高橋美智子
「高橋美智子という名前に聞き覚えはないか?」
「悪い、さっぱりだ」
女官が紅茶を出して来たが反応が今一つ。
ケーキには紅茶の方が合うと思ったのだが、コーヒーにした方がよかったか。
「うむ、剣道の世界だから無理もないか」
「剣道って、あの、メーンとかいうやつか?」
「そうだ。これでも全日本で優勝した事もあるんだ」
「へーっ、日本一の女剣士ってわけか」
お菓子はこの世界には無いケーキ。
これは良さそうだ、ぱくついている。
「正確には、その大会の優勝者だな。日本にはまだまだ強い奴がいる。自分が日本一だと思った事は一度もない」
「その潔さには好感が持てるが、そんな有名人が何だってまたこっちに来たんだ?」
会話は成立しているが、まだ社交辞令の範囲内だな。
それにしても、ケーキ好評だ。メイドがおかわりを用意しに行った。
「一言でいえばドジを踏んだんだ」
「ドジ?」
「ああ、あれは帰省ラッシュでホームが混んでいた時だった。子供が落ちたという声を聞いて線路に飛び降りたんだ。やって来る電車も確認したし、運動神経には自信があった。いけると思ったんだが、落ちたのが小学生じゃなくてな。中学生か高校生か、ともかく、その子を助ける時間しかなかったってわけだ」
「ああ、すまん。何か、いやな事を思い出させたな」
ただのバターケーキなんだが、おかわりもぱくついている。
話が長すぎたか、それともこいつが甘党なのか。
あっ、食事に誘っておいてケーキだけだからか。
失敗したかもしれないが、今更仕方ない。このままいく。
「昔の話さ、気にしちゃいない。気が付いたら赤ん坊だった方が驚きだったしな」
「それで、目や髪の色が違うのか」
「以前に友達から聞いた話なんだが、トラックにはねられて死ぬと黒目黒髪で転生するらしい。今回は電車だったからこうなったんだろう」
「そういう問題か?」
「違うのか?」
「い、いやー。よくわからんが、なんとなく」
こ、こらー! 友達出てこーい! なんか、ちがうっぽいぞ。
「この顔もけっこう便利だぞ」
「美人は認めるけど、便利なのか?」
「ああ、大抵の男はニコリとするだけで言う事を聞いてくれる。こんな便利なもんは無い」
「まあ、何というか、あんまり童貞君を泣かすなよ、かわいそうに」
お、苦笑い、いただきました。
「分かってるさ。それよりこの体だ。友達が言っていたように身体能力が高いんだ。何と半年で歩けるようになったんだぞ」
「ちなみに、普通はどのくらいだ?」
「普通は一年くらいだな」
「なるほど。それならずいぶん早いな」
「だろ? これなら前よりも強くなれると思ってな、ガンガン鍛えたんだ」
「――なるほど、思っちゃたわけだ。そんで、ガンガン。そりゃ強くなるわ。ケーキ、おかわりのおかわりの、まっ、いいか」
いいぞいいぞ、このままいく。
「まてよ。姫様が剣術なんか教わるのか?」
「なんかな、レンカ王国では姫さまも剣をたしなむんだと。最も、剣に触った程度で終わりみたいだがな」
「まあ、普通はそうだろうな」
「随分嫌味も言われたけど、習い事はきっちりやったし、稽古はどこでも出来るからな。まあ、あれだ。学校の勉強と部活を両立するようなもんだ」
「それで日本一になった奴の言葉だと思うと重みが違うな。実際はとんでもない稽古をしていそうだ」
よし、あともう一つ。
「しかし、ビスチェだけは駄目だったな」
「ビスチェ?」
「ウエディングドレスの肩が出ている奴だ」
「ああ、あれか」
おお、鼻の下が伸びた。笑える。
「どうかしたか?」
「いや、ちょっと鼻がかゆかった」
「そうか。こっちのドレスは着せてもらうタイプなんだが、お腹を締めつけて息が出来ないほどだ。あれは拷問といってもいい」
あ、顔がすこし赤くなった。さては、着替えているところまで想像したな。
警戒心が薄れたことで魅力にも反応するようになったんだろう。鼻血でも出すと面白いのに。
「何とかならないかと思っていた時に、ナロン辺境伯との縁談だ。どんなところか見てみたいとわがまま言って、行っちまえばこっちの物、そのまま居座ったって話だ」
「無茶苦茶だな。それがまかり通るからお姫さまか? いや、おまえが特別なんだろう」
おまえ、きたー!
「押しかけ女房みたいなもんか?」
「馬鹿言え、相手はまだ五歳だぞ。婚約者というより、いいなずけに近い」
「なるほど、そりゃ無理があるな」
「だろ? しかし、居心地は良かったぞ。辺境伯だって、いてもらった方がいいから好き勝手を許してくれるし、ちょいとガキの相手をするだけであとは自由だ」
「まったく、おつきの侍女たちの苦労がしのばれるぜ」
あれ?あきれさせたか? いや、大丈夫なはずだ。
「そんなにいい所なら、何だって戻って来たんだ?」
「呼び戻されたんだよ」
「なんで?」
「跡目問題だ」
「ああ、そんな話があったな。王子が死んで、姫の婿さんは誰になるとか、逆玉の輿だと盛り上がっていたっけな」
よし、行けそうだ。
「結婚するのは姉上だから関係ないと思うんだが、そうもいかんらしい」
「なるほど、あれ? 王様は何してんだ?」
「毎日毎日、性の付く物を食ってるよ」
「ああ、そこまでくると御愁傷様と言いたくなるな」
「いい年こいて何やってんだか。ありゃ、間違いなく腹上死だ」
「とてもじゃないが、羨ましいとは言えんな」
「まったくだ」
男がはっとして、周りを見渡した。
話に夢中になっていたとはいえ、思いっきり不敬罪。首切りものだ。
「誰もいないから気にするな」
「ああ、調子に乗り過ぎた」
よーし、ここまで引き込めばこっちのもんだ。
「そんな時に、黒目黒髪の魔人がいると聞いてな、もしかしたらと思って行ったらお前だったというわけだ」
「なるほどな。すべては、偶然にして必然というやつか」
「お、難しい言葉を知っているな?」
「まあ、あんたに会おうと思ったのもそれだったからな」
「どういうことだ?」
「べつに。出会いは大切にしろって話だ」
おっと。なんか、はぐらかされたか?
「てことは、いろいろ手伝ってもらえると思っていいか?」
「ああ。だが、こっちだって大学生という身分だ。そう頻繁には来れないぞ」
「ちょ、ちょっと待て」
「うん?」
「お前、もしかして。いや、つまり、あれか? ひょっとして、日本とこっちと、行き来できるのか?」
「驚いたろ」
「お前の首を絞めてやりたくなる程な」
「おっかねえ女だな」
何だ、どうなってんだ?
行き来出来るって、聞いてないぞー。