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11-1

 俺の学生時代……。いつだ? 桃香と俺がいつ将来の夢を語った? 俺は一生懸命、無い脳みそをフル回転させて学生時代のころを記憶を駆け巡らせる。


「あっ!」


 俺の頭の中でピカッと稲妻が落ちた! 俺は思い出したのだ。高校生の時、そう、窓から差し込む斜陽に照らされた放課後の教室で桃香と将来の夢について語り合ったことを――――。


『カズヤ、あんた将来何になりたい?』

『な、なんだよ急に?』

『だって進路希望調査、明日までだよ?』

『そんなん、適当に書いとけばいいべよ』

『適当にって……ほんとにカズヤはなんも考えてないんだから~』

『そんな呆れた顔で俺を見るなって! 俺だって一応夢がないわけじゃないべよ……』

『え? なになに? 何になりたいの? カズヤの夢、聞かせてよ!』

『そ、そんな身を乗り出すなって! 顔ちけーよ! お、俺の夢は……かな……』

『え? 聞こえなかった! もっとはっきり大きい声で言ってよ!』

『いやだから……せ、せ、声優に……て何度も言わせるな!』

『う、うそ? まじ??』

『え? なんでだ? 俺なんか変なこと言ったか?』

『カズヤが私と同じ夢持ってたなんて……』

『同じ夢? ってことは桃香も……』

『うん、声優になりたいんだ。昔からアニメが大好きで特にキャラクターに命を吹き込んでいる声優さんにずっと憧れていて……』

『俺も小さいときからアニメ大好きだったから、カンタムとかトラゴンボールとかツーピースとかずっと見てて、俺もキャラに命吹き込みたいなぁって……』

『ま、でもお父さんには安定した職業に着けっていわれてるんだよ。札幌のある銀行にコネがあるからそこで働いてほしいって……』

『声優ってなかなか簡単になれるような職業じゃないしな……。別に俺声の質、いいわけじゃないし』

『え? そう? カズヤの声、私、めっちゃ好きだよ』

『え? えー?!』

『何茹でダコみたいに真っ赤になってんのよ? 声って言ったのよ。声! カズヤの声、決して男らしい声じゃないけれど、透き通ってるというかすごく声がクリアなのよ! 声優向きの声だと私は思うけど』

『そ、そうかな……。おまえこそ、その声なかなか可愛いぞ』

『え? 可愛い……えー?!』

『だから、声って言っただろ? お前こそ茹でダコだぞ!』

『あ、そっか……って私の声そんな、か、可愛い?』

『おう。お前の声聞くといつも萌えキャラ想像しちまうもん』

『ねぇ、お互い、いつか声優になれたらいいね……』

『あぁ、でも先は長そうだけどな』

『うん。でも逃げちゃだめだよ……。その夢、かなえるまで追いかけなきゃね』


「そうだ、俺……声優になりたかったんだ……」


 俺は杉子さんが持っていたマイクを突如奪い取り、マイクに向かって自分の今の気持ちを言い放った。


「俺は将来、声優になります! 有名な、超有名な声優になって見せます!!」




 午後四時半、時間通りに杉子さんと一応ついでに俺の誕生日会が幕を閉じた。


「平さん!」


 ちょうどコートに袖を通している平さんに俺は近寄りお詫びの言葉とともに深く頭を下げた。


「平さん、なんかせっかくアメリカに行こうって誘っていただいたのにすいません……」


 平さんはさっとコートを身に着け、薄い微笑を浮かべながらペコリと軽く頭を下げた。


「いえ、こちらこそ、突然あんなこと言ってしまって小鳥遊さんを困惑させてしまいました。ほんと、ごめんなさい。あ、私の言ったことは忘れてください」

「忘れるなんてとんでもない! 確かに平さんの言う通り世界を見渡せば、また違う、それも多くの夢ができると思います」

「小鳥遊さん……」

「でも思い出したんです。俺と桃香はずっと声優になることが夢だったんだって。それをどこかであきらめてその夢をどこかに置きっぱなしにしていたんです。そして無意識のうちにその記憶を自分の頭で消そうとしていたんです。消すことで夢を追いかけなくても済むから。夢がないと自分に言い聞かせれば本当に自分には夢がないって暗示にかかることができるんです。でも平さんや江張さんと出会って、それじゃぁダメなんだって気づいたんです。そんな人生面白くもなんともないって。夢を追いかけてそれを成功させることにちゃんとした意義があるって。前に平さん言ってたじゃないですか?『夢は叶えるためにあるんだ。簡単にかなう夢は夢じゃない』って。俺、今その意味がようやっと分かったんです」


 すると平さんは何がおかしかったのかクスクスと口に手を当てて笑い出した。


「小鳥遊さんて意外と熱いのね!」

「え? いやぁ……なんかそう言う風に言われると……」


 俺は今言ったセリフがどんなに恥ずかしいことだったか今になって気づきとっさに顔を下に向けてしまう。すると平さんが俺の肩に優しく手を添え、俺にこう伝える。


「下向かないで下さいよ! 熱いことは素晴らしいことです! 私が笑ったのは小鳥遊さんってクールな感じだったから。ちょっとそのギャップでおかしくなって笑っちゃっただけです」

「平さん……」


 なんてこの人は素敵な人なんだ。俺はやっぱりこの人とアメリカに一緒に行くべきだったんだろうか? でも……俺はここにいるみんなに向かって「声優になる」って言ったんだ。今更後戻りはできない。平さんのとの出会いがあったからこそ、声優になる決意ができたんだ。これはこれでいいことじゃないか! って俺っていつからこんな熱血キャラになっちまったんだろ? 


「何意気込んでるんですか? 未来の声優さん!」


 俺の背中越しから江張さんの声が聞こえてきた。すぐさま振り返り、ニヤニヤと笑う江張さんに俺は手を左右にブンブンと振りながら否定する。


「べ、別に意気込んでなんて!」

「そんな必死になんなくても~。あ、ところでさ、桃香も誘って一緒に声優になろうって言うのであれば、余計なことは言わないほうが良いわよ」

「よ、余計なこと?」

「うん、おそらく桃香、素直に声優になるって言わないはず。その時に私がカズッチに言ったこと絶対言わないほうが良い。特によし子叔母さんが桃香にしたこと。いくら桃香のためとはいえ、それを知ってしまったら、えらく傷ついて感情的になっちゃうと思うからさ……」

「そっか。そうですよね……。わかりました。そのことは何も言いません」

「じゃ、未来の声優さん、またどこかでお会いしましょ! あ、私は車で梅乃と帰るから」


 にこやかにほほ笑みながら江張さんはそう言うと俺に背を向け、平さんに「さ、帰りましょ!」と声をかけ二人は会場を後にする。

 またどこかでお会いしましょうって……。そんなのないべよ……。


「江張さん! 平さん!」


 俺の言葉に半分出入り口に足を出していた二人は背を向けたまま振り向き、顔だけを俺に見せた。


「俺、絶対すぐに有名になりますから、田舎に帰ってきたときには是非歓迎してください!」


 俺の言葉に二人はニコリと口角を上げるとそのまま何も言わずにこの会場を後にした。つい俺も彼女たちの背中を見つめながら微笑んでしまう。あ、いや、エロイこと考えて微笑んだんじゃないんだからね! 平さんの背中がきれいだなぁ~とか江張さんのうなじが色っぽいとか……そ、そんなこと全然考えてないんだからねっ!




 四時四十分、送迎バスが迎えに来て俺の地元へと走らせる。やがてバスは十五分くらいで地元に着き俺は駅で降り、そして駆け足で家に帰った。早く桃香に俺たちの夢を伝えたかったからだ。

「ただいま!」と言いながら戸を開けるとお袋が今か今かと待っていたようですでに玄関の前に立っていた。


「おかえり! どうだった食事会? 楽しかった?」

「あぁ、楽しかったよ」


 俺はお袋の質問を適当に軽く流しながら靴を脱ぎ家に上がり、自分の部屋に行くために階段に上ろうとしたちょうどその時お袋が俺と止めた。


「カズヤ、ちょっと待ちなさい」

「なんだよ?」


 急いでいた俺はつっけんどんな態度でお袋を見る。しかしお袋はにやにやとしながらこんなことを言ってきた。


「今日は何の日だ?」

「え? お、俺の誕生日……って言わせんじゃねーよ!」

「うふふ、正解! はいこれ、正解者のカズヤ君にあげまーす」


 そう言って渡されたきれいに包装してある淡いブルーの包み紙の上には『Happy Birthday』と続け字で書かれたシールが貼ってあった。


「これって……」

「あ、ここで開けちゃだめよ! 自分の部屋で見なさいね。あんた、きっと喜ぶわよ~」


 まさかお袋から誕生日プレゼントがもらえるなんて……。俺はお袋がリビングに入っていく背中に向かってぼそりと小さな声でこうつぶやいた。


「サンキュ、お袋」


 もちろんお袋の耳には届いていないようでリビングのドアが閉まる音だけが俺の耳に入ってくる。



 バタン



 自分の部屋に入り、お袋からの誕生日プレゼントを机の上に置くとすぐさま桃香の家に行こうと準備をしたのだが、薄い長方形の形が一体何なのか気になってしまう。俺は手にかけた部屋のドアノブからいったん手を放し、机に向かった。


「ここで開けちゃだめって何なんだよ? まさかびっくり箱でもあるまいし」


 そんなお袋の言葉が気になり、とりあえず中身だけでも見て見ようと思いブルーの包装紙を丁寧に取った。パッケージが見えてきた。何やらDVDかゲームソフトのようだ。


「……お、おい?!」


 真っ白な肌に真っ白な白衣。その下に見えるのは赤いレースのセクシーな下着。そんな下着からあふれんばかりの豊満な胸。お袋が俺に何のプレゼントをあげたかって? そ、それはですね……


「りおんちゃん……」




 しっかしお袋、あのDVDどうやって手に入れたんだろ? お袋はネットなんて使えないはずだし……。


「あ、まさかバイト先の書店で注文……」


 俺は桃香の家に行く途中、すごく気になっていたお袋のアダルトビデオの入手方法を探っていた。しかし入手方法がわかるや否や俺は思わず赤面してしまう。


「もう、あの書店に入れないべや!」


 町で一軒しかない書店に入れないことはかなりのダメージだったのだが今はそんなこと心配している暇はない。とにかく桃香のところへ行かないと! 俺は駆け足で桃香の家へと向かう。

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