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9-2

「はっ!」


 ここでようやっと目が覚めた俺。うん、俺はきっと悪い夢でも見てたんだ。最近疲れてるから気が付かないうちに寝ちゃうってことよくあるんだよな~……。


「もう、何バカ見たく気失ってるのよ! 変な心配しちゃったじゃない」

「い、いや、すいません。急に寝ちゃったりして。最近疲れがたまってるみたいで変な夢見ちゃってたんですよね~。なんか平さんがカミングアウトしてる夢で~! ほんと俺ってバカだな~」


 俺が頭をかき、軽く笑いながらそんなことを言うと二人はまた見つめあう。


「え? 俺なんか変なこと言いました?」

「カズッチ……」

「泰子、あとは私に任せて」


 俺は不可思議な状態で二人を見つめていると平さんが急に俺の手を取りこう言った。俺の手を、た、平さんが握ってる!! 俺はまた意識が飛びそうになるのを脳内に言い聞かせ必死に抑えた。


「小鳥遊さん、小鳥遊さんが見た夢というのは夢ではありません。私の見た目と性別が違うのは事実です」

「え……?」

「カズッチ、夢乃はあんたと同じ性別よ」

「え? え? え?」


「え?」と言うたびに目をだんだんと丸くさせる俺。再び意識が飛びそうなる。クラッと目の前が暗くなり、また夢の世界に入りそうになったとき、江張さんが俺の背中をバシンと思い切り叩いた。


「イッタ!」

「カズッチ! しっかりしてよ! 梅乃のためにもちゃんと現実を受け止めて!」


 まだ背中が江張さんのせいでジンジンとしびれる。俺は背中をさすりながらゆっくりと平さんの顔を見た。俺がした失礼な態度にも平さんは何事もなかったかのようににっこりと笑顔で俺を見た。そして俺にこう告げる。


「私がアメリカに行きたい理由は泰子の発言でわかりましたよね。私、アメリカに永住するつもりでいるんです。日本ではかなえられないことがアメリカでは実現できるから。だから今あそこで働いてお金をためているんです。もちろん英語の勉強もネットやテキストを使って毎日やっています。これも全部自分の夢を叶えるためです」

「た、平さん……」


 平さんは微笑を浮かべそう言いながらも地に足がついたようなまなざしでしっかりと前を見据えていた。そんな平さんをみて正直かっこいいと思った。もう男とか女とかどうでもいいじゃないかって……今の平さんを見ているとそんな気持ちにさえなってしまう。


「平さん、俺ほんとに平さんを尊敬――」「小鳥遊さん、もし……もしも小鳥遊さんの夢がまだ見つからないのであれば私と一緒にアメリカに行きませんか?」


 俺の言葉を遮り、強い口調でそう言葉を放つ平さん。……って今なんて??


「え? 梅乃、それ本気で言ってるの??」


 びっくりして言葉が出てこない俺の代わりに江張さんが俺の言いたいことを言ってくれた。というか江張さんも平さんの言葉にめちゃくちゃ動揺していた。


「うん、小鳥遊さんは田舎にいる人じゃないわ。小鳥遊さんと出会って彼と話をしているうちにそう感じていたのよ」

「で、でもカズッチがアメリカに行ったからってそう簡単にやりたいこと見つかると思う? だって英語とか全然出来なさそうじゃん」

「っておい!」


 俺が江張さんにツッコミを入れるももちろんスルーされ、俺を置いてけぼりにしたまま二人の中で会話は継続される。ってこれ俺の話だろ??


「小鳥遊さんには世界がどんな感じで回っているのかその目で確かめてほしいのよ。日本だけじゃ得ることのできない何かをきっと得ることができるはず。それはぜったい小鳥遊さんにとって大事な宝物になるはずだわ」

「でも……」


 平さんそこまで俺のことを……でもなんで?

 平さんの俺を想う発言に俺は疑問を浮かべているとクラシックのボリュームがまた小さくなった。会場にいる人たちは一斉にしゃべりを止める。そこに杉子さんが再びマイクを手に取り登場した。


「皆さん、改めまして江張杉子です。今日は私の誕生日ということで娘の泰子が私のためにケーキを作ってくれたようです! せっかく娘が作ってくれたのでこの歳で恥ずかしながらロウソクの火を消したいと思います」


 俺たちのそばにいた江張さんはいつの間にか俺たちの元から消えていた。瞬間移動ってゴクウ以外でもできるんだ! と感心していると江張さんが舞台のそでからケーキを持って出てきた。スポンジケーキの上に生クリームが塗られ、その上にイチゴとキウイフルーツが乗った王道なショートケーキだったが食欲をそそるような素敵な盛り付けに俺は口からタラリとよだれが出てきてしまった。


「うふふ、小鳥遊さん、よだれがでてますよ」


 にこやかな微笑みで平さんは俺にそう言いながらハンドバッグからポケットティッシュを一枚とり、それを俺に渡す。


「あ、すいません!」

「でも確かにすごくおいしそう! さすが泰子ね」

「江張さんて見た目によらずあぁいうの作るんですね」


 俺が何気なしにそう言うと、平さんは悪戯めいた笑みを浮かばせる。


「またそんなこと言って! 泰子にチクっちゃいますよ~」


 ヤ、ヤバイ! そんな可愛い顔で言わないでくれ~! 本当にこの人は男なんだろうか? 絶対に神様のイタズラだろう……。


「あれ? 板チョコの上に私の名前と『カズッチ』って書いてあるわ。あ、カズッチってもしかして……」


 杉子さんがぼそりと言ったつもりがマイク越しにしゃべったため、会場全体に筒抜けになってしまっていた。

 杉子さんが出入り口近くにいた俺を見る。江張さんも同時に俺を見てにこりと微笑を見せた。そして会場にいた人たちも江張親子の視線の先に俺がいることに気づき、みんな一斉に俺を見る。


「い、いや……あの、どうも……はははっ」


 俺はどうしていいのかわからなくとりあえず頭をかきながら作り笑顔でペコリと一礼をした。


「カズヤさん、どうぞ私たちのところへ来てください。一緒にロウソクを消しましょう!」


 杉子さんが手招きしながらマイクに向かって言葉を発する。俺は必死に手を左右に振り断るが平さんに思い切り背中を押され、よろけた俺は自然と前に数歩出た形となった。

 ここまでされちゃー、前に出ないわけにもいけねーよな……。俺は観念し、苦笑を浮かべながら江張親子のところへと足を向けた。


「私が気を利かせてカズッチの名前を書いておいたのよ! 感謝しなさいよ!」


 俺が前に行くや否や江張さんは俺の耳元でそうささやいた。ってやばい! 鳥肌が……。ってか江張さん相変わらずいい匂いすんな……。


「もうみなさま、お分かりになられた方もたくさんいらっしゃいますとは思いますが、今私の横にいる小鳥遊カズヤさんも私と一緒の十月十日生まれです。まぁ歳はだいぶ私のほうが上ですが」


 杉子さんがそう言うとどっと会場が沸いた。杉子さんも一緒になって笑う。しかし目の奥は笑ってはいなかった。そしてまるで氷の女王のような瞳で会場にいる人たちにこう告げる。


「皆さま、そんなに笑うなんて主役の私に失礼ですよ~!」


 その瞬間、シーンと水を打ったような静けさがこの会場を襲った。


「お、お母さん! 早くロウソクを!」


 杉子さんが話している間にロウソクに火をつけていた江張さんがこのままじゃまずいと思ったのだろうか慌てて杉子さんに小声で訴える。


「あ、あら、すいませ~ん! では早速カズヤさんと一緒に火を消したいと思いま~す! カズヤさん、準備はいいかしら?」

「あ、は、はい」

「せーの!」


「「フッ! フッー!」」


 その瞬間スピーディーワンダの『ハッピー・バースデイ』がスピーカーから流れ始めた。なんという演出。そう思いながらちらり横を見ると、江張さんがまたもや消えていた。この人一日に何回も瞬間移動するってもしかしてサイヤ人? なんていつも通りバカなことを考えているといつの間にやら会場からはたくさんの拍手が沸き起こっていた。俺はとりあえずその拍手にこたえようと何度も頭を下げて「どうも、どうもすみません」と謙虚にふるまう。


「ところでカズヤ君は山上ハイヤーで運転手をしているけれど、将来何かやりたいことはあるのかしら?」


 杉子さんが俺に向かって小声でそう言ってきた。しかしプライベートな話をしたつもりなのかもしれないが思いっきり杉子さんの握りしめているマイクからその質問が漏れていた。この人って案外天然なのか?


「えっと、まぁ……あの……」


 やっぱり俺は何がやりたいのか全くと言っていいほど何も思い浮かばなかった。どうしよう……。先ほどと同じようにみんな俺に注目している。こんなにましてや二度も注目されたのは生まれて初めてだ。もう一生味わうことはないだろう。なぁ、のんたん、今日二度目のお願いだ! 学生の頃は夢があって早く大人になりたいって思っていたのは確かな事実。でも……俺は一体何をやりたかったんだ……?!



11、『カズッチ、学生時代、桃香さんと将来の夢について語り合ったこと覚えてる? それをよく思い出して! きっと将来何になりたかったのか気づくはず』


12、『カズッチ、平さんとアメリカに行けば、いろいろな世界が見えて自分の夢を持てるようになるはず。カズッチはここにいるべきじゃない。世界に目を向けるべきとちゃうかな? こんなことできるのは若い今だからできることちゃう?』

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