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5-1

「よし、ここはのんたんの言う通り、美女には申し訳ないけれど平さんと、で、デートしちゃおう……」


 俺はすぐさま、先ほどのメモ紙に平さんへのメッセージを書いた。


『平さま、メモ紙読みました。平さんみたいな美人に誘われるなんて本当にうれしかったです! 土曜日の祭り、もちろんOKです。というかぜひ一緒に行きましょう! 楽しみにしています。 小鳥遊』


「よし、これで完璧でしょ!」


 俺は書いたメモ紙をきれいに二つに折り、それを財布にしまう……ってこのメモどうやって平さんに渡すんだよ?!




 九月、俺は高田建設の正式な社員となった。今日も汗水たらして働く作業に俺は疲労困憊の色が隠せなかった。


「あぁ、マジ辛い……」

「な~に、もうへばってんだ? ほら、あと三十分で今日の作業終了だから頑張るべ!」


 あまりの疲労に膝に手を着く俺にざーすさんは鉄筋を担ぎながらも笑顔で俺にエールをくれる。


「そうですよね。もう少し頑張ります……」


 俺は果たしてこの仕事に向いているのか? この仕事をやってるといつもこのことを思ってしまう。特に疲労困憊で体が動かないときはこの気持ちが強く出てしまうのだ。やっぱ山上ハイヤーに行くべきだったべか……?


「カズヤ! ずっと休んでんじゃねーぞ! ちゃんと働け!」

「す、すいません!」



 三十分後、今日も予定通りに作業が終わった。俺はすぐにざーすさんのところに向かう。


「ざーす……じゃない、風見さんお疲れ様です」

「さま~。って俺の名前いい加減に憶えろ」

「え? 風見さんでしたよね?」


 俺は首をかしげざーすさんを見た。


「風間だ!」


 あ、そうだった! クレしんの風間君と一緒の苗字だった!


「すいません! 風間さんでした! いや、今日ちょっと寝不足気味で……って、あの、作業日報ください。俺事務所に行ってサインもらって来ますから」

「あ、俺、事務所に用事あるから俺が行ってくるぞ。ほら、お前の分もよこせ。サインもらってきてやっから」

「え? あ、いや……」


 困った……。これは困ったぞ。せっかく平さんにメモ紙渡せるチャンスなのに。ここは是が非でも!


「その用事って何ですか? 俺が聞いてきますよ? だから日報を!」

「明日の仕事内容のことだぞ。お前が聞いたところでわかんないべよ」

「い、いや、わかります! だから作業日報を!」


 するとざーすさんはいぶかしげな表情で俺を見始めた。そしてなぜか俺のにおいを嗅ぐ。


「クンクンクン……。ん? 何かにおうぞ……」

「え? 俺ってそんな体臭しますか?」


 俺は気になってしまい、俺自身も体のにおいを嗅いだ。


「ばーか! におうっておめーの体のことじゃねーよ」

「え? じゃぁ、なんなんですか?」


 俺がその言葉を発した後ざーすさんはニヤニヤと不気味な笑みで俺を見た。


「お前、平さんに会いたくて、そんなこと言ってるんだろ?」

「え?! い、いや、そ、それは……その……」

「はっはっは! いいぞ! それこそが肉食男子だ! 行け、カズヤ! 平さんにサインもらってこい!」


 そう言うとざーすさんは思い切り俺の背中をバシッと叩き親指ではなくなぜか中指を突き出した。あの、意味が違ってくるんですけど……ざーすさん知ってるのか?



 ガラッ


「失礼します……」


 事務所に入るときはいつも緊張して声が小さくなってしまう。まるで怖い先生ばかりがたくさんいる職員室のような雰囲気だからだ。


「あ、小鳥遊さん、お疲れ様です!」


 ごみを片づけていた平さんがすぐさま俺に気づき小走りで俺のもとに近づいてきた。


「お疲れ様です。あの平さん……」

「はい?」

「いやあの……」


 メモ紙を渡そうとするもいつも通りに接してくる平さんに緊張してなかなか渡すタイミングがつかめない。


「日報にサインですよね?」

「あ、はい……」


 俺はとりあえず今日の作業日報を渡し、平さんにサインをしてもらう。というか平さんも俺からいつ返事来るのかな? って期待してないのかな? 普通だったらそわそわしてもおかしくないだろ?


「はい、どうぞ」

「あ、す、すみません」

「お疲れ様でした」


 いつも通り笑顔で俺に挨拶する平さんに完全に渡すタイミングを見失ってしまった俺。とりあえず「お疲れ様っす……」と言ってみたがここから先、どうしていいのか全く見当がつかない。


「ん? 小鳥遊さん? どうしました?」


 平さんは困り果てた俺の様子を不思議な顔で見ていた。


「あ、いや……その……」


 俺、俺の野郎! ちゃんと勇気出せ! なんもメモ紙を渡せば済むことじゃねーか!


「えぇっと……秋ですね~」

「え? ふふふっ。九月ですからね」

「んで今週、ま、ま、祭りがあります……」

「はい、もちろん知ってます」

「あのそれで……」


 行け! 行くんだ、カズヤ!


「これ、どうじょ!」



 ガラッ


 俺のバカバカバカ! なんであんなところで噛んじゃうんだよ??

 俺は恥ずかしさのあまり顔をずっと下に向けながら小走りで階段を下りた。なぜかって? 平さんにメモ紙を渡したときに緊張して「どうじょ」と言ってしまったからだよ……。あんな美人の前で噛むなんてありえないだろ??


「まぁ、でも……」


 平さんにメモ紙を渡せたんだから……まぁこれはこれでいいのかな……。



 事務所の玄関を開け、落ち込み気味にワゴンバスに向かおうとしたとき、女性の軽く息が上がる音が事務所側から聞こえてきた。俺は思わず振り返るとやはりそこには――


「平さん?」

「小鳥遊さん! はぁはぁはぁ……す、すいません」


 息を切らしていた平さんがいた。


「ど、どうしたんですか?」

「あのこれ……私の携帯の電話番号とメールアドレスです」


 そう言って平さんは俺に正方形の付箋を渡してきた。その付箋には彼女の言葉通り携帯番号とメルアドが書かれていた。


「い、いいんですか?」

「はい、もちろんです! すいません、最初からあのメモ紙に書いておけばよかったですよね」

「い、いえ、俺こそ、さっき渡したメモ紙に書いておけばよかったです」

「あの、詳細はあとでメールします。ではお疲れ様でした」


 そう言って平さんはニコリと笑うと再び息を弾ませながらまた駆け足で事務所へと向かった。

 やった……やった!! 平さんとのデートゲットだぜ!! ついでに番号&メルアドも!!


「おい! カズヤ! 早く車に乗れ!!」


 俺が胸のあたりで小さなガッツポーズをしていると、小林さんのデカイ声がワゴンから聞こえてきたので「はい、今行きます!」と言いながら小走りでワゴンに向かった。そして何気なしに小林さんの顔を見て見ると――


「おめぇー! 何へらへらしてんだ!! 早く乗れ! おいていくぞ!」


 鬼の表情で顔を真っ赤にさせながら俺を怒鳴る小林さん。俺は慌てて謝る。


「す、すいません!」


 ってか、お、俺、そんな小林さんに迷惑かけたか??

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