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「お、おはようございます」

「おう! ちゃんときたが~」


 俺は結局、竜太郎伯父さんにうまく丸め込まれ、夏の間だけ日雇い労働者としてここで働くことになった。朝、七時までに来いと言われたので眠い目をこすりながら伯父さんのお古の作業着に着替え、高田建設の事務所に来たのだがここは相変わらずたばこのにおいがキツく、目がしょぼしょぼしてしまい、違う意味で目をこすってしまう。来客用のソファに座っている竜太郎伯父さんは「何眠そうにしてんだぁ? これだからプー太郎ってやつは~」と皮肉めいたことを言いながら思い切り鼻から煙を出した後、目の前にある大きなガラス製の灰皿にグリグリっとたばこを押し付け、火を消す。というかこんなデカイ灰皿がもう満杯なんすけど……。火事にならないのか? 

 俺の心配をよそに伯父さんは気合を入れるように自身のふとももをバシンと叩きソファから腰を上げた。


「じゃ、早速現場に行ぐがぁ!」

「と、ところで他のみなさんは?」


 俺はキョロキョロとあたりを見回しながら伯父さんに尋ねる。というのも結構な広さのある事務所なのだがどこを見渡しても竜太郎伯父さんしかいないのだ。


「高田社長は町議の関係で札幌に出張、事務の和子さんは八時半に出社だからまだ来でねーし、作業員のみんなはもう現場に行ってんぞ」

「なるほど……。潰れたわけじゃなかったか……」


 俺が気持ち残念そうにぼそりつぶやくと伯父さんの怒鳴り声が俺の頭上から聞こえてきた。


「おんめーは馬鹿がぁ! 何朝から縁起の悪いこと言ってんだぁ? はやぐ、行くど!」


 

 俺を助手席に乗せ竜太郎伯父さんは会社の車で現場へと向かう。市街地を抜け乗車して十分かかるかかからないほどのところになにやら大きな建物が見えてきた。何もないところにドンとそびえたつ建物はかなり目立っていた。


「もしかしてここですか?」


 俺はその建物を指さし伯父さんに尋ねる。


「そんだぁ。今日からお前が働くとこだぞ~」


 伯父さんはうれしそうにそう言いながら現場へと車を進めた。



 伯父さんは現場の事務所らしきところの駐車場に車を止め、勢いよくサイドブレーキを上げエンジンを切る。


「ほら、着いたど。降りろ」

「は、はい……」


 なんだ、この緊張は? 久しぶりに味わう……あぁ、思い出した。スーパーに就職した時と同じ緊張感だ。

 俺が顔をこわばらせながらゆっくりと車から降りると事務所から数人の作業員たちが出てきた。


「お、専務! おはようござーす!」「ござーす!」「ざーす!」


 作業員たちが俺たちに気づき伯父さんに挨拶をしてきた。伯父さんも彼らに笑顔で挨拶を返す。っていうか最後の人の挨拶はあれで通じるのか? 


「おう! おはようさん! あ、みんなに紹介しなきゃな。こいつが以前言っていた甥のカズヤだ。今日からここで働いてもらうことになった。面倒見てやってぐれぇ」


 そう言うと伯父さんは俺の後頭部を小突く。お前も挨拶しろと言う意味なのだろう。俺はぺこりと頭を下げ緊張した面持ちで挨拶をした。


「は、初めまして。小鳥遊たかなしカズヤと申します。よろしくお願いします」

「おぉ! カズヤか! よろしくな! 俺はここで高田建設の班長を務めている小林っつーもんだ。おめぇ、若そうだな。いくつだ?」


 この中では一番年上っぽそうな白髪でパンチパーマの小林さんという人が俺に気さくに話しかけてきた。俺はそんな小林さんの笑顔を見て心が少々和む。


「十八です。でも今年の十月で十九になります」

「おぉ! ピッチピチだな~! これっだたらしごき甲斐ありそうだ。はっはっは~」

「え? しごく?」


 一瞬小林さんの顔がヤ○ザに見えたのは気のせいだろうか? 俺は思わず子犬のような目で伯父さんの顔を見てしまった。伯父さん、助けて! 俺、小指切られそうです!


「何おめぇ、ビビってんだ? 小林さんは冗談で言ったんだど!」

「じょ、冗談か……」


 伯父さんのその言葉に俺はホッと胸をなでおろす。


「はっはっは~、さてはおめぇ、こういうところ慣れてねーだろう?」

「い、いや、そう言うわけじゃ……」


 俺は苦笑いを浮かべ小林さん顔をちらりとみる。すると小林さんはニヤリと笑った。不気味だった。そして歯にはネギがついていた。



 今日から働くことになったこの現場は国が掲げる巨大プロジェクトで動いている現場だということだ(さっき小林さんに教えてもらった)。うちの建設会社は元請けの大手ゼネコンの下請けとしてここで作業をしている。新規入場の手続きを済ませてから小林さんに言われるがままに作業現場に行った。


「今日からここで働くことになった、タカハシカズヤだ。みんな、面倒見てくれよ!」

「あ、あの、俺の苗字、タカハシじゃなく、タカナシです」


 俺は小林さんの耳元でこそりと囁く。


「んなぁ、タカハシでもタカナシでもどっちでもいいじゃね~か」


 そう言うと、小林さんは思い切り俺の背中をバシッと叩いた。痛ってーっつーの! 俺は苦痛で顔をゆがめながらもこんなことを考える。

 昔っからよく間違われて「タカハシ」って言われてたもんな。もうこうなったら高橋でいいか……。苗字を変えるにはまずどこに行ったらいいんだ? とりあえず役場か? そのあとは住民課かな? そして「苗字を変えたいんですけど」って言えばいいのか? んで次は……などと俺は早速名字を変えるためのシミュレーションを頭の中で立てていると鼻ピアスをした見た目やんちゃっぽい、金髪の風間さん(俺の中ではすでに『ざーす』さん)が俺に声をかけてきた。


「っしゃ! タカハシくん、行くぞ! 今日から俺がタカハシくんの指導係だ」

「よ、よろしくお願いします。ざー……いや、風間さん」


 ざーすさんは見かけによらず、すごく丁寧に俺に仕事を教えてくれた。そのうえざーすさんはほめ上手で「お前、結構飲み込み早いな」とか「うまいぞ! その調子だ」と言ってくれるのでお世辞でもうれしかった俺はそんなざーすさんが気に入り、また、ざーすさんも俺のことを気に入ってくれたみたいで気が付けばすっかり俺たちは手を止めて話し込んでしまっていた。


「ざ……いや、風間さんっておいくつなんですか?」

「二十歳だぜ。お前は十九だったよな?」 

「今は十八ですけど、今年の十月で十九になります」

「俺の誕生日はもう過ぎたから……ってことはやっぱり一個しか違わないのか~」

「なんか親近感湧きますね! って、でも一個しか違わないなら学校も一緒だしわかるはずだけど……」

「あぁ、俺はこの町のもんじゃねーんだ。隣町から来てんだよ」

「そうか! だからか。風間って苗字、この町の人でいたかな? ってさっきからずっと思ってたんですよ」

「そうだよな。風間っていそうでいないもんな。『クレしん』の風間君しか思い浮かばないもんな~。はははっ」


 ざーすさんの口から『クレしん』って……。見た目が見た目だけにこのギャップ、かなりツボります……。


「あ、ところでさ、現場の事務所に可愛い女の子がいるって知ってるか?」

「現場の事務所って?」

「ほら、俺と小林さんらが朝、出てきたゼネコンの事務所だべよ」

「あぁ、でも俺も朝、入りましたけど、女の子の姿なんてなかったような……」

「あそこ、二階が事務室になっていてそこにめっちゃかわいい子がいんの!」

「へぇ~! もしかして地元の子なら俺が知ってる人かな?」

「いや、地元の子ではないらしいぞ。隣町から来たって聞いたな。あ、でも俺の地元とは反対の隣町だぜ」


 ざーすさんは鼻息をふんふんと荒くし、興奮気味にその女の子のことを話す。もちろん俺もそんなざーすさんをみて彼女に興味がわいてきた。


「そ、そんなに可愛いんすか?」

「もう、最上級!」

「げ、芸能人で言うと?」

「う~ん、誰だろうな? ま、とにかく顔が小さくて、目がくりっくりで、そのうえナイスバディーなんだってばよ」

「ぱ、パーフェクトじゃないですか??」


 俺もざーすさんのように興奮してしまい、思わず前のめりになる。


「お、おい、そんな興奮すんなって! 顔ちけーよ!」

「あ、すいません!」


 するとざーすさんは「うんうん」と何かに納得し、腕を組み、目を細め、上を向きながらこう言った。


「ま、でもやっぱり興奮しちまうよな~! お前の気持ちわかる。よくわかる……。とりあえず帰り、事務室に行って彼女を見て来いよ!」

「え? でも俺、事務室になんか用事ないし……」


 その時、ざーすさんは鼻ピアスをキラリと光らせ不敵な笑みを浮かべ俺にこう告げる。


「いや用事ならちゃんとあるぜ~」

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