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『あ、あぁ、あー!』
ここは北海道にある過疎地。信号も町に二台しかないし、カラオケボックスはもちろんのこと、娯楽施設が一つもない。町中での唯一の楽しみと言えば数年前にできたコンビニで立ち読みすること。まぁ、一応『町』ではあるがかなり『村』よりな、すなわち田舎ってわけだ。高校を卒業した俺は町にある唯一のスーパー(町の権力者がやっている)に就職したわけだがこの根暗な性格が相まってか、人間関係がうまく行かずわずか二か月で辞めてしまったのだ。田舎の情報網はインターネットより速い。瞬く間に町中に広がり、俺が町を歩けば、うわさ好きのおばちゃんや、若い人までも俺の顔をちらりと見てはコソコソと何かを近くにいる人に伝えるのだ。まぁ、『何かを』とは言ったが99%悪口なのだ。人のうわさや悪口を言うのは田舎者のおきまりだ。そのせいで、うちの母親は、日中ではなくいつも閉店ギリギリにスーパーに行く。田舎ではこの子の親が誰で従妹は誰でとかっていう情報はもちろんのこと、プライベートなことまでなんでも筒抜けなのだ。
『だから俺はそんな田舎が大嫌いだ』
じゃぁ、都会に行けばいいじゃんって言われるのかもしれないがそんな気力すらも今の俺には残っていない。そんな気力があるならニートなんてなってねーし……。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
俺の一日と言えば朝起きて、パソコンの電源をつけ、ネットサーフィンをやり、下でお袋と一緒に食事をした後で再び自分の部屋に戻り、ネット、または部屋にある漫画や雑誌を読み漁り、そのあとはお袋に聞かれないようにテレビつけながらエロゲして、そしてそれに飽きれば女性が気持ちよさそうに喘いでいるDVDを見る。そして俺も画面の向こうの女性と同じように――――
「おぉ! りおんちゃん!」
大好きなセクシー女優のりおんちゃんのDVDを見ながらエクスタシーを求め息子をシコる毎日。そんな時いきなり俺の部屋のドアが開かれた。
ガチャ
「カズヤ、ちょっとひま……」
母親は、俺のしている行為を目にした途端、体を硬直させ目をテンにさせながら俺を見つめる。
「…………」
俺もどうしていいのかわからず、とりあえずすっかり萎えてしまった俺の息子をトランクスにしまい込んだ。お袋はくるりと背中を向け、気まずそうにしながらもこう伝える。
「そ、そんなことする暇があるならタロ吉を散歩に連れて行ってちょうだい!」
今更ながら俺は急激にこの行為をお袋に見られたことが恥ずかしくなりお袋の背中に向かってこう叫んだ。
「い、いきなりドア開けんなよ!」
「わかったから……。そ、それよりも早くその映像、消してちょうだい。じゃ、お母さん、病院に行ってくるから。タロ吉、頼んだわよ」
バタン
お袋が気まずそうに部屋を出た途端、急に静けさが漂った。しかしただ一人、俺のりおんちゃんだけが気持ち良さそうな喘ぎ声をあげていた。
『あ~、あ~ん! イク! イクぅ~!』
「タロ吉、俺彼女ほしいんだけどできるべか?」
柴犬もどきのタロ吉にしゃべりかけながら俺は何もないあぜ道をこいつと一緒に散歩していた。俺は生まれてからずっとこの町に住み、親父とお袋と三人で細々と暮らしてきた。親父は、俺が高二の時に死んでしまった。あっけない死に方だった。ハイヤーの運転手をしていた親父はもともと心臓が悪く、客の荷物をトランクに入れる際に、急に発作が起こりその場でパタリと倒れてしまった。そしてそのまま帰らぬ人となってしまったのだ。母親は近所のほとんど客の出入りがない潰れかけの書店でバイトをしている。しかし、バイト代と言っても微々たるものだ。足りない分は生活保護を受給してなんとか俺たちは生活しているのだ。俺も働けって話だけど、スーパーで働いたときに同じ職場の人といざこざがあり、そのせいで軽いうつ病になってしまったのだ。っていうのはあくまでも表上なわけで、ただ単にもう働きたくはないだけ。生活保護を受給したほうが俺にとってもお袋にとっても都合がいい(まぁ、そう思っているのは俺だけかもしれないが)。でも……毎日何をしていいのかさっぱりわからなく、何をしたいのかもわからない。だからと言って仕事をしたいわけでもない。だからいつも思うんだ。
俺は一体何がしたいのかって……。
ただだらだらと過ごすだけの毎日は俺にとって有意義なのか?
人生なんて楽しくなんかない。楽に死ねるなら、今すぐにでも死んでいいと思ってる。そう、俺の人生には価値がない。生きている価値がないのだ。だって俺が死んだところで悲しむのはお袋とこのタロ吉だけ。
「あ~、暑い……」
久々の晴天に俺は思わず頭がクラッときた。いつも部屋にいるので、外に出てかんかん照りの太陽に照らされると具合が悪くなってしまう。「キャップ、被っていけばよかった」などとつぶやきながら俺はたちどまり、この憎々しいまぶしき太陽を睨み付けた。とは言っても直視できるわけもなく、意味もなくぷかぷかと気持ちよさそうに浮かぶ雲を睨み付けてしまった。
そんな無意味な時間を過ごしていると(毎日が俺にとっては無意味な時間なのだが)、近所のうわさ好きのババァ二人組がこの道をおしゃべりしながら歩いてきた。耳を澄ませていると、いつも通りの悪口が繰り広げられていた。その二人が俺に気づき、俺の顔と相手の顔を交互に見ながら、何やら耳元で話し込んでいる。あぁ、またかと思いながら俺は下を向き、ババァたちが通り過ぎるまでタロ吉の頭をなでた。
おいしいうわさ話があれば、すぐにそれに乗っかり、肉食動物のように我先にと、それに食いつく。なぜそんなことを平気でするのか? 答えは簡単。暇だからさ。ここの人たちは希望が見えない。人生に絶望しているからだ。そう思ったことを改めてタロ吉に聞いてみた。
「なぁタロ吉、俺も含めてこの町の住人たちは夢も希望もないのか?」
ようやっとちゃんと整備されていないガタガタのあぜ道を出て、住宅街にでた俺とタロ吉。
「このあと、家に帰ったら何するべ?」
俺のスケジュールはいつも空っぽなので次は何をしようかといつも頭を悩ませている。「やっぱ、エロゲかな」などとバカなことを考えているとそこにまさにエロゲに出てくる天使の輪が見えるほどのキューティクルが光り輝くロングヘアーの美女が俺の目の前に現れた。
「あの、すいません」
俺はキョロキョロとあたりを見回し、この美女が本当に俺に話しかけているのかを確認する。
「あのぉ……」
キョロキョロして確認したところであたりには誰一人歩いていない。
「あ、お、俺ですか?」
「はい、道を聞きたくて……」
美女に話しかけられるなんてましてやこんな田舎でめったいないことだ。緊張のあまり俺は顔から滝のような汗を流し、思わず上ずった声を出してしまった。
「ど、どちらに……?」
「あのー、自然公園に行きたくて。ここの自然公園はとても美しい景色が眺められるとの話を聞いていましたから」
「あぁ、し、自然公園ですか!」
なるほど。この人は観光でこの町に来たってわけか。考えてみればこんな白いワンピースが似合う美女、ずっとこの町に住んでいて一度も見たことないもんな。ってか観光によくこんな田舎を選んだものだよ。るるぶんにも載ってねーぞ。きっと。
「それで、自然公園へどうやって行ったらいいのでしょうか?」
俺の頭は疑問でいっぱいだったが、とりあえず道をこの美女に教えることにした。
「えぇっと、自然公園へはここから結構遠くて、五キロ先にあるんです」
「五キロ先ですか?」
おっと、そのびっくりした表情、ヤバいんですけど……。
ドックンドックンと鳴る心臓を落ち着かせようと必死に俺は胸の肉をつかんだ。
「やっぱり結構、遠いんですね」
美女は俺に軽く微笑み、まるで小鳥のさえずりのような澄み切った声でそう答えた。
「は、はい。田舎はどこへ行くのにも車は必須ですからね。で、でもハイヤーを使えば行けますよ」
車の免許を持っているから、「良ければ俺の車で」と言いたいところだが、あいにく車を買えるような金なんて持っていない。「チッ! こんな時のためにポンコツでもいいから車を持っておくべきだったー!」なんて心の中で頭を抱えながら叫んでいると美女は大きめのハンドバックからメモ帳とボールペンを取り出してきた。
「もしご存じであれば、ハイヤーの電話番号を教えていただけますか?」
その時、俺は瞬時に思った。「しまった! 携帯持ってきてねー! ハイヤーの番号なんて、携帯見ないと分かんねーし……」と。
「あ、す、すいません。ちょっと俺も今、わかんなくて……」
美女を前にそんな回答しかできない自分が心底情けなかった。
「そうですか。では、ハイヤー会社はここから近いですか?」
美女のその質問に俺はハッとなる。
あぁ! 何も電話しなくても直接行けばいいんだ!
「近いですよ! 田舎の市街地はめっちゃコンパクトなんで」
「あぁ、そうですか! それは便利ですね。ではそのハイヤー会社を教えていただきたいのですが」
ここは一世一代のチャンス。それはこの麗しき美女をハイヤー会社まで案内してあげること! おぉ! このチャンス逃したくねー!
俺は声を上ずらせ、視線を美女から四十度ほど下げながらこう言った。
「あ、あの……も、もしよろしければ、そこまで案内しますよ……」
「ほ、ほんとですか? ありがとうございます! 私もそうしてくれると大変助かります!」
「いやいや! いいんですって! 俺も暇してるし!」
美女のうれしそうな表情に俺は思わず興奮し、今まで出したことがないほど大きな声を上げた。大声を出したのって学芸会で少年Dをやった時以来だろう。「一緒に頑張ろうぜ!」ってセリフだったのが今でも覚えている。だって俺の大役は少年Dが最高であとは木の役とか、あるいは裏方の仕事ばっかりだったから。
「あぁ、親切な方に出会えてよかった」
そう言いながら美女は手を顔の前で合わせる。そんな可愛らしい笑顔に顔を火照らせながら俺は手に持っていたタロ吉のリードを引っ張った。
「で、では行きましょうか」
「はい!」
ずいぶんお待たせしました! はしたかミルヒです!
初めて男性が主人公の話を書きました! しかもエロゲ風な選択小説です。物語を作るのは読者様です。読者様の選択によって話が変わっていきます。主人公をどう動かすかは読者様の選択次第……ぜひぜひお楽しみください!
ミルヒ