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4-1

「ざーすさん、お、俺……平さんに伝えたいことがあります」

「おっ! というのはもしや告白ですかね、旦那さん!」


 バックミラー越しにはニヤニヤ顔のざーすさんが映っている。俺だって男だ。あんなオヤジに俺の女神を取られてたまるか! やってやる。男カズヤ、今勝負!! 俺はシフトレバーを上から下へと動かし、アクセルペダルを踏む。そして車を再び発進させた。しかしざーすさんが不可解な顔をしながらあごに手をあてて何かを考えている様子がバックミラーに映し出される。


「ざーすさんどうしました?」

「さっきからきになってたんだけど、ざーすさんって誰だ?」




「懐かしいな~」


 あれから五分ほどだろうか、目的地に俺たちは到着した。その光景を見て初めて現場入りした日のことが鮮明に思い出された。


「あ~、懐かしいな……マジ懐かし~よ」


 駐車場に車を止め、ドアを開けると現場のあの独特な雰囲気が漂ってくる。その情景とここの空気の匂いに思わず、何度も同じ言葉をつぶやいてしまった俺。


「懐かしい懐かしいってお前、つい一か月前までここで働いてたべや~」

「いやまぁそうですけど、一か月も開くとやっぱりこういう気持ちになっちゃいますよ」

「そうか~?」

「そうですって! じゃぁ、ざーすさんも一か月くらい休んでみてくださいよ! 絶対俺みたくなりますって」

「一か月も休めるかって! ってかざーすって誰やねん!」


 俺たちが駐車場でどーでもいい話に花を咲かせていると現場事務所の玄関がガラリと開かれた。そして外に出てきたのは――


「た、平さん……」

「あ! 小鳥遊さん!」


 俺も平さんもそしてざーすさんまで驚きの表情を見せていた。


「お! ささ、早く仕事しないと班長さんに怒られる~。じゃぁカズヤ、俺、仕事してくるわ」


 そう言ってざーすさんは笑顔で俺の肩をバシッと叩くとさっさと事務所の中へと入ってしまった。


「お、お久しぶりです」


 俺は緊張して小刻みに震える体を必死で抑え、平さんに会釈した。すると平さんは笑顔で俺の手を取り挨拶をする。


「お久しぶりです! 元気にしていましたか?」


 すぐに手は離れたが軽く握ってくれた平さんの手の温もりがいまだに残っていた。嬉しかったものの俺の手はグッショリと汗ばんでいて緊張しているのがバレバレな気がしてなんとも気恥ずかしかった。


「げ、元気です」

「良かった。ところでもしかして……」


 そう言うと平さんが駐車場に止めてあるハイヤーを見て、そして再び俺の格好を見た。


「あ、今日からハイヤーの運転手をしているんです」

「そうだったんですね! 噂では聞いていたものの私は自分の目で確かめるまで人の噂は信用しないたちなので」


 そう言うとクスリと平さんは笑った。彼女の笑いに釣られつい俺も笑みを浮かべてしまう。


「ところでなぜハイヤーの運転手になられたのですか?」

「え? なぜって……」


 俺は平さんの質問に思わず俯いてしまった。すると彼女は薄い微笑を浮かべこう話す。


「あ、いえ、何か目的があってハイヤーの運転手になられたのかなと思いまして」

「いや、目的って言うか……同級生の女性に誘われて……それで……」


 歯切れの悪い答えに俺は自分自身でも嫌になってしまう。


「あ、ごめんなさい、なんか無理に答えさせてしまったみたいで。そんなつもりで質問したわけではなかったのですが……」


 平さんは両手を左右に振り、慌てた様子で俺に弁解をしてきた。


「いえいえ、俺こそなんかすいません……」

「あ、こんなところで長々と立ち話させてしまってすいませんでした! 小鳥遊さんも仕事があるっていうのに私ったら。ではこれで、またお会いできる日を楽しみにしています」


 そう言うと平さんは俺に背を向け近くにある下請けの事務所へと歩いていく。ちょっと待てよ。俺は何しにここに来たんだ? 平さんに告白するためだろう? ここで別れてしまったら……。そう思った瞬間俺はとっさに声を張り上げてしまった。


「待ってください、平さん!」

「え?」


 平さんは俺の声に立ち止まり振り向く。そして俺は平さんの元へと駆け寄った。


「あ、あの……ちょっと質問してもいいですか?」

「はい……。どうかなされました?」


 心臓の鼓動がドクンドクンと体中に響き渡る。


「あの……平さんって誰かと……その……お付き合いってしてますか?」


 俺は目つむり思い切って彼女に質問をぶつけてみた。


「誰かとお付き合いですか?」


 目を開け、彼女の顔をちらりと見るとキョトン顔の姿がそこにあった。


「も、もし誰ともお付き合いしていないかもしくは……誰かと仕方なくお付き合いしていても、あの……その……お、俺と……」


 すると平さんはクスリと笑う。


「ふふふっ。もしかして私と高田建設の小林さんがお付き合いしている噂聞いてます?」

「え?」


 思わぬ彼女の答えに俺は目をテンにさせた。


「ですよね。みなさん、そう言う噂大好きですから。だからあえて放っておいているんですけどね。ふふふっ」

「ど、どういうことですか?」


 俺の質問に再びクスクスと笑いだす平さん。俺が不可解に思っていると現場からヘルメットにマスク、そしてゴーグルをした粉塵まみれになっている中年男性がこちらに向かって歩いてきた。


「二人でなにやってんだ??」


 ん? その声……。俺はその中年男性の顔をまじまじと見た。その男性は俺のためを思ってかその場でマスクとゴーグルを取る。


「これで誰だかわかるか?」

「?! こ、小林さん!」

「おんめ~、ヘルメットに『班長』って書いてある時点で普通気づくべよ!」

「い、いや……」


 俺はこの状況に口をわなわなと震わせる。だって今、俺の横には平さん、そしてこ、小林さんがいるのだから!


「梅乃! そんなところでこんな坊主とくだらない話してないでさっさと仕事しろ!」


 梅乃って呼び捨てしてる……。ってことはやっぱりこの二人は……。


「パパ、坊主じゃないでしょ! 小鳥遊さんに失礼よ!」

「ぱ、パパ?!」

「じ、事務所ではそういう呼び方すんなって言ったべ」


 視線をそらしながらそう言うパパ、いや小林さんは頬を真っ赤に染めていた。俺は思い切って頭の中にある疑問を小林さんにぶつけてみる。


「こ、小林さんって平さんに貢いでいるんですか?」

「はー?! なーに言ってんだ、おめーは!」


 その瞬間、頭上からこぶしがズドーンと垂直に落ちてきた。


「んぐっ!」


 俺はあまりの痛さに悶絶する。でも帽子かぶっていて良かった。これで何もかぶっていなかったら俺、間違いなくこの場で倒れてたぜ……。


「パパ! 暴力は反対よ!」


 すると平さんが激しくパパを叱咤した。あ、ちがう小林さんね。


「したって、こいつがしょーもねーこと言うから」


 俺は帽子を外し頭をさすりながら今度は恐る恐る質問してみる。


「だ、だってパパって、そういう関係ってことですよね?」

「おめーは、バカか!!」

「んぐっ!」


 再び俺の頭の上にバカでかいこぶしが落ちてきた。しかも今度はウィズアウト帽子で! 俺の目にはキラキラときれいな星が映し出されていた。あぁ、きれいだな~って今まだ午前中だよね?


「もう、パパ! 暴力で解決する人大嫌いよ!」

「い、いや、こいつがバカなことばっかり言うもんだから……」


 平さんを目の前に小林さんはタジタジな様子だった。だからやっぱりそういういかがわしい関係なんでしょ?


「ったく、こいつははっきり言わないと理解できないパッパラパーなんだな」


 そういいながら哀れな目で俺を見る小林さん。お願いだからそんな目で見ないでください……。いくらなんでも傷つきますから……。


「梅乃は俺の子供だ」

「…………」


 俺の思考回路はメルトダウンしてしまった。壊れたロボットのように俺はポカーンと口を開け、瞳孔が開きっぱなしになってしまう。


「おい、聞いてんのか? スカポンタン!」

「パパ!!」

「だ、だってどっからどう見ても似てないよ……」

「梅乃は母親似だ」

「やっぱり」

「それはどういう意味だぁ?」


 小林さんはまたもや手にこぶしを握る。俺は慌てて防御に走った。


「パパ……それ以上やったら……」


 小林さんの行動に平さんは目を細めぼそりとそうつぶやいた。というか……あれ? なんかおかしな点が……。俺は今度は平さんのほうを見て疑問に思っていることを尋ねてみる。


「でも、な、なんでお二人は親子だって言うのに苗字が違うんですか?」

「あ、それは……私が小さいころに両親が離婚したからなんです。私は母親に引き取られそれに伴って苗字も母親の姓になりました」

「あぁ、なるほど……」

「やっと理解したか、スカポン……ゴホン」


 スカポンタンと言おうとしたところで平さんの鋭い視線に気づきすかさず咳払いをする小林さん。なんかこういうので親子関係が見えてくるな……。俺は二人の親子関係を想像すると思わず笑いがこみあげてきた。それと同時に涙も出てくる。


「ど、どうしました? 私何か小鳥遊さんを傷つけるようなこと言いました?」


 俺の様子に心配そうな表情で見つめる平さん。俺はそんな彼女の愛らしい表情に胸がキュンとしてしまった。そして俺は――――


「た、平さん……もしよろしければお、俺と付き合ってください!」


 俺はついに女神に告白してしまった。


「た、小鳥遊さん?!」

「お、おんめ~! 俺がいる前で~!」


 小林さんは勢いよく俺の襟首をつかむ。な、殴られる! そう思い目をつぶった時、彼女の小さな声が俺の耳に入ってきた。


「はい……」


 俺は目を見開き、そして小林さんも襟首をつかみながらも目を点にさせ二人で一斉に平さんを見た。


「ま、マジですか?」

「お前……正気か?」

「はい、私は本気です。ただし、一つだけ約束してほしいことがあるのですが……」

「「約束?」」


 俺と小林さんが発した言葉は見事にハモっていた。


「はい、それは……」


 すると彼女は俺に近づき耳元でこうささやいた。


「一つだけ私の言うことをなんでも聞いてくれるって約束してくれます?」

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