に車はない。壁際に三段ほど、土嚢が積み上げられ、小さな机と椅子が、向かいあうようにして置いてあり、その上にはスポーツバッグが置かれているだけだ。

 輪は、スポーツバッグの中から、四丁の拳銃と各種弾箱を取り出し、並べる。薄暗い電灯の光で、拳銃が鈍く光っている。

 そのうちの一丁の拳銃――三八口径S&(スミスアンドウェッソン)M36「チーフスペシャル」リボルバー拳銃を取り出す。残されたのは、ワルサーPPKs自動拳銃、スタームルガー・「バケーロ」リボルバー拳銃である。

 大きさは全体的にコンパクトで、緩やかなカーブを描く銃杷(グリップ)は小さく、彼女の小ぶりな手にも良くなじむ。

 引鉄(トリガー)の上には、五発装弾可能な回転式弾倉(シリンダー)があり、フレームからは、「獅子鼻(スナップノーズ)」と呼ばれる短い銃身が突き出ている。シリンダーの直後には、小ぶりな撃鉄(ハンマー)がフレーム後部に見える。

 この拳銃は、刑事ドラマの中で、刑事がよく使っているのを目にする機会が多い。携帯性に優れ、威力も十分であり、バランスが良い。

 輪は、コンパクトながらも、ずっしりした重みと、ひんやりと冷たい感触を確かめ、フレーム左側面にある、ラッチを前に滑らせると、凛とした金属音とともに、フレームから、シリンダーが左側にせり(スイングアウト)した。蓮根状に穴の開いているシリンダーに、レミントンの緑色の弾箱から取り出した38スペシャル弾をこめる。

 シリンダーを元に戻し、M36リボルバーを、片手でゆっくりと構え、親指で撃鉄を起こす。子気味良い金属音とともに、シリンダーが左に回転した。同時に、引鉄が後退し、引き代が短くなる。SA(シングルアクション)の状態で撃つつもりだ。

 彼女は無心のまま、機械的に銃の操作をしていた。

 的は、ホームセンターで調達した杉板で、その後ろには土嚢が置いてある。

 輪は、ゆっくりと、握りこむように引鉄を引き絞る。

 瞬間、赤橙色の発射炎が銃口から舌なめずりして、痺れのような反動が腕全体に伝わった。自慰よりも刺激的な快感が体を突き抜ける。

 輪は手ごたえを感じ、もう一度撃鉄を起こし軽い引鉄を引き絞る。

 次に、両腕で構え、右足に体重をかけ安定させ、引鉄の重いDA(ダブルアクション)で撃つ。

 三発連続した発砲音がガレージ内を震わせ、輪は甲高い耳鳴りを感じた。

 五発撃ちきった。杉板は中心の直径5センチの部分を、滅茶苦茶に叩き割られていた。

 硝煙がガレージ内に充満し、靄がかっている。

 輪は、硝煙を吸い込み、目をつぶる。体は火照っていて、息も荒い。

 ようやく静まった時、彼女の瞳は美しく冷徹な輝きを放っていた。

 ラッチを滑らせ、シリンダーをスイングアウトし、シリンダー中心から突き出ている、排莢子稈(エジェクションロッド)を左手で押し下げる。

 シリンダー内に膨張で張り付いていた熱い空薬莢が押し出され、カラカラと乾いた金属音をコンクリートの床でたてた。


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