魔人と呼ばれる男
「満腹宿、ここね」
女が訪れたのは二階建ての古い宿。
一階の食堂で腹いっぱい食って二階で泊まれる。安くてうまいと評判の店だ。
ドアを開けると、冬の寒さをもろともしない熱気に包まれる。
ほぼ満員の店内から、喧騒と共にいくつかの視線が彼女に向かい、そのままポカーンと見つめてくる。
それもそのはず、彼女はこんな場所にはふさわしくない極上の美人だ。
輝く金髪を無造作に束ね、大きな瞳は済んだ青。伸びた鼻筋にしっかりした唇。
使いこまれた鎧や長剣は高価ながらも派手さは無く、鍛え上げた体は人形というより彫刻を思わせる。
「あれか」
お目当ては混んでいる店内の隅にいた。ただ一人でテーブルを占拠する魔人と呼ばれる男。
魔人とは、魔法使いを魔物あつかいにする差別用語にすぎないが、数自体も少ないうえに、自ら宣伝する馬鹿もいないので滅多にお目にかかれない。
しかし、レンカ王国の王都ともなれば色々な人がいるもので、とある食堂には魔人専用のテーブルがある。
そして、そこに座る奴もいる。
七日ごとにやって来る黒目黒髪の若い男で、当然のごとくにその席について飯を食うという。
彼女はそんなうわさを聞きつけてやってきたのだ。
「相席をしてもかまわないか?」
肉をほおばったまま男が見上げてくる。
彼女のほほえみは多くの男を虜にしてきたが、大きく黒い瞳は不思議そうに輝くだけだ。
「魔人と思われてもいいならな」
肉を飲み込んだ男がぶっきらぼうに返してくる。
「人目を気にするほど小心者じゃない」
そう答えると、それだけ美人だとそうなるかと、苦笑いで向かいの席に迎えた。
とびきりの美人と相席だというのに、気にしたそぶりも見せずに食事を再開した男だったが、キョロキョロした気配に顔を上げた。
「どうした?」
「うん? メニューがないかと思って、な」
「何を料理するかは店主が決める事で、客が口出す事じゃないそうだ」
「そうなのか? 知らなかった」
苦笑いをする男にも覚えがあったのだろう、軽く肩をすくめていると料理が出てきた。
硬いパンにほろ苦い野菜スープ、今日は羽無鳥の肉が付いている。
「店主、いくらだ?」
「小銅貨一枚」
「大銅貨しかない。おつりをたのむ」
「ない」
「ちょっと、これだけ繁盛していて無いはずがないでしょ」
女が非難する様な声を上げると、男がやれやれと助け舟を出した。
「やめろ。店主、俺のおごりだ」
「分かった」
店主は男が出した小銅貨をつかむと厨房に消えていった。
「どういうこと?」
「小銅貨だろうが大銅貨だろうが、料理と物々交換ということだ。だいいち、おつりの計算が出来る奴なぞいるもんか」
「……なるほど」
ふーっ、ちょっと焦ったけど、結果オーライね。
さて、このタイプの男はどう攻略すべきかだけど、ここは強気でいくか。
「魔人と聞いていたけど、案外普通なんだな」
「何だ? そりゃ」
あまりの言い様に、食事中だというのに吹き出しそうになる男と、無邪気にほほ笑む女。
「なんというか、もっとおどろおどろしい奴かと思ってた」
「そいつぁ、残念だったな」
そっけない返事だが、笑っているからいいはず。
「べつに、友達になるなら普通のほうがいいさ」
「友達? 俺達が、か?」
男がポカーンと口を開けた。
さ、どう返してくる?
「友達とは驚いた。予想外の、そのまた外だぞ。使い込まれた武具に漂う気配、身のこなし一つとっても戦士として一流の部類に入るはず。だとすれば、必要なのは命を預けられる戦友であり、背を任せられる相棒だ。まかり間違っても、仲よしこよしのお友達などではない。違うか?」
ながっ、セリフ長すぎ。
「褒めてくれるのは嬉しいが、私では不満か? これでも、黙って座っていれば三国一の美姫と言われているんだがな」
「ぷっ、ははははははは」
「笑うところか? 失礼な奴だな」
「いや、悪い。そうだな、笑っちゃいかんわな。ははは」
「ったく」
「しかし、胸を張って何を言うかと思えば、美姫ときたか。確かにあんたは美人だし、そう言えば胸もデカいな。まったく、あんたはいかしてるぜ」
これは……成功?
これから話が弾むかと思いきや、食事を終えた男が席を立つので、慌てて言葉をつなぐ。
「今度はいつ来るんだ?」
「何故、そんな事を聞く?」
目を細めて、警戒しているのか?
「奢られっぱなしってのが気にいらない。今度は奢らせてもらう」
「まったく、どこまでいっても女らしくない奴だな。いいだろう、一週間後だ」
「これくらいの時間に店前でいいか?」
「いや、ギルドがいいな」
「傭兵ギルド、あんな所にいるのか?」
「まあな。受付に、魔人に会いたいと言えば通じるようにしておく」
「わかった」
男を見送ると、ふーっとため息がもれた。
何とか次の約束は取り付けたが、傭兵ギルドときたか。
盗賊の隠れ蓑とか、悪の吹き溜まりとか、ろくな噂を聞かない所だ。おまけに大陸中にあるから何処の国でも手が出せないときている。
ワルは好きだけど、鬼畜は御免こうむりたい。
どういう男か、今後に期待だな。
評判ほどうまくない料理も、残さないのが礼儀だと完食する。
「この顔に反応しない男か、やってやろうじゃないの。それにしても、一週間とはね。黒目黒髪と聞いてもしやと思ったけど、やはり転生者で間違いなかったわね」
御馳走さんと言いながら、女も席を立った。