表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/43

 昼休み、今日も朝からかなりの重労働だった俺たちの一番の楽しみと言えばやはり昼飯だ。俺たちの休憩所にはすでに頼んだ人数分の弁当が置かれていた。一番端にある座布団の上に腰を下ろし、さっそくふたを開けるとおいしそうな色とりどりのおかずが俺の唾液線を刺激した。まかないのおばちゃんが作ってくれた弁当は最高にうまい。

 俺がその弁当を頬張っていると何らや向こうでいつも通りの噂話が聞こえてきた。スーパーの奥さんが不倫してるだとか、近所のじいさんが看護師にセクハラして問題になっているだとか、役場の職員がパチンコ依存症になってサラ金に手を出したものの返済できなくてついに自己破産申請を出したとか……俺にとっちゃ、はっきり言ってどーでもいいことだった。なんでどいつもこいつも噂話が好きなのかね~。なんて呆れた気持ちでいると、俺の知っているあるワードが出てきたことで俺は耳を傾ける羽目になる。


「山上ハイヤーの娘さん知ってっか?」

「あぁ、でも札幌に行ってんだべ? たしか銀行で働いてるとか、山上の奥さん言ってたけどな」

「それが帰ってきて、家の仕事手伝っているらしいんだ」

「じゃぁ、向こうの仕事辞めたんだ?」

「聞いた話によると、向こうでかなりいじめられて、それで帰ってきたらしいぞ」

「いじめな~。女ってそういうのあるから嫌だもんな~」

「でも娘にも非があるんじゃないのか? だってお嬢様で育てられてきっとわがまま放題だったと思うぞ。見た目も気が強そうな感じだし、きっと銀行内でもわがままなこと言って、ハブられたに決まってるべよ」

「確かに、金持ちの娘はわがままな子が多いもんな~。それに会社辞めても親のところに行けばいいって考えもあるから何かあればすぐに辞める。我慢が足りね~な。もし俺の息子が辞めたいなんてこと言ってきたら、俺、吹っ飛ばして『我慢って言葉知らねーのか!』って怒鳴りつけるぞ」

「はっはっは~。なかなかじんさんはスパルタだな~」

「今の若者ってのは我慢がたりね~んだ。こういう時はピシッと親が言ってやんねーと! 山上は甘いんだよ~」


「ちょっと待ってください!」

「「ん?」」


 俺は我慢できなかった。食べかけの弁当の上に箸をおき、腰を上げ、俺はその二人のもとへと詰め寄った。


「桃香は……山上さんの娘さんはそんなわがままな子じゃありません!」


 すると仁さんと言う人が胡坐あぐらをかき爪楊枝でシーシーと歯の掃除をしながら俺を軽く睨み付けこう言った。


「あ? カズヤ、おめー、その娘のこと知ってんのか?」

「はい、知っています。だからこそそんな間違った情報、野放しにしておけなかったんです」


 もう一人の中村さんという人も俺を箸で指しこう質問する。


「じゃぁ、お前はどんな性格だと思ってんだよ~?」

「とっても素敵な子です! 以上です!」

「はっはっは。ちょっと、それだけじゃぁ説明不足だな~。なぁ、仁さん」

「んだ。それだけだと身内の欲目だって言われてもおかしくないぞ~」

「そんな目で見なくても彼女は立派な人間です!」


 俺は頑として強い口調で彼らに言った。だって本当のことだから。彼女の悪口だけは許さない! 他の作業員たちも俺の強気の発言に注目をする。みんなの視線がすごく痛かった。でもそんなの桃香の悪口に比べればどってことない。

 しばらくのにらみ合いが続いた。俺は絶対にこの二人から目を離さなかった。


「ちぇ、なんだよ、お前……もういいよ!」


 中村さんが業を煮やしたようで俺に目をそらしながらそう言った。仁さんも使った爪楊枝をちょっと遠くにあったゴミ箱に投げ捨てながらぼそりとつぶやく。


「ほんと、おめーはよ……」

「…………」


 仁さんの吐いた言葉を最後にシーンと静まり返る休憩所。俺はここにいることが気まずくなり、まだおなか一杯になっていないにもかかわらず、そそくさと自分の弁当のふたを閉め外に出た。



「はぁ……」


 外に出てとりあえず近くにあった朝礼台に腰を掛けることにした俺。なんか作業員さんたちの雰囲気壊しちまったよな~なんて考えながら俺は空を見上げた。今日も相変わらず憎いくらいに天気が良い。雲が気持ちよさそうにプカプカと浮かんでいるのさえ憎々しく感じた。

 俺は一体何のために今、働いているのか? 竜太郎伯父さんに頼まれたから? 金のため? 山上ハイヤーで働きたくないから理由づけのために仕方なく働いてる? それとも……


「タカハシさん!」


 近くで俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。でも俺のことを「タカハシ」って呼ぶ人間は……そしてこの透き通るような女神ボイス……


「た、平さん?」

「今日も天気がいいですね~」


 そう言うと彼女は朝礼台の上に勢いよく乗った。そして俺の隣にちょこんと座る。俺はどうしていいのかわからずただただオロオロしていた。俺が緊張しているのをよそに隣に座っている彼女は「カチャ」と勢いよく缶を開けゴクゴクっと音を立てて飲む。それはまるで爽快にビールを飲んでいるようにさえ感じた。


「飲みます?」


 平さんは満面の笑顔で缶を俺の前に差し出しそう言う。


「あ、いえ、お、俺コーヒー、苦手なんです」

「あ、そうなんですか?」


 彼女はちょっと驚いた感じで微糖の缶コーヒーを見つめ、「やっぱりコーラにすればよかった」などとぼそりとつぶやいていた。ここでふと疑問に思う。平さん、そんなに俺と……か、間接、き、キッスしたかったのかな……?


「お昼ごはんはもう食べたんですよね?」


 俺が間接キッスのことを想像して半分のぼせた状態になっていると平さんがコーヒーを一口コクッと飲んだと同時に聞いてきた。


「あ、はい。た、平さんは?」

「私も食べましたよ」

「た、平さんは、べ、弁当持参ですか?」

「はい。中身は卵焼きとウィンナーだけですけどね」


 彼女はそう言うと照れながらペロッと軽く舌をだした。うぅ、かわいすぎるだろ……。俺にもぜひその卵焼きウィンナー弁当を作ってほしいものだ。そして俺に「あーん」って言って食べさせてほしい……。

 俺がまた変な妄想に浸っていると平さんが「あ、そうそう」と言って俺の顔を見つめてきた。え? な、なに? もしかしてき、き、キッス?? 俺はゴクリとつばを飲み込み、まぶたを静かに閉じた。そして軽く唇を尖らせる。す、スタンバイ、オーケーでーす!! 彼女の顔がだんだんと俺の顔に近づいてくるのかわかる。お、俺の初キッスは、のんたん、いや、平さん……。なんて奇跡! さぁ、俺の唇を奪いたまえ!


「どうしてここにアルバイトに来たんですか?」

「え?」


 思わず俺は尖らせた唇を元に戻し、目を見開いた。


「いや、ちょっと聞きたかっただけなんですけど。ほら、なんか目的があって夢があってバイトしてるのかなって」

「目的……夢……」


 俺はしばらくの間考えたがなかなか答えが出てこなかった。どんなに考えても目的に値するような答えが出てこなかったのだ。すると平さんは晴れた空を見上げながら微笑を浮かべこう言った。


「私は、ある目的があってここで働いているんです。それは……」

「うめちゃ~ん!」

「あ、清水さん!」

「うめ……ちゃん?」


 俺が「うめちゃん」というワードに首を傾げたと同時に清水さんという方が満面の笑みでこちらに小走りで駆け寄ってきた。


「なに二人で朝礼台の上に座っておしゃべりしてんのさ?」


 清水さんは頭をピカリンと光らせニヤつきながら俺の肩をつついてきた。


「え? い、いや……」

「もしかして小鳥遊くん、うめちゃんに告白しようとしてたんだろ? おらおら、ほんとのこと言っちゃえよ!」


 俺が戸惑いの表情を見せていると平さんは清水さんに目を細め、小悪魔的な表情を浮かべながら突くように清水さんにこう言った。


「そんな清水さんこそ、どこに行ってたんですか?」

「え? お、俺か? い、いや~、ちょっと町に行ってラーメン食ってきただけだよ」

「ふ~ん、ほんとにそれだけですかぁ?」

「ほんとにそれだけだよ! ったくうめちゃんは何勘違いしてんだか……」

「じゃぁ、タカハシさんを困らせる発言はもうしちゃだめですよ!」


 平さんはまるで子供をしかりつけるような態度で清水さんを嗜めた。


「はいはい、もうしませんよ」


 清水さんはちょっとひねくれたような態度で俺たちに背を向け事務所へと入っていく。その途中、背中越しに清水さんは平さんにこう言った。


「あ、彼の名前、『タカハシ』じゃなくて、『タカナシ』だからね」


 清水さんが戸を閉める音とともに平さんはハッとした表情を湛えながら俺を見る。


「す、すいません! ずっと私、たかは……いや、タカナシさんの名前を間違ってたみたいで……」

「あ、い、いや、平さんだけじゃなく、よく高橋って間違われるんですよ。だから全然気にしないでください」

「ち、ちなみにタカナシさんの漢字は、高い低いの高いに果物の梨と言う漢字ですか?」

「あ、いや、俺の苗字は特殊で小さい鳥が遊ぶと書くんです」

「小さい鳥が遊ぶ?」


 首をかしげている平さんに俺は自分のひらで苗字を書いて見せた。


「え? それって完全に当て字じゃないですか??」

「一応由来があるみたいで、鷹がいなく、小鳥が自由に飛び回れる状態からこういう当て字になったらしいです」

「へぇ~! なんて素敵な名前なの?!」


 平さんは目をキラキラと輝かせて俺を見つめてそう言った。い、いや、だからそんなに見つめられたらまたさっきみたく勘違いしちゃうってばよ! 俺は恥ずかしさのあまり、視線をそらし、下を向きながらこう答える。


「い、いやでもなんか……厨二病っぽい名前じゃありませんか? こういう変な苗字って目立つから嫌なんですよね……」

「えー?! 目立つって素敵なことじゃありませんか!」

「え? そ、そうですか?」


 俺はその言葉に目を点にさせる。


「はい、目立つことは素晴らしいことです!」


 平さんはすでに空になった缶コーヒーを両手に持ち、ピンと背筋を伸ばすと凛とした表情でそう答えた。

 目立つことは素晴らしいか……。


「い、いやでも俺、こんなんだし、目立ったところで意味ないような……」

「小鳥遊さんは名前だけで目立つという特典が生まれたときからあるんです! 私には羨ましい限りです。平梅乃たいらうめのってどこにでもいそうな名前でしょ?」


 あぁ、だから清水さん、「うめちゃん」って呼んでたんだ。『うめちゃん』の謎が解けたところで俺はうめちゃん……あ、まだ早いか。平さんにこう言った。


「い、いやでもとっても素敵な名前です! 本当に平さんは梅の花のような女神みたいで天使みたいな人ですから」


 はっ! しまった! 余計なことを口走ってしまった! と思い、俺は平さんに「すいません……」と頭を下げると、彼女はクスリと笑いこう述べる。


「梅の花のような女神みたいで天使みたいな人ですね。……こんなに褒められたの小鳥遊さんが初めてですよ。すっごくうれしいです! ありがとうございます」


 すると平さんは朝礼台から今度は勢いよく降り、そして俺に再び微笑を浮かべこう言った。


「もう昼休み終わるので事務所にもどりますね!」


 その言葉に俺は自身の腕時計を見る。


「あ、もうこんな時間!」


 彼女は俺に背を向け、事務所へと入って行った。ところが玄関の戸に手をかけ彼女はピタリと一瞬立ち止まる。そして彼女は背を向けたまま俺にこう言った。


「小鳥遊さん、夢は叶えるためにあるものです。簡単にかなう夢は夢じゃないんです。だから大きな夢を掲げて目立つ人生を送ってください! それはとっても素晴らしいことですから。約束ですよ!」


 そんな彼女の声色はとても明るかった。


 バタン

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ