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窓から雀がチュンチュンと鳴く音が聞こえ、カーテンの隙間からは日差しが差し込む。
バサッ!
「はっ! しまった! 今何時だ??」
俺は慌ててベッドの棚に置いてある携帯の背面ディスプレーを覗く。
「六時……。よかった」
俺は桃香との電話の後、睡魔に襲われいつの間にか朝まで寝てしまったらしい。ベッドから起き上がり、俺はさっとシャワーを浴びた。
浴室から出て、パンツ一丁のまま台所に行くとお袋がパジャマにエプロンを付け味噌汁を沸かしていた。そんなお袋が俺に気づく。
「おはよう! 今用意するから、座って待ってって」
「おう」
お袋は朝食と夕食に必ず味噌汁を出汁から作る。あぁ、いりこのいい香りがしてきた。
「ちょっと具がなかったからわかめしか入れてないけど」
そう言いながらお袋はアツアツの味噌汁と白飯、そして昨日漬けておいたキュウリの浅漬けを俺の前にコトリと置いてくれた。
「それだけでいいかい? それとも目玉焼きでも焼こうか?」
「いや、これだけで十分だよ」
俺は正直、ご飯と味噌汁、そしておいしい漬物があればそれだけで満足する生き物だ。逆にいうと、それが一つでも欠けていると食が進まない。なので絶対海外生活は無理だと思う。
「いただきます」
「ちゃっす」
お袋が手を合わせていただきますと言っている間に俺はざーすさんなみに変なあいさつをしながら早速味噌汁に箸をつける。お袋はまた呆れ顔で俺を嗜めながらも桃香のことについて聞いてきた。
「ところで昨日、桃香ちゃんに電話したのかい?」
「あ、あぁ」
「お前、土方のバイト終わったら、ハイヤーに就職することにしたのかい?」
「……いや、それはまだはっきりとは」
「もう、そういうちゃんとはっきり決められないところ、父さんにそっくりだよ。働きたいなら働く、嫌ならはっきり断る。そうしないと桃香ちゃんに失礼だと思うよ」
「……うん」
「お前は、どっちなんだい? ハイヤーで働きたいのかい?」
「俺は……」
俺は考えながら何気に壁に掛けてあった時計を見た。
「あっ! やっべぇ! もうこんな時間!」
「え?」
その言葉に釣られてお袋も時計を見た。
「あら! いつの間に」
「じゃ、早く着替えて、行ってくるわ!」
「あ、桃香ちゃんにちゃんと伝えるのよ!」
「おはようござやーす!」
「お、サボらずに来たが!」
高田建設に行くと竜太郎伯父さんがたばこの煙を俺の顔にプハーっと吐きながら笑顔でそう話してきた。俺は手でその煙を払いのける。
「伯父さん、ちょっとケムいですよ……」
「な~に、このくらい! 男なら耐えろ!」
え~……。耐えろって、顔に煙かけてきたのが悪いじゃん……。
伯父さんのよくわからない説教を受けて俺は納得いかずに首をかしげていると「おい、早く、ワゴンに乗らないとおいてかれるぞ!」と言って俺の頭を叩くようにヘルメットをかぶせてきた。俺、今日、まだ一度も悪いことしてないと思うんだけど……。伯父さんのせいでニューロン減っちゃうよ?
「カズヤ! 早く乗れ! おいて行くぞ!」
外に出ると小林さんが手を振りながら大声で俺を呼ぶ。俺は「すいませーん」と言いながら急いでワゴンに飛び乗った。俺がドアを閉めるや否や車は勢いよく発進した。もちろん俺は足元がふらつき急いで近くにある座席の背もたれにつかまり、そのままそこの座席に腰を下ろした。ほんとっ、お兄ちゃんは気配りがないんだから! 反省してよねっ! ってまたまたちがうか……。
現場に着くと、すでに数人の作業員たちが現場の準備に取り掛かっていた。「ござーす」「ざーす」「ちゃーす」「おっす」「ちっす」とか、もっとすごいので「っす」というもはや日本語ではない挨拶が作業員たちの間で交わされていた。俺もみんなに見習い「うーっす」とここでは比較的まともな挨拶をする。すると後ろから頭をドンと突かれた。
「カズヤ、なんだその挨拶は? ちゃんと挨拶しろ!」
え? えぇ?? 俺、この中では一番まともな挨拶してるだろ? 俺は不可解な表情を浮かばせながらも頭を突いてきた小林さんに詫びを入れる。
「す、すいません……」
俺が小林さんにペコリと頭を下げていると一台の鮮やかな水色の軽自動車が現場に入ってきた。頭を上げた拍子にちらりと運転席を見ると真剣な面持ちの平さんの姿がそこにあった。そんな平さんと俺は目が合ってしまう。ハッと思い、俺は慌てるも平さんは真剣な面持ちから一転にこっと笑い、俺に軽く会釈した。俺も頭をかきながら平さんに会釈する。車を事務所前の駐車場にきれいに止め、事務服姿の彼女が手にハンドバッグを持って出てきた。
「みなさん、おはようございます!」
平さんは俺たち作業員に元気よくまともな日本語で挨拶をする。
「おはよござーす!」「はよーっす!」「ござーす!」などと先ほどとは打って変わり、比較的まともな日本語で挨拶をするみんな。すげーな、ちゃんと挨拶、使い分けているのか? バイリンガルみてーだな~。と感心しているとなぜか平さんはこちらに近づいてきた。何か誰かに用事でもあるのかと思い、彼女の動きを眺めているとなんと彼女は俺の前で立ち止まった。「え? え?」と、もしかして俺の後ろにいるやつに用事なのかと思い後ろを振り向くも誰もおらず、俺は思わず人差し指で俺自身を指さし、彼女に確認を促した。すると平さんはにこりと笑みを浮かべ俺にこう言った。
「タカハシさん、おはようございます。長靴……左右逆ですよ?」
「え?」
その言葉に俺は『やっぱり高橋って苗字に変えるべきだよな~』と思いながらちらりと足元を見る。あ、やっべー! ほんとに逆だった! 俺は近くにあった朝礼台に手をかけ急いで長靴を履きなおしながら平さんに頭を下げた。
「あ、す、すいません!」
「いえいえ。あ、でも安全第一ですからね、気を付けてくださいね」
そう言って再び軽く微笑み、平さんは事務所の中へと入って行った。その微笑み……やっぱり君はのんたんだ……。
「おい!」
「ん?」
ボーっとしているところに後ろから声をかけられ俺は振り向く。
「ん? じゃないだろ! なにボーッとしてんだ! 長靴を左右逆に履くって一番やっちゃいけねーべよ! わかってんのか!」
ムッとした表情の小林さんに叱られた俺はすぐさま謝る。
「す、すいません! 今度から気を付けます」
「ったく、梅乃が気づいてくれたから良かったものの」
そう言いながら小林さんは俺の頭をグーでゴツンと叩いた。痛ってー! だからニューロンがね~! カツオの気持ち、今更わかったよ……。
……ところでうめのって誰?