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引き篭り師弟【拍手SS】師匠の葛藤 ※師匠視点

拗ねた唇(アニム視点)の師匠視点です。

 今日は久しぶりに静かな時間が流れている。訪問者たちはもちろん、フィーネとフィーニスもいない。訪問者はともかく、賑やかな子猫たちがいないのは、少し心寂しく感じるな。しかし、アニムと二人っきりで過ごすのも悪くない。

 そう和んでいたのも、つかの間だった。昼食を終えて、アニムが淹れてくれた紅茶を手にしたまでは、良かった。柑橘かんきつの香りを吸い込んだ途端、昨晩のやり取りを思い出してしまったんだ。

 感じていた安らぎもどこへいったのか。今のオレといえば、ソファーの横に腰掛けているアニムを睨んでいるわけだが。

「だから、なんでラスターを選んだんだよ」

「なんで、言われても。だって、好みな美人で、ししょー選んだら、可笑しい、でしょ?」

 アニムはオレの言葉の裏など思いつきもしないようだ。きょとんと、首を傾げている。つい、頬にかかった髪に手を伸ばしかけ、必死に堪えた。あぶねぇ。

 頬を撫でようもんなら、アニムがどんな表情で擦り寄ってくるかは予想に難くない。そのまま、オレの質問が流れていくのは明らかだ。

 そんでもって。少し暗くなってきたので、もうすぐ雨が降ってくれるかもしれない。なんて、目の前の弟子はよそ事を考えているに違いない。

 暖炉の薪が大きく爆ぜた音が響いた。アニムがはっとして、オレに目線を戻した。

「そもそも、ホーラさん、質問の意図、よくわかんなかったし」

 控えめに唇を尖らせたアニムは、考え込んでしまった。

 事の発端は昨晩の酒盛りだ。センやホーラ、それにラスターが集まっていた。突然脈絡もなくホーラの奴が、オレとラスターのどちらが麗しいかとか美人だと思うのかとか、アニムに問いやがったんだよな。あのにやりとした口元に嫌な予感しかしなかったが、あからさまにオレの分が悪い質問を投げかけるとは……。

 アニムもアニムで、腕を組んで真剣に悩み始めやがるし。センにいたっては、アニムが答える前から、笑い死にしてやがったしな。

 というか、一応ホーラの意図を読もうとはしてたのには驚きだ。それはそれで、他人の言動の裏は読もうとするのに、何故オレの言葉だけは素直にそのまま受け止めるんだかと悔しくもなるんだが。

「可笑しくねぇだろ。別に、好きって部分だけで、選んでもよかっただろうが」

 溜め息交じりに愚痴ってやる。正直、自分で口にして少々情けなくはなった。まぁ、男としてはともかく、師匠として好かれているのは間違いないだろうから、良いのだ。そう自分に言い聞かせて、納得しておこう。

 アニムは思いつきもしませんでしたというように、大きく手を打った。思っていた通りの反応に、照れくさくなるやら呆れるやらで、ついつい視界を細くしてしまう。こいつ、こういう部分には突っ込みいれてこねぇんだよな。「っていうか。私、ししょー、好き、前提?」とでも言ってこれば、突っ込み返しも出来ようものの。

「ししょー的、負けて、悔しかった?」

 満面の笑みを向けてきたアニム。

 どう返事したらよいのかと考え、手持ち無沙汰に腿へ乗せた足首をいじる。が、にこにこと真っ直ぐ見つめてくるアニムに、盛大な溜め息しか落ちない。

 師匠、という単語がぐさりと胸に刺さったなんて、口が裂けても言えねぇけど。師弟という都合の良い関係も、時折跳ね返ってくるよな。

「大丈夫! 今度、同じ質問、言われたら、ししょーに勝るヒトなし! って、一刀両断! ししょー、ししょー界のなんばーわん!」

 アニムは腕をぐっとあげて、自信満々に宣言した。

 嬉しいのか切ないのか。なんとも言い表せない気持ちになってきた。きっと湿ってきた空気のせいだ。肌に感じる魔力の質の変化も手伝ってか、脱力していく。

「はいはい、ありがてぇーこった」

 語気は投げやりになってしまったが、本当のところ、さっきの言葉だけでも十分心を満たしてくれた。ので、もうこの話は終わりだと、ソファーの角に倒れこむ。

 本でも読もうかと楽な体勢を取ったのもある。けれど、これから紅茶を飲んだり編み物を始めたりするだろうアニムの様子を、視界に入れられるという意味合いの方が強い。

 つい先日から。アニムは、ウーヌスにレース編みを習い始めた。子猫たちの寝所に使っている籠を飾るのだと、はりきっている。

「ししょー、拗ねてる理由、教えてよ」

 さぁ、好きなように過ごせと環境を整えたのに、アニムは食い下がってくる。大体、なんで拗ねてるってわかる――じゃなくて、拗ねてることになってるんだよ。

 まぁ、ラスターを選んだのに、全くやきもち妬いていないわけじゃない。だが、アニム自身に改めて自覚させられると、結構くるものがある。

「うっせぇ。拗ねてねぇし、万が一拗ねてたとしても自分の頭使って考えてみろ、あほアニムが」

 仕返し気味に投げてやった課題に、アニムはオレに体を向け直し、思考を回転し始めやがった。

 あぁ、もう! その姿勢でかたまるのはやめろ! 小粒で降り始めた雨と静かに鳴っている薪の音が、黙っているアニムを艶めかせて映す。

 幸い、アニムは伏し目でぶつぶつ言いながら悩んでいる。いつぞや、アニムが酔っ払っていた際に言われた「肉食動物の目」になっていたに違いない姿を、見られずにすんだ。

 いかん、いかん。自制心を叱咤して、瞼を閉じる。

「ラスターさん、選んだから? ししょー、何かと、ラスターさん、目のかたきする。昔なじみ的、対抗心?」

 ややあって。ゆっくりとした口調で、アニムが問いかけてきた。というか、オレがラスターを目の敵にしていたのには、さすがのアニムも気がついていたのか。我ながらわかりやすいとは思う態度でもあるが。

 薄っすら片目を開くと、目に見てわかるほど、アニムの顔が輝いた。

「よしんば、オレがラスターに対抗心燃やしてたとして、理由はなんだよ」

 自分のモノとは思えないくらい、子ども染みた声が出てしまった。ったく、いい年して情けないったらありゃしねぇな。こんな感情を抱くのも、態度に出るのも。全部アニムの存在のせいだ。責任転嫁な言い訳しか浮かんでこない自分に、肩が落ちる。

 しかし、アニムが呆れた様子はない。むしろ、さらに嬉しそうな笑みを浮かべやがった。なんだ、そのきらっきらに輝いた笑顔は。まさかとは思うが、「対抗心」の真意でも悟ったのか?

 ぐっと近づいてきた体温が、心をくすぐってくる。触れているか否かの距離に、胸を締め付けられた。って、オレは乙女かよ。とにかく、詰められた分だけ後ろに下がっておこう。

「もちろん! ししょー、負けず嫌い。ラスターさんと、きっと、昔から競い合い、してた。けんか友達、そんな友情! だから、ラスターさん、喜んでた、悔しかった! 間違いない!」

 駄目だ、こいつ。期待したオレが馬鹿だった。あくまでも自分は枠外かよ。

 嬉々として大げさな身振り手振りで、出た答えを披露してくるアニム。どっと疲れが押し寄せてきた。どうして、ラスターが喜んでいたのを悔しいと思ったという地点にまでたどり着くのに、その一歩先からずれやがるんだ。

「あほアニム! 何が間違いない、だ! 自信満々に当ててやったみたいな顔しやがって! 掠ってもないわ!」

「いひゃいっ!」

 ふつふつと沸いてきた苛立ちから、アニムの頬を思いっきり引っ張っちまった。滑らかな白い肌は、よく伸びる。今日も手に馴染む弾力だ。自然と口の端があがっていく。

 オレとしては、アニムの体温を感じて機嫌をなおしていただけなのだが。オレの口元を見たアニムは、手を叩いてくる力を強めた。顔を近づけると、真っ赤になって胸を押し返してくる。それがオレを煽っているのにも、気がついていないんだろう。

「ったく。ほんと、今すぐにでも食いつきたいってのに」

 零れた声は、アニムには届いていないようだった。いつものように首を傾げるわけでもなく、全く痛くない加減で、再びオレの手を叩いてくるだけだ。

 アニムの奴、年齢の割に反応が初々しいんだよな。拙い言葉の影響か、はたまた元来の性格からなのかは不明だ。どちらもだろうが、経験がないってのが一番の理由かも知れねぇな。いけねぇ。あの夜の、アニムの感触やら言葉やらを思い出して、全身が緩んでいく。締まりのない顔になっているに違いない。

 オレの性格上、可愛い、とは面と向かって告げてやれないが。せめて、機嫌くらいはなおすか。

「もういいや。お前が裏事情に気がついたら、それはそれでむかつくからな。オレからは、ぜってぇー教えてやらねぇって決めてんだよ」

 表面上だけだが、ぶっきらぼうに言い放って手を離す。と、アニムの奴、腕を組んでまた悩み始めやがった。

 ついさっきまでは鮮やかな色をしていた目元や頬は、すっかり綺麗な白に戻っている。アニムの肌の白さは、元々色素が薄いオレたちとはまた違う不思議な透明感がある。

「ししょー、意地悪。っていうか、裏事情って、そんな深い、真実、あるですか?」

 じっと、見入っていると。オレの視線の色などまるっと無視したアニムは、目を瞬かせた。お前は酔っ払っている時にしか、身の危険を感じないのか。あほアニム。

 いや、違うか。本能的な部分で鋭くなるだけで、身の危険は感じてねぇからな。

 今度こそ、呆れから視界がこの上なく細くなった。けれど、アニムが怯む気配はこれっぽちもない。挑戦的に睨みあげてきやがった。いい度胸だ。あほ弟子め。

「キーワードは、好き、ししょー、ラスターさん、私が選ぶ、ホーラさん提案、センさん笑い転げ、酒盛り。推理する、です! 必ずや、会話の裏事情、鍵を解明!」

 一瞬、返り討ちにしてやろうとも思った。けれど、あまりにも意気揚々と指してきたアニムを前に、ちっぽけなやきもちなど、どうでもよくなってしまった。

 和んだだけだ。決して、虚しくなったのではない。うん。

「あー。アニム、オレが悪かった。だから、落ち着け。オレ、本に集中するから、静かに紅茶でも飲んでろ」

「うるさい、言いたいだけ、ですか」

 アニムは目つきを、さらに尖らせた。お前に凄まれたところで、逆に可愛いとしか思わねぇんだよ。拗ねているとしか認識されてないのを、全く理解していないんだろうな、こいつ。

 本を開いたオレに諦めたのか。あっさり引き下がったアニムは、紅茶へと興味をうつした。紅茶に浮かんでいる薄紫色の花びらに、大人びた微笑を浮かべる。フィーネやフィーニスが、アニムのためにと摘んできたのを思い出しているんだろう。

 アニムの横顔を盗み見ながら読み進める本は、全く内容が入ってこない。自分でも驚きだ。そんなオレの内心を察したのか。ちらりと、オレを横目で見たアニムが、小さく笑いやがった。

「んだよ」

 つっけんどんに返してやっても、一層変な笑みになっただけだった。アニムがこういう笑い声を押し殺している時は、大抵ろくなことを考えていない。

 自分でも眉間に皺が寄っていく自覚をしながらも、黙っていると。アニムがカップを置くのと同時に、暖炉の薪が大きな音を立てて爆ぜた。

「雨、降ってきたね。フィーネとフィーニス、大丈夫かな」

「説明になってねぇし。話、逸らすなよ」

 って、おい。全然関係ねぇ話じゃねぇか。まさか。心配しつつ、ずぶ濡れになった子猫たちを思い浮かべて、笑ったわけじゃあるまいし。

 外を眺めているアニムに倣うと、わずかに雨脚が強まっていた。ちらりとアニムを見ると、完全によそ事を考えている顔つきになっていた。オレの存在を忘れてるんじゃないだろうな、こいつ。

 髪を引っ張ってみると、アニムはようやく振り返った。けれど、まだぼんやりとしている。目を開けながら寝ているんじゃなかろうか。落ちた視線に、今度はリボンを掴むと、するりと解けてしまった。ふわりと、落ちた髪。

「逸らす、ないよ。どーしようかなぁー、思って。ししょー、悪人面、してるからなー」

「ほぅ。お師匠様にたてつくなんて、良い度胸じゃねぇか。しかも、この距離で」

 アニムが嫌がる素振りを見せないのをいいことに、もう片方のリボンも解く。随分と伸びた髪は、絡んだ指先をくすぐってくる。そのまま耳元を撫でると、アニムは敏感に背を伸ばした。きつく結ばれた唇に、喉が波を打った。

 わずかに反ったアニムの喉元に食いつきかけ、誤魔化すように鼻先で笑ってやる。アニムは抵抗の意思などないようで、至極素直に頭を下げた。

「ごめん、ですよ。弟子、海より、深く、猛省」

 謝罪の言葉と額がぶつかりあった音が重なった。わざとじゃねぇのはわかっている。が、毎度毎度のタイミングで、狙っているようにしか思えないんだよ!

 とは言え、全く悪気のないアニムを怒るわけにもいかないよな。わずかに痛む額を摩り、体を倒した。

「で?」

「ししょー、ここ。拗ねて、ぴよって、とがってる」

「ちょっ! こら、アニムっ!」

 手首を掴む暇もなく。アニムの指の腹が、唇に触れてきた。しかも、何度も弾ませやがる。っていうか、ぴよってなんだ。ぴよって。言うに事欠いて、ひよこ扱いかよ。

 なんでか、感嘆の息を吐きながら唇をいじってくるアニムは、絶対に深く考えていない。自分の行動を。

 もう好きにさせるか。

 と、身を乗り出したアニムと本がぶつかり、床から大きな音がなった。けれど、鈍くなった神経は反応しない。

「ししょー、本、落ちた。ちょっと、失礼」

 反対に、やたら生き生きしているアニムが、床へ手を伸ばした。しかも。しかもだ! オレの腿の上に! 乗っかってきやがった!

 いや、別にいい。腰元を掴んでいるのも、師匠の上を乗り越えようとするのも、ものぐさだと叱る気は毛頭ない。

 だが……だが、しかし。腿に胸を押し付けられてるのを黙ってはいられねぇ。いくら、自分の胸をそれなりだと落ち込んでいてもだな、当の本人だって触れているのはわかっているだろうに。

 十分に柔らかい胸が、腿でつぶれている姿もやばい。見えているのは白いうなじだが。それよりもっと危険なのは――。

「んっ」

 擦られるように滑った胸。ぞくりとし、体が熱くなっていった。腕を伸ばしたからだろうが、無自覚に小さく漏れた艶声が、やたら耳に残った。

 ぴたりと、雨音がやむ。

「わかった。よっと。ししょー、拗ねてる、は、やきもっ――!」

 気がつけば、アニムの脇を持ち上げていた。かなり無理な体勢からだったが、そんなのは関係ない。持てる力の全てを使い、なんとかアニムをソファーに置いた。

 何が起きたのか現状を把握出来ていないアニムは、瞬きを繰り返している。こいつは、本当に! どうしてこんなに無防備なんだよ!

 普通の女にされたなら、誘っているのかと冷静にもなれる。実際にのるかは別にして、状況を楽しむか、適当にあしらうか、じっくり思考も出来ていただろう。

 けれど。アニムにされると、我ながら別人だと思えるほど動揺してしまうから、不思議だ。

「っとに。お前は、どーして、そう」

 俯いたまま、アニムの両肩を掴んでいる腕が震えている。腹が立っているわけじゃない。どちらかというと、子ども染みた感情を抱いている自分に驚愕しているんだ。

 だけど、相変わらずされるがままのアニムに、不穏な空気が生まれていく。

「あたってんだよ」

「へ?」

 聞き返され、つい視線が鋭くなってしまう。引きつった笑顔で怯えているアニムが、目線を泳がせている。

「あたってたって、言ってんだ」

「あたってたって、やきもち、いう推理が?」

 だが、低く出した声にひるまず、アニムは心躍らせた様子で拳を握った。

 駄目だ。こいつ、時々だが自分の思考に閉じこもるんだよな。視野を広げろって口すっぱく言ってるのは、何も発想に関してだけじゃないんだが。

「……押し付けてきてた、って表現すればわかんのかよ」

「推理の、押し付け? 答え合わせ、なくて?」

「あんだけ人の腰を掴んで、床に手を伸ばしておいて。自分がどーいう姿勢かって想像できねぇお前が、ある意味すげぇよ」

 ほとんど答えを言ってやっているにも関わらず、アニムは考え込んだままだ。

 待ってはみるが、口を噤んだままのアニムが動く気配はない。別段、予定は入ってもいないので、急かす理由もない。かといって、この部類の回答を、アニムが思いつくはずもなく。

 落ちそうになる肩を気力で保ち、アニムの柔らかい太ももに掌を重ねる。嫌がる素振りもないアニムは、くすぐったそうに身を引こうとしただけだった。ついでにと、胸の谷間に乗っている青いネックレスを突いてやっても、未だにぽかんとしていやがる。わずかに胸に埋まったネックレスに、色々切なくなった。もうはっきり言ってやるか。

「ふともも。それに、胸。それなりでも、やわらけぇもんは柔らかい」

「なっ――! ひっひどい、ししょー!」

 ようやくオレの言動を飲み込んだアニムが、これ以上ないってくらい真っ赤に染まった。悔しさからか、ぷるぷると全身を震わせている。加えて、魚みてぇに口を開いたり閉じたりしている姿に、復讐心が満たされていった。

 これくらいで勘弁しておいてやるか。やたら胸の大きさに劣等感を抱いているアニムのことだ、ちったー堪えるだろう。

「ぎゅって、抱きしめてくれる時、も、触れてるのに。なんで、今、わざわざ言うの?! 太ももだって、胸だって、今更なのに、それなり、強調、したいからって、ひどいよ!」

 涙目で叫んだアニムに、呆然としてしまう。

 想像以上にやけっぱちに叫んだのにじゃねぇ。こいつ、今、「抱きしめてくれる」とか声高に言い放ちやがったか? くれるって、おい。くれるとか、言うのかお前は、ここで。その言い方だと、つまり、オレに抱きしめて欲しいと思ってるって取られてもおかしくねぇぞ。

 まっまぁな。拒否はされねぇし、アニムの反応からだって、どう考えても喜んでいるのはわかる。けど、いささかストレートすぎやしねぇか。言葉が拙いせいだろうが、真っ直ぐすぎる言い回しだってのに、気がついてるんだろうか。

 オレの悪戯も大概だが、アニムの受け入れようだって、かなりオレの心を掻き乱しているのを理解してねぇよな。あまつさえ、腿や胸が密着してるのを自覚している上に面と向かって相手に言うって、どうだよ。もっとやれって意味か?

「あほアニム。触れ合った部位をよく考えやがれ! 」

「ししょーの、太もも」

 落ち着け自分と言い聞かせて、忠告交じりに言えば。興奮を鎮めて、さらりと返してきたアニム。

 もうオレにどうしろと。

「ほれみろ! 全然、触れ合って普通の部位じゃないだろうが!」

 アニムの奴、触れ合って普通の場所じゃない部分という事実がもつ意味――ことの重大さになど思考は至らないらしい。どこまで男ってものを知らないんだよ。信頼されてるのかもしれねぇけど、それはそれで苦悶の材料だ。

 仕返し気味にアニムの唇を突っつきまくってやる。が、甘かった。アニムは抵抗しているつもりなのだろうな。唇を尖らせてきやがった。

 もう、やめよう。虚無感に襲われるだけだぜ。

「男の人って、不思議。女の私、気にしないの――」

「でやっ!」

 受けた追撃に、額を思い切り押していた。アニムはいとも簡単にソファーへと沈んでいった。幸い、大き目の幅のソファーは、しっかりとアニムを受け止めてくれた。

 アニムは瞼を閉じて、ふぅと息をはいた。苦しいのではなく、安らいでいる時のそれだ。激しく窓を打ち付けている雨音にでも耳を傾けているのだろう。まるで自分の存在を無視されたようで、悔しくなる。

 吸い寄せられた唇は、思った以上に熱い。

「アニム、お前はオレを『男』だって意識してるのかしてないのか。どっちだよ」

 訪問者のだれかに愚痴れば、笑い飛ばされそうな疑問。あいつらだって、アニムを前にしたら頭を悩ませるに違いねぇのによ。

 約一名、オレと同じ反応をしそうな奴が浮かんできて、内心で舌を打つ。

 オレに押し倒されている形のアニムは、自分の唇を指でなぞっている。心なしか、瞳に熱を帯びて。

「ししょーは、ししょー。それに……」

 アニムだけを瞳に映しているオレに気圧されたのか。アニムの声は途中で途切れてしまった。答えを返してくるどころか、なぜか微笑んでいる。

 さらに視界を細めても、やはり、アニムは笑みを消すことはない。

「ねぇ、ししょー」

 甘い声が痺れをもたらす。めったに聞けない類の声調だ。ねだるような声と、一気に広がった艶めいた空気に、どくんと心臓が跳ねた。

 しかし、ここで引いてはやるものか。

「甘えた声出しても、答えるまでどかねぇからな」

「もう、いっかい」

「……どかねぇからな?」

 なんだよ。アニムの奴、追い詰められて喜んでんのか?

 わけもわからぬまま繰り返してみたんだが。アニムに袖を引っ張られ。違ったんだろうな、うん。自分でも薄っすらわかってはいたさ。

 されるがまま、身を屈めた矢先。さらに糖度を増した唇が控えめに動いた。

「違う、よ。もう、いっかい」

「あー、そういう、ことかよ」

 誘うように膨らんだ花唇。薄暗さが、心のざわめきを強める。

 オレの動揺を悟ったのか。アニムは蕩けるような微笑を浮かべた。あまりの微笑みに窓の外の雨を睨んでしまう。反則的だろ、その顔は。年甲斐もなく、胸が高鳴っていくのがわかる。浮かべている凶器もだが、何よりアニムが口づけをねだってくるなんて。

 横目で盗み見ると、アニムはへらっと笑った。オレはめっぽう、アニムのこの笑い方に弱い。それをわかっての追撃のような気がして、今度は本当に舌打ちをしてしまった。

「んっ」

 仕返しに、荒っぽく唇を押し付けてやる。が、アニムは身をよじらず、されるがまま受け入れている。少し苦しそうに眉を寄せたのに満足して、啄ばむようにしてやると、甘い吐息が零れる。優しく触れていると、物足りないのか、アニムも啄ばみ返してきた。必死な様子が、堪らない。

 柄にもなく可愛いなんて言葉が出かけて。慌てて飲み込んだ。折角、色のある雰囲気になったのに。下手なことを口にして、アニムの突っ込みを受けたくはない。

 誤魔化し気味に口づけを深くすると、すぐにアニムの息があがってしまった。服を掴んでいる指先に力が込められた。

 残念だが、そろそろ止めておくか。

「はふ」

 乱れた呼吸が、冷えた空気に綿毛を作り出す。引いた糸を拭ってやると、アニムが目を伏せてしまった。自分からねだっておいて羞恥に目元を染めるアニムに、自制がきかなくなるのは必至で。これ以上変な部分に手が伸びるのを防ぐため、身を寄せるに留まらせた。

 解けている髪が頬に触れて、ふわりとエルバが香った。湿った空気とあいまって、心も潤っていくようだ。

「ししょー、男の人、思ってなかったら、こんなお願い、しない、思うのですよ」

「お前さ、単刀直入なのか謀ってんのか、判断つかねぇよな。時々さぁ」

 こいつのことだから、万が一にも策略ではないだろう。だから余計にたちが悪いんだ。

 額を擦りあわせると、アニムは心外と言わんばかりにしかめっ面になりやがった。

「私、いつだって、素直」

「ぬかせ」

 的中した返しに笑いそうになって。つい、強い調子で一蹴してしまった。

 だが、アニムは特に気にした様子はない。鼻をすり合わせると、自然な調子で唇に隙間をつくった。角度を変えたオレの後ろに、アニムの視線が移動して――。

「って! フィーネにフィーニス! いつからいたの?!」

 アニムの盛大な驚きが、部屋を揺らした。がらりと変わった空気にというよりも、アニムの大声に脳を揺らされて眉間に皺が寄っていく。

 振り返ると、壁から顔を覗かせているフィーネとフィーニスがいるじゃないか。いつの間に帰ってきてたんだか。

「んにゃ! たった今でしゅよ! うるしゃくなんて、してないでしゅよ!」

「ただいまなのぞ。びちょびちょで寒いのじゃ。もう、暖炉にあたってもいいのぞ?」

 変に気遣うフィーネと、しれっとしたフィーニスの態度の差に、おかしな羞恥心がわいちまう。アニムと二人して、わざとらしいくらい音をたてて離れてしまった。

 最近変な遠慮を覚え始めたフィーネに、苦笑が落ちる。

 アニムに促され暖炉の前に跳んでいったのはフィーニス。フィーネは濡れたまま、近づいてくる。

「あにむちゃ、あるじちゃま。お邪魔してごめんなちゃい」

「フィーネ、邪魔なわけ、ないよ!」

「ほんちょ? でもふたりで、お昼寝しゅる、ところじゃなかったでしゅ?」

 なるほど。フィーネの純粋さにほっとした自分に、呆れてしまう。やましく考えちまった自分を、こっそり反省しておこう。

「フィーネ、気にすんな。それより、どこかで雨宿りしてこればよかったのに。こんなに濡れて風邪ひくぞ?」

 掌に乗せたフィーネは見た目以上に冷えていた。とりあえずと、毛についている雨雫を払ってやると、気持ち良さそうに「ふみゃ」と鳴いたフィーネ。甘えた鳴き声に、口元が緩んでいく。

 同じような表情のアニムが立ち上がった。体を拭くモノでも持ってくるんだろう。オレもだが、こいつも切替えが早いよな。特に、子猫たちに関しては。

「だって、今日のおやつは、あにみゅ特製のパンケーキにゃのぞ! 絶対、食べたかったのじゃ!」

「あい! ふぃーねも! ふぃーねも食べちゃかったのでしゅ!」

「やーん、フィーニスもフィーネも、嬉しい! じゃあ、早速、準備してくるね。その前、タオルとお湯、持ってくるね」

 そういや、朝食の際、大喜びしてたっけな。ウーヌスが世話している鶏が産んだ新鮮な卵を使えると、アニムがはりきっていたのを覚えている。センが、上質な砂糖を持ってきてもくれたしな。

 そもそも、フィーニスとフィーネは、パンケーキに乗せる果物を取りに出かけてたんだっけか。アニムには内緒だって言ってから、モノはすでに調理場に置いてきたんだろうか。アニムの大好物だが、希少なやつをもいで来るんだと気合入れてたからな。

 弾んだ歩調で部屋を出て行くアニムが果物を発見して、大喜びする姿が目に浮かぶ。

「お前らのアニム好きも、相当だよな」

「んな? あるじちゃまだって、あにむちゃのこちょ、だいしゅきでちょ?」

「なのじゃ。ふぃーにすたちはお見通しなのぞ!」

 あくまでも小声で交わされた会話。子猫たちでさえ、そう思っているのに。当事者であるアニムには、どう取られているのやら。

 アニムに聞かれてはいないだろうが。言葉には出来ず、ただ曖昧な笑みを返した。それでも、子猫たちには十分伝わったようで。二人は嬉しそうに「うみゃー!」と声を合わせて鳴いた。

「だれがだれにやきもち妬いたのか、理解しろってな」

 苦笑についてきたぼやきは、予想以上に部屋に響いた。



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