11-2
町の中心にあり大きな看板で誰が見ても一目でわかる山上ハイヤー。俺は迷わず外階段を上り事務所の戸を開ける。
絶対ここにいるはず! しかし――。
「あれ? 桃香がいない……」
桃香が事務所でネットでもしてると思い込んでた俺は誰もいない事務所を見てちょっとだけ肩を落としてしまった。
「仕方がない。家に入るか」
しかし躊躇している俺がいる。だって桃香の親がいる前で「声優になろう!」と発言するのは言いづらいなんてこの上ない。
「どうするかな?」
でもどう考えても桃香と俺が自然な形で二人きりになれる場所はここしかない。俺が今日二回目の脳みそフル回転で懸命に桃香の机を見ながら考えていると、俺の目にあるものが飛び込んできた。
「あれなんだ?」
桃香の椅子の上に淡い緑色の何かが見えた。すごく気になったので俺は思考をいったんストップさせ、近くに行きそれに目を凝らした。
「紙袋……」
俺はその紙袋の中を覗いてみる。
「なんか箱が入ってる……あ、もしかして!」
俺がこれが何なのかすぐに分かった。
「俺の誕生日プレゼント……」
もう一度淡い緑色の紙袋を見て見るとそこにはゴールドのシールが貼ってあり『Happy Birthday』と書かれていた。
「桃香……」
俺はその紙袋を抱えると心がほっこりとした気持ちになった。
「人と人との触れ合いってすばらしい……」
ガチャ
「カズヤ??」
「ゲッ! 桃香!」
桃香が自分家の階段から事務所に入ってきた。びっくりした俺は急いで紙袋を桃香の椅子の上に戻す。
「こんなところで何してるのよ?」
「え? いや、まぁ……その……」
いきなり待ち人が表れて「何してんの?」とか聞かれるとものすごく焦ってしまう。俺はどうしていいのかわからなくなってしまい不審者のような動きで慌てふためいてしまう。
「ちょっと、まだ五時過ぎよ! 迎えに行くのは六時っていったじゃん」
そう言いながら桃香は俺が椅子の上に慌てておいた淡い緑色の紙袋をなぜか机の足元にしまった。あれ? 俺にくれるんじゃないの?
「あ、もしかして忘れ物?」
「え? あ、あぁ……」
べつに忘れ物を取りに来たつもりじゃなかったのだがとりあえず心の準備ができるまでそう言うことにしておこう。
「なんだ~。そうなら電話とかで言ってくれればいいじゃん! 迎えに行くときに渡すのに」
「た、確かにそうだな……。はははっ」
「で、何を忘れたの?」
「え? えぇっと……」
俺はとりあえず自分の身に付けているものに手を当てる。
服って言うのもおかしいし……。パンツ……いやもっとおかしい……。
「カズヤ……? どうしたの?」
桃香が不思議に思ったのか首を傾げ俺を見る。
どーしよ……? あっ、忘れ物……一つあるじゃないか!
「桃香、忘れ物は……俺たちがずっと忘れてきたものだ」
「は?」
俺の答えに当然桃香は不可解な顔で俺を見る。でも俺は気にしない。まずはこれを桃香に伝えないと!
「あんさ、桃香……」
「ん?」
俺は深く深く息を吸い、そして俺の今までの歪んだ嫌な気持ちを吐き出すかのように思い切り息を吐いた。
「お、俺と……俺と……」
「え……? まさか?」
その瞬間、桃香は顔を燃え上がる炎のように真っ赤にさせる。
「い、一緒に……」
「一緒に……?」
ゴクリと桃香の固唾を飲み込む音が聞こえてきた。それと同時に手を組み祈るような姿勢をとる桃香。もしかしたら桃香は俺の言いたいことをわかっているのかもしれない。じゃぁ、思い切ってあとは……言葉を放つのみ!
「俺と……俺と一緒に声優目指そう!!」
「……?」
桃香はポカンと口を開け唖然とした表情で俺を見つめる。
「そ、それだけ?」
「え? それだけって??」
桃香の問いに俺も頭が混乱してくる。一体こいつは俺が何を言ってくると思っていたのだろう? そんなに期待外れなことを言っただろうか? いや、むしろ桃香はこの言葉を望んでいたはず!
「そっか……」
なぜか桃香は落胆し、俯き、指を絡ませる。
「お、俺たち、高校生の時に将来の夢について語り合っただろう? 今日、鮮明に思い出したんだ。俺たち、本当は声優になりたかったんだって! 桃香だって言ってだろう?『いつか声優になれたらいいね』とか、『その夢、かなえるまで追いかけなきゃね』とか! その夢、今こそかなえるべきなんだよ!」
しかし桃香の顔は以前として曇ったままだった。
「……私がその夢追いかけたらこのハイヤーはどうなるのよ?」
「あ、それはエバ……」
江張さんに任せればいいと言おうとしたのだがそこでパーティー後に言われた江張さんの言葉を思い出した。
『桃香も誘って一緒に声優になろうって言うのであれば、余計なことは言わないほうが良いわよ』、『私がカズッチに言ったこと絶対言わないほうが良い』
「カズヤ?」
余計なことは言わない。でも俺と桃香は絶対に声優を目指さなきゃいけないんだ! 俺は桃香の手を両手で握る。そして桃香に強い熱意でこう伝えた。
「そんなこと後からどうにでもなるだろう! とにかく俺たちがずっと想ってきた夢、目指そうぜ!」
「ちょっとカズヤ! いったいどうしちゃったのよ? ってか後からどうにでもなるってそんな考え通用しないわよ!」
「で、でも桃香! これはお前のお母さんも望んでいることだ!」
「は? そんなわけないでしょ! 両親は私に山上ハイヤーを継いでほしいって思っているの!」
「そ、そんな幻想抱くなよ! だってヨシコーさん……」
ここで江張さんの言葉がまた胸に響いた。
『特によし子叔母さんが桃香にしたこと。いくら桃香のためとはいえ、それを知ってしまったら、えらく傷ついて感情的になっちゃうと思うからさ』
「お母さんがどうしたのよ?」
桃香はいぶかしげな顔で俺を見ながら尋ねてくる。
「あ、いや……とにかく自分の夢を追いかけようぜ……」
「あのね、カズヤ……あんたの言ってることはわかるけどさ……」
どうすれば、どうすれば桃香は自分の夢を追いかけてくれるんだ? 俺は必死で考える。こんなに考えたのは生まれて初めてだろう。考えすぎて頭の血管が切れそうだ。
「カズヤ? 聞いてるの?」
「桃香……俺と一つ約束してくれるか?」
「え? 何よ急に?」
俺は考えに考え抜いた末、これが一番俺にとっても桃香にとってもベストだと感じた。それは――――
「じゃぁ、先に俺が声優になる。もし俺がテレビで活躍できるような声優になれたら桃香も声優の夢……追ってくれるか?」
「カズヤ……あんたそこまで……」
桃香は俺の言葉に驚きの表情を見せ、そして……
「お、おい! なに泣いてんだよ?」
「私、自分の夢、もうあきらめてた。どうせ無理って……でも、でも私まだ挑戦してもいないんだよね? ハイヤーを継がなきゃどうするって勝手に自分の中で言い聞かせて、本当に自分がやりたいこと意図的に無視してた。最初から動こうとなんてしなかった。でも……今のカズヤを見て、私、このままじゃいけないって思った……。だから……だから私もカズヤと一緒に声優の夢を追いかけたい!」
「桃香!」
ボフッ
「か、カズヤ?」
俺は思わず桃香を抱きしめてしまった。とてもとても愛おしく思えたのだ。桃香もいきなり抱きしめたことに最初はびっくりして戸惑っているようにも感じたが、次第に桃香は俺の背中に腕を回す。そして俺に優しい声でこう言った。
「私もカズヤに一つ約束があるの」
「ん? なんだ?」
「もし、カズヤも私も一人前の声優になれたら……結婚してほしい」
桃香の言葉に多少の驚きはあったが俺は迷わずこう答えた。
「あぁ、結婚しよう」
「カズヤ!」
窓から差し込む斜陽に照らされた事務所内。そこで俺たちは初めてキスをした。背の低い桃香は涙を流しながら一生懸命に背伸びをして俺に唇を重ねてくれた。すごくうれしかった。そして再び俺は思い出す。高校生の時、放課後の教室で桃香と夢を語り合ったあの時の高揚感と同じ気持ちになっていることを。
「ところでさ、お、俺の誕生日プレゼントだろ? あの緑色の紙袋」
30秒くらいあとだろうか? お互いに唇をゆっくりはずすと俺は桃香の机の下を指さし、今の恥ずかしい気持ちをそらすかように今更ながらどうでもいいことを聞いてみた。
「あ、それはカズヤのじゃないわ」
「え?」
すると桃香は自身の机の上からクリーム色の紙袋を手に取り、それを俺に渡した。
「うふふ。心配しないで、これがカズヤの誕生日プレゼントよ。おめでとう!」
「あ、ありがと……って、じゃぁあの淡い緑色の紙袋は?」
すると桃香は顔をほころばせながらこう言った。
「これはお父さんの誕生日プレゼントよ。お父さん、明日誕生日なの。お父さん、ちょっと変な趣味だから探すのにえらい苦労したけど」
「あ、なるほど……」
「それよりも早く開けてみて!」
「おう!」
俺は紙袋からプレゼントを取り出し包装紙をゆっくりと剥がした。すると――――
「あ! カンタムのプラモじゃん!」
「ふふふっ、あんたずっと欲しいって言ってたでしょ?」
「サンキュ! 桃香! マジお前は天使だよ!」
「もーう、そういう時だけ調子のいいこと言っちゃって!」
「でも本当に桃香は俺にとって……大事な人だ」
その瞬間、事務所はシーンと静まり返った。桃香の顔はこの夕焼けのように真っ赤に染まっていた。そして再び……今度は二度目のキスをした。最初のキスは緊張でどんな味なのか覚えていない。でも今回は味がする。それはイチゴの味でもレモンの味でもない。桃香が先ほどまで食べていたであろう、ミントガムの味がした。
六年後
「おっ、今日の夕食はハンバーグか!」
「あなた好きでしょ? ハンバーグ」
「大好きだよ! な? 花梨も好きだろ?」
「ちゅき!」
台所でおいしそうな匂いを漂わせながらハンバーグを焼く俺の奥さん。桃香。俺たちは夫婦ともに声優をしている。先にブレイクしたのは桃香。その可愛いルックスでデビューするや否や超人気アイドル声優になったのだ。俺は桃香から遅れること一年後、俺が出演した深夜アニメが予想をはるかに上回る大ヒットアニメになり、ついには映画化までされた。そのおかげで俺もようやっと「職業は声優」とまで言えるようになった。まだまだ桃香には実力ともに及ばないが俺の声優人生は順調に前に進んでるといえよう。だって六年前には夢にも思っていなかったことだから。それに俺たちにこんな可愛い娘もできるなんて……。きっとこの子は桃香似だろう。いや、口元は俺に似ているか?
「さぁ、出来たわよ! 桃香ママの特製ハンバーグ!」
「おぉ~! 早速食べるべ!」
「かりんもたべる~!」
俺と娘の花梨がダイニングテーブルに座ろうとすると桃香の眉間にしわが寄る。
「ちょっと、二人とも待ちなさい! 食事の前には何をするんだったっけ?」
「腹をすかせるために準備体操!」
俺が満面の笑みでそう答えるとハンバーグが入ったプレートを両手に持った桃香が俺の太ももめがけて大きく回し蹴りをした。
バコッ!
「イッテ!! ってかイッテ!! お前、いつから空手やってたんだ??」
見事にクリーンヒットした自身の回し蹴りに桃香は誇らしげな態度をとる。
「へっへ~ん! こういう時のために空手のビデオを見て練習しておいたのよ!」
「ったく、俺にだけ容赦ないんだからよ……」
「ちゃんと真面目に答えないあんたが悪いの! じゃぁ、花梨ちゃん、答えはわかったかな?」
「てをあらう!」
「そう、正解! じゃぁ、パパと一緒に手を洗ってきてね~」
俺はいまだにジンジンとしびれる太ももをさすりながら花梨と一緒に洗面台へと向かう。
「花梨、先に手を洗っていいぞ」
すると花梨は「は~い」と言って素直に子供専用の台に上がり、泡が出てくるハンドソープをワンプッシュする。
「ちゃんと丁寧に洗えよ~。きれいに洗わないとママ、鬼みたいな顔して怒るからな」
そういながら俺はいまだに太ももをさすっていた。
「パパ」
「ん? どうした?」
「ママ、パパがいないときいつも部屋で怪しいことしてるの知ってる?」
「??」
俺は花梨の声が急に大人の女性になったことにひどく驚いた。それと同時に花梨が言ったことにも驚きの色を隠せなかった。
「あ、怪しいことって?」
俺は恐る恐る桃香がやっていることを花梨に尋ねた。花梨は蛇口ひねり水を出す。そして手を洗いながら淡々と俺に話す。
「ううん、知らないほうが良い。うん、これ知っちゃったらパパ、また元に戻りたいって思うかもしれないから」
「ど、どういうことだ?」
というかこの声どっかで聞いたことあるような……。
「はっ!」
俺がその声に気づいたと同時に花梨が振り向き、そして俺にこう言った。その時の花梨の顔はもう子供の顔ではなかった。彼女は俺が六年前に見た美女と呼ぶにふさわしい――――
「今度は素晴らしい選択をしたわね! パパ、コングラッチュレーションズ!」
11のストーリー終わり




