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そうだ俺、二人の美女から誘い受けて舞い上がっちまって大事な人のことすっかり忘れてたよ……。一番俺のことわかってくれてるのは桃香だもんな。
平さんのメモ紙は気づかないことにして(そのほうが俺にとっても平さんにとっても都合がいいだろう)俺は美女にSMSで返信をした。
『SMS、どうもありがとうございます。花梨さんから誘っていいただけるなんてすごくうれしかったです。でもごめんなさい。やっぱり行けません。俺、ずっと心の中に思ってる人がいて、もし花梨さんと一緒に遊びに行ったら彼女を傷つけてしまうんじゃないかと思いまして……。なんか変な文章ですいません。でも俺の気持ちがこれでわかってくれれば幸いです』
読み返して修正することを二、三度繰り返してようやっと俺はこのメッセージを美女に送った。そして三分後美女から再びメッセージが来た。しかし俺はそのメッセージを読んで唖然としてしまう。
『そうですか。その文章を読んで安心しました。桃香さんを大事にしてください。桃香さんを幸せにできるのはあなただけですから』
なんで俺が桃香のこと気になってるってわかったんだ? 女のカンってやつか? あ、でも初めて美女と会ったとき美女の前で桃香と漫才みたいことやってたもんな。それ見て、ピンと感じたのかな? でも……
「じゃぁ、なんでわざわざ俺を誘ったりしたんだ?」
そんな疑問が頭に浮かぶもまさかそんなこと美女に聞けるわけもなく、なんだか途中半端にも見えたが俺はここでやり取りを終了させた。
「まぁ、深く考えることでもないべ」
次の日の仕事帰り、俺は久々に立ち読みをしようと町で唯一のコンビニによった。漫画や軽~くエロ雑誌を流し読みし(これ嘘じゃないよ! じっくりなんか読んでないから! ほんとにほんとだってば! も~う、信じてくれないなんてお兄ちゃんなんか嫌い!)満足すると店を一通り見て回り、ジュースやスナック菓子など適当に買い物かごに入れる。そして最後にツナマヨおにぎりを一個かごに入れた後、俺はレジに並んだ。すると誰かが俺の肩を背後からポンポンと軽く叩いてくる。俺は思わず後ろを振り返った。
「あ、おばさん!」
「……カズヤ君、久しぶり」
おばさんとは、桃香のお母さんのことだ。この金髪パーマヘアーの一目見てすぐに桃香のお母さんだと分かる人は桃香とは対照的にいつもアニマルプリントのピッチピチの服を着るような派手な人で町の人からは『歩くネオンサイン』と呼ばれている。
しかし俺がいつも「おばさん」と言うたびに桃香のお母さんは軽く眉間にしわを寄せるのだ。扱いに困っちゃうぜ……。まぁ、きっと「おばさん」って言われるのがあまりうれしくないのだろう。でもおばさんの下の名前知らないし。仕方ない、今日も「おばさん」で行こう!
「仕事帰り?」
俺の汚れた作業服姿を見ておばさんはそう質問する。
「はい、そうです」
「頑張ってるのね、仕事」
「まぁ……一応」
頑張ってるって言っていいのかな……。自信満々で「頑張ってます」と言えない自分がどこか恥ずかしくも感じた。
「あっ、桃香、寂しがってたわよ」
そのおばさんの言葉に俺は「へ?」と間抜け面でおばさんをみる。おばさんはどこか切なげな表情で俺にこう言った。
「正直私もね、カズヤ君には山上ハイヤーに入ってほしかったのよ。でも残念。まぁ、ハイヤーの仕事より土木作業員のほうがカズヤ君には合ってたってことなのよね?」
「合ってた……」
のかな……。心の中で自問自答してみるもなかなかこれといった答えが出てこない。
俺ってなんで土方になったんだろ?
「次のお客様どうぞ」
なんで? どうしてなった? 俺って本当にこれがやりたい仕事だったんだっけ?
「カズヤ君、カズヤ君!」
おばさんが呼びかける声に我に返り「え?」と反応する俺。おばさんは指で前のレジを指し「ほらあなたの番」と言う。
「あぁ、すいません!」
俺は慌ててかごをレジカウンターに置き、レジの人にも頭を下げた。
なにボーッとしてんだよ俺……。
「ありがとうございましたー」
コンビニの出入口のドアを押すと同時に店員の元気な声が耳に入る。俺はそんな店員のカン高い声が耳に残ったままとぼとぼと家路へ向かう。そして歩きながら再びあの疑問が俺の脳裏をよぎる。
どうして俺はこの仕事を選んだんだ? 好きでやってるのか? いいや、正直こんな体力のいる肉体労働は辛くてしゃーないと思ってる。じゃぁ、なんでやってるんだ? なんで……なんで? その時俺はハッとなる。
お袋や伯父さんに勧められて、でも自分、正直迷ってって……。桃香からもハイヤーで働かないか? って言われてたから。それでのんたんに相談して……そう、そうだ。それで今の自分がいるんだ。そう思ったら俺って……全部のんたんに決めてもらってる。俺、自分の人生、自分で決めてないじゃん。自分の意思じゃなくのんたんの、他人の意見で決めてる人生……。俺は一体何をやっている? 俺は本来、何をやりたくて今まで生きてきたんだ……?
「あっ!」
俺の頭の中でピカッと稲妻が落ちた! 俺は思い出したのだ。高校生の時、そう、窓から差し込む斜陽に照らされた放課後の教室で桃香と将来の夢について語り合ったことを――――。
『カズヤ、あんた将来何になりたい?』
『な、なんだよ急に?』
『だって進路希望調査、明日までだよ?』
『そんなん、適当に書いとけばいいべよ』
『適当にって……ほんとにカズヤはなんも考えてないんだから~』
『そんな呆れた顔で俺を見るなって! 俺だって一応夢がないわけじゃないべよ……』
『え? なになに? 何になりたいの? カズヤの夢、聞かせてよ!』
『そ、そんな身を乗り出すなって! 顔ちけーよ! お、俺の夢は……かな……』
『え? 聞こえなかった! もっとはっきり大きい声で言ってよ!』
『いやだから……せ、せ、声優に……て何度も言わせるな!』
『う、うそ? まじ??』
『え? なんでだ? 俺なんか変なこと言ったか?』
『カズヤが私と同じ夢持ってたなんて……』
『同じ夢? ってことは桃香も……』
『うん、声優になりたいんだ。昔からアニメが大好きで特にキャラクターに命を吹き込んでいる声優さんにずっと憧れていて……』
『俺も小さいときからアニメ大好きだったから、カンタムとかトラゴンボールとかツーピースとかずっと見てて、俺もキャラに命吹き込みたいなぁって……』
『ま、でもお父さんには安定した職業に着けっていわれてるんだよ。札幌のある銀行にコネがあるからそこで働いてほしいって……』
『声優ってなかなか簡単になれるような職業じゃないしな……。別に俺声の質、いいわけじゃないし』
『え? そう? カズヤの声、私、めっちゃ好きだよ』
『え? えー?!』
『何茹でダコみたいに真っ赤になってんのよ? 声って言ったのよ。声! カズヤの声、決して男らしい声じゃないけれど、透き通ってるというかすごく声がクリアなのよ! 声優向きの声だと私は思うけど』
『そ、そうかな……。おまえこそ、その声なかなか可愛いぞ』
『え? 可愛い……えー?!』
『だから、声って言っただろ? お前こそ茹でダコだぞ!』
『あ、そっか……って私の声そんな、か、可愛い?』
『おう。お前の声聞くといつも萌えキャラ想像しちまうもん』
『ねぇ、お互い、いつか声優になれたらいいね……』
『あぁ、でも先は長そうだけどな』
『うん。でも逃げちゃだめだよ……。その夢、かなえるまで追いかけなきゃね』
「そうだ、俺……声優になりたかったんだ……」
気が付けば俺は一面夕焼けに染まったを空じっと見つめていた。あの時の桃香との会話が一字一句鮮明に脳裏に現れる。俺はぼぞりとそう言った後、自分の手のひらを見つめると体内に流れる血潮を感じた。
「逃げちゃだめだよ……ってこれ桃香が言ってたんだよな……」
するとなぜか俺の目じりから液体が流れゆくのを感じてしまう。
「何泣いてんだ? バカか俺……」
そうだ、こんなことしていられない! という気持ちが高まり、俺は手の甲で涙を拭うとそのまま急いで山上ハイヤーへと向かった。そう、桃香に今の気持ちを伝えるためだ。




