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7-3

 この町は人口三千人ほどしかいないのだが、昔からある地元で一番大きなこのお祭りにわざわざ地方からやってくる人たちもかなり多い。なので田舎の割にはかなりの出店数だ。ここら辺では一番多いことは確かだろう。

 俺たちは入り口付近に戻り、そこから露店を見て歩くことにした。


「うわ~チョコバナナ、私大好き!」

「焼き鳥のにおい、超ヤベ~」


 俺たちは少々興奮ぎみに出店を見て回る。祭りってこうも簡単にテンションが上がってしまうのはなぜだろう? 普段はテンションの低い俺みたいなやつでも祭りの会場に行けば多少なりとも気分は上がるよな~。


「小鳥遊さん! トロピカルジュースありますよ! ここでのどの渇きを潤しましょうか?」

「俺もトロピカルジュース飲みたいってずっと思ってたんですよ! 飲みましょう!」


 二人の意見が一致したところで早速トロピカルジュースの店の前に立つ。


「っしゃーい」


 スキンヘッドにねじり鉢巻をまいた、ちょっと強面のおじさんが俺たちに建設作業員なみの軽い挨拶をしてくる。


「小鳥遊さん、何にします?」

「えぇっと俺は……」


 優柔不断な性格が出てしまいこういうところでもなかなか早く決められないのが俺の悪い癖だ。


「私は、ブルーハワイにしようかな?」

「じゃ、じゃぁ俺も」


 俺の言葉に平さんはまたクスクスと笑いながら俺にこう言う。


「小鳥遊さん、何も無理に私と同じ味にしなくてもいいんですよ」

「あ、そ、それもそうですね……。じゃぁ、えぇっと……」


 俺が迷いながら手前に置いてあるシロップを色々と眺めているとおじさんの鋭い眼光が俺に突き刺さる。痛い、痛すぎる!

 早く決めろこのクソガキ! ってことだよな……。


「あ、いや、やっぱり俺もブルーハワイにしま」「ブルーハワイ二つね!」


 おじさんが俺の発言を待っていたとばかりに食い気味に俺の発言を遮った。って「す」まで言わせてくれよ!

 スキンヘッドのおじさんは慣れた手つきでプラスチックのコップに氷を入れ、ソーダを入れそして最後に青いシロップを杓子一杯分そのコップに注いだ。きれいにコップの中のソーダが青く染まっていく。うん、早く飲みたい。渇いたのどがそれを欲しているのがよく感じられた。


「はいお待ち! それぞれ二百円ずつね」


 そう言っておじさんは俺たちの目の前にトンとブルーハワイを二つ置いた。それを見て財布からお金を取り出そうとする平さんに俺は男らしくこう告げる。


「平さん、俺がおごりますんで」

「え? でも自分の分くらいは自分で払いますよ」


 そう言いながら再びお金を取り出そうとする平さんに俺はそっと手で遮る。


「任せてくださいって」


 そう言って俺はズボンのポケットから財布を出すつもりだったのだが……

 あれ? おかしいなぁ、財布がない……。確か腕時計をはめて財布をもった……って家に忘れた!! 俺は顔から滝のような汗が一気にあふれ出した。


「あ、あの……すいません……お、俺……」


 俺の焦っている様子を見てすぐに気付いたのか平さんはくすっと笑うと自分の財布から五百円玉を取出し、それをおじさんに「はい!」と言って渡した。


「はい、どうもねー」


 おじさんはそう言いながらこんな情けない俺に呆れたのか今度は憐れんだ表情で俺を見てきた。あ、あの……そんな顔で見るならいっそのこと鋭い目で見てくれたほうがまだ何倍もマシです。


「小鳥遊さん、はいこれ!」


 平さんはいつもの女神フェイスで手に持っていたブルーハワイの一つを俺に渡した。俺はもうこっぱずかしくて肌寒い季節だというのに太った人がかくくらいの量の汗をダラダラと流しながら思い切り頭を下げた。頭を下げるとその汗が目に入る。


「平さん、ほんとマジすいません!」

「そんな、気にしないでくださいな。あ、そうですね、今日は遅刻してしまったお詫びに私におごらせてください」

「い、いえとんでもない! 俺、今からすぐ家に帰って財布取ってきますから!」

「そんな~。私一人でしばらくここにいろって言うんですか?」


 そう言いながら平さんは艶っぽい表情で俺を見てきた。思わずドキッとしてしまう俺はやっぱり我ながらアホだと呆れてしまう。しかし一瞬乱れそうになる気持ちを必死に抑えながら彼女にこう伝えた。


「も、猛ダッシュで行って戻ってきますから! 二、三分で戻ってきますよ!」


 それでも平さんは俺を行かせない。


「ダメです! 二、三分も私にとってはすごく長いです。だから帰らないでください。今日は私がおごるって言ったんですから」

「え? で、でも悪いですよ……。女性におごらせるなんて……」


 しかもこんな美人に……。

 すると平さんはブルーハワイをストローでキューっと一口飲むと何かを考えるように空を見上げる。


「じゃぁ……あ、そうだ、次は小鳥遊さんがおごるって言うのはどうですか?」

「つ、次って?!」

「次って次のデートのことですよ」


 当然のものの言い方のようにきょとん顔で俺を見る平さん。


「ま、マジっすか?」

「え? もしかして小鳥遊さんはこれで最後にしたいとか……? あ、すいませんなんか私ってば勘違いしちゃってって……」


 そう言って苦笑いをしながら平さんは気まずそうに俺を見る。俺は慌てて平さんの誤解を解いた。


「ち、違うんです! こんな俺みたいな男に平さんみたいな美人がまさか何度も俺とデートしたいなんて思わないだろうって勝手に思ってって……す、すごくうれしいです!」


 すると平さんは軽く息を吐き、今度はほっとした表情で俺を見た。


「良かった~。じゃぁ、次は小鳥遊さんがおごる番でいいですね?」

「はい! ぜひおごらせてください!」



 俺たちは先ほど買ったトロピカルジュースを片手に持ちながら再び出店を見て回る。


「いや~、久々にトロピカルジュース飲みましたけど、激あまですね!」

「確かに今飲むと、すごく甘く感じますよね。子供のころはあまりそうは感じなかったのに。味覚って変わるんですね」

「俺、今更なんですけど、ネギの辛さがわかるようになりましたもん」

「え? もしかして小鳥遊さんってネギ嫌いだったんですか?」

「生のネギがずっと苦手で……。辛いじゃないですか? でも舌が大人になったのか今は食べれますよ」

「へぇ、意外にかわいいんですね~、小鳥遊さん」


 顔を横に向け平さんは笑顔で俺にそう言ってくる。こんな美人に笑顔を向けられると鼻血がドビャーっと大量に出そうになる。俺は「そっすかね~」なんて言いながら鼻血が出てこないように平さんから視線をそらせ、いくつも連なっている露店を眺めた。

 すると平さんは俺とは反対側にある平さん側の露店を指さしこう言った。


「小鳥遊さん、たこ焼きありますよ!」

「たこ焼きいいっすね。おなかも空いてきたし」

「食べましょうよ! 私たこ焼き大好きなんです!」



 俺たちは早速たこ焼き屋に並び、それぞれ一パックずつ別なものを注文する。俺は普通のたこ焼きで平さんは「ネギ、大好きなんです」と言って『たっぷりネギのせたこ焼き』を注文した。もちろん支払いは平さん。しかし平さんがお金を払っている姿を横目で見るって男として非常に辛いもんがある……。

 再び休憩所に行ってパイプ椅子に腰を掛けまだ湯気が出ているアツアツのたこ焼きを二人して大きな口を開け頬張る。


「あ~! おいしい!」

「うん、うまい! 久しぶりに食いましたよ、たこ焼き!」

「私も久々です! なかなか田舎にいると、こういう機会の時でしか食べれないもの沢山ありますよね」

「確かに! たこ焼きのほかにもおやきとか、クレープとか……あ、炭火で焼いた焼き鳥だってちょっと遠くの町まで行かないと食べれないですもんね」

「都会じゃ簡単に手に入るものもここじゃなかなか手に入れることは難しい。夢もそうですよ。都会に、外国に行かないと叶えられない夢はたくさんある」


 そう言うと平さんは白いテントの外から見える空を自由を求める鳥のように羨ましそうに眺めていた。


「た、平さんは都会に行きたいんですか?」


 今の平さんを見ているとそんな質問がとっさに口から出てくる。


「まぁそうですね……。いつかきっと……へ行きたい」

「え?」


 最後のほうがよく聞き取れなかったので俺は聞き返したのだが平さんはただニコリと笑ってすでに人肌程度の熱さになってしまったたこ焼きをパクッと食べた。


「ん~! おいしい! あ~、もうおなかいっぱい!」


 平さんはそう言って三個余ったたこ焼きをビニール袋に入れた。俺は「おなかいっぱい」の言葉とたこ焼きをビニール袋に入れた平さんの行動を見て、急いで自分の分のたこ焼きを口いっぱいに頬張る。


「あ、小鳥遊さん、ごめんなさい! せかすつもりはなかったのに。あの気にせずにゆっくり食べてください!」

「いえいえ、もう食べ終わりましたから」


 そう言うと俺はすでに氷が解けてしまって炭酸も抜けていたトロピカルジュースを一気に飲み、まだ口の中にあったたこ焼きを胃の中に収めた。


「ごちそうさまでした! 腹ごしらえもできたし……そうだ! 平さん、今度は金魚すくいでもやりませんか?」


 俺の提案に目をキラキラと輝かせる平さんはすぐさま「はい!」と答え、席を立つ。俺もパイプ椅子から腰を上げ休憩所から出ようとしたとき、どこかで見覚えのある顔が――――


「あっ」


 彼女も立ち止まり俺の顔を見る。


「こんにちは」


 薄いベージュのコートにカーキ色のロングスカートを履いている彼女。

 美女だ。

 平さんは俺の発した声と美女の挨拶に振り向き目をテンにしながら俺と美女を交互に見つめる。


「あ、あの……その……」


 俺は平さんのほうを向きながら何か弁解の言葉を述べようとするもなかなか口から言葉が出てこない。平さんも平さんで俺の様子を見て不可解な表情を浮かべている。


「あのお方は……?」

「え? あのぉ、そのですね……」


 そう言いながらちらりちらりと美女を見る俺。美女が一体どんな顔をしているのかも気になっていたからだ。すると美女は薄い微笑を浮かべ俺と平さんに向かってこう一言言葉を述べた。


「お祭り、楽しんでくださいね」


 美女は俺たちに軽く会釈するとショートブーツをカツカツと鳴らしながらこの場を去って行った。


「…………」

「…………」


 俺たちの間にしばし沈黙の空気が流れる。もう俺は怖くて平さんを見ることは出来ない。今平さんはどんな表情をしているのか、俺のことを見て睨んでいるのか、それとも下を向いているのか。考えてば考えるほどこの場から逃げたくなってくる。もういっそこのまま逃げてしまおうか? そう思ったちょうどその時、彼女のほうから沈黙を破った。


「先ほどの方は小鳥遊さんのお知合いですか?」


 その言葉に反応して俺は顔を上げ平さんをちらりと見た。軽く笑っているもののものすごく不安げな気持ちでいるのが目に見えてわかる。俺は再び視線を下に置きながらか細い声でこう答えた。


「あ、はい。前に道を教えたことがあって……」

「そう……ですか」


 そう言ったっきり平さんは再び黙ってしまった。俺のほうも気まずさから言葉が口をついて出てこない。ついにはどう弁解しようか考えるうちに胃が痛くなってしまった。思わずその場で腹を抱えながら俺はうずくまってしまう。


「だ、大丈夫ですか?」


 俺の様子を見て驚きの表情で声をかけてきた平さん。


「ちょ、ちょっと胃が痛くなってしまって」


 そう苦笑気味に答える俺。しかしこの時心の中でこう思ってしまった。『この場から逃げるには今が絶好のチャンス!』と。なんともまぁサイテーな男だ。思わず自嘲してしまうほど今の気持ちを俺は恥ずかしく感じてしまった。しかしチャンスなことは確かなのだ。俺は平さんに申し訳ないと思いながらも彼女にこう言った。


「このままここにいても治りそうにないので家に帰らせてもらってもいいですか?」


 目の前の弱っている人を見て「ダメ!」なんていう人なんて一人もいない。もちろん平さんも心配な面持ちで俺にいたわりの言葉をかけてくれた。


「そうですね、早くそうしたほうがいいです。でも一人で帰れますか? 送りますよ?」

「い、いえ、このくらいの距離一人で帰れます」

「そうですか? 本当に大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。すいません、では……」


 そう言うと俺は腹を抱えながら右手で軽く平さんに手を振る。


「気を付けてくださいね。後でメールします」


 その言葉を俺は罪悪感でいっぱいの背中で受け止め、この会場を後にした。



 その日、結局平さんからのメールは来なかった。ちょっとは期待した自分がバカだとベッドに横になりながら感じてしまう。でもよくよく考えてみれば当たり前だ。こんな馬鹿な男に心配メールをくれるような人はよっぽどのお人よししかいない……。

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