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 ガラッ


「し、失礼します」


 夕方五時過ぎ俺は戸を開け、事務室に入った。事務室に入った目的は今日働いた分の作業日報に元請けの職員からサインをもらうためだ。しかし挨拶をしたにもかかわらず誰からも返事が返ってこない。俺はちょっと凹んだ。それに……それに、女の子がいないじゃんか! どこだよ? 俺のハートはすっかり萎えてしまったがこのままボーっと突っ立てるわけにもいかないので覇気のない声で言うべきことを言った。


「す、すいません、サインください……」


 もちろんこんな通らない声が職員の耳に届くはずもなく、彼らはパソコンに向かい黙々と自分たちの仕事をしていた。俺は空気のような存在であることを認識せざるおえなかった。

 俺、もうブロークンハートだわ……。

 もう一度声を出す勇気はすっかり萎えた俺の心ではすでに無理なことなのでついダメダメなことを考えてしまう。

 あ~、もうこのままサインもらわずに帰っちゃおうかな……。自分で適当にサインしてもバレないだろ……。そう思い、俺は事務室からこっそり出ようとしたその時――――


「お疲れ様でーす! すいません、気づかなくって」

「え? あ……いや……」


 彼女は小走りで俺のもとへとやってきた。

 あれ? 彼女、どっから出てきたんだ?


「ちょっと給湯室で洗い物してて……へへ」


 そう言って軽く笑いながらも息を切らしている彼女。まだこの時俺は彼女の顔をはっきりと見ることは出来ていない。そして彼女は胸元に刺さっていたボールペンを取出し、セミロングの髪を耳にかけ、顔を前にあげた。


「あ……」

「えぇっと、日報にサインですよね?」 

「あ……」

「ん? どうしました?」


 彼女は俺の顔を見て首をかしげる。彼女に何か言いたい気持ちでいっぱいだったのだが俺はびっくりして声が出なかった。その声、その女神フェイス……だって彼女は――――


「のんたん……」

「え?」

「あ、いや……あの……その……」


 女神を前に俺は緊張のあまり頭の中がパニックになってしまっていた。


「日報出してください。サインしますから」

「あ……日報。そ、そうだ。はい……」


 あ~、そんなに俺に微笑まないでくれー! いっそ俺に冷たくしてくれよ! 無視してくれよ! あー! なんでそんなに君は……



「のんたんなんだ……?」

「は? 何言ってんだ? 彼女見て頭おかしくなっちまったか?」


 事務所から出るとすでに俺たちが乗るワゴンバスからエンジンの音が聞こえていた。


「ほら、みんな待ってっから早く乗るぞ」


 玄関の前でボーッとしてる俺をざーすさんが見かねて俺の元へと駆け寄ってきてくれた。


「のんたん……」


 俺たちがワゴンに乗り込むと座る間もなく発進した。俺はふらっと揺れるも近くの座席に腰を下ろす。ざーすさんもすぐ俺の隣に座りこんだ。


「そんなにたいらさんのことが気に入ったか?」

「た、平さん?」

「お前日報のサイン、見なかったのか? 『平』って書いてあったべよ」

「あ、のんた……いや、彼女、平さんって言うんですか?」

「おめーは、変なところで抜けてんな」


 笑いながらざーすさんはそういうと俺の耳元でこそりとこう告げた。


「平さんのこと優しいし、めっちゃ気に入ってるんだけど、でも俺、実は彼女いんだよ」

「え?」


 ざーすさんに彼女がいたとは……。彼女もざーすさんのような感じなんだろうかといろいろ頭の中で思考を巡らせているとざーすさんは俺の顔を見てニヤリと笑いながらこう囁く。


「おめー、もし彼女いないんなら、平さん、狙っちゃえよ!」

「え? い、いやそんなめっそうもない!」


 俺が草食男子が言うような言葉を吐くとざーすさんはバチンと思い切り俺の太ももを叩いた。


「痛って!」


 なんでこうもみんな、俺を叩くんだよ? 俺死んじゃうよ?


「何言ってんだ? さてはお前、絶対彼女いないな! そんなんだからダメなんだ! 男は攻める生き物なんだよ! もっと攻めろ! そしてかわいい子をゲットしろよ!」

「い、いや……でものんたんをゲットするなんて、考えただけでも……」

「しっかし、さっきからのんたん、のんたんって何なんだ? まさかラブライフのキャラクターか?」


 え? ざーすさん? その風貌でラブライフ知ってる? クレしんといい、もしかして俺と同じ種族?


「ちなみに俺の彼女は『ことか』に似てんぞ!」


 いや、絶対嘘だろう。ざーすさんの彼女に限って……。似てるとしても髪型だけじゃねーのか? もしくは髪の色とか。

 俺が再びざーすさんの彼女を想像しているとざーすさんはにっこり俺に微笑みこう言った。


「名前も『ことみ』って言うんだ!」


 そんなざーすさんの歯にはネギがついていた。

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