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引き篭り師弟【番外編】引き篭り魔法使いの師匠と、弟子の魔法。

諸々のお礼と本編合間のおつまみに。

アニムに悶える師匠のリク、ありがとうございました。

糖分過多注意です(笑)

ちょっとでも楽しんで頂ければ嬉しいです。

「ぷにゃー! お腹いっぱいなのぞ」

「うなな。ふわふわしゃーわせなのでし」

 頬を押さえていた子猫たちが、腹を見せてひっくり返った。

 掌サイズとは思えないほどに、腹を膨らませている。子猫たちの身体は、物質が魔力に変換されて溜め込まれる。だが、こいつらの食欲ときたら、自分で生み出した式神ながらも毎度どうやって変換されてるのか不思議になるくらいだ。

 うっとりと目を細めたフィーネとフィーニス。乗っているふとももの主――アニムの指にくすぐられ、花が散る。アニムの指は甘かったのだろう。子猫たちは鼻を鳴らしながらすり寄る。甘噛みされたアニムは「きゃー」など言いつつも嬉しそうだし、子猫たちはさらにと絡みついていった。

 ……すんなりと舐めさせてもらえているのを羨ましくなんて、思ってはいない。

「綺麗な湖、あったかい風。最高の、お散歩日和だね」

「湖に連れてきてやるっての、ずっと先延ばしになってたからな。傀儡の件から目立った動きはねぇし、アニムが来たけりゃ、いつでも出歩いていいんだぜ?」

「ほんと?!」

 笑いかけると、目に見てわかるほど、瞳を輝かせたアニム。

 真正面から受けた笑顔に、鼓動が高鳴る。眩しいなんて感想を抱いた自分に驚き、誤魔化し気味にアニムの耳元を撫でた。

 くすぐるように指を動かすと、子猫顔負けに擦り寄ってきやがった。無意識の追撃はやめろ。

「じゃあ、今度はね、朝早くに来たいな。走りこみじゃ、ないからね? あっ、でもあったか飲み物持って、星も見たいな。ししょーと一緒、ころんて寝転んで、この世界の星座、教えて欲しいの。私のも、教えてあげるから、交換こ」

 一人で来る気などさらさらない。アニムの発言を都合の良い方に捉え、小さな幸せに浸る。

 この世界を知りたいと考えてくれているのも嬉しかったのだが。何より、オレの傍でというのが、くすぐったくもあり胸を締め付ける要因でもあった。

 つか、交換こって……! 盛大に緩んでくる口元、というか顔面を引き締めるため力を入れるが、それ以上の気持ちが、どうあってもと筋力を奪っていく。

「ししょー? ぷるぷる、ちょっと顔赤い。寒い?」

「ちげーよ。あほアニム。まぁ、ある意味、病だが」

 口から出て、すぐにしまったと内心で舌を打つ。いや、実際出ちまってかもしれねぇ。

 自分からこんな言葉が発せられたことに動揺してしまった。否定できずにいると、アニムが大きく目を見開きやがった。ぜってぇ、額面通りに受け取りやがったな。

「え?! 大変! 早く、家戻って、寝るですよ! 弟子、誠心誠意、看病するです。……胃に優しい、ごはん、作って」

 こいつ、今朝、久しぶりに赤子扱いしたのを根に持ってやがるな……。

 仕方ねぇだろ。朝一で見た姿が、床と棚の隙間に入った万年筆を取るのに、四つんばいになってるアニムだったんだ。丈の長いスカートとはいえ、やばいものは、きちんとやばいのだ。正確に言えば、漏れた吐息もだ。ただの伸縮運動からのものとは言え。

 瞼を落として睨んでやると、あからさまに視線が逸らされた。しかも白々しく伸びとかしやがった。頬でも引っ張ってやろうかと指を伸ばしかけると、下から突き上げられた短いものに阻まれてしまった。

「じゃあ、ふぃーねはあるじちゃまのあたま、なでなでしゅるのでち!」

「しょしたら、しょしたら! ふぃーにすは、ありゅじの汗、拭くのぞ! おまかせなのじゃ!」

「ふたりとも、えらーい!」

 子猫ふたりに毒を抜かれ。あげた手は、空しく自分の足首に落ちた。

 一方的でない、願い。いや、アニムなら一方的にだって叶えてやる気はあるし、そもそも一方的などと思いもしないのだが。

 アニムの横にオレがいて、オレの傍にアニムがいる。それが、当たり前になっている。

 弟子という立場を利用して、アニムが拒む隙を与えないよう少しずつ距離を詰めてきたのは事実だが……。アニムはオレに引け目を感じさせないほど、柔らかい空気で隣にいてくれる。

 オレが随分と早いうちからアニムに参っていたなんてこと知れたら、幻滅するのだろうか。弟子という前に、術の失敗に巻き込んだ被害者に対して、罪悪感よりも好意を持ったなんて。

「話は戻るが。今まで水晶の森に閉じ込めてたからな。南の森でも西の砂原でも、好きなとこ行こうぜ」

「地図で知ってはいたけど。結界内、ほんと、世界の縮図みたい。しかも、私の国から見て、同じ。東西南北」

 どう答えていいものかわからず、曖昧に笑い返してしまった。アニムも深い意味は込めていなかったようだ。指先で四角を描いたと思ったら、せわしなく、ぽんと手を打ち鳴らした。

 子猫たちも、寝そべりながらアニムを真似る。肉球なので響きはしないが。

「海もね、行こう! すっごく、綺麗そう! のんびり浮いたり、みんなでご飯作ったり、もぐったりしたい!」

「元の世界では海が汚れてるんだっけか。世界中のどこよりも澄んでいるのが、この結界だからな。世界中の海中生物もいるんだぜ?」

 海に入るということはつまり。水着を身につけるのだろう。アニムの生まれ故郷では、ごく普通に着るものだそうだ。以前の会話からも承知はしている。この世界でだって、温暖な海岸部では極一般的な物だ。

 だが、オレもはっきりと目にしたことのないアニムの肢体を他の奴らが見るのは、正直気に食わない。ってか、絶対に避けたい。むしろ、全力で阻止してやる。

 邪な想いに導かれたのか。フィーネとフィーニスが乗っている部分やわずかに覗いている谷間に視線が集中してしまった。

 滑らかな白い肌は、相変わらず無防備に晒されている。アニムがちょっとでも屈むと曖昧に見える膨らみが恨めしい。ごくりと喉が鳴った。

 街にいる式神――メンスとノドゥスに、服の構造趣向を変えたものを送るよう伝えておくか。

「じゃあ、近いうちに、ルシオラたち、誘おう? ディーバさんは、まだ、ムリかな?」

「ディーバはまだ来られないだろうな。他の奴らは誘わなくても、勝手についてくるだろ。しかし、なぁ……」

 無意識に細くなった瞳を隠すように、膝についた頬杖をずらせば。アニムは瞬きを繰り返した。大人しくオレの言葉の続きを待っている。

 今度はオレが視線を逸らす番になってしまった。落とした目線の先には、アニムの膝上でごろろごと体をぶつけあっている子猫たちがいた。アニムも、すでにオレよりも子猫たちに微笑みかけている。

 いや。別に。子猫たちが、アニムの柔らかいふとももを堪能しているのとか、視界を占領しているのとかを羨ましく思ってはいない。……いないと、言い訳させてくれ。って、オレはだれに弁解しているんだ。思い浮かんだ、爆笑姿の親友が悪いのだと不機嫌になってしまったのは、仕方がないだろう。

「はっ! 私、気がついちゃったですよ! ししょー! 私の残念おっぱい、想像したでしょ! 純粋に、遊びたい思っただけなのに、ひどい!」

「ちげーよ、あほアニム。どこの世に、他の男に好んですい――自分の女の肌どころか、裸体に近い姿を見せたがる奴がいるんだよ」

 特殊な趣味の奴もいるがな、という台詞は何とか飲み込んだ。あやうく吐き出しかけた『好いた』という言葉も。

 アニムが柔らかい唇を尖らせたのは一瞬で。あっという間に、真っ赤に染まっていった。あーいや。『自分の女』ってのは、自分でもかなり頑張ったとは思うが。こうも率直に反応されると、こっちまで体温があがっちまう。

 へにゃりとなった顔を隠すためか。両側の髪を前に引っ張ってきたアニム。ついでにと、「ばかぁ」とか甘い声で呟きやがった。なんだ、その反応は。

「そっそんな、きわどい水着、もとから、きないもん! ししょー、想像が、すけべ!」

「うっせぇ。じゃあ、お前は全身覆い隠したゆったりな水着でも着んのかよ。違うなら、どんなのでも同じだっつーの」

 アニム以上に崩れそうな口元を必死で保つ。にやけるな、オレ。

 自分でも、非常に不機嫌面になっている自覚はある。愛しさに悶えていいのか。嫉妬深いと疎まれる可能性に至らなかった浅はかさに自身を叱咤すべきだったのか。えもいわれぬ感情に、戸惑っている。

 なのに。髪と頬の間に滑らせれば、現れたアニムはへにゃんとか蕩けやがった。

 呼吸が止まった。心臓を鷲掴みにされて、一瞬どころか時間が止まったように感じられた。

 頬に触れた手をそのままに固まっているオレは、相当間抜けな面をしているに違いない。

「ししょー、もしかしてだけど、やきもち、妬いてくれたの? そうだったら、私、とっても、嬉しい」

「ばっ――!」

 意味などない叫びがあがった。が、ある意味助かったぜ。本気で窒息死するところだった。

 ってか、こいつは! 本当に! 素直にも程があるだろ!

 おまけにと、手に頬ずりしてくるは、掌を重ねてくるわで。今オレは、アニム以上に染まっていることだろう。反射的に仰け反ったはいいが、アニムの肌に縫い付けられた手は外れない。歯を思い切り食いしばってみるものの、結果は変わらなかった。

「あっ! 男の人は、妬いてるとか、言われたくない? ごめんですよ! つい、舞い上がっちゃった、です。前言撤回! 私、ただ、嬉しかっただけ! 理由は、内緒!」

「勘弁してください、アニムさん。オレ、このまま溺死しそうです」

 お前にな、とは口が裂けても言えないし、きっとアニムにも伝わっていないだろう。

 案の定、ぎょっと目を見開いたアニムは、焦った様子で頭を抱えてしまった。頭を抱えたいのはオレの方だっつーの。

 子猫たちは意味もわかっていないだろうに。アニムを真似て、垂れた耳を掻いている。

「え?! 嬉しいも、だめ?! んーと、じゃあ。ししょーは、すけべで、じゃなくって。大丈夫! 水着やめて、ワンピースで、海入る! ぜんぶは、ししょーにだけ! みて欲しいのも、ししょーだけなの! って、これじゃ、私が、はしたない?!」

 『だけ』って、お前。『みて欲しい』って、おい。どうして、いとも簡単にオレの独占欲を満たすんだ。しかしながら、独占欲が満たされる一方で、別のものを刺激するからタチが悪すぎる。

 「ひーん」と悲鳴をあげたアニムは、ついに突っ伏してしまった。折った体の下にいる子猫たちからも、「ぶにゃ!」と叫びがあがった。が、アニムに余裕はないらしく、体を起こす気配はない。相当、混乱状態のようだ。だよな。そうじゃないと、さすがのアニムでも、なかなか吐かない台詞だろう。

「いやぁ。ししょー、忘れて、ください。この数分の記憶、抹消してー」

「売り言葉に買い言葉、かよ。ちったー、学習しろ。勢いで思ってもねぇこと言うってのはな、危険を引き寄せることにもなるんだぜ。あほアニム」

 よーし、いいぞオレ。落ち着いてる。

 羞恥に染まっているアニムを前にして、いじめてやりたい気持ちの方が強まってきたようだ。屈んでいる後頭部を軽く叩いていると、その分、理性の壁が修復されていく。ほら、いつもの軽口の叩きあいだ。うん、のりだ。のり。

「わかったら、無自覚な誘いは慎むよーにな」

 付け加えた一言が余計だったようだ。

 大人しくされるがままになっていたアニムが、音を立てて起き上がった。熱が冷めないどころか、瞳まで潤んでるじゃねぇかよ。上気した頬で、上目に睨んできやがる。

 本能でやばいと感じ、身を引く。アニムはその分だけ――むしろ、プラスで踏み込んできた。しかも、後ろについた両手に、自分のものを重ねてるのは何故だ。

「思ってもない、じゃないよ! 私は、ししょーが、好きって、告白したもん。そりゃ、ししょーから見たら、まだ手出したくなるような、女性なくて、おこさまかもだけど……大体、無自覚って、よくわかんないし。勝手に溢れてくる気持ち、慎むはムリだよ」

 長い人生の中で、かつてこれほど理性の崩壊を感じたことがあっただろうか。

 色々際どい部分に触れている時も、理性は崖っぷちにしがみついているようなもんだ。だが、言葉だけで、しかも本人に誘っている自覚のねぇような、艶もなくむしろ拗ねた色の濃い声でなんて。

 言いたいことだけ放って。アニムは唇を尖らせたまま、ただオレを睨みあげている。

 駄目だ、冷静になれ。口づけだけでもと思ったものの、確実にそれだけでは済まなくなる自信がある。

 そうだ、子猫たち! 子猫たちがいる前だからな。自重しねぇとな!

 平常心を取り戻すために、膝の上で深呼吸でもしているであろう子猫たちに救いを求める。と、純真無垢な瞳が、オレとアニムを交互に見ていた。

「ありゅじとあにみゅは、ケンカなのぞ? ぷんぷんするは、ふぃーにす、いやじゃ」

「ふぃーにす、違うでしゅよ! あにむちゃとあるじちゃまはね、だいしゅき同士でしから、ケンカしながら、いちゃついてるのでしゅ。しゅぐに、ちゅっちゅで仲直りでし。そーでちょ?」

 助かったのは、助かったのだが。純粋な瞳が胸をえぐってくるぜ。小首を傾げて尋ねてくるフィーネは、まるで湖に降り注いでいる太陽のようだ。

 きっとまたセンの奴だな。フィーネに変な解釈を教えやがったのは。

 ダメージを受けたのはアニムも同じようだ。泣き出しそうなフィーニスを抱えて「ケンカないよ」と口づけを落とした。ねだってきたフィーネにも同様にしてやっている。

「はいはい、オレが無茶言いました」

「こちらこそ、失礼、いたしましたです」

 アニムの額に唇を寄せると、アニムは目を伏せつつ可笑しなリズムで答えてきた。

 照れくささを誤魔化すために横においてあったバスケットを引き寄せる。

 急に変わった雰囲気に不満そうに唇を尖らせたアニムには、笑顔で凄んでおいた。ちったー身の危険を感じろ、と。襲われてもいいとは言っていたが、その中身にまで考えを巡らせろよ。

「そうだ! フィーネにフィーニス。デザートのスイートポテトは、食べられる?」

「別腹なのじゃー!! ふぃーにす、一番おっきいのが欲しいのぞ!」

「でしっ! あるじちゃまの魔力と、あにむちゃのお菓子は、違っておいしいのでしゅ!」

 アニム手製の菓子が、ものすごい勢いで子猫たちの腹におさまった。少し縮み始めた腹が、みるみる間に膨らんでいく。

 子猫たちは、前足を合わせて「ごちにゃまでした」とやけに礼儀正しい。それに噴き出してしまえば、むっとしたアニムに足を叩かれてしまった。

「ふぃーにすたち、お散歩してくるのじゃ!」

「お昼寝しないの?」

「この前ね、らすたーしゃんに、食べてしゅぐ寝ると、いちゅか爆発しちゃういわれちゃの」

 あいつ……。でも、なんだ。確かにここ最近、子猫たちの丸みが増した気がするな。

 さすがのアニムも撤回はせず、口を押さえて笑いを堪えている。てか、どうせ、爆発した腹の中から小さい子猫たちが飛び出てくる図でも想像してんだろ。

「毒のある果物には気をつけてなー」

「あい! じゃにゃくて! 運動しに行くのでち!」

「おみやげ持ってくるのじゃ!」

 言うが早いか。羽を広げたフィーニスとフィーネが空に溶け込んでいった。

 さて。どうしたもんか。快く見送りはしたものの、さっきの雰囲気に戻ったら、今度こそ我慢はきかない。

 結局行き着いた結論は、昼寝だった。大きく伸びをすると、自然とあくびがついてくる。

「ししょー、お昼寝するです?」

「悪いな。昨日も守護精霊にこきつかわれて、南の森の花畑で魔力注いでたからさ」

「ううん。疲れてるのに、連れてきてくれて、ありがと。はい、どうぞ」

 ねぎらいはありがたいのだが……。満面の笑みで両手を広げているのはどうしてだ?

 抱き枕にでもしろという意味だろうか。それならば、丁重にお断りしねぇと、本末転倒だ。

 考えあぐねていると。痺れを切らしたのか、アニムが先に動いた。叩かれたのは、アニムのふとももだ。

「オレには、さっきまで子猫たちが寝転んでた部分を叩いているように見えるんだが」

「わかってるなら、どうぞ。ししょー、うらやましそうに、見てたでしょ?」

 どうぞじゃねぇーよ。まるで子猫たちを眺める目つきで笑ったアニムに、はからずしも口の端が落ちた。しかも、オレが見てたのに、ちゃんと気がついてたのか。

 変なところでめざといアニムに、大きな溜め息が出ちまう。

「ししょー? 違った?」

 途端、アニムは眉を垂らしてしまった。傾げられた首に罪悪感がわいてくる。

 がきみてぇな意地でアニムを傷つけたなんてこと。あいつらに知れたら、首を絞められるくらいじゃすまねぇな。それ以前に、自分が許せない。

 のろのろと体を倒すと、アニムがほっと肩を落とした。こっそり、覗いている膝にスカートをかけなおしたのは、ささやかな抵抗だ。

 とはいえ、乗ってしまえばアニムのふとももは非常に心地よくて。すっと全身の力が抜けていった。逆光に邪魔され、アニムの表情はよく見えないが。覗き込んできた笑顔に、眩しさだけではない理由で視界が細くなった。

 恐る恐る、髪先に触れる。指先で遊んでいると、鈴のような笑い声が降ってきたじゃねぇか。

「お前の膝枕、やわらけぇよな」

「むっちり、言いたいですか」

 別段、ふとももの感触に対してのみ感想を述べたわけじゃねぇ。包まれる空気だとか、アニムの体温だとか。生まれる空間についてだったんだがな。

 まぁ、ここから見上げる胸は、確かにむっちりして揉みがいがありそうだ。

 邪な思いを追いやるため、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた瞬間。

「でも、ししょーが、くつろげるなら、いっか」

 やんわりと投げられた爆弾に、オレはあと何分耐えられるのだろうか。とにかく、子猫たちを見送った数分前の自分を呪っておこう。

 幸せとやるせない思いで葛藤する自分に、お目にかかる日がくるなんてな。

 眉を垂らした情けない大魔法使い。そんなオレを、昔の自分がだれよりも怪訝に睨んでいる姿が浮かんだ。

 苦々しく頭を振った拍子にあがったのは、くすっぐたそうな優しい声。ともすれば、泣きたくなるような、アニムが奏でる魔法音。

「って、拷問かよ!」

「へっ?! ししょー、拷問思うくらい、いやだった!? 強制してた?! ししょーって、枕、硬い派だったっけ?!」

 焦って腰を引こうとするアニム。

 自分から愚痴っておいてなんだが。どいてやるものかと、髪の房を掴んでやった。近づいた距離に、アニムの頬が染まっていく。お前の恥じらいどころが全く持ってわからねぇよ。

 ありったけの恨みを込めて見上げる。

「嫌じゃねぇから困ってんだろうが。お前はあれか。ラスターに変な誘惑魔法でも教わったのか?」

 アニムの挙動に他意がないのは重々承知している。本人の生来の性格にあわせ、拙い言葉の影響があるだろう。召喚直後からずっと、考え込まず思ったこと素直に声にしろと釘を刺し続けてきたのも、オレだ。

 それに、本人に悪気がないどころか、オレを想ってのくれるている故の言葉と行動なのは、堪らなく嬉しい。

 うん、ちょっとばかり言い過ぎたかもしれねぇな。こじれる前に謝っておこう。

 アニムの誠意を誘惑なんて言っちまったことに、身勝手ながらへこんでしまった。

「アニム、すま――」

「ラスターさんには、教わってないし、誘惑部分よくわからないけど! ししょーに、魔法きいたなら、やった! 弟子、一歩前進!」

 高い声を伴って、拳を握り締めたアニム。

 もう観念して寝てしまおう。夢の中でなら、どうとでもなる。

 師匠のくせに弟子に適わないなんてという、からかいが聞こえてくる。自分で想像した声なのに、オレは心地良いんだよなどと唸っておく。

 ひらひらと手だけ振って、瞼を閉じたのは……風と一緒に耳を撫でたアニムの言葉に、跳ね起きるたった数秒前のことだった。



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