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俺は手に持っている携帯をしばらく見つめ、そして決心をする。
「よし! のんたんの言う通り、俺は美女とデートする!」
そうとなりゃ、急いで美女に返信しなければ! そう思い俺は画面の上で指を泳がせながらもなんとか美女に送る文面を完成させた。
『SMS、どうもありがとうございます。びっくりしました! まさか花梨さんからお誘いのメールが来るとは思いませんでしたから! もちろんOKです! 土曜、日曜はどちらでも空いています! どこに行きますか? あ~、楽しみで胸がいっぱいです!』
「うん、これで大丈夫だよな? 失礼にあたる文章は書いてないよね?」
俺は何度も文面を確認し、納得がいったところで送信ボタンをゆっくりと押す。
「そ、そ、送信!」
ピッという電子音とともに俺のメッセージは美女の元へと送られた。ひと仕事を終えたところで俺は再び平さんが財布に忍ばせていた俺宛へのメモ紙を手に取った。
「平さんのこのメモ紙は……うん、気づかないことにしておこう」
それが一番俺にとっても平さんにとっても傷つかない方法のベストだと思い、そのメモ紙を机の引き出しの中にある昔使っていた缶ペンケースの中にしまった。そのケースは今となっては思い出箱と化している。一人で撮ったプリクラなどもそこに入れてあるのだ。
一分もしないうちに俺の携帯から再びAKBの着うたが流れた。
「美女からだよな? はやっ!」
俺はドキドキしながらも手に握ったままの携帯を開き、美女からの返信を見る。
『こちらこそ私の誘いを快く引き受けてくれてうれしいです。どうもありがとうございます。では土曜日にここの町のお祭りに行きませんか? 私、東京以外のお祭りに行ったことがないので興味があるんです』
美女と一緒にお祭りデートか~……。ってことは美女の浴衣姿が見られるかも!
「これってヤバくね?!」
再び妄想が俺の頭の中を洗脳する。
『カズヤさん、どうですかこれ?』
『似合う……! 花梨さんの浴衣姿めっちゃ似合います!』
『ありがとうございます! カズヤさんが好きそうな朝顔の花柄を選んだんですよ!』
『でもその浴衣に負けないぐらい花梨さんも艶やかで美しいです! 特に髪をアップにされていると、う、うなじがなんとも……』
『まぁ、カズヤさんったら。もしよかったら私のうなじ……触ってみません?』
『え?! で、でも!』
『そんなに照れなくても~! 私……カズヤさんになら触られてもいいです』
『そこまで言われると……じゃ、じゃぁ、ちょっとだけ……』
『ひゃ! カズヤさんの手冷たい!』
『あっ、す、すいません!』
『いいんです。でもカズヤさんの手が冷たくてよかった』
『え? どういう意味ですか?』
『だって手が冷たい人は心が温かいっていうじゃないですか?』
『で、でも俺、かなりのひねくれ者ですよ』
『それはカズヤさんが勝手に思い込んでいることですよ。私にはそうは見えません。カズヤさんはとっても素敵な方です』
『花梨さん……』
『カズヤさん……キスしてください』
『え? いきなり、ど、どうしちゃったんですか?』
『ごめんなさい。こんなこと急に言われても困りますよね……』
『いや、困るも何もうれしいですけど……』
『じゃぁ、キスはあきらめます。でもカズヤさんのその冷たい手で私の胸を触っていただけますか?』
『え? そんな! む、胸って?!』
『手を当ててくださるだけでいいんです。お願い。触って……』
『じゃぁ、じゃぁ、これもちょ、ちょっとだけ……』
『あぁ!』
『す、すいません! 触って言われたのにつかんじゃいました!』
『いいんです。むしろそっちのほうが……。じゃぁ次は……』
『か、花梨さん! こ、ここは祭りの会場ですよ!』
『でもここはほとんど人通りはないですから、胸、はだけても問題ないですよね……?』
『か、花梨さんの胸の中心……』
『あぁ、先ほどカズヤさんさんに触られたせいでちょっと固くなっちゃってますね』
『ぴ、ピンク……』
『ここ、触って……。カズヤさんの舌で』
『し、した?!』
『あぁ、そんなこと言ったから、ビクンビクンしちゃってる。あぁん! 早く! 早く舐めちゃってください!』
『じゃぁ……じゃぁ!』
『あーん! はぁ、はぁ、はぁ……あぁん! だ、だめ! あそこ、すごく濡れちゃってる! はぁ、はぁ、はぁ!』
ぐちょぐちょ ぐちょぐちょ
『花梨さん?! 何やってるんですか?!』
『だ、だって我慢できないんですもの~。こういう時は……はぁ、はぁ、はぁ……指が勝手に……ウンッ! 動いちゃうんです。あぁ、ああぁん! お、女の子の自慰行為……はぁ、はぁ、はぁ……お嫌いですか……?』
『い、いえ! む、むしろ興味があります……。すごく!』
『はぁ、はぁ、はぁ……じゃぁ、手伝ってください。カズヤさんの冷たい指で……あぁ、あーん!』
『じゃぁ、行きますよ……』
『あぁー! ダメ! あぁ、でも! あん! 入れて!』
ぴちゃ
「ん?」
気が付けば俺は自分の指をまだ開封したばかりのペットボトルに入れていた。もちろん指にはウーロン茶がついている。
「な~にやってんだ俺……」
そう言うと指についたウーロン茶を舐め、俺は急いで美女に返事を送信し、明日早朝に作業があるので早々と寝床に着いた。しかし――
「あ~! 緊張して寝れん!」
美女とデートなんてやはり興奮してしまう。そうなると方法はこれしかない。俺は妄想の中の美女のように自らを慰めた。
来る、九月第一週の土曜日。そうこの日は美女……いや、花梨さんとのお祭り初デートだ。鏡の前に立った俺は一張羅の紺のパーカーとミニクロで買ったライトベージュのチノパンをメンゾノンノのモデル並みに着こなし、腰に手を当てポーズを決めていた。おっとこれにサングラスでも頭にかけちゃおうか? そんなアホなことをしすぎたせいかふと部屋の時計を見るともう午前十一時半。
「うわ! もうそんな時間!」
約束の時間は十二時ちょうど。
「走れば、ギリギリ間に合うか?」
俺は急いで腕時計をはめ、これまた一張羅のコートを羽織り、急いで自分の部屋を出た。
階段をリズムよく小刻みに降りると廊下には運悪くお袋がいた。
「あら、カズヤ? もしかして祭り行くの?」
俺はめっちゃ急いでいたので適当にかわす。
「あぁ」
「それじゃぁさ、焼き鳥とおでんとおやき(※北海道では今川焼きのこと指す)買って来てよ! あ、あんことクリーム三個ずつね! あんたも食べるでしょ? あ、あとさ……」
「お袋……」
「ん? あ、お金はあとで渡すから! もーう、心配すんじゃないって!」
俺はため息とも取れるような深呼吸をし、それからゆっくりとお袋にこの言葉を発した。
「ジ・ブ・ン・デ・カ・イ・ニ・ケ!」
「やっべー! まじやっべーよ! 初デートで遅刻だなんてありえんだろ??」
お袋からの思わぬ足止めを食らい、俺は全速力で祭りの会場まで走った。こんなに走ったのは中学の体育大会の時以来だろう。しっかし走っても走っても周りの風景は地面の灰色と木々の緑、空の水色しかないので自分がちゃんと前に進んでいるのか心配になってくる。そのまま走ること一分ほど、赤と白のアーチ型の入り口が見えてきた。
「あ、ようやっと会場!」
無事会場に着いた俺は膝に手をつき、ゼェゼェと肩で息をしながら入り口付近に花梨さんの姿があるかどうか確認する。
まだ来てないみたいだな。はぁー、良かった! しかし俺の背後から聞いたことのある声が聞こえてきた。
「12時ちょうど! ギリギリセーフですね」
その声に俺は慌てて振り向くとそこには浴衣すがた……じゃない洋服姿の花梨さんが微笑を浮かべ俺の前に立っていた。
「す、すいません! お待たせしてしまって」
俺は花梨さんにペコリと頭を下げる。
「謝るのはおかしいですよ。だってカズヤさんはちゃんと時間通りに来たんですから」
「え? まぁ、そう言われれば……」
確かにそうなのだが、女性を先に待たせるなんて男の心理状態としてはどうも……と童貞の俺がこんなことを考えてしまうのはえらく笑えてしまうことなんだが……。すると美女が入り口の向こうの露店を指さしこう言った。
「カズヤさん、私おなかすきました! 露店、さっそく見て回りませんか?」
「あ、そうですね! 俺も何か飲み物飲みたいです!」




