秘湯へのレポート<解答編>
有名な温泉として知られる「黒猫の湯」。
その取材に行こうと、一人の男性レポーターがその温泉がある旅館に向かった。
だが、支配人からは「女湯だからダメだ」と取材拒否される。
何とか取材させてもらえないかと頼んだレポーターに対し、支配人は少し考えた後、「後日来てほしい」と言った。
レポーターは、その日はひとまず引き揚げ、次の日に再び旅館に訪れると、今度は「黒猫の湯」の取材を許可してもらえた。
ちゃんと入浴客がいるときに取材を行ったし、入浴中の女性へのインタビューも行っている。
客には特別アナウンスをしたわけでもないし、温泉自体も普通にある温泉と同じである。もちろん、同一名称の別の温泉というわけでもない。
一体、男性レポーターは何故「黒猫の湯」への取材が許可されたのだろうか。
「腕まで組んで、まだわからないのかい?」
読んでいた本をかばんにしまい、Tは悩みに悩んでいるUをじっと見ていた。
「うむ、さっぱりわからん。わかったら同じ手を使うのにな」
「同じ手? どういうことだい?」
Uの言葉に、Tは疑問を抱いた。
「そりゃそうだろ。合法的に女湯に入れるんだろ? だったら、同じ手段を使って、取材を装って入ればいいじゃないか」
Uが熱弁をふるう中、Tははぁ、とため息をつく。
「まあ、そういう欲は男にはあるだろうが、そもそも俺は『女湯に取材に行った』とは言ってないぞ?」
「……はい?」
Tの説明に対して、納得がいっていない様子のU。
「だから、俺は『黒猫の湯に取材に行った』と言っただけで、『女湯に取材に行った』とは言ってないのだ。男が女湯に行ったら、さすがにまずいだろ」
「なら何か? その『黒猫の湯』は男湯だったとでも?」
「その通り」
Uの発言に、Tは右手の人差し指を挙げた。
「温泉の中には、時間や日替わりで男湯と女湯を入れ替えているところがあるんだ。その旅館の『黒猫の湯』と、その隣の『白犬の湯』も、日替わりで男湯と女湯が入れ替わっていたのさ。つまり、最初にレポーターが旅館に行った日は『黒猫の湯』が女湯で『白犬の湯』が男湯だったのだが、次の日に行ったときには『黒猫の湯』が男湯で、『白犬の湯』が女湯だったのさ。男湯に男性レポーターが取材する分にはまあ、問題ないだろ?」
一気に説明をするTに、Uは思わず両手でぽん、とたたいた。
「なるほど、そういうことだったのか」
「そういうことだ。やはりあんまり温泉に行ったことがないんだな。今度Kも誘って一緒に行くか」
そういうと、Tはかばんを持って立ち上がった。
「……って、ちょっと待て!」
立ち去ろうとする、Tを、突如引き留めるU。
「ん、どうした? 何か納得いかないところでも?」
「大いにあるぞ」
Uに引き留められ、Tはベンチに座りなおす。
「お前、『入浴中の女性客にもインタビューした』って言ったじゃないか」
「ああ、確かに言ったな」
「でも、『黒猫の湯』は男湯だった。そうだよな?」
「ああ、そうだ」
Uの質問に対し、Tは何事もなく答える。
「じゃあ何で入浴中の女性にインタビューできたんだよ? まさか、掃除のおばちゃんにインタビューしたとでも?」
「入浴中の、って言ったじゃないか。何だ? お前は一仕事終えたおばちゃんが、男たちに混じって風呂に入ったとでもいうのか?」
「いや、それはこっちのセリフだ。じゃあいったいどういうことだよ?」
あまりに大声でしゃべったのか、Uは半分息切れしている。
「ん、そうだな。てか目の前に答えがあるじゃないか。ほれ」
そういうと、Tは目の前の公園を指差した。
時間が経って人数が減ったが、それでも子供たち数人が、滑り台やブランコ、砂場で遊んでいる。
「公園、か。滑り台にブランコ、砂場……なるほど、砂風呂か!」
「そこら辺にある温泉と同じと言っただろう。大体砂風呂だったら黒猫の『湯』じゃなくなるし」
「じゃあどういうことだよ」
「公園じゃなくてさ……」
もっと他の物を見ろ、とTはUに観察させる。
「……といっても、あとは木と塀と、あと道路?」
「人間はスルーか」
「……っていっても、子供が数人だけじゃあなぁ……」
ここまで言ってわからないUに対して、Tはさらに続ける。
「そうだな、例えばお前が結婚しているとして、三歳くらいの小さい子供と二人で温泉に行ったら、その子供はどうする?」
「ん、そりゃ一人で風呂に行かせるわけにはいかないから、一緒に入るよな」
「じゃあ、それが女の子だったら?」
うーん、と考えながら、Uは口を開く。
「まあ、一人で女湯に行かせるのも危ないから、一緒に男湯に……」
そこまで言って、Uははっ、とTの方を向いた。
「なるほど、そういうことか!」
「そういうこと」
やっとわかったか、という表情でTは公園のほうを向いた。
「そう、入浴中の女性っていうのは、父親と一緒に二人で来ていた小さい女の子のことだったのさ。まあ、インタビューって言っても『お風呂きもちいい?』とか、『どこから来たの?』とか、その程度だろうけどね」
Tの説明を聞いて、Uはやられた、という表情でベンチにもたれかかった。
「まあ、どうしても女の子のインタビューしたいっていうなら、男湯でそういう子を探してみたらいいさ。父親から不審に思われるだろうがね」
そういうと、Tは早々に立ち上がって公園から出て行った。
冷たい風がUをなでると、Uは一つくしゃみをした。
「……子供たちは元気だねぇ」
イヴさんごめんなさい、「合法的に女湯に入る」っていうのはウソでした(←