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10-3

 その後、俺と桃香は本当に声優を目指し、二人で東京に行った。もちろんあのプレゼントについては何も言っていない。桃香のほうも俺にそれを尋ねることはなかった。俺が見ていないと思っているかもしれない。だって俺はきれいに剥がしたあの包み紙をまたきれいに元に戻し、紙袋の中に入れ、桃香の椅子にまた元通りに置いておいたから。そして今、俺と桃香は同じ屋根の下で暮らしている。そう、俺たちは付き合っているのだ。

 東京に出てきてから半年以上たった五月のある日。俺はさりげなくこんなことを聞いてみた。


「桃香、もうすぐ母の日だけど、何か送らなくていいのか?」

「いいわよ。だって私には母親なんていないもの……」

「桃香……ヨシコーさんはお前のことが大好き――」「私決めたんだから! 立派な声優になるまでは一切家族と連絡は取らないって!」


 そう言った桃香の手はこぶしで握られ、まっすぐと強いまなざしてどこか遠くを見つめていた。


「桃香……約束してくれ。もしお前が声優になったら絶対、家族に報告するんだぞ」

「……わかったわ」




 そして月日は流れさらに二年後、何と桃香はアイドル声優になった。俺はというと声優になれたにはなれたのだがオーディションを受けるも落ちてばかりでいまだに一本だけしか仕事をやっていない。しかし、俺の稼ぎがままならないまま俺たちは結婚した。なぜかというと桃香のおなかの中に新しい命が宿ったからだ。


「桃香、なんか悪いな……」

「は? 何言ってんのよ? 赤ちゃんができたなんてこんな喜ばしいことはないじゃない! それにアイドル活動はしばらくの間出来なくなるけど、声優は今まで通りやれるから全然心配しないでよーし!」


 おれはそんな桃香の明るい性格に素直に感謝した。


「ねぇ、赤ちゃん、男の子かな? それとも女の子かな?」

「どっちでもいいだろ?」

「ひっどーい! 私たちの赤ちゃんになんてこと言うのよ!」

「あ、誤解だ! ちがうよ! 俺が言いたかったのは元気に生まれてくるなら性別なんて関係ないってことを言いたかったんだ! 俺たちの子供だ。絶対に可愛いに決まってる」


 俺は必死になって胸に手を当てながら桃香に誤解を解いてもらった。桃香はホッと胸をなでおろし、手の指の爪をいじりながらこんなことを聞いてくる。


「あ~、それならよかった。ところでさカズヤ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「ん? 育児のことでか? 大丈夫だよ! お前より暇な俺が頑張って主夫業もやるよ」

「ちがう。私があの町を発つ最後の日、そう、カズヤの誕生日。私の椅子の上に置いてあった誕生日プレゼント……カズヤ、勝手にみたでしょ?」


 その言葉に俺は目を丸く見開き、ひどく動揺をした。しかしなぜ桃香はそのことを……?


「え? い、いや……その……」

「私、あの後、事務所に忘れ物していることに気づいてあそこに戻ったのよ。そう、あのプレゼントを取りに行くために。でも紙袋が逆に置いてあった。私はシールを貼ってあるほうを前にしたのに。おかしいわよね?」


 不敵な笑みを浮かべ俺を大きい瞳で見つめる彼女。そんな桃香に見つめられ俺は硬直し、声にならない恐怖を覚えた。


「あ、あ……」

「これから夫婦の愛を深める儀式として私と楽しんでほしいの」




 そしてさらに三年後――。


「ねぇ、目、痛い? ふふふっ」

「お願いだ……。早くとってくれ!」


 裸にフェイクレザーのエプロンをしている俺はパイプ椅子に座り、手を後ろに回して手錠をかけられている状態。そして今……下瞼したまぶたに針の先を上にして数本、テープでとめてある。そう俺は今、目を閉じることができない状態なのだ。閉じようとすると上瞼に針が刺さる。俺の目は乾き、充血している状態だ。あぁ、もう限界……。それを取ろうにも手錠がかけられているため俺自身どうすることもできない。


「うふ! 楽しい! 超楽しいわ! あなたの辛そうな表情見てると興奮しちゃう!」


 桃香にそう言う性癖があったなんて誰が思っただろうか? 針の格子越しに映る花梨は心配そうな表情で俺を見つめている。そう、花梨は俺たちの子供。可愛い可愛い女の子だ。


「うわ!」

「パパー」

「我慢できなくて目をつぶっちゃったのね~! 血が出てるわよ~! あ~! 苦痛のあなたの表情を見るとあそこが濡れちゃう! もっと、もっと赤い血を出して! あぁん!」



 ――――俺は選択を間違ってしまった。なぜ俺は彼女を選んでしまったのだろうか? もしあの時に戻れるのなら彼女ではなく、彼女を選べば、どんなに幸せな人生だったのか……。あぁ、そんなこと今になって後悔しても無駄だと分かっているのに……。でももし、もし、あのころの俺に戻れたら……。

 ごめんな。でもパパ、もうママのことを愛せない。

 俺は花梨の顔を見ながら心の中でこう言った。すると――――


「じゃぁ、もう一度あの時に戻ってみる?」

「え?!」


 俺はまだ二歳になったばかりの娘の言葉に耳を疑った。娘の声は幼児の声ではなく、まるで大人の女性そのものの声。するとその瞬間、時空がゆがんだ。


「い、一体全体どうなってんだよ?」


 すると俺の愛娘はニコリと微笑みこう言葉を発する。


「決して、私と付き合うことはないように。素敵な人を選んでね」

「え?」


 娘は一体何を言っているのだろうか?

 そう思いながら時空のゆがみと一緒に俺の体も歪み、そして意識が消えていくのを感じた。

 これは夢なのか? 俺は変な夢でも見ているのか……?


 10のストーリーEND

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