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引き篭り師弟【拍手SS】引き篭り師弟と、好きの言葉。※アニム視点

「アニムってさ、好きって言いまくりだよね」

 師匠に魔法映像を出してもらって、ルシオラと近状報告中。ふいに零れた言葉に、ぴしりと固まってしまいました。もちろん、師匠はこの場にいません。通信だけ出してもらって、余所にいってもらってます。

 私はちびちびと、ルシオラは豪快にお酒を口にしています。ルシオラ、酒豪なんですよ。とは言え、今日はほろよい気味のルシオラ。いつもの綺麗めさんより、可愛いさが勝っていますので、新しい一面を発見出来て、楽しいです。

 って、そうじゃなくって。

「うそっぽい、かな?」

「あー、ごめん。違うって。アニムがウィータ様大好きなのを伝えすぎてるから、ウィータ様が安心してるのかって話」

 ルシオラ、もしかしたらほろよいどころか、かなり酔いが回ってるのかもです。ルシオラが師匠を責めるような言い方って、すごく珍しい。

 動揺を隠すため、ちびっと口に含んだお酒は甘くて、ほんわかとなります。

「んー、私が、大好き言いすぎて、ししょー、どーんと構えてる、いうこと?」

「そうそう! ウィータ様が態度でアニム愛してます主張してるのは、うちの馬鹿兄含め、皆知ってるけどさぁ。アニムだって、もうちょっと駆け引きっていうか、打算てものを覚えていいと思うんだよね!」

 愛してます主張って! 師匠が?! ラスターさんが絡んでくる時は、これでもかってくらいスキンシップとってはきますけれど。

 人様からみたら、そう思えてるのでしょうか。動揺しすぎて、お酒を吹きかけました。うん。ルシオラはお世辞とか慰めでそんなこと言う子じゃないので、素直に嬉しいです。

 じゃなくって、ではなくって。私の問題なくて、ルシオラです。

「ルシオラ。薬師――パナさんと、なんか、あった?」

 静かに尋ねれば。ルシオラは急にしゅんと項垂れてしまいました。

 平常運転で辛口なルシオラですが、計算云々という言い方は彼女らしくありません。短い付き合いですが、手紙のやり取りや魔法通信での会話は頻繁にしている方です。

 舌ったらずな口調が、私に向けてというよりもルシオラ自身の愚痴のような気がして。触れられないと承知で、魔法映像に映ったつむじに指を添えます。

「ごめん、わたし、八つ当たりだ。最低。アニムの素直さや幸せを恨んでるみたいだったよね。ほんと、ごめん」

「わかってるから。私はね、ルシオラが、どうしたのかなって。そっちのが、心配」

 あぁ、もう。私はルシオラを責めたい訳じゃないんですから!

 自己嫌悪たっぷりに机に突っ伏してしまっているルシオラ。そんな彼女の姿に、私が悲しくなってしまい、ぐびっとお酒を煽ぎます。逆に心配されてしまいましたけど。むせたのが、情けないですよね。すんません。

 脇においてあった果実水を流し込んで、なんとか呼吸を整えます。

「パナにね、言われたの。君ってあけすけで、計算がないよねって」

「それって、普通に、好感度、高くない?」

「でもさ。その直後にさ。その分、だれに対しても同じだよねって言われたんだよ」

 それは確かに、落ち込むかも。女の子にしたら、特別な人に気付かれるのは恥ずかしいけど、精一杯の特別を向けますもんね。わかりにくいとは言っても、男の人って、というか、私もルシオラもどうしてこう無神経な人を好きになってしまうのでしょうかと。

 師匠も、割りとさらりとひどいこと言いますからね。

 私が拗ねてから後の、師匠フォローが多いです。ある程度、気持ちが通じ合った今なら師匠の性格なんだろうなって、受け止められます。でも、片思い時期には、落ち込み要因になりますよね。

「拗ねてる、意味違う? ししょー、自分は態度で表すタイプなのに、私にだけ、好きや想い、言わせようとする傾向、あるし。ルシオラの手紙とか、話聞くと、悪いけど、パナさんも、すんごく、ぼんやりしてる気がする。から、ルシオラに、言って欲しいとか、自分は態度、出してる、つもりかな? 気付いてーって、サインとか」

「なのかなぁ。だと良いんだけどぉ。ほらさ、わたしって、男っぽいじゃん? ちょっとは、女っぽくしたらって、曲解しちゃってね。アニムみたいに、女の子っぽくなれたら、自信持てるのかなって。アニムの中身は別にして。ごめん。巻き込んで」

 ルシオラってば。わたくし中身は女っぽくないですかと、一瞬白目をむいたりもしたけれど。髪型だけで言えば、ショートなルシオラが、ロングな私にってのわかります。うん。私も、昔、ほろ苦い初恋風味な思い出があるような、ないような。

 それよりも何よりも。ルシオラがそんな感情をぶつけてくれるのが嬉しくて、ついへららりと笑ってしまいました。恋する女子は可愛い!

「私、中身は、ししょーにも、可愛くない、言われてた頃、あるよ。しかも、はっきり。でも、私は、ルシオラは、ルシオラっぽいのが、好きだし、魅力思う」

「ん。ありがとね、アニム。大体さぁ。可愛い女って、どんなかねーって、あー、馬鹿兄! 酔って帰って、んなとこで寝るな! ごめん、アニム。また、あさっての夜にでも!」

「うん。おやすみ」

 ラスターさんが酔うってどんだけだと思いながら。あわただしく告げられたお別れに、私も思わず身を乗り出しました。にしっと笑って、手を振ってくれたルシオラ。ぶおぉんと、部屋に響く音を最後に、しんと静まり返った部屋。外の雨音が、やけに大きく感じられます。

 ぽふっと。大き目の枕を抱いてベッドに沈み込みます。

 そっか。私、気持ちを言葉にしすぎなのかなって、溜め息が落ちました。ルシオラのせいとかではなくて、自分でも考えてはいたのです。

 もふもふの毛布にもぐりこんでも、不思議と温まりません。やけに冴えてしまっている目。再びお布団から抜け出して、ボトルの酒を注ぎます。

「あんまり、溢れさせない、いいのかな」

 はふっと、くすぶる思いを吐き出します。白い息は、なかなか消えません。

 軽いノックが部屋に響きました。タイミングが良すぎるっていうか。うん。まぁ、師匠の魔力で通信してもらってるので、当然といえばそうですか。

 動揺を浮かばせながらも、なんとか返事をします。ちょっとうわずってたかも。

 わずかに湿った髪の師匠が、すっかり夢の世界に旅立ったフィーニスたちを腕に抱き登場しました。

「ルシオラとの話、終わったか?」

「うん。話しは途中だったけど、なんか、ラスターさん、酔っ払って、帰って来たみたいで」

「ふーん。つか、アニム、酒飲んでたのかよ」

 うげっという口元が、ランプに照られさています。師匠ってば、私の手元に握られたグラスを見て、一瞬、身を引きました。私の顔色が普通だったせいか、すぐに近づいてきましたが。

 ふふん。私だって強くなってるんですからね! とはいっても、ぺろぺろ舐めてるだけみたいなものです。見栄を張りました。

 枕元にフィーニスたちを置いた師匠に、グラスを奪われます。止めるよりも早く、ぐいっと一気に中身を煽られてしまいました。

「あっまい酒だな。つーことは、アニムの口内も――」

 ついっと、顎に手をかけられ。当たり前のように瞼を閉じそうになります。いかんいかん! 乙女の駆け引きです!

 べしっと師匠の手を叩き落としてやります。バランスを崩した師匠を横目に、颯爽とお布団に潜ってやります。

 鼻提灯を膨らませているフィーニスたちを胸に抱きます。ぱんと、小気味よい音で、提灯がはじけました。自分の提灯の音に「うなっ?!」と四肢を伸ばしたフィーニス。ですが、目が覚めることはなく、すぐふにゃんと笑みを浮かべました。良かった。

「フィーニスとフィーネ、つれてきてくれて、ありがとです、おやすみ」

「おい、まて。押し倒そうとは思ってねぇが、挨拶もなしかよ」

「私、眠いです。ふぁ」

 ぐぅっと。わざとらしく毛布に鼻先まで埋まります。これでいいのかな?

 師匠はそれ以上突っかかりもせずに、二・三度軽く布団を叩いただけで、去ってしまいました。あれ。おやすみのキス、なくてオッケーだったのでしょうか。フィーネたちのお腹を摩りながらも、はてなマークが浮かんでしまいました。

 肩透かしに、すっかり目が冴え。私が寝付いたのは、明け方になってから。



*****


「ふぁ。ねむふぃ」

「アニム、はよ。でっけぇあくびだな」

「んな」

 フィーニスたちみたいな返事をしたのは私です。二人は今日帰らないからと、今朝早くから冒険に出ました。きちっと、師匠の魔力飴玉を持たせてあります。

 朝一番のミッションは、師匠が額に口づけしようとしてくれたのを、意図的に逃れること。ベーコンに気を取られている振りをして、上手く遂行出来ました。

 うぅ。なにこれ! 私が辛い! 師匠への計算より何より、私が寂しいですよ。とか思い。今更ながら、好きって口にしなければ、別段触れ合っても良いのではと思い至りました。

 なのに、師匠ときたら。昨晩と同様に、特に怪訝な様子は見せずただ欠伸をしただけでしたよ。師匠的には、あってもなくてもいい習慣なのかな。卵焼きが歪んで見えたのは気のせいだと思いたいです。

「ししょー、今日の、予定は?」

「特に急ぎの件もねぇしな。アニムがどっか行きたいところあれば、付き合うぜ?」

「ほんと?! どこ行こうかな!」

 引き篭っている師匠ですが、全く用件がないのは久しぶりかもです!

 むふふと気を逸らしたのがいけなかったのか。ベーコンがぱちんとはじけました。あつっ! さして痛くもありませんが、反射的に手を引いてしまいました。

「ぼさっとしてるからだろ。ほれ、見せてみろ」

「大丈夫だよ、これくらい!」

 さっと、咄嗟に引いてしまった手。

 師匠はじっと私を見つめて動きを止めていましたが、数秒後、ぼやっとした顔でひらひらと手を振りました。

「まっ、いいけどさ。あんまり治癒魔法使うと、自己回復力が落ちるからな。でも、ちゃんと冷やしておけよ?」

 いつもなら、お皿に盛るまで、調理台に肘をついて待っていてくれるのに。師匠はさっさと隣の広間へと移動していってしまいました。広間の長机に魔法新聞を広げ、すっかり私に関心はなくしてしまったようです。

 自業自得とはいえ、朝からものすっごく悲しい気分に。あっ、だめだめ! 折角のご飯!

 楽しく食べたいと、お皿に盛ります。うん。採れたてトマトにきゅうり。厚切りベーコンに半熟たまご。焼いておいたクロワッサンをセットし、トレイで運ぶと。師匠が果実ジュースを注いでくれました。

「いただきます」

 ウーヌスさんと育てたトマトが、この上なくフレッシュです! 水晶の森から出られるようになった私を、ウーヌスさんは自分の畑につれていってくれました。まぁ、ちびっとしかお手伝いできてませんけど。異世界自活の第一歩です!

 ベーコンの上に被せた半熟たまごにフォークを指しちゃうんだから。とろんとした黄身が溢れてきました。これがまた、美味しいんだ。師匠も、はむはむと満足げに食事を進めてくれています。

 二人でたわいもない会話を交えた朝食は終わり、片づけをしていると。手伝うと、洗い物をしている私の横に、師匠が立ってくれました。洗ったお皿を渡し、師匠が泡を水で流してくれます。

「アニム、予定、決めたか?」

「あっ、うん。あのね。ししょーと、ふたりっきりだし、のんびり、くっつきも良いかな、って。でも、南の森の花畑のね、不思議な滝を、上から見てみたいな、とかも、思ったり」

 うきうきを語っていた私の視界から、突如、師匠が消えました。何事っと驚いたのは一瞬で。すぐに、横でしゃがんでいる師匠を発見出来ました。はぁと大きな溜め息も聞こえます。

 立ちくらみでしょうか! 体調が悪いなら、無理をさせてはいけません!

 急いで手の泡を流し、師匠の前髪を掻きあげます。そこにあったのは、少し青白い師匠の額でした。

「ししょー、貧血? 反応薄かったは、調子悪かった? ごめんね、気付かなくて」

「あほアニム」

 しゃがんだまま。ぎゅっと師匠に抱きしめられています。袖を捲くっているので、いつもより背中に触れる腕の体温が、高く感じられました。でも、水を触っていた指先は冷たくて。喉の奥が、えもいわれぬ感覚で締まるのがわかりました。

 師匠の冷たい指先が頬に触れ、わずかに肩があがります。

「オレさ、お前になんかした?」

「ししょーが? うぅん。何も?」

 むしろ、何もしてくれませんでしたよね。おやすみの口づけも、おはようの挨拶も。

 えぇ。まぁ。しつこいですが、私の行いのせいという自覚はあるんですけれどもね。

「なら、どうして避けたりしたんだよ」

 こつんと合わされた額から、心地よいぬくもりが染みてきます。けれど、当の本人はとっても不機嫌そうに眉をしかめています。

 違いますよね。不機嫌というより、悲しそう。まさか、師匠がこんなちょっとのやり取りで、へたれ込むほど落ち込んでいたなんて想像もつかなかったです。申し訳なさと一緒に、師匠の横に立てているような気がして、とても嬉しくなってしまいました。

 蕩けていく目元を隠したくて。そっと師匠の頬に両手を添え、近づきました。もとから近い距離だったので、師匠の反応を見る時間もなく触れ合った唇。覆いかぶさるように体重をかけてやります。そっと体を離して座り込んで、じっと師匠を見つめます。

 が、呆然と膝を立てて体を引いている師匠は、一向に動く気配がありません。

「誤魔化そうとか、じゃないよ?! あのね、あんまりに、好きって、口にしすぎてるから、ちょっと控えて、おこうって」

「アニム、お前……一体、どこで、んな駆け引き覚えてきた。口づけの、仕方まで」

「駆け引きも、よくわかんないけど。唇の口づけとか、ししょー、しか、知らないもん」

 意義あり! 私、はっきり申し上げて師匠しか経験がありません! まっまぁ、頬辺りにはされたことが無きにしにもあらずというか、事故という名の合コンハプニングがあったのを思い出しちゃいましたが。

 師匠の方がどうせ経験多いでしょうねと、ぷいっとそっぽを向いてやります。頑張ったのになと、ちょっと悲しくもなります。実際、俯いて、ぎゅっと唇を結んでしまいました。

「ごめん。オレ、またアニムを不安にさせてたのか」

「不安、なくって。私が、勝手に、好き言いすぎかな、思って。前に、ししょーにも、注意されたし。だから、私、飲み込もう、考えたのだけど、変に、ししょー、避けちゃって、ごめんです。けど、言葉飲み込んで、くっつくぐらいは、許してもらえるかなって」

「お前なぁ」

 ぐすん。さすがの師匠も呆れちゃったのかな。しょんもりと、床についた手。染みてくる冷気に身が縮まっていきます。

 への字口で背を丸めている師匠を、じっと見上げます。師匠は微動だにしません。思ったよりも怒っているのでしょうか。

「ごめん、です。くっつくも、しばらくは、だめ?」

 それは勘弁して欲しいです。謝り倒すので、おやすみの口づけやら一緒に寝るのは封印としても、手ぐらいは握らせて欲しいです。

 ちょいちょいっと。目を据わらせて無言で私を見つめる師匠の裾を、軽く引っ張ってみました。自己責任過ぎて、さすがに泣きはしませんけれど。

 あぁ。師匠だって傷つきましたよね。理由もなく、避けられたりしたら。

「ダメじゃないつーの。てか、お願いします」

「がふ」

 変な声があがってしまいましたが、仕方がないですよね。ぎゅむっと、師匠に抱きこまれてしまったので。数秒は、二人して緊張しているのがわかりました。けれど、徐々にお互い、肩の力が抜けていきます。

 私がほっとする反面。師匠からは、長いながい息が吐かれました。くっ首筋には! やめて!

「あー、良かった。たった一晩、アニムに触れられないだけが、全身が凍ったみたいだった」

「うん。私も。やっぱり、私、ししょーが好き、って伝えたいし、触れてもらうのも、触れるのも、幸せ」

「よし、女に二言はないな?」

 えっと、その。体を離されたのはいいとして。私の両肩を掴む想い人は、満面の笑みなんですが。いえね、にこりと綺麗に音を立てそうな笑みはとっても素敵です。上がり気味の眉も凜としています。

 でも、正直言って恐怖しか伝えてきません。

 さぁっとお腹あたりの血が一斉に引いていくのがわかりました。なに、この感覚。

「えっと、とりあえず、片付けして、南の森いって、守護精霊様に、会いたいなぁって」

 ぐぐっと師匠の胸を押し返してやります。渾身の力を込めたのですよ? でも、細マッチョ疑惑のある師匠は、ぴくりとも動きません。むしろ、距離を詰められてます。

 今まで笑みを耐えていたのが一変。すっと細められた瞳。背後には黒い霧が見えそうです。悪魔が! 悪魔が降臨した!! だれか助けて!!

「却下」

「じゃっじゃあ、家で、ゆっくり、お茶を――」

「もちろん、却下だ。今日は、オレの傷心を癒すのと、お前に昨日の分まで、言ってもらうのに時間を使うことにした。あぁ、存分に触れてもらってかまわねぇぜ?」

 にやりと、意地の悪い笑みを浮かべられたのに、嬉しい私はおかしいのでしょうか。許可を頂いたので、遠慮なく師匠の手に擦り寄りました。このちょっとごつっとした手が好きなんです。肌触りはやたらいいくせに、ちゃんと男の人の手なのが悔しい。

 自分から良いって口にしておいて、どこか複雑そうな師匠が見下ろしてきます。

「ししょー、好き。うん、やっぱり、私は、こうやって、チョイ出ししないと、好きで、つぶれちゃう。好きだよ。ししょーの、体温も、ししょーが、意地悪く笑ってくれるのも、寂しがってくれるのも、嬉しい。昨日の分まで、口づけして、いい?」

 ですです。我慢というか、駆け引きなんて性に合いませんね。私の場合、こうやって言霊にするのが、自分のためなんですもん。好きで爆発しないため。溜め込むと大変な事件を引き起こしそうです。師匠への独占欲が。

 にへにへと笑っていると。師匠がぷるぷる震えだしました。自分が良いって許可してくれたのに、怒ってる?

「ししょー? だめ? ししょーは、おやすとか、口づけなくて、切なく、なかった?」

「あほアニムが! めっちゃくしゃへこんだに決まってるだろうが。でも、ほれ。女には色々あるだろうし、一晩くらいは堪えるかとか」

 勢いよく頬を引っ張っておきながら、急にしどろもどろになった師匠。頬を掴んだ指はそのままに、ついっと視線だけ外されました。唇尖らせて赤くなってるのは可愛いですが。照れてる姿は、少年そのものですが。

 むっとして、今度は私の指が師匠の耳を引っ張ってやります。

「さすが、おししょーさま、長生きです。女性のこと、よく、ご存知のようで」

 耳たぶ、柔らかい。とか考えながらも、表情はぶすりを保ちます。変顔は特技です。ほぅほぅと、普段の師匠よろしく瞼を下ろしてやりますよ。

 てっきり、悪いかと額を叩かれるのだと覚悟していたのに。当の師匠は、困ったように微笑みました。

「一般論だろうが。それにセンの奴、大概、決まった時期にディーバにあしらわれて、同じような調子になってたからな。まぁ、ディーバは元妖精だから、また違った都合があるんだろうが」

「ふーん。センさんて、紳士いうか、卒なく気配で、察知、しそうなのに。スマートそうなのにね」

「あいつはディーバ関連になると、からっきしだからな。つか、まるでオレが紳士じゃないみたいだろ。お前、オレがどんだけ――」

 師匠が紳士じゃないとは断言しませんけれど。よく表現してむっつり紳士とかへたれ紳士ですよね。さすがの私も言いませんよ? ただ、心の中で悪態つくくらいはお許しを。

 でも、惚れた弱みというやつです。師匠の耳を掴んでいた手を、首に回します。ついでに、ひょこっと師匠の足の間に滑りこみました。私の行動が相当意外だったようですね。不服そうに口を開きかけた師匠も、ぴたりと動きを止めました。

「でもね、私は、そんなししょーが、好きだよ? 近くで、嬉しい。なので、一般論は、とりあえず、受け止めて、あげるです。ちょっと、妬いちゃったけど」

 へにゃんと、だらしなく笑えば。師匠もしかたねぇなと頭を撫でてくれると思ったのに。ぶほっと変な声があがるくらい、たこ口にされてしまいました。理不尽!

 嫌がらせだ! 師匠なんて、むっつりどころか、オープンですよ! オープンな上に、変顔職人って呼んでやるんだから!

 素直になった私の心を踏みにじった報復を、色々考えてやります。が、ふいに離れていった手。盛り上がった部分よ戻れ! とお肉を外側に流します。

 どくんどくんと脈打つ心臓。静まれと心の中で呪文を唱えているのなんて露知らず。師匠が、するりと、何故か、私の髪からリボンをほどいていきました。軽く編まれていた髪は、ふわりと広がってしまいます。

 え、いや。あの。何故かっていうか。師匠が私のリボンをほどく時って、大体、そういう意図であって。じりっと後退しようとした腰は、がっちりと掴まれてしまいました。

「ったく、アニムは! 言えつったのはオレだが、お前も手加減てもんを知れ!」

「ししょー? 誤解も解けたですし、そろそろ、出かける準備を――」

「うっせぇ。今日は、昨日の分までだ。子猫たちも帰ってこねぇらしいからな。いやぁ、アニムからの謝罪が楽しみだ」

 ぎゃー! と、出かけた悲鳴は、唇に阻まれ、ぬくもりに押し戻されてしまいましたとさ。何事も、ほどほどにが、一番です。はい。




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