引き篭り師弟【拍手SS】可愛いと可愛げ ※アニム視点
ツンデレ期といちゃつき期の師弟。
きのこ狩り。
「つかれた、です」
「軟弱者め。お前の若さは見た目だけか。年齢詐称じゃねぇだろうな」
ぐぬぅ。反論したいのは山々ですが、切れた息では睨みつけるのが精一杯です。
未だに慣れない水晶の地面。滑らないように歩いているせいで、変な力が入っているようです。一歩進むのにも細心の注意を払っているんだから、いつもより疲れやすいのは仕方がないと思うのです。しかも、ブーツにフレアスカートという格好で。転んだら下着大公開ですよ。
数歩前にいる師匠を睨んでも、上がった息では迫力半減です。私の内心を見透かしたように、師匠は思い切り鼻で笑いやがりました。
「ししょー、きのこ狩り、どっこいしょ言った。私、笑った。根に持ってる。心狭い」
「あほ弟子。オレは世界中が崇める大魔法使い様だぞ? んな小せぇことに大人気なく突っ掛かるわけねぇだろうが。自分の体力のなさを棚にあげるんじゃない。あと、『きのこ狩り、どっこいしょ』じゃなくて『きのこ狩りで、どっこいしょ』だからな」
「きのこ狩りで、どっこいしょ! はいはい、あー、どっこいしょ!」
やけっぱちに叫んで根っこを跨いでやると、ものすっごい哀れみの視線を向けられちゃいましたよ。可哀想な子を見るような目は止めて下さい、お師匠様。
おまけといわんばかりに、額を押さえて頭を振るとか。オーバーリアクションなんだから!
というかですね、弟子とはいえ、女の子に荷物を持たせて自分は手ぶらとか、どういう了見ですか。元の世界ではそんなこだわりはありませんでしたし、実際本気で持って欲しいという不満はありませんが、文句のネタくらいにはさせて頂きます!
両腕に抱え込むほどのバスケットには、ついさっき採取したばかりのきのこでいっぱいです。たかがきのこの質量と笑うことなかれ。二つほどあるダイヤモンドきのこは、フィーネとフィーニス、二セットほどもあるんです。まぁ、子猫たちは赤ちゃんですし? あったかくて柔らかくて、何より愛らしいので、重いとは感じませんが。
「自分で口にしてて虚しくねぇかよ。たく、普通にしてりゃ、可愛げがあるものの」
「可愛げ、は、可愛い、同じ意味?」
特に深い意図はありません。単純に語学勉強の一環で尋ねたのですが。何故か師匠は気まずそうに目元を掻きましたよ。聞いちゃいけませんでしたかね。
怒ったせいでさらに上がってしまった息もそのまま。首を傾げると、師匠が面白い様子で、うっと喉を詰まらせました。への字口で仁王立ちは変ですよ、師匠。
よっと、掛け声をつけて根っこから飛び降りると、ちょうど師匠の目の前に降りました。ちょっとふらついてしまいましたが、咄嗟に手を伸ばしてくれた師匠が、腰をささえてくれたので事なきを得ました。
「ししょー、ありがと。でも、起きてる?」
お礼を言うと、返事の代わりに両手が音を立てて離れていきました。そんな慌てて距離をとらなくてもいいのに。
師弟なのだから、もうちょっと触れあいがあっていいと思います。師匠ってば、最低限の接触しかしてこないんですもん。こんなこと正直に伝えたとしても、「お前は師弟を何だと思ってやがる」と一蹴されるのは間違いないので、黙っておきます。
「あっ、いや。例えば、子猫たちが『可愛い』で、アニムは『可愛げ』ってとこか。お前もたまーにだが、弟子ぽかったり、年相応の面が見えたり……甘えてきたりする時は、可愛げがあるしな」
「フィーネとフィーニス、存在、全部、可愛い。私、従順な弟子、してる、可愛げ?」
「従順て、お前。またセンから変な単語教え込まれやがって」
師弟なら従順という単語は決して的外れでも可笑しくもないと思うのです。
なのに。師匠ってあほ弟子って呆れる割に、粛々と弟子業を遂行しようとすると不機嫌になっちゃうんですよね。じゃあどうすればいいんだと戸惑う一方、嬉しいなって感じちゃうんです。
師匠は色々ずるいです。自分でも不明確な理由から、お腹の中でもやもやが渦巻いてきました。脱力した師匠を置いて、さっさと歩き出しちゃいましょう!
ぷんとそっぽを向くと。水晶の樹に反射した月明かりが、とても綺麗な色を流していました。頭上には、大きな月と結界の魔法陣。オーロラのような魔法に混ざる煌く星。ここは異世界なのだと痛感する光景です。
「あほみたいに口開いてると、小動物に木の実投げ入れられるぞ」
「望むところ、です。きのこ、いっぱい、とって、お腹すいた」
「ったく。調子にのって、実験に使う以外の食用きのこを採取しまくるから、予定よりも時間がかかったんだろうが」
これにはぐうの音も出ません。よっこいしょと、バスケットを抱え直すと、ずっしりとした成果が、腕を痺れさせました。
きのこ採取に出掛ける前にチェックしたきのこ図鑑。一番覚えていたきのこがいっぱい生えていたので、嬉しくてですね。あと、うろ覚えだったきのこなんかも、師匠が丁寧に説明してくれるのが楽しくて。師匠の声をもっと聞きたくて……つい。
って、違う! これじゃあ、まるで……。
うん、そうだ。意地悪な師匠が穏やかな口調で接してくれるのが、物珍しかっただけですもん。数日間、センさんと魔法生成にかかりっきりで、相手にしてもらえなかったからじゃないです。
ぶんぶんと頭を振った私を不審、というか可哀想な子だと思ったのでしょうね。師匠がバスケットを持ってくれました。
「別にアニムが悪いって意味じゃねぇからな。拗ねるなよ」
拗ねてるのは師匠じゃないですか? と返したくなる表情です。唇を尖らせて顔を覗きこんでくる師匠は、二百六十歳のおじいちゃんとは思えないくらい、可愛いです。少年と青年の間に見える外見は、完全に少年寄りになっちゃってます。月明かりと水晶の光をあびたレモンシフォン色の髪は、後光のようです。
はい、完敗です。自分が可愛いって誉めてもらいたいなんて恐れ多かったです。アニム、海より深く反省。
でも、敗北を素直に認めるのは悔しくて、ついずいっと距離を詰めちゃいました。
「じゃあ、時間、かかったは、だれが、悪いです」
「……大量に生えてた、きのこたち」
センさん、助けてください!! ウーヌスさんは……冷静にスルーしそうだから、だめか! だれでも良いから、この可愛い師匠をどうにかして! 弟子は悶え死にそうです!
眠たそうな瞼をさらに下げ、視線をずらした師匠。雲の流れから降り注いだ月明かり。師匠の目元が赤いのがはっきりと見えます。
私に罪悪感を持たせないためとは言え。大魔法使いから出たとは思えない言い訳に口元が緩んでいきます。ダメだと言い聞かせても、体はふるふると震えていきます。ふぁぁ、可愛い!
「ししょ、きのこたち、って。きのこたち、悪いって……あはっ!」
「うっせぇ! 自分でもどうかとは思ったが、突っ込まれると腹立つな!」
「わっ私の、せいじゃ、ないもん。でも、私、わかった」
飛び出てくる笑いが森に響き渡ります。お腹痛い。疲れも吹っ飛ぶくらい、楽しい。センさんが話して下さるかっこいい師匠や、澄まし顔で調合を行う師匠と全然違う。
ですが、愉快だったのは私だけのようです。師匠は片腕でバスケット抱え、私を睨んでいます。でも、怖くないんだから。
私を放っておかずに言葉を待ってくれているのも、当初と違って顔色を変化させてくれるのも、どうしてか鼓動を早くしてくるんです。この気持ちは何だろう。
笑いすぎて溢れてきた涙を拭って、深呼吸を何度か繰り返します。
「可愛い、今の、ししょー、のこと」
「あほ弟子! オレに向かって可愛いなんざほざくのは、お前くらいだ!」
「やった! 私、ししょーの、特別! ん、なんか、違う?」
特別は変ですか。ぴったりな言葉が見つからず、唸り声をあげてしまいます。
私が腕を組んで考え込んでいる間、師匠は眉を跳ねさせて口を開閉していらっしゃいました。そんなに嫌がらなくてもいいのに。言語って難しい。
師匠の反応に肩が落ちます。ちょっぴり泣きたくなったのを誤魔化すように、大げさに頭を下げます。ただの成り行き弟子なのに、特別なんておこがましかったですよね。使い方を間違ったのだとしても。可愛いも、師匠のプライドを傷つけちゃったかも。
「とっても、嫌な、表現、なら、ごめん、です。どっちも」
「本当にお前は思いついたことをぽんぽん出すな」
「目上の人、バカにする、ない。もっと、考える、です」
あっ、本当に熱いものがこみ上げてきそう。ちょっと前まで感情が薄かった師匠が、私との会話に反応してくれるのが嬉しくて、ちょっとどころかかなり調子に乗ってしまいました。
ぐっと堪えて笑みを浮かべましょう。身から出た錆です。大丈夫。長女だもん、我慢は得意です。
「最後まで聞け。オレはアニムのお師匠様だからな。むしろ、考え込まずに思ったことは口にしろ。その方が語彙力も増えるからな。それに、別にバカにされたなんて捉えてねぇし、お前を押さえつける立場にいたいわけじゃねぇよ。あぁ、でも、オレ以外には気をつけろよ」
「ししょー、私、幸せ者」
「うわっ! ついさっきまで笑ってやがった奴が、なんで涙ぐむんだよ。ほら、行くぞ。オレも腹が減ってんだ」
ぶっきらぼうな語気に素っ気無く逸らされた瞳。だけど、握ってきた手つきは有り得ないくらい優しくて。手袋がはめられた手からは、あまり温度は流れてはこなかったけれど、不思議と寒さを和らげてくれました。
師匠が師匠でよかった。
ありったけのお礼を込めて、繋がれた手を握り返しました。
*******
「なんてことが、あったなぁ」
「ぼけらっと木の実むいてたと思ったら、今度は独り言かよ」
「ししょー! いつの間に、いたですか」
単純作業で、てしてしの実の皮をむいていると。思い出ではない師匠が現れました! というか、いつからいたのでしょうか。調理場の作業台にいる私の正面、師匠が頬杖をついています。姿勢が安定している様子から、今来ましたという様子ではありません。
視線が浮いているあほっぽい顔を眺められていたのでしょうか。恥ずかしい。
「あにみゅがぼーとしてただけなのじゃ。ありゅじはずっとあにみゅのこと、によによって見てたのぞ?」
「でしゅ。あにむちゃ見ちぇるあるじちゃまは、気付いてもらえなくちぇ、ちょっと拗ねてまちたけど、しゅっごくしゃーわせそうでちたの。ふぃーねたちも、うっとりしゃーわせにょ」
「こら、子猫たち。色々誤解を招く発言は飲み込んでおけ」
作業台の上で、てしてしの実を、その名の通りてしてし叩いていたフィーネとフィーニス。赤ちゃん座りになって見上げてくる二人は、昔と変わらず可愛いです! きゅん!
二人を叱っている師匠ですが、きゅっと口を結びながらも耳が赤いので照れているだけのようです。二人もくしゃくしゃっと頭を撫でられて、「うなー」と嬉しそうです。花が散ってます。私も頬が緩んでいきます。
「フィーネもフィーニスも、素敵な情報、ありがと」
「あーん、でち」
「仕方がないから、あーんなのぞ」
お礼にとてしてしの実を半分に割って、お口に入れてあげます。蜂蜜漬けにする予定ですが、そのままでも美味しいのですよね。
二人とも、幸せそうに頬張っています。程よい硬さが美味しいんです。しかも、噛めばかむほど味が出る。
もぐもぐと頬をリスのように膨らませているのが、堪らない!
あっ、大事な人を忘れてました。
「ししょーも、あーんして?」
「アニム、ノリが想い人に対するのと違わねぇか?」
「そう? じゃあ、んーと。生懸命むいた木の実、ししょーに、食べて欲しいの」
師匠が拗ねているだけなのはわかります。けれど、片手でフィーネたちを転がしつつ、頬杖をついている師匠は、やっぱり可愛くて。そんな姿を見られるのは、特権な気がして舞い上がってしまったので、私も素直に可愛くなってみました。
それでも、瞼を下げて動かない師匠。むにっと、無理矢理気味に唇へ木の実を押し付けちゃいます。それでようやく、師匠が木の実を食べてくれました。が、食べてくれたのですが。
「んだよ。お願いされたから、ありがたく食べたんだろうが」
「……指は、食べて、いうか、舐めて、お願いしてないもん。ししょーにも、美味しさ、感じ欲しくて、あーんしただけなのに」
「うまいんだから、仕方がねぇだろう。可愛くお願いされたら我慢出来ねぇのは男の性ですよ、アニムさん?」
にへらと笑った師匠に、胸が跳ねました。意地悪じゃなくって、ほんわかっていう空気。
師匠の舌が触れた指どころか、全身が沸騰していきます。思い出の中の師匠とのギャップからでしょうか。昔は絶対、可愛いなんて言わなかったのに。目の前の師匠には、さらりと告げられて。どきどきで、心臓が口から飛び出てきそう。
ううん。どんな師匠も好きだなって心が蕩けてしまうのは、今とか昔じゃなくって、惚れた弱みですよね。
下唇をきゅっと噛むだけでは足りず、自分の口にも木の実を押し込みました。
「アニム、それ誘ってるのか?」
「へ?」
「食べ方が、えろい。舐められた指を咥えるとかさ」
ぼっと。今度こそ本当に真っ赤に燃え上がった体。反射的に後ろに引いてしまいました。
逆に乗り出してきた師匠にがぶりとされて。しばらく、柔らかくて甘い感触に浸ったのでした。
ちゃんと、フィーネとフィーニスのおめめは隠しておきました。