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君のことが 君のことを 1




「はっ、はっ、はっ」


 リズミカルに息を吐きながら、みかげは坂道を駆け下りる。

 セーラー服の襟をはためかせ、スカートを翻し、スカーフを忙しなく靡かせる様は昨日のリピートを見るようだった。が、その表情には昨日とは違う「汚名返上」の決意がありありと浮かんでいた。二日連続で遅刻などしようものなら、それこそ「汚名挽回」の栄誉を頂戴してしまう。

 坂を下り切り、標識に手をかけて華麗にターンを決める。

 しかし直後にその足は急停止した。


「やっ! おはよう、彩原さん」


 止まれの標識でも止まらないみかげを止めたのは、糸川だった。

 突然現れた友人(仮)に、みかげは驚いて棒立ちになった。


「糸川さん……どうしてこんなところにいるの?」

「どうして、って。見てのとおり、迎えにきたの」

「でもたしか糸川さんの家、逆方向じゃなかった? なんでわざわざ」

「そんなに驚くようなことかな。彩原さんをサポートするよう美濃部先生から仰せつかってるし、私自身も彩原さんのこともっと知りたいし」

「昨日ので全部です。全部出し切りました」


 みかげは不機嫌そうに膨れてみせる。つつきがいのある頬をみて、糸川は含みのある笑みを浮かべた。


「さぁて、それはどうかなー。まだまだ、自分自身も知らない「わたし」が眠っているかもよー?」

「いたって構いませんよ、ずっと眠らせときますから」

「それはそれで、つまんない」

「他人を楽ませるための『わたしの人生』じゃありませんから」

「そうかな」

「そうです」


 ふーんと、覗き込むように糸川は顔を近づける。

 ふいの接近に、みかげの心拍はわずかに跳ねた。


「でも楽しいけどね、私は。彩原さんといると。出会った時期とか、過ごした時間とか、そーいうの気にしないで何でも話せるとこが……いい」


 いい。いい。いい──。何度もリフレインしたくなる、心地よい響き。

 みかげのモチベーションも、よくわからないうちに上向いてきた。


「……まぁ、そう言ってくれるのは、わたしも嬉しいけど」


 こそばゆそうに身をよじってみたりする。


「じゃあさ、彩原さん」

「うん」

「今日も一緒に、遅刻してくれる?」

「うん……ん? え?」


 キョトンとするみかげに、糸川はトントンと手首を叩いてみせる。


「ちょっとまってよ、ウソ、もうそんな時間?」


 慌てて腕時計に目をやるが、時刻は八時を少し回ったくらい。普通にセーフだ。

 糸川はくるりと背を向けると、笑いをこらえながら小走りに駆けだした。


「あ……あーーっ!! またやったね糸川さん!」


 みかげも、後を追って走りだす。

 たぶん。こんなところも『いい』には含まれているのだろう。




 小さな雑木林を抜けると、急に視界が開けた。

 緑の絨毯を敷き詰めたような茶畑と、帯状に連なる淡いピンクのシバザクラ。その強烈なコントラストに、みかげは目を奪われた。


「昨日は急いでいたせいで気づかなかったけど、こうして改めて見ると……すごいね、感動する。まるで、色に告白されてるみたい」


 足元に咲く花が彼方へと色を延ばし、遠くの山々がいただく残雪の煌めきが目前に迫る。遠近感すら失うほどの雄大な景観には、自然とため息が漏れた。


「ほお、詩人ですな、みかげんは」


 すぐ側でまじまじと見られていることに気づき、みかげは頬を赤らめた。


「べ、べつにそんな大層なこといってないでしょ……それより、なに『みかげん』て。どこの誰」


 糸川の指が、みかげの鼻先をちょんと押す。


「『彩原さん』て呼び方も、少し堅苦しいかなと思って。でもいきなり『みかげ』だとなんか気安いし、それじゃ真ん中をとって『みかげん』がいいかなー、なんて」

「どのへんが真ん中なのか、よくわからないんですけど」

「たぶん、このあたり」


 といって、結はおヘソのあたりを指してみせる。


「ますますわからないんですけど」

「この呼び方、いや?」

「できれば変えてください」

「そっか、どうしよっかなー。問題は『ん』をどこにもってくるかよね」

「いや、そこじゃなく……ああ~もう、普通に『みかげ』でいいから。そう呼んで」

「え、いいの? ありがとー、じゃ遠慮なく。代わりに、私のことは結て呼んでくれていいよ」

「等価交換ね」

「そそ」

「うん、わかった」


 しばしの間があって。 二人は目線を交わすと。


「結」

「ヒナッキー」


「なんでよー! そこは大事なとこでしょ! 初めてお互いを名前で呼び合う、大事なシーンでしょ! あと、わたし『ヒナッキー』じゃないから。そんな人知らないから」

「ヒナッキー、可愛いんだよ?」

「可愛くても可愛くなくても、わたしじゃないし」

「そんな、雛威村のご当地キャラをそこまで邪険にしなくても」

「えっ、ヒナッキーって、ご当地キャラなの?」

「知らない? まぁ、まだ越してきたばかりだからね、仕方ないか。ヒナッキーはね、雛威村の『雛』と植林されている『ヒノキ』から取った、森の妖精なんだよ。雛鳥のモコモコとヒノキ花粉のイボイボをミックスした……」

「やめて、それ以上想像するのは辛い」

「樹液プシャー!!」

「やめてってば!!」


 みかげは危うく想像しかかった造形を全力で打ち消した。

 森の妖精どころか、朽木を齧る何かの幼生にしか思えない。

 どう萌え化しようが擬人化させようが、可愛いに繋がる要素は一切ない。


「百聞一見にしかず、まずは実物を見てみる?」

「あるの? というか、いるの? 実物」

「もちろん、いるよ。いま──」

「ストップ。まって」


 結の言葉を遮るように、手をかざす。


「それは、わたし……ってオチじゃないよね。まさか、それはないよね」


──チッ


「なにいま、舌打ちした? ねぇ?」

「いくよ、ヒナッキー! 学校まで競走だよ!!」

「あっ、ちょっと! まってよ! せめてみんなから愛されるデザインにしてよーー」


 両手で空を掻きながら千鳥足で後を追う、リアルヒナッキーの姿がそこにあった。




 波乱万丈の転校初日に比べ、二日目は比較的平穏に過ぎていった。ごく普通に級友と語らい、ごく当たり前に勉学に勤しむ。これが本来あるべき学校生活なのだろう、むしろ昨日が一日そっくり異常事態だったのだ。


「こんにちは、彩原さん。昨日は簡単な挨拶だけで済ませて、すまなかったね。僕はクラス委員長をしている、竹宮優人たけみやゆうと。あらためて、よろしく」


 そろそろ帰り支度を始めようかという頃になって、突如はじまった自己紹介にみかげは目をしばたたかせた。

 目の前にいるのは、イケメンとまではいかないが、それなりに端正な面持ちをした背の高い男子生徒。詰襟の学生服の胸元をはだけ、ウルフスタイルの髪を軽めに流しながら、白い歯をみせてにっこりと微笑んでいる。


(あー、やっぱりいるんだ、こういう競争率高そうな人って)


 好感は持てたが、参戦して競争率を引き上げようとまでは思わなかった。

 竹宮は机に手をつくと、覗き込むように話しかけてくる。


「転校してきたばかりで、まだ落ち着かないと思うけど、どう?このクラスは。気に入ってもらえたかな?」

「ええ、みんなとても良くしてくれるので、思った以上に馴染めてます。といっても、まだ二日目ですけどね」


 言ってみかげも、笑い返す。


「そういってもらえると、ありがたいな。ここ生徒数が少ないから仲間が増えるのは嬉しいんだよ、みんなさ。どんな人が来るのか、学校の雰囲気や環境に慣れてくれるのか、みんなと打ち解けてくれるのか……いろいろ気にかけたりしてね。けど、今こうして目の前で、彩原さんが笑ってくれている。その笑顔を見れただけで、すべて報われた気がする」

「そんな、そこまで期待されるほどの人材じゃないです、わたし。むしろゴメンナサイしたいくらいで……昨日もいきなり、やらかしちゃったし」

「あれはあれで場の空気を和ませていたよ。こちらも変に構える必要がなくなって、すごく話しかけやすくなった。みんな彩原さんに感謝してるはずだよ」


 ニヤニヤがとまらない。正直、誉めすぎだとは思ったが、昨日散々な目に遭ったこともあって、甘い言葉には自然と手が伸びた。


「それでね、彩原さん。今日の授業も終わったことだし、どうかな、これから校内を案させてもらえないかな?」


 キラン。またしても白い歯が光る。


「そうですね。それじゃ、お願いしてもいいですか」


 みかげは、すっかりその気になっていた。


「ああ、もちろん。案内役、喜んで務めさせてもらうよ」


 キラキラン。白い歯は鳥除けかもしれない。


「ちょっとまったああぁぁーーー!!!」


 その時だった。突然、教室を揺るがすほどの怒声が響き渡った。

 見れば、結がものすごい顔をしてこちらへ走ってくる。いま彼女の前に鏡を置いたら、自分だと分からず攻撃を食らわすに違いない。


「ちょっと竹宮! なに人の友人にちょっかい出してんのよ!」

「そういう品のない言い方はやめてくれないかな。僕はただ委員長として、彩原さんに学校生活に不便はないか、聞いていただけだよ」


 いきなりの犯罪者呼ばわりにも、冷静に言葉を返す。


「それは副委員長である私のや・く・め。あなたが出る幕じゃないの。美濃部先生からも直々に仰せつかっているんだから」

「奇遇だね、実は僕もその美濃部先生から言われたんだよ。彩原さんにアドバイスしてあげるようにと。もちろん、この中には校内を案内することも含まれているわけだけど」

「それはあなたの都合のいい解釈でしょ! だいたい……」


 ガシッ ガシッ

 両側から、腕を取られた。


「へ?」

「ま、そゆことで、糸川さん」

「ここは素直に引いて頂きましょうか」


 両腕を、どこからともなく現れた女子に押さえられた。三つ編みメガネの笠木さんと、おでこ全開メガネの小柴さん。二人は息もピッタリに、猛獣を手際よく押さえつける。


「なにするの二人とも、はなして! はなしてってば!」

「いいからいいから、糸川さんには別の仕事を用意してあるから、コッチきて」

「あとは若いもの同士で……ね?」


 コメディによくあるワンシーンみたいに、両腕をロックされたままズルズルと引き摺られていく。


「みかげ、何かあったときは狼煙を上げるんだよ! どこにいようと、すぐにあなたの元へ駆けつけるから! あなたは私が守るからっ!」


 美しい友情の契りも、最後の一言でリアリティを欠いた。

 みかげは思わず心の中で呟いていた。


(そのセリフがいちばん信用ならないことを学びました。ありがとう友よ)


 退室してもなおワーワーと喚いている結に、みかげは困った顔をして竹宮をみた。

 さすが、委員長という肩書を背負うだけあって、顔色一つ変えていない。さきほどと同じ優しい笑顔を向けてくれる。


「ごめんなさい、なんか、騒がせちゃって」

「鈴の音も、小さければ綺麗なんだけどね。さて、と。それじゃ、このまま案内をさせてもらうってことで、いいかな?」


 疑うつもりはなかったが、美濃部先生のお墨付きなら頼っても問題はないだろう。少なくとも、結がしているような心配は、ない。


「ええ、わたしも早くこの学校に慣れたいから」

「わかった。力になるよ、彩原さん」


 キラッキラッ。白い歯から光がこぼれた。




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