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「ただいま」
俺は家に帰り、階段を上る。普段なら家から帰ってきたらすぐに台所へ行き、冷蔵庫を開け何が入っているのか確認するのだが、今日は物色せずに真っ先に部屋へと向かった。
バタン
部屋のドアを閉めると同時に俺は本棚に飾ってある、フィギアを手に取る。
「のんたん、どうしたらいい?」
かなりざっくりとした質問にのんたんはいつも通りの女神フェイスを浮かべ俺を見つめる。『のんたん』とはラブライフという、今巷で話題のスクールアイドルのアニメなのだがその中で一番かわいいと言われているキャラクター(誰が何と言おうと俺の中ではナンバーワンです!)でキャラの中で一番おっぱいが大きく、スピリチュアルパワーを秘めており、そしてなによりも落ち着かせる声でみんなの心を和ませ、女神のような笑顔を湛えながらみんなを包み込んでくれる寛大な心の持ち主なのだ。俺はそんなのんたんを一目見たときからハマってしまい、今ではのんたんなしには生きられなくなってしまうほど大好きになってしまった。
なので俺は悩みがあるといつものんたんに相談する。
『そんな深刻にならなくてもいいんちゃう? 桃香さんに自分の気持ち正直に伝えたらウチ、それでいいと思うんよ!』
「おう、さすがのんたん!」
のんたんが俺のためにアドバイスしてくれた。あ、別に俺の心の声でもなんでもなく、本当にのんたんがこう言ってくれたんだかんね! 桃香が言ってくれたことを考えつつも俺はなぜか町で出会ったあの美女のことを不覚にも思い出してしまった。
あんな美女、テレビの中でしか見たことないよな……。なんていう名前なのかな? 歳は二十前半と言ったとこだろうか?? もしあんな美女が俺のことを好きになって付き合ったとしたら……
『カズヤさん、たまには一緒にお風呂でも入らない?』
『な、な! 俺たちまだ付き合って一か月もたってないだろ?』
『付き合っている日数なんて関係ないわ。私はしたいことをする人よ。そう、今の私はカズヤさんと一緒にお風呂に入りたいの……。ダメ?』
『そ、そこまでいうなら……。俺、男だからそれ以上のことしちゃうかもしんないけど』
『あら、カズヤさんったら! それ以上のことって何?』
『それ以上のことって……男と女が狭い浴室に一緒に入るんだから決まってんだろ?』 『もーう、ほんとにカズヤさんってエッチね! でも今日は……いいよ。私そういう時って結構大胆になっちゃう人だし……』
『え? えー?! ちょ、ちょっと! ここで服脱がなくても!』
『言ったでしょ? 私、今、気持ちが大胆になってるの』
『ぱ、ぱ、ぱいおつ……』
『いやよ! そんなに見ないで。いくら大胆な私だからって照れちゃうわ。ビクンとしちゃう』
『ビクンとって、君のピンク色のち、ち、……がすごく……』
『あ~ん! いや! でもカズヤさんになら触ってほしいな……。そしてここ、つまんでほしい……あん、もう感じてる……。カズヤさん、早く来て!』
『おぉ! もうめちゃくちゃにしてやる! 覚悟しろよー!』
「あ、あー! や、ヤバい!」
俺は美女とのことで妄想の世界に入ってしまい、気が付けばベッドの上にいて、握りしめていた息子から白い液体が出ていた。
ガチャ
「カズヤ、今、竜太郎伯父さんから……」
またもやタイミング悪くお袋に無様な姿を見られてしまった。俺のそんな姿を見てお袋は電話の子機を握りしめながら唖然としていた。
「だ、だからノックしろって言ったべや!」
そう言いながら俺は慌ててティッシュ数枚取り出す。その言葉にお袋はくるりと背中を向け、後ろ向きで子機を俺に渡してきた。
「竜太郎伯父さんから電話よ。もう、早く下履きなさい!」
俺は気まずさとノックをしてくれなかった苛立ちでお袋を軽く睨み付けながらもとりあえず言う通りにトランクスとジーンズを履き、お袋から奪い取るように子機を受け取った。お袋は深くため息をつきながら部屋を出る。そんなお袋に余計腹が立ったもののとりあえず電話に出なきゃと思い、オレンジ色に点滅していた保留ボタンを押し、電話に出た。
「も、もしもし」
「もっすぃ? カズヤがぁ?」
宮田おじさんと同様に親戚の竜太郎伯父さんもかなり訛っている(まだ俺のことを『カんズヤと言わないだけマシか……』)。というかここの町の五十歳以上のおじさんたちはほぼ訛っているのだ。俺も五十過ぎればこんなしゃべり方になるのだろうか? そんな俺の未来に一抹の不安を抱きながらも電話の向こうで俺の返事を待っている伯父さんに挨拶をする。
「伯父さん、お久しぶりっす」
「久しぶりだんな~。元気がぁ?」
「まぁ、なんとか元気でやってますよ」
「そうがぁ、それはよかった。あんさー、今、夏だべ?」
ん? なんで急にこんな当たり前のこと聞くんだ? これで「いや、今夏に見えますけど、実は冬なんです」って言ったらなんて返すつもりだろ?
そんなくだらないことを考えつつも俺は無難に答える。
「ま、まぁ……夏ですけど」
「おめーもわかってるとは思うが、建設会社は夏が忙しいんだ。特に雪が降るような町は今の間だけしか土木作業ができないがらな」
「確かに……」
「お前、まだプー太郎だべ?」
え? まさかこの流れ……俺に……。
「確かに今はブー太郎ではなくプー太郎ですけど……」
「おんめー、何わけわからんこと言ってんだ?」
「え? いやまぁ、ブー太郎っているのはちびまる――」「ということで夏の間だけウチで働げや」
見事に俺のギャグの説明を遮られた……。ってやっぱり! そう、俺の親父の兄に当たる竜太郎伯父さんは地元で一番大きい建設会社で専務をしている。ちなみに根っからのヘビースモーカー。なので息がたばこのにおいで臭い。俺は竜太郎伯父さんと直で話すときはいつも鼻に手を当てて話している。しかし酒は一滴も飲めないという顔に似合わず可愛らしい一面も持っているのだ。
こんな情報はどうでもいいとして……夏は人手が足りないっていつも言ってるけど、俺のところに話持ってこなくたって……。俺は伯父さんに断るつもりで話し始めたが……。
「俺、体力ないし、無理だと思い――」「なーに、女みたいこと言ってんだぁ?」
また話、ぶっつり切られた……。
「だって俺、土方なんてやったことないし、聞いた話、かなりの重労働だって」
「そりゃ、仕事はどんな仕事も大変に決まってるべや。お前は社会人としてなんにもわかってねーな。その腐った根性叩き直してやる! だから仕事にこい!」
腐った根性って……。む、無理矢理だなぁ~。まぁ、竜太郎伯父さんらしいけど……。そんな伯父さんに上手く丸められては困ると思い、俺も必死で抵抗する。
「そんな勝手に決めないで下さいよ~。俺だってやることが――」「そんな能書きいいがら来週の月曜、事務所に来いよ! 来ないとヤキだぞ!」
最後まで話聞けちゅーの! って……
「ちょっと!」
ツーッ ツーッ ツーッ……
「切られだぁ! あー最悪だべよ!」
……って俺、精神年齢五十代突入したがぁ?