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引き篭り師弟【拍手SS】お昼寝 ※アニム視点

「ししょー、寝てるですか?」

 洗い物を終えて暖炉のある談話室に入ると、あまりにあたたかい木漏れ日に欠伸が出てしまいました。師匠に馬鹿にされると思って、慌てて口を押さえたのですが……。ソファーの背もたれから、わずかに見えている師匠の頭は、ぴくりとも動きませんでした。

 談話室には、火の踊る音だけが静かに響いています。

「フィーネとフィーニスも、お出かけ、かな」

 いつもなら、私が台所から戻ってくるのを敏感に察してくれる師匠。ハイバックの背もたれに片腕を乗せ「お疲れさん」と笑いかけてくれるんです。

 最初は、どうにも恥ずかしかったんですよね。照れ隠しから、女ったらしと突っ込んでいたのは、懐かしい思い出です。「だれにでもするわけねぇだろ。お前はどういう目で師匠を見てやがる」と睨まれたのも、今となっては、胸をくすぐってくる記憶です。

「ししょー、紅茶、飲むない?」

 師匠の目の前で手を振ってみますが、全く反応はありません。師匠がここまで無防備に寝顔を晒すなんて珍しいです。この様子は、センさんに献上しなければ。

 心の中で拳を握り締めつつ、腰を屈めたまま、師匠の寝顔を見つめてみます。背もたれに寄りかかり、読みかけの本を腿の上に置いたまま熟睡していらっしゃいますね。レモンシフォンの髪と同じ色のまつげが、木漏れ日を浴びて、いっそう色を薄くしています。

 どうしようかと考えた結果、私は師匠の隣に腰掛けていました。

「んっと」

 フィーネとフィーニス、二人の子猫が入る隙間ほどあけて、畏まった姿勢でじっとしてみます。大き目のソファーに深く腰掛けると、若干目線があがりました。

 ちょうど、水晶の樹から飛び立った鳥の、鮮やかな羽が見えました。とっても不思議な色です。私の世界では、なかなかお目にかかることの出来ない色に、ほぅと感嘆の息がもれました。

 その息に反応したのか。師匠は、私と反対側に倒していた頭を、こちらに傾けてきます。

「うっと。ししょー、首、痛くならないかな」

 寝違えそうだと、心配したような発言をしながらも。私の心臓は、大きく跳ねています。いやいや、そんな乙女みたいな行動取れますかい。そう、自分に突っ込みつつも、無性に人恋しくなってしまった心を、留めることは出来ません。

 ただ、人恋しいだけ? それとも、違う気持ち?

 数日前、お酒を飲みすぎた時のように、頭が痺れています。師匠に触れたいと思うのは、ラスターさんやホーラさんに心のうちを漏らした影響でしょうか。それとも、師匠がくれるようになった朝の挨拶のせい、なのでしょうか。

 躊躇とまどいながら、ちょいちょいっと、師匠に近づいてみます。正面を見たまま、蟹のように横移動している姿は滑稽こっけいだと思います。すごく。

「ししょー、ちょっと、ごめんですよ」

 謝りながらも、師匠の腕にぴったりとくっつきます。じんわりと伝わってくる体温。服越しなのに、なんだかいけないことをしている気がして、頬が蒸気していきます。ぐっと下唇を噛んでみますが、にやけは止まりません。

 起きない師匠を良いことに、頭を自分の肩に引き寄せてもみます。軽く寄せただけなのに、いとも簡単にもたれかかってくれました。

 少し体を離すと、ちょうどいい具合に師匠の全体重がかかってきました。一瞬、ぴくりと師匠の体が跳ねましたが、すぐ肩が一定のリズムを取り戻しました。

「へへっ。くすぐったい。けど、嬉しいな」

 首元をくすぐってくるレモンシフォンの猫毛に、笑いが零れてしまいました。それどころか、肌に直接しみこんでくる体温が心地よすぎて、吸い寄せられるように師匠の髪に唇を埋めてみます。頭を摺り合わせると、自分と同じ香りがしました。そりゃ、一緒に住んで、同じモノを使っているんだから、当たり前か。

 師匠は静かな寝息を立てたままです。こしょこしょと耳元の髪をいじってみますが、特に反応はありません。大丈夫、狸寝入りではなさそうですね。

「ししょー、手袋してないね」

 そういえば、ここ最近、手袋を外していることが多いです。前は、家の中でもおかまいなしに身につけていたのに。どういう心境の変化でしょうか。

 師匠は夢の世界にどっぷり浸かっているようなので、大丈夫ですよね。そう思い、控えめに指の腹だけを、触れさせます。ちょっとだけ冷たい、師匠の手の甲。

 体温の差が、私と師匠を繋いでくれている気がして、ほろりと笑みが零れました。

「……アニム、新手の嫌がらせか?」

「嫌がらせない。ししょー、気持ちよく、寝てほしかっただけ。なのに、とっても失礼。って?!」

 冷静に突っ込みを返しましたけど! 心臓が! 止まりかけました!

 肩に寄りかかったまま発せられた言葉に、思わず背が伸びてしまいました。ぴんと。そのまま全身が氷のように固まってしまいます。

「お前、オレのこと、フィーネやフィーニスと同等に扱ってねぇだろうな」

「もっもちろん、です! ししょーは、ししょー!」

 腕を組んだ師匠に下から睨まれ、冷や汗が流れます。

 よくわかんないけど怒ってる?! いえ、そりゃ気持ち良く寝ているところにちょっかいかけられたら、嫌ですよね。気持ち悪いですよね。師匠は、子猫なフィーネやフィーニスとは違いますもんね。

 慌てて体を離そうと、ソファーの反対側に掌を突きました。そのままお尻移動しようと踏ん張ります。

「なら、起こされた責任、取ってもらうかな」

「ひぃ! ごめんなさい! 子守唄うたう? それとも、私、自分の部屋戻る?」

 私としては、決して師匠の安眠を妨害しようと思っての行動ではありませんでした。けれど、本人からしてみれば邪魔されたも同然ですもんね。大人しく、自室に戻って本でも読みましょう。

 とにかく、師匠から離れようと腰を浮かせます。が、あっさり腕を掴まれて、体が倒れていきました。

「え?」

 視界がぐらりと反転します。少しの衝撃を、感じて目が閉じられます。

 次いで、固い感触にくっついた耳から、とくんとくんと心地よい音が響いてきました。反射的に体を起こそうとすると、ぐっと強い力に押し戻されてしまいました。

 痛くはないけれど、離れられない強さ。

 恐る恐る視線をあげると、師匠の眠たそうな顔がすぐ近くにありました。どうやら、今の私は、ソファーに倒れこんだ師匠の上に、さらにのっかかっているようですね。しかも、抱きかかえられてる姿勢です。

「って! 冷静、突っ込んでる場合、違う! ししょー、寝ぼけてる?!」

「アニム、うっせぇ」

「あっ、ごめんなさい」

 あれ、なんか私が悪いことになってる状況ですかね。ちょっとどころか、だいぶ理不尽な気がします。

 でも、うるさいと言い放ちつつ、師匠の手は柔らかく頭を撫でてくれています。大きな手が、何度も髪を往復します。ついでにと、踏ん張って浮かせていた体を、もう片方の手に押さえつけられてしまいました。私の体は、何の抵抗もなく、師匠に引き寄せられていきます。

「あの、ししょー、重くない?」

「んー。ちょうど良い。つーか、もうちょい、力抜けよ」

 別に、軽いとか言って欲しかったわけじゃないです。うん。そんな気遣い、師匠に求めたりはしていません。それに、嘘つかれるよりは、全然良いと自分に言い聞かせます。洗い物済ませる前に、大量のきのこパスタを食べたせいでしょう。

 それに、私の全体重を受け止めている師匠の方が、心配だったりです。

「ししょー、年寄り、つぶれて窒息大惨事」

「あほ弟子。もう、眠たいから、黙ってろ」

「ひどい」

 とは言いつつ。同時に欠伸も出てしまったので、説得力はありませんね。

 本当のところ、どきどきしすぎて心臓が張り裂けそうですし、恋人さながらの体勢に「私、お安くなくってよ!」と突っ込みたいのですけれど。あまりの心地よさと幸せに負けて、瞼が落ちていきました。

 まぁ、いいか。起きてから、師匠の髪でも引っ張ってやりましょう。腹をくくった瞬間、まどろみにのまれていました。音もなく、師匠の胸に寄り添えば。ずりっと、少しばかり体が横に落ちたのを感じました。





「まさか、本当に爆睡されるとは思わなかったぜ」

 おやつの時間になって戻ってきた、フィーネとフィーニスの可愛い声に起こされると。お昼寝前よりもさらに瞼を落とした師匠に、恨めしそうな視線を向けられてしまいました。ぶすりとへの字に結ばれた口元が、迫力を後押ししています。

 台所からは、フィーネとフィーニスがおやつを催促している声が響いてきます。逃げるように立ち上がります。が、やはり、ご機嫌斜めな師匠は、弟子の逃亡を許してはくれませんでした。手首を強く、掴まれてしまいます。

「えっと。ごめんなさい。ししょーと一緒、すごく心地よくて」

「……別に、いいけどよ。赤ん坊の子守くらい、もう、慣れた。けど、ほれ」

 全く良さそうでない師匠が、自分の額を指差しています。これは、あれの催促でしょうね。うん、わかってるけど。されるよりも、する方が恥ずかしい。爆発可能。

 師匠ってば、私の精一杯の言い訳に、耳まで赤くするほど怒っているのでしょうか。いえ。もしかして、照れてくれてるのかな。

 それなら嬉しいなと思ってしまったので、素直に師匠の額へ唇を寄せてみました。

「ししょー、ありがと」

 ついでにと。一言お礼をつけて、音を鳴らしてみます。おー、これぞ外国化! 私、寝ぼけているのでしょうか。普段なら、絶対拒否するのに。

 言い訳をしつつ、そっと離れます。

 すると、目元を染めた師匠が、口をあんぐりと開けて呆けていました。自分からしろって言ったのに、いささか驚きすぎじゃないでしょうか。もしかして、私は舐められて――じゃなくて、からかわれていたのでしょうかね。それなら、しめしめです。一本取ったり!

「ししょー」

「あ?」

「もし、良かったら、また一緒お昼寝しよーね! なんだか、素敵な夢、見た気がする!」

 私もいい年した女です。本気ではありません。けど、心の底でざわめき始めた想いに背を押され、ちょっとの期待を胸に満面の笑みを師匠へ向けます。

 師匠に抱き寄せられてちっとも嫌じゃなかったし、むしろ、心が躍っていたんですもの。まぁ、師匠から見たら、私なんて赤ん坊ですからね。守られてるって感じですね。たまには、べったり甘えても許されるかなって。

 冗談半分、本気半分以上な言葉に、師匠はわなわなと体を震わせ始めました。どうしたことか。

「ししょー、は、いや?」

「こんの、あほ弟子がー! 嫌じゃねぇけど、次は知らねぇぞ!」

 何が知らないのかは良くわかりません。

 真っ赤になって頬を抓ってきた師匠に、とりあえず、不満顔を向けておきました。





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