表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/43

1-1

「そうだよな。のんたんの言う通り俺、山上ハイヤーで働くことにするよ!」


 するとちょうどいいタイミングで携帯からラブライフの曲が流れてきた。


「この曲は桃香からだ」


 俺はすぐさま携帯の通話ボタンを押し電話に出た。


「も、もしもし」

「あ、もしもしカズヤ?」

「お、おう」

「何ぎこちないしゃべり方してんのよ? って今大丈夫?」

「お、おう。大丈夫だあ」

「『大丈夫だあ』ってあんたは志村けんたかよ!」


 桃香さま、相変わらず昭和のツッコミありがとうございます。


「あ、あのさ、もうそろそろバイトも終わるでしょ? だから……そ、そのあとはウチで働いてくれるんだよね?」


 俺にぎこちないって言っておきながら桃香も緊張しているらしく、どもった言い方になっていた。それが妙に愛くるしかったりする。


「う、うん。俺、山上ハイヤーで働くよ」

「……ほ、ほんと? うっそピョーンとか言わないよね?」

「お前は相変わらず、昭和ガールだな……。うっそピョーンじゃない。ほんとピョーンだ」

「……な、なによそれ? ウケ狙ってるつもり? 面白くないんだけど! もっとお笑いの勉強したら! あとうちに就職したら超厳しくしてあげるからね! 覚悟しときなさいよ!」

「はっはっは」


 俺は思わず笑ってしまった。なぜって? 桃香はうれしいとき、やたらめったら一人でガンガンしゃべる癖があるから。まさに今がそう。


「な、何笑ってんのよ? 超キモイっつーの! あんたは昔っから私のことバカにする癖があるわよね? その腐りきった根性叩き直してあげる!」

「桃香……。サンキューな」

「え? サンキューって?」

「だから……その……まぁ、色々とだよ」


 その後も桃香と他愛のない話をしている最中、下の廊下からお袋のデカイ声がこの部屋に響き渡った。


「カズヤー! お客さんよー!」


 お客さん? お客さんって誰だよ? と思ったがそんな知らん客、相手してるより桃香と話してたほうが楽しいのでお袋の声を思いっきり無視する。


「あれ? なんか電話越しからお母さんが呼んでたような声が聞こえたんだけど……いいの?」


 桃香の耳にもお袋の声が入ってきたらしく、彼女は心配そうな声で俺にそう尋ねてきた。俺はもっと桃香と話をしたかったので桃香の心配をサラっとかわす。


「あ、いいのいいの!」

「ほんと?」

「どーせ、竜太郎伯父さんだべ。それよりもさっきの話だけど……」


 俺と桃香は結局夜中の十二時まで電話で話をした。アニメの話、ドラマの話、好きな芸能人の話など……。桃香と俺は同じ年のせいかものすごく話が合う。正直言ってこいつとはずっと話をしていても苦痛じゃない。むしろめっちゃ楽しい。俺は桃香との時間がずっと続けばどんなに楽しいだろうと心の底から思った。

 まぁ、桃香はどう思っているのかはわからないけどさ……。



 そして一か月後、俺は無事、二種免許を取り山上ハイヤーの運転手となった。そして十月のはじめ、俺は山上ハイヤーに初出勤した。町の中心にあり大きな看板で誰が見ても一目でわかる山上ハイヤー。その事務所に入るには二通りある。まずは一階にある山上家に入り、家の中にある事務所と直接つながっている階段を上ること。もう一つは山上ハイヤーには外階段があり、そこを上ると直接事務所に入れるのだ。従業員は直接外階段を使って事務所に入ることが多い。もちろん俺も後者のほうだ。


「お、おはようございます……」

「おっはよー! 今日から山上ハイヤーの運転手だね」

「お、おう……」

「来たが~! まぁさか義和よしかずの息子と俺が同じ職場で働くことになるとはな」


 俺は慣れない背広を着て二階の事務所で桃香と宮田おじさんに朝の挨拶をした。すると桃香が俺の姿を見ながらクスクスと笑いだす。


「な、何がおかしいんだ?」

「ごっめん。いやなんか、カズヤのスーツ姿って珍しくてさ~」

「はははっ、背広に着せられてるって感じだんな」

「ったく、二人とも好きかって言いやがって……」


 俺が二人が言ってきたことに半ば拗ねていると二階の事務室のドアがバーンと開かれた。


「ハローハローみなさ~ん! あら、カズヤ君も今日から出勤だったわね~!」

「あ、お、おはようございます! これからどうぞよろしくお願い致します!」

「もーう、お母さん! そのカッコ止めてっていつも言ってるでしょ?」


 勢いよく事務室のドアを開けたのは豹のシャツ(ヒョウ柄ではない)とゼブラ柄のスパッツを履いた金髪パーマヘアーが特徴のこの派手なおばさん……いや、マダムと言ったほうが良いかもしれない。そう、彼女は桃香のお母さんだ。おばさんは底抜けに明るい。明るすぎて吉元のベテラン芸人と見間違えちゃうほどだ。あ、これは内緒ね。


「桃香はほんとにファッションがわかってないわね~。ねぇ、カズヤ君、私ってアムローみたいでしょ? 今日から『ヨシコー』って呼んで」


 そう言いながらウインクをしてセクシーポーズをとる『ヨシコー』さんに俺は正直戸惑ってしまう。ヨシコーってことは本名はきっと『よし子』だな……。


「よ、よ、ヨシコーさん……」


 って俺に振るなよ! 答えずらいだろ!


「もー! お母さん!」


 両手のこぶしを握りながら勢いよく自分の母親を嗜める桃香のほうがやっぱりかわいいなぁなんて思っているとヨシコーさんが事務所をキョロキョロ見まわしながらこう言ってきた。


「あ、そうだ、今日からもう一人新しい女性が事務員として入ってくるんだけど、まだ来てないみたいね」


 その言葉に桃香はキョトンとヨシコーさんを見つめる。


「え? 事務員の女性? 私なんにも聞いてないんだけど……。ってか私はどうなるのよ?」

「確かに桃香一人でも十分かなって思ってたんだけど、でも風邪をひいたときとか急用でどうしても休まないといけない時があるでしょ? そういう時に事務員が二人いたほうが心強いじゃない?」

「でも……そんな勝手に!」

「勝手じゃないわよ。前々から決めていたの」

「じゃぁ、お父さんも知っていたの?」

「もちろん」


 そう言うと事務所にある大きな鏡を見ながらアイメイクをティッシュで修正するヨシコーさん。


「なんで私にも教えてくれなかったのよ……」

「なんでって、桃香は喜んでくれると思ったんだけどな~。桃香だって一人より二人のほうがいいに決まってるでしょ? 仕事量も軽くなるわけだし。だからって別に給料減らすわけじゃないのよ」

「会計のことは私にすべて任せてくれると思ったのに……」


 そうぼそりと言いながら桃香は俯き、手を絡ませる。数秒の沈黙がこの事務所に漂う。俺はまずいと思い、何か話さなきゃと思ったのだが、この重苦しい空気を変えたいと思えば思うほど焦って言葉が出てこない。

 しかしその沈黙を破る階段を上る音が外階段のほうから聞こえてきた。そして誰かが申し訳なさそうにゆっくりとドアを開ける。


「すいませ~ん……。遅れてしまいました……」

「あ、やっと来たわね~」


 下をペロッと出してあらわれたのは茶髪の髪をアップにまとめた少々気が強そうな風貌の女性だった。


「あ、みんなに紹介するわね~! 今日からここの事務員として働いてもらう江張泰子えばりたいこさんよ」

「江張泰子と申します! よろしくお願いします!」


 江張泰子? えばりたいこ……えばりたい?? ってお前はまじかる○るるーとくんに出てくるキャラクターか!

 と俺が心の中で彼女の名前にツッコミを入れているとなぜか彼女は俺に目を合わせようとしてくる。俺もそんな彼女の目力に吸い込まれるように彼女を見てしまった。ドキッ! おいおいおい! この江張さんって人、俺に早くも一目ぼれしちまったのかよ~! ま、気の強い女性も悪くはないか~。そんな勝手な思い込みをしているともう一方の方向から鋭い眼力で俺を睨んでくる者がいるのに気付く。

 ゲッ! 桃香! この時ばかりは桃香が鬼のように見えてしまったのは言うまでもない。というかお前はなぜそんなに俺を睨む??


「というわけでみなさん、この山上ハイヤーのためにみんなで協力して頑張って行きましょうね~!」

「若い女の子二人も事務所にいるなんてよ~、何十年ぶりだべ~。まぁ、よし子さんも若いときはべっぴんだったけんどよ~」


 そう言いながら鼻を伸ばす宮田おじさんを素通りし、桃香に近づくヨシコーさん。


「桃香、泰子ちゃんと仲良くするのよ。頼んだわよ」


 ヨシコーさんは小さな声でそう言った後、薄い笑みを浮かべ桃香の肩を軽く叩いた。


「……わかってるわよ」


 そういいながらちらりと江張さんを見る桃香。そんな桃香の表情は終始曇りっぱなしだった。

1のストーリーを読んでくださりどうもありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ