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5-3

 週明けの月曜日。土曜日のほんのひと時の間だけだったが俺と平さんとで過ごした時間はまだ俺の頭の中に強く残っていた。


「楽しかったな……」

「なーにが楽しかっただ! ちゃんと手動かせ!!」

「あ、すいません!」


 いつも通り俺は作業中もボッーとしてしまい班長の小林さんに怒られる始末。しっかしそんなに怒ってたら血圧上がって倒れちゃうぜ? 倒れても助けてあげないよ? そんないじわるなことを思っているとまた小林さんから雷が飛んできた。


「カズヤ! 何度言ったらわかるんだ?? 手を休めるなって言っただろ?!」


 カツオの気持ちがわかるようになってきた今日この頃。


「はい、お父さんすいません! でも姉さんが!」

「ふざけるな!!」



 そして一時間後


「おーし、十五分の休憩に入るぞ!」


 小林さんの言葉でみんなはぞろぞろと休憩室に入っていく。そこには自動販売機があるからだ。俺もスポーツドリンクを買うために休憩室に入る。自動販売機の列に並んでいると誰かが後ろから俺の肩をポンとたたいた。振り向くとニッコリ笑顔のざーすさんがそこにいた。


「カズヤ、ちょっと来い」


 そう言いながらざーすさんは列に並んでいた俺を無理矢理ひっぱり、休憩室の角に連れていく。あ~! せっかく並んでたのに~! 俺のスポーツドリンク~!

 角に行くとざーすさんの顔は一変し、物憂げな表情になる。俺はざーすさんのせいでスポーツドリンクが買えなかったことに腹を立て、不満げな表情でそれを訴えた。


「どうしたんすか? 俺せっかく並んでたのに」

「わりぃ! でもスポーツドリンクよりも大事な話があるんだ」


 スポーツドリンクよりも大事な話って……そうなるとほとんどが大事な話になるな……。


「平さん、今小林さんと付き合ってんの知ってたか?」

「え?」


 その言葉に俺は唖然とした。俺はこの先は聞きたくないと思いながらも恐る恐る聞いてみる。


「小林さんってあの小林さん……?」

「んだ。班長の小林さんだ」

「で、でも小林さんって結婚してるんじゃないんですか?」

「何言ってんの? 小林さんなんてとっくの昔にバツイチになってるんだぞ」

「えー?!」


 俺の悲鳴とも取れる声に休憩室にいる全員が振り向いた。


「おめー、声でかいんだっちゅーの!」

「す、すいません……。でもびっくりしちゃって」

「平さんがあの事務所に入ってきたときからずっと彼女のこと気になっていたみたいで、つい最近、二人がデートしている現場を目撃した人が何人もいるんだよ」

「うそでしょ……ショックというか……それにまさかあの小林さんと……なんで?」

「確かに……。でもえれー歳の差だよな~」

「小林さんって何歳なんですか?」


 ってか平さんも何歳なんだろう……。


「小林さんは今年で五十って言ってたな~」

「た、平さんは??」

「平さんは俺より二個上って聞いてるから二十二ってことだよな?」

「ってことは……えーー! 二十八歳も!」


 俺は思わず絶叫してしまう。そんな俺の声にざーすさんは耳をふさぐ。そして再び休憩室のみんなも俺に注目した。


「うるせーよ! 声押さえろ!」

「あ、す、すいません!」


 俺は慌ててざーすさんにもここにいる作業員の人たちにも頭を下げた。その直後、ざーすさんは俺の肩に肘を乗せながらニヤニヤと笑い、こう言う。


「ってかやっぱりお前、平さんのこと好きなんだろ?」


 そんな俺は照れながらぼそぼそとざーすさんに言った。


「い、いや……まだ発展途中と言いますか……」

「え? なになに? もしかしてすでに平さんとデートしちゃってるってこと?」

「え、いやぁ、まぁ……」

「ってことはだよ……えーーーーーー??」


 今度はざーすさんの声に全員がこちらに注目する。


「ど、どうしたんですか?! 声、抑えてくださいよ!」

「お、おめ~……気づけよ! 平さんが二股かけてるってこと!」


 俺はざーすさんに言われるまでピンと来なかったが、よく考えてみると――


「あっ!」

「おめーは本当に鈍感だな」


 平さんが二股……。いや、違う! あんな顔も心も美しい女神に限ってそんなことは絶対にありえない!


「きっと何かの間違いですよ……」

「じゃぁ、なんでそんな噂、流れるんだよ? 小林のおっさんってさ、なんか見た感じ、かわいい女の子に貢ぎそうじゃん! あっ! 貢いでもらうために付き合ってるとしたら平さん、相当なワルい女だぜ……」


 そう言うとざーすさんは顎を手に当て、う~んと考える。


「ま、まさか! ざーすさんは考えすぎです!」

「でもお前、今の心境のまま平さんとデートできるか?」

「え……」


 今度は俺が顎に手を当て考え込んでしまった。確かにもやもやしたまま平さんとデートなんて……。するとざーすさんは鋭い目で俺の顔を覗き込みこう言った。


「確かめてくるか?」


 俺はその言葉に顔を上げる。


「は?」

「『は?』ってなんだよ! 平さんにそのことを聞きに行くんだよ! そしてもしそれが何かの間違いだったら、プロポーズ! どうだ??」


 自信満々のざーすさんに俺は全力で断る。


「い、いや、いいですよ! ってか急にプロポーズってどう考えてもおかしいでしょ?」

「情けね~な! これだから草食系は嫌なんだよ。行ってこい! そして小林さんとの関係を聞いて、プロポーズしてこい!」


 ざーすさんはそう言うと俺の背中を思い切り叩いた。だから痛いって!!


「い、今からですか? もう作業再開しちゃいますよ」

「そんなの俺がうま~く、小林さんを丸め込んでやるからさ。がんばれよー!」


 ウインクして手を振るざーすさんに俺は背を向けると軽くため息をする。

 ったく、聞くのも嫌だけど、プロポーズはないでしょ……。


「結婚式、呼んでくれよ! ご祝儀、三千でいいよな? 俺、キャビア食ってみてーなー!」


 ざーすさんの頭のなかってお花畑でいっぱいなんだな……。




 俺はとりあえず現場事務所の前まで行った。

 どーしよ……。いきなり事務所の中に入って、聞くのもおかしいよな……。やっぱりこういう話はメールで聞くのが一番じゃないのか? それか次のデートの時……。

 俺は玄関の前をうろちょろしながら今何をすべきか考える。すると事務所の玄関がガラリと開かれた。そして外に出てきたのは――


「た、平さん……」

「あ! 小鳥遊さん!」


 そこにはいつもと変わらない明るい笑顔の平さんがいた。


「この間は本当にありがとうございました。すっごく楽しかったです!」

「あ、お、俺もです」


 俺は平さんを目の前に緊張で一言二言しか言えない状況だ。


「その後、おなかの調子はどうでしたか? 電話しようかと思ったんですが、痛いときに電話しても迷惑なだけだと思い、何もしなかったのですが……。ずっと心配してたんです。でも今日現場に来てると聞いたので少し安心してはいたんですが」

「も、もう大丈夫です」


 俺の言葉を聞いて胸に手を当て、「よかった~」と言い、心底ほっとしたような表情を見せる平さん。こんな彼女の表情を見ると、とてもじゃないけど二股をかけてるなんて思えない。


「あ、こんなところで立ち話させてしまってすいませんでした! 小鳥遊さんも仕事があるっていうのに私ったら。ではこれで、また一緒にどこか行きましょうね!」


 そう言うと平さんは俺に背を向け近くにある下請けの事務所へと歩いていく。ちょっと待てよ。俺は何しにここに来たんだ? ここで別れてしまったら聞くことも聞けなくなってしまう……。平さんの潔白をみんなに証明しなければ! そう思った瞬間俺はとっさに声を張り上げてしまった。


「待ってください、平さん!」

「え?」


 平さんは俺の声に立ち止まり振り向く。そして俺は平さんの元へと駆け寄った。


「あ、あの……ちょっと質問してもいいですか?」

「はい……。どうかなされました?」


 心臓の鼓動がドクンドクンと体中に響き渡る。


「あの……平さんって誰かと……その……お付き合いってしてますか?」


 俺は目つむり思い切って彼女に質問をぶつけてみた。


「誰かとお付き合いですか?」


 目を開け、彼女の顔をちらりと見るとキョトン顔の姿がそこにあった。


「も、もし誰かと仕方なくお付き合いしていても、あの……その……お、俺は……平さんのこと信じています!」


 すると平さんはクスリと笑う。


「ふふふっ。もしかして私と高田建設の小林さんがお付き合いしている噂聞いてます?」

「え?」


 思わぬ彼女の答えに俺は目をテンにさせた。


「ですよね。みなさん、そう言う噂大好きですから。だからあえて放っておいているんですけどね。ふふふっ」

「ど、どういうことですか?」


 俺の質問に再びクスクスと笑いだす平さん。俺が不可解に思っていると現場からヘルメットにマスク、そしてゴーグルをした粉塵まみれになっている中年男性が片手にスコップを持ちながらこちらに向かって歩いてきた。


「二人でなにやってんだ??」


 ん? その声……。俺はその中年男性の顔をまじまじと見た。その男性は俺のためを思ってかその場でマスクとゴーグルを取る。


「これで誰だかわかるか?」

「?! こ、小林さん!」

「おんめ~、ヘルメットに『班長』って書いてある時点で普通気づくべよ! ってそうじゃねー! なんでおめー、サボってるんだよ?!」

「い、いや……」


 俺はこの状況に口をわなわなと震わせる。だって今、俺の横には平さん、そしてこ、小林さんがいるのだから!


「梅乃! そんなところでこんな坊主とくだらない話してないでさっさと仕事しろ! カズヤ、お前は走ってとっとと仕事に戻れ!」


 梅乃って呼び捨てしてる……。ってことはやっぱりこの二人は……。


「パパ、坊主じゃないでしょ! 小鳥遊さんに失礼よ!」

「ぱ、パパ?!」

「じ、事務所ではそういう呼び方すんなって言ったべ」


 視線をそらしながらそう言うパパ、いや小林さんは頬を真っ赤に染めていた。俺は思い切って頭の中にある疑問を小林さんにぶつけてみる。


「こ、小林さんって平さんに貢いでいるんですか?」

「はー?! なーに言ってんだ、おめーは!」


 その瞬間、錆色のスコップが思い切り俺の頭にめがけて振り下ろされた。


「んぐっ!」


 俺はあまりの痛さに悶絶する。でもヘルメットをかぶっていて良かった。これで何もかぶっていなかったら俺、間違いなくこの場で倒れてたぜ……。ってか殺人事件になってんぞ!


「パパ! 暴力は反対よ!」


 すると平さんが激しくパパを叱咤した。あ、ちがう小林さんね。


「したって、こいつがしょーもねーこと言うから」


 俺はヘルメットを外し頭をさすりながら今度は恐る恐る質問してみる。


「だ、だってパパって、そういう関係ってことですよね?」

「おめーは、バカか!!」

「んぐっ!」


 再び俺の頭上に今度はバカでかいこぶしが落ちてきた。しかも今度はウィズアウトヘルメット! 俺の目にはキラキラときれいな星が映し出されていた。あぁ、きれいだな~って今まだ午前中だよね?


「もう、パパ! 暴力で解決する人大嫌いよ!」

「い、いや、こいつがバカなことばっかり言うもんだから……」


 平さんを目の前に小林さんはタジタジな様子だった。だからやっぱりそういういかがわしい関係なんでしょ?


「ったく、こいつははっきり言わないと理解できないパッパラパーなんだな」


 そういいながら哀れな目で俺を見る小林さん。お願いだからそんな目で見ないでください……。いくらなんでも傷つきますから……。


「梅乃は俺の子供だ」

「…………」


 俺の思考回路はメルトダウンしてしまった。壊れたロボットのように俺はポカーンと口を開け、瞳孔が開きっぱなしになってしまった。


「おい、聞いてんのか? スカポンタン!」

「パパ!!」

「だ、だってどっからどう見ても似てないよ……」

「梅乃は母親似だ」

「やっぱり」

「それはどういう意味だぁ?」


 小林さんはまたもや手にこぶしを握る。俺は慌てて防御に走った。


「パパ……それ以上やったら……」


 小林さんの行動に平さんは目を細めぼそりとそうつぶやいた。というか……あれ? なんかおかしな点が……。俺は今度は平さんのほうを見て尋ねてみる。


「でも、な、なんでお二人は親子だって言うのに苗字が違うんですか?」

「あ、それは……私が小さいころに両親が離婚したからなんです。私は母親に引き取られそれに伴って苗字も母親の姓になりました」

「あぁ、なるほど……」

「やっと理解したか、スカポン……ゴホン」


 スカポンタンと言おうとしたところで平さんの鋭い視線に気づきすかさず咳払いをする小林さん。なんかこういうので親子関係が見えてくるな……。俺は二人の親子関係を想像すると思わず笑いがこみあげてきた。それと同時に涙も出てくる。


「ど、どうしました? 私何か小鳥遊さんを傷つけるようなこと言いました?」


 俺の様子に心配そうな表情で見つめる平さん。俺はそんな彼女の愛らしい表情に胸がキュンとしてしまった。そして俺は――――


「た、平さん……もしよろしければお、俺と付き合ってください!」


 俺はついにプロポーズとはいかないまでも女神に告白してしまった。


「た、小鳥遊さん?!」

「お、おんめ~! 俺がいる前で~!」


 小林さんは勢いよく俺の襟首をつかむ。な、殴られる! そう思い目をつぶった時、彼女の小さな声が俺の耳に入ってきた。


「はい……」


 俺は目を見開き、そして小林さんも襟首をつかみながらも目を点にさせ二人で一斉に平さんを見た。


「ま、マジですか?」

「お前……正気か?」

「はい、私は本気です。ただし、一つだけ約束してほしいことがあるのですが……」

「「約束?」」


 俺と小林さんが発した言葉は見事にハモっていた。


「はい、それは……」


 すると彼女は俺に近づき耳元でこうささやいた。


「一つだけ私の言うことをなんでも聞いてくれるって約束してくれます?」




 俺はショックだった。


「恥ずかしいな……。私もカズヤ君と一緒で初めてなのよ」


 だって頬を赤らめている彼女の体には――――


「うそ……」

「いつか私、カズヤ君に言ったことあるわよね? ある目的があってあそこで働いているって。私、アメリカに移住したいがためにあそこで働いてお金を稼いでいるの。あ、知ってる? アメリカのいくつかの州では同性婚が認められているのよ。だから……私と一緒にアメリカへ行きましょう」


 そう、俺と同じ「モノ」がついていた……。


「好き……抱いて……」




 そして六年後――。


「ホテルの仕事ってほんとに楽しいのよ! いろんな人と出会えるってこういう仕事ならではよね~」

「俺の仕事だっていろんな人との出会いがあるぞ」


 俺たちはギラギラと焼け付くような日差しを浴びながらサンフランシスコの中心街をアイスクリームを片手に歩いていた。俺たちは結婚し、今ここに住んでいる。俺は日本人のための現地ツアーガイドをし、梅乃はリゾートホテルで働いているのだ。


「でも世界中の人たちと交流したいって思わない?」

「べ、別に! 俺は日本人とだけで結構!」

「ふふふっ、まーた強がちゃって~。素直に英語あまりしゃべれないって言ったらど~う?」

「べ、別に強がっちゃいねーよ! 一応日常会話程度は話せますよ!」

「ほんとかしら?」

「ったく梅乃の野郎は……。ところでずっと気になってたんだけどさ、梅乃って名前、女みたいな名前だよな?」

「野郎ってなによ~。そんなこと言われたら教えたくない!」

「あ、いや、それは言葉のあやってもんだろ?」

「ふふっ。この名前ね、パパが付けたの」

「え? あの小林さんが?!」

「そんな驚かないでよ~。パパね、私の顔を初めて見たとたん、女の子だと勘違いしてその場で『この子は今日から梅乃だ!』って言って自分で勝手に決めちゃったんだって」

「え? でも誰もこの子は男の子だよって教えなかったの?」

「一応、ママがその場で違うわよって言ったらしいんだけど、パパ、舞い上がって全然人の話聞いてなかったみたいで……」

「はっはっは。なんか小林さんらしいわ~」

「でもママ、こう思ったらしいわ。梅乃って名前、すごく素敵だからこのままでいこうって」

「なるほどね~。なんかほのぼのしちゃう話だね~」


 俺は笑顔でそう言いながら手に持っていたアイスクリームをペロリと舐める。その後も他愛のない話で盛り上がる俺たち。しばらくすると遠くから俺たちと同じ言語で話す声が聞こえてきた。だんだん近づいてくる。どうやら母親と娘らしい。


「ここに住んでいる日本人かしらね?」

「それか観光客とか?」

「う~ん、どうかしら?」


 100メートル、90、80、70メートル……俺たちとの間隔がだんだんと短くなっていく。すると母親と手をつなぎながら歩いていた女の子がパッと手を放し、急に走り出す。そして俺たちの元へと駆け寄ってきた。


「どうしたのかな?」


 俺はその場でしゃがみ、女の子の目線に合わせ尋ねてみる。


「あたち、かりんっていうの」

「へぇ~、かわいい名前だね」

「繰り返さなくてよかったね」

「へ?」


 この子が何を言っているのか俺にはさっぱりわからなく、思わず気の抜けた声を出してしまう。するとその子は笑みを浮かべこう言った。しかし、その子の声のトーンに思わず俺は驚いてしまった。


「最悪なシナリオは免れたってことよ」


 この声……。この女性の声はどこかで……。あっ!


「君は……」

「パパ、おめでとう。でも、これが本当の幸せかしらね?」


 5のストーリー END

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