結婚式の日にギロチンで処刑されたが、私は初代女王の力を目覚めさせた。
正午、ヴァルテリア帝国大聖堂の鐘が鳴り響いた。
アークライトのエヴリンは、最後に一度だけ鏡に映る自分の姿を見つめた。
20歳になった彼女は、この日のために人生の大半を費やしてきた。腰まで届く銀色の髪は柔らかなウェーブに整えられ、小さな白い花で飾られていた。ベールの下、サファイア色の瞳は一層輝いて見えた。
ウェディングドレスは6ヶ月かけて作られた。
エヴリンはスカートを少し持ち上げた。
「震えてるかしら?」
侍女の一人が微笑んだ。
「少しだけ、陛下。」
「よかった。ということは、まだ足の感覚があるってことね。」
侍女たちは笑った。
エヴリンも笑おうとしたが、心臓が胸から飛び出しそうだった。
小さなテーブルの上に銀のメダルが置かれていた。
彼女はそれを手に取った。
それは、二人が12歳の時にエイドリアンから贈られたものだった。当時、二人は互いに嫌い合っていた。
彼は彼女の勉強への執着をからかい、
彼女は王子のひどい字を批判した。
年月が経つにつれ、子供じみた口論は庭園の散歩、乗馬レッスン、ダンス、そしていつか二人で帝国を統治したらどう変えていくかという夜通しの語り合いへと変わっていった。
エヴリンはいつの間にか彼を愛するようになっていた。
その朝、彼女は彼の妻となるのだ。
「殿下。」
侍女が扉を開けた。
「時間です。」
エヴリンは深く息を吸い込んだ。
「では、未来の皇帝をお待たせしないようにしましょう。」
大聖堂へと続く道は花で覆われていた。
何千もの市民が通りに繰り出していた。
エヴリンは馬車の中からでも彼らの声が聞こえた。
「エヴリン王女万歳!」
「アドリアン王子万歳!」
子供たちが列に沿って走っていた。
店主たちは店を白と銀のリボンで飾り付けていた。
これは単なる結婚式ではなかった。
ヴァルテリアに新たな世代の到来を告げる約束だった。
馬車が止まると、エヴリンは降り立った。
大聖堂の巨大な扉が開いた。
音楽が始まった。
数百人の参列者が立ち上がった。
エヴリンはゆっくりと中央通路を歩いた。
彼女はアドリアンを探した。
そして、彼女は立ち止まった。
彼は祭壇で彼女を待っていなかった。
兵士たちがいた。
儀仗兵ではない。
剣と戦闘用の鎧を身に着けた兵士たちだ。
両側に十数人ずつ。
音楽が止まった。
帝国軍の司令官が彼女の方へ歩み寄ってきた。
「アークライトのエヴリン王女。」
エヴリンは眉をひそめた。
「何だ?」
男は一枚の文書を広げた。
「帝国評議会の命令により、あなたは王位に対する陰謀、武装反乱の準備、そして簒奪未遂の容疑で逮捕される。」
エヴリンは数秒間、ただ彼を見つめていた。
そして、小さく笑った。
「全然面白くないわ。」
誰も返事をしなかった。
二人の兵士が前に進み出た。
エヴリンは後ずさりした。
「待って。明らかに間違いだわ。」
彼女は祭壇の方を見た。
「エイドリアン。」
王子がそこにいた。
青ざめた顔で。
動かない。
「エイドリアン、説明して。」
彼は返事をしなかった。
「エイドリアン。」
すると、彼の背後に一人の女性が現れた。
金色の髪。
エメラルドグリーンの瞳。
帝国中の誰もが知る微笑み。
リサンドラ・ベルローズ。
いわゆる「国民の王女」。
病院を訪問し、食料を配給し、市民の権利について常に発言することで知られる、若き貴族の女性。
エヴリンは何度か彼女に会ったことがあった。
エヴリンは彼女の組織の一つに資金援助さえしていた。
リサンドラはエイドリアンの元へ歩み寄り、
彼の手を取った。
エヴリンは息を呑んだ。
「これはどういうこと?」
エイドリアンはついに顔を上げた。
「エヴリン…」
「そんな風に私の名前を呼ばないで。」
彼女はリサンドラを指差した。
「ここで何をしているの?」
王子はごくりと唾を飲み込んだ。
「すまない。」
エヴリンは心の中で何かが砕けるのを感じた。
「謝るだって?」
兵士たちが彼の腕を掴んだ。
「離せ!」
エヴリンは彼らを突き飛ばそうとした。
「アドリアン!私があなたの家族に陰謀を企てるはずがないって、あなたは知っているでしょう!」
王子は目を閉じた。
何も言わなかった。
リサンドラは彼女の傍らに寄り添っていた。
そして一瞬、彼女の優しい微笑みが消えた。
彼女の視線はエヴリンの視線と交わった。
そこには勝利の色が宿っていた。
それ以上でも以下でもなかった。
エヴリンは、これが間違いではないと悟った。
罠だった。
「あなた…」
リサンドラは軽く頭を下げた。
兵士たちが彼女を連行し始めた。
「私は何もしていない!」
何人かの客は目をそらした。
他の者たちはざわめいた。
エヴリンは抵抗したが、兵士の一人に押し倒されそうになった。
「アドリアン!」
王子は何も答えなかった。
大聖堂の扉が閉まった。
そして鐘の音は鳴り響いた。
刑務所での最初の夜、エヴリンはまだウェディングドレスの一部を身につけていた。
右袖は破れていた。
裾は泥で灰色に変色していた。
ベールはなくなっていた。
彼女は石のベッドに座り、エイドリアンのメダルを指で握りしめていた。
逮捕された時は泣かなかった。
今、彼女は泣いた。
静かに。
もしかしたらエイドリアンは脅されているのかもしれない。
もしかしたら彼の家族が捕らえられたのかもしれない。
もしかしたら何か理由があるのかもしれない。
彼女はそう信じたかった。
裁判は翌日始まった。
証拠は尽きることがないように思えた。
彼女の署名入りの手紙。
移送記録。
武器リスト。
共謀者とされる人物の名前。
「これは私が書いたものではありません。」
検察官は彼女の方を見ようともしなかった。
「署名は認証されています。」
「では、認証した人物は嘘をついているのです。」
裁判官はテーブルに拳を叩きつけた。
「エヴリン王女、言葉遣いに気をつけなさい。」
「言葉遣いですって?」
エヴリンは書類を指差した。
「偽造で私を有罪にしようとしているのです!」
彼女は独立した専門家の証言を求めた。
却下された。
彼女は家族の証言を求めた。
却下された。
彼女は原本の閲覧を求めた。
却下された。
証人たちは2日目に出廷した。
あるディーラーは、アークライトの仲介者に武器を売ったと主張した。
元使用人は、秘密のメッセージを運んでいたと主張した。
ある役人は、エヴリンが皇帝交代について話しているのを耳にしたと述べた。
最後の話を聞いて、彼女は思わず笑いそうになった。
「政治改革については何百回も話し合ってきました。」
検察官は眉を上げた。
「つまり、あなたは政府を変えることについて話したことを認めるのですね。」
「変えるというのは、転覆させることとは違います!」
数人の貴族がざわめいた。
その時、エイドリアンが到着した。
エヴリンはすぐに立ち上がった。
2日間ぶりに、彼女は希望を感じた。
「エイドリアン。」
王子は法廷に向かって席に着いた。
リサンドラは彼の後ろに座った。
検察官が質問を始めた。
「殿下、被告は父の政策に異議を唱えましたか?」
エイドリアンは答えるのに少し時間がかかった。
「はい。」
エヴリンは眉をひそめた。
「ヴァルテリアには根本的な変革が必要だと、彼女は言っていましたか?」
「はい。」
「帝国評議会のメンバーを何人か解任すべきだとお考えでしたか?」
「はい。」
エヴリンは立ち上がった。
「エイドリアン!」
裁判官はテーブルに拳を叩きつけた。
「座りなさい。」
「改革については皆で話し合った!彼もだ!」
エイドリアンは拳を握りしめた。
エヴリンは彼を見つめた。
「真実を話して。」
沈黙。
「エイドリアン。」
彼は彼女を見ていなかった。
「クーデターを企てたことはないと伝えてくれ。」
「何も。」
エヴリンは背筋が凍る思いがした。
「私を見て。」
エイドリアンはゆっくりと顔を上げた。
そして彼女は理解した。
彼は混乱していなかった。
彼は騙されていなかった。
彼の目には罪悪感が宿っていた。
意識的な罪悪感。
「君は僕が無実だと知っているだろう。」
エイドリアンは目を閉じた。
リサンドラは微動だにしなかった。
エヴリンは何かが体から抜けていくのを感じた。
三日目に判決が下された。
「大逆罪で有罪。」
エヴリンは反応しなかった。
「被告はギロチンによる公開処刑に処される。」
傍聴人の中には息を呑む者もいた。
エイドリアンは突然立ち上がった。
「処刑?」
エヴリンは彼を見た。
初めて、彼は心底驚いたように見えた。
リサンドラが近づき、彼に何かを囁いた。
エイドリアンは歯を食いしばった。
そして再び座った。
エヴリンは待った。
一言。
たった一言で、この事態は止められたはずだった。
彼は何も言わなかった。
二日後、彼女は広場へ連れて行かれた。
そこには何千人もの人々がいた。
彼女の結婚式を祝うはずだった、まさにその群衆だった。
今、彼らは叫んでいた。
「裏切り者め!」
「簒奪者に死を!」
エヴリンは処刑台へと歩みを進めた。
首筋が見えるように、髪の一部が切られていた。
彼女の足取りは穏やかだった。
恐れていなかったからではない。
彼女はひどく恐れていた。
しかし、彼女は彼らに自分の命乞いを見せるつもりはなかった。
彼女は階段を上った。
エイドリアンはバルコニーにいた。
リサンドラも彼の傍らにいた。
エヴリンはメダルを手に取った。
数秒間、それを握りしめた。
そして、それを落とした。
小さな銀色の物体は床板に落ちた。
エイドリアンの目は見開かれた。
「エヴリン…」
彼女は彼を見つめた。
「王冠は私の命に見合うものだったかしら。」
処刑人は彼女の首に絞首台をかけた。
エヴリンは目を閉じた。
彼女は母のことを思った。
父のことを。
自分が育った庭のことを。
かつてあのメダルをくれた傲慢な少年のことを。
カチッという音が聞こえた。
刃が振り下ろされた。
そして世界は消え去った。
どれくらい死んでいたのか、彼女には分からなかった。
数秒だったかもしれない。
数時間だったかもしれない。
もしかしたら、あの場所には時間という概念は存在しなかったのかもしれない。
ただ暗闇だけがあった。
その時、声が聞こえた。
「なんて哀れな死に方だ。」
エヴリンは答えようとした。
彼女には口がなかった。
「あなたを守る勇気もなかった男のために犠牲になったのね。」
何かが彼女の周りで動いた。
「なんて血の無駄遣いだ。」
エヴリンは誰が話しているのか尋ねようとした。
声が近づいてきた。
「起きろ。」
耐え難い激痛が首を貫いた。
エヴリンは目を開けた。
息ができない。
顔から数センチのところに木片があった。
起き上がろうとした。
蓋を叩いた。
何も反応がない。
パニックが彼女を襲った。
再び叩いた。
1回。
2回。
3回。
木片が軋んだ。
4回目の打撃で木片が割れた。
エヴリンは息を切らしながら棺から這い出した。
彼女は地下納骨堂の中にいた。
床に倒れ込んだ。
首を押さえた。
血は出ていない。
傷跡もない。
「まさか…」
墓石に立てかけられた小さな鏡を見つけた。
彼女の顔は変わっていなかった。
銀色の髪。
青い瞳。
生きている。
「こんなはずはない。」
背後から女の笑い声が響いた。
エヴリンは振り返った。
「誰だ?」
何もない。
「姿を見せろ!」
地下室の奥に一瞬、人影が現れた。
背の高い女。
黒髪。
金色の瞳。
尖った冠。
暗闇。
そして彼女は姿を消した。
エヴリンは夜明け前に地下室を出た。
数日間、彼女は森の中の古い小屋に身を隠した。
空腹だった。
寒かった。
そして恐怖を感じていた。
自分に何が起こったのか、彼女には理解できなかった。
ある朝、彼女は池に映る自分の姿を見た。
このままではもう戻れないと思った。
ヴァルセリアの誰もが彼女の顔を知っていた。
「消えなければ。」
彼女の髪が黒くなり始めた。
エヴリンは後ずさりした。
銀色の髪がゆっくりと黒く変わっていくのを彼女は見つめた。
青い瞳が紫色に変わった。
その変化は1分も経たないうちに終わり、彼女は姿を消した。
エヴリンは水辺にひざまずいた。
「私に何が起こっているの?」
声が答えた。
「あなたは目を覚ましている。」
「あなたは誰?」
沈黙。
彼女は一週間後、二つ目の力に目覚めた。
小さな食料庫から食料を盗もうとしていた猟師に遭遇した。
「おい!」
エヴリンは振り返った。
「待って。」
男はナイフを取り出した。
「お前は誰だ?」
エヴリンは恐怖を感じた。
彼女の瞳が変わった。
青い瞳が消えた。
黄金色の光が彼女の瞳孔を満たした。
「私を見て。」
猟師は動きを止めた。
エヴリンは二人の間に奇妙な圧力を感じた。
「何…?」
「私を見て。」
エヴリンの声は違っていた。
柔らかく。
低く。
まるで音楽のようだった。
男は目をそらそうとした。
できなかった。
彼の瞳孔が開き始めた。
エヴリンは魅入られたように見つめた。
「息をして。」
猟師は息を吸い込んだ。
「もう一度。」
彼女は従った。
彼女の肩の力が抜けた。
エヴリンは彼の方へ一歩踏み出した。
「怖くないのね。」
「怖くないわ…」
エヴリンの目が大きく見開かれた。
「聞こえる?」
「ええ。」
「私が話し終えたら、あなたは私を見たことを思い出すでしょう。」
「忘れるわ…」
「家に帰るのよ。」
「帰ります…」
「そして明日まで眠るのよ。」
「眠ります…」
エヴリンは指を鳴らした。
男は瞬きをした。
彼は周囲を見回した。
「何をしていたんだ?」
そして彼は去っていった。
エヴリンは微動だにしなかった。
「彼を催眠術にかけたの…」
「ええ。」
今度は声がとても近かった。
エヴリンは振り返った。
地下室から現れた女は丸太に座っていた。
背が高く、
美しく、
床に届きそうなほどの黒髪。
黒いドレス。
完全に金色の瞳。
「あなたは誰?」
見知らぬ女は微笑んだ。
「まだ知る資格はないわ。」
そして彼女は姿を消した。
それから数週間、エヴリンは練習を重ねた。
最初は動物たちを相手に。
次に旅人たちを相手に。
しかし、どれも長くは続かなかった。
簡単な命令は容易だと彼女は気づいた。
「眠れ。」
「忘れろ。」
「開けろ。」
「行け。」
しかし、命令が複雑になればなるほど、より集中力が必要になった。
彼女はまた、別のことも発見した。
彼女はもっと深く入り込めるのだと。
ある夜、彼女は強盗に襲われそうになった。
エヴリンは男を見た。
「止まれ。」
男は凍りついた。
「私を見ろ。」彼の目は焦点が定まらなかった。
「野営地はどこだ?」
「川のほとりだ。」
「何人いる?」
「六人だ。」
エヴリンは何かを思いついた。
「野営地を想像してみて。」
彼女が彼の額に触れた瞬間、何かが変わった。
彼女はもう男を見ていなかった。
彼女は彼の記憶の中にいた。
彼女は川を見た。
テントを見た。
他の盗賊たちの顔を見た。
彼女はコインでいっぱいの箱さえも見た。
エヴリンは手を引っ込めた。
男は膝をついた。
彼女も後ずさりした。
「あなたの記憶の中に入ることができる…」
声が答えた。
「そして、もっと多くのことができる。」
エヴリンは古代の魔法に関する情報を探し始めた。
ある怪しげな古書店主が、ほとんど傷んだ本を彼女に売った。
そこに一つの名前が記されていた。
モルガナ。
初代女王。
ヴァルテリアの誕生以前に生きた君主。
伝説によれば、彼女は意志を操り、記憶を改変し、敵を従者に変える力を持っていた。
帝国は彼女に関する記録をほぼ全て抹消していた。
エヴリンは本を閉じた。
「モルガナ。」
部屋の向こう側に女が現れた。
「やっと会えたわね。」
「あなたは私の先祖なの?」
「その一人よ。」
「なぜ私は生きているの?」
モルガナは微笑んだ。
「あなたが、私たちの血を目覚めさせるほどの絶望の中で死んだからよ。」
「私たちの血?」
「あなたの家系は私の子孫なの。」
エヴリンは沈黙した。
「そして、この力は?」
「それもよ。」
モルガナは近づいた。
「人間の心は扉なのよ、エヴリン。」
彼女はエヴリンの額に触れた。
「開け方を覚えるだけよ。」
エヴリンは手を引っ込めた。
「怪物になりたくない。」
モルガナは笑った。
「誰もが何かをどれほど強く望んでいるかを知る前にそう言うものよ。」
エヴリンは自分が何を望んでいるのかをはっきりと知っていた。
真実。
そして…
復讐。
処刑から3ヶ月後、エヴァ・ノワールという名の若い女性が都にやって来た。
黒髪。
紫色の瞳。
控えめな服装。
彼女は「灰色の鹿」という宿屋に部屋を借りた。
女将は彼女を疑わしげに見つめた。
「満室です。」
エヴァは顔を上げた。
彼女の瞳は一瞬、金色に輝いた。
「一つだけ空いていると思います。」
老女は瞬きをした。
「ええ…一つだけ空いています。」
「それに、一週間分の料金はもう払ってあります。」
「もう1週間分の料金はお支払い済みです。」
「私のことはこれ以上知る必要はありません。」
「私もこれ以上知る必要はありません。」
エヴリンは微笑んだ。
「完璧です。」
彼女はそっと指を鳴らした。
女性は催眠状態から覚めた。
「鍵はこちらです。」
「どうもありがとうございます。」
エヴリンは2階へ上がった。
彼女がこれほど自然に催眠術を使ったのは初めてだった。
そして、それが彼女を占領中。
モルガナが現れ、彼女の傍らを歩いていた。
「慣れてきたわね。」
「黙って。」
「悪いとは言ってないわ。」
最初の1ヶ月間、エヴリンは攻撃しなかった。
彼女は観察していた。
リサンドラは新聞に頻繁に登場していた。
病院を訪れ、
子供たちを抱きしめ、
食料を届け、
演説をしていた。
町の人々は彼女を崇拝していた。
エイドリアンはますます頻繁に彼女の傍らに姿を現すようになった。
二人の婚約が正式に発表された。
エヴリンは喫茶店でそのニュースを読んだ。
悲しみは感じなかった。
ただ、冷たい静けさだけがあった。
彼女は数週間、リサンドラを尾行した。
商人たちとの密会を目撃した。
ジャーナリストたちとの密会を。
役人たちとの密会を。
ある夜、彼女は使者の一人を待ち伏せした。
彼女は彼を路地裏へと連れ出した。
「あなたは誰?」
エヴリンはフードを後ろに引いた。
「私を見て。」
男は後ずさりしようとした。
しかし、もう遅かった。
エヴリンの瞳に金色の光が宿った。
「目をそらさないで。」
使者は動かなくなった。
「そうよ。」
エヴリンはゆっくりと言った。
「息をして。」
男は従った。
「もっと深く。」
男の肩が落ちた。
「静かだ。」
「静か…」
「大切なのは私の声だけ。」
「あなたの声…」
エヴリンはさらに近づいた。
「誰のために働いているの?」
「…リサンドラ様のために。」
「何を持っているの?」
「郵便物だ。」
「渡して。」
男は封筒を取り出した。
エヴリンはそれを受け取った。
「今日から何かが起こる。」
「はい…」
「リサンドラから渡される書類はすべて、渡す前にコピーされます。」
「コピー…」
「コピーは西の庭にある三番目の像の下に置いてください。」
「三番目の像…」
「目覚めた時には、これらの命令は覚えていないでしょう。」
「覚えていない…」
「しかし、命令は必ず実行してください。」
「承知しました。」
エヴリンは寒気を感じた。
モルガナが男の背後に現れた。
「結構。」
「もし誰かにエヴァ・ノワールを見たかと聞かれたら…」
「エヴァ・ノワールなんて知りません。」
エヴリンは指を鳴らした。
男が目を覚ました。
「何…?」
「これを落としました。」
エヴリンはハンカチを男に返した。
「ああ、ありがとう。」
一週間後、像の下に書類が置かれていた。
催眠術は、被験者が催眠状態にあったことを覚えていなくても効果があった。
それは彼女の戦略を完全に変えた。
エヴリンは目に見えないネットワークを構築し始めた。
宮廷の書記官は彼女に書類のコピーを渡した。
衛兵は特定の扉を開け放した。
ジャーナリストは書類を受け取り、偶然見つけたと思い込んだ。
役人は催眠状態中に情報を自白し、その後、彼女に会ったことさえ忘れてしまった。
しかし、催眠術を使えば使うほど…
モルガナはますます強力に見えた。
「見てごらん。」
ある夜、役人が催眠状態にある中、モルガナがエヴリンの傍らに現れた。
「全部あなたのものよ。」
「一時的な道具にすぎない。」
「今はそう言うだけね。」
エヴリンはその声を無視した。
彼女にとって最初の真の味方はマリエルだった。
リサンドラの秘書は毎週金曜日に小さなカフェに通っていた。
エヴリンは数週間、彼女を観察していた。
濃い茶色の髪。
小さな眼鏡。
いつも疲れている様子。
ある日、エヴリンは彼女の向かいに座った。
「この席、空いてますか?」
マリエルは空いているテーブルに目をやった。
「もちろん空いてるわ。」
エヴリンは微笑んだ。
「よかった。」
マリエルはため息をついた。
「変わった人ね。」
「よく言われるわ。」
二人は些細なことを話し始めた。
天気。
値段。
カフェテリアの食事。
数週間後、マリエルは仕事の話をし始めた。
「上司がすごく厳しいの。」
「リサンドラ・ベルローズ?」
マリエルは固まった。
「言うべきじゃなかったわ。」
「何も間違ってないわよ。」
「あなたは彼女を知らないでしょう。」
「エヴリンはそうするわ。」
あまりにも上手くね。
ある日の午後、マリエルが涙を流しながらやって来た。
「もう無理。」
「じゃあ、辞めなさい。」
マリエルは苦笑いを浮かべた。
「無理なの。」
「どうして?」
「どうでもいいわ。」
エヴリンは数日待った。
ついに、彼女は自分の力を使うことにした。
二人きりになると、彼女はドアを閉めた。
「マリエル。」
「何?」
「私を見て。」
「どうして?」
彼女の紫色の瞳が金色に変わった。
マリエルは凍りついた。
「エヴァ…」
「目をそらさないで。」
「私…」
マリエルは首を回そうとした。
できなかった。
「そうよ。リラックスして。」
「リラックス…」
「ゆっくり息をして。」
マリエルの呼吸は深くなった。
彼女の目は焦点が定まらなかった。
「私の声だけを聞けばいいのよ。」
「あなたの声…」
「私の声を聞けば聞くほど、あらゆる思考は遠ざかっていくわ。」
マリエルのまぶたがわずかに閉じた。
「遠ざかっていく…」
「わかったわ。」
エヴリンはマリエルの目の前で指を2本そっと動かした。
マリエルの視線はそれを追った。
左。
右。
左。
右。
「指を動かすたびに、あなたは私に真実を話しやすくなるのよ。」
「真実…」
「なぜリサンドラから離れられないの?」
マリエルの頬を涙が伝った。
「彼女が…父の借金を買ったの。」
エヴリンは眉をひそめた。
「もしあなたが辞めたらどうなるの?」
「彼女は私たちから家を奪うわ。」
「彼女に脅されたの?」
「はい。」
「あなたはエヴリンに対する陰謀に関わっていたのですか?」
「これはあなたに対する陰謀ですか?」マリエルは震え始めた。
「そんなつもりじゃ…」
エヴリンは身を乗り出した。
「思い出してほしいの。」
彼女はマリエルの額に触れた。
マリエルの意識が開かれた。
エヴリンはオフィスを見た。
リサンドラ。
書類。
偽造の手紙を配る男。
後から入ってくるエイドリアン。
会話を耳にして泣くマリエル。
エヴリンは突然手を引っ込めた。
マリエルは息を呑んで目を覚ました。
「何…?」
彼女は頭に触れた。
「私に何をしたの?」
エヴリンは答えなかった。
マリエルはエヴリンを見た。
彼女は目を開けた。
「あなたは私に催眠術をかけたのね。」
「ええ。」
「あなたは私の頭の中に入り込んだのね。」
「ええ。」
マリエルは起き上がった。
「あなたは怪物よ!」
その言葉がエヴリンの心に突き刺さった。
彼女は身動き一つしなかった。
「そうかもしれないわ。」
マリエルは荒い息をしていた。
「あなたは本当は誰なの?」
エヴリンは目を閉じた。
彼女の髪の色が変わり始めた。
黒。
灰色。
銀色。
再び目を開けると、彼女の目は青くなっていた。
マリエルはカップを落とした。
「まさか…」
エヴリンは彼女を見つめた。
「私はリサンドラが殺害を命じた女です。」
マリエルは両手で口を覆った。
「王女様…」
「もう違うわ。」
マリエルはひざまずいた。
「許してください。」
「立ちなさい。」
「何かおかしいとは思っていたけれど…」
「立ちなさい。」
マリエルは従った。
エヴリンはマリエルに催眠術をかけることもできた。
強制することもできた。
しかし、そうはしなかった。
「リサンドラを滅ぼしたい。」
マリエルはエヴリンを見た。
「では、私が手伝いましょう。」
次はソフィーだった。
最初はソフィーには催眠術は効かなかった。
ソフィーはリサンドラを心から信じていた。
エヴリンは何週間もかけて証拠を示さなければならなかった。
盗まれた金。
破壊された病院。
プロパガンダに使われた寄付金。ソフィーは送金を自分で確認した時、涙を流した。
「私が頼んだお金よ。」
「知ってるわ。」
「貧しい家族に寄付を頼んだの。」
「それも知ってるわ。」
ソフィーは拳を握りしめた。
「私も手伝いたい。」
エヴリンは頷いた。
カサンドラは違っていた。
リサンドラの護衛隊長は23歳で、濃い赤毛を持ち、壁を貫くような鋭い眼差しをしていた。
彼女はリサンドラの従業員を尾行している人物がいることに気づいた。
彼女は待ち伏せを仕掛けた。
エヴリンは首に剣を突きつけられた。
「動いたら死ぬわ。」
「もう一度死んだわ。」
カサンドラは眉をひそめた。
エヴリンの姿が目の前で変わった。
銀色の髪。
青い瞳。
カサンドラは剣を落とした。
「こんなことがあっていいはずがない。」
「もう聞き飽きたわ。」
カサンドラは一歩後ずさった。
「処刑を見たわ。」
「私も。」
「何が望み?」
「真実。」
カサンドラは、証拠の一部が捏造されたことを知っていたと告白した。
リサンドラは兄を投獄すると脅していた。
「もっと早く言うべきだった。」
「ええ。」
「私を殺すつもりなら、殺しなさい。」
エヴリンは彼女を見つめた。
彼女の目は金色に輝いた。
カサンドラはすぐにプレッシャーを感じた。
「何をしているの?」
「催眠術をかけることができるわ。」
隊長は剣を振り上げようとした。
彼女の指は、自分の意志に反して力が抜け始めた。
「やめて…」
エヴリンは前に進み出た。
「リサンドラのことを忘れさせてあげる。」
カサンドラの目は、わずかに焦点がぼやけた。
「私を信じさせることだってできるわ。」
「だめ…」
「命をかけて私を守るよう命じることもできるわ。」
カサンドラは意識を保つのに必死だった。
モルガナがエヴリンの背後に現れた。
「やりなさい。」
エヴリンは手を上げた。
「簡単よ。」
「彼女をあなたの戦士にしなさい。」
カサンドラは片膝をついた。
エヴリンは目を閉じた。
黄金の光が消えた。
プレッシャーがなくなった。
カサンドラは息を呑んだ。
「どうして…止めたの?」
エヴリンは手を差し出した。
「あなたに決めてほしいから。」
カサンドラはその手を見つめた。
そして、その手を取った。
「だから、あなたを助けることにしたの。」
数ヶ月の間、リサンドラのネットワークは崩壊し始めた。
まず、彼女は金を失った。
次に、ジャーナリストたち。
そして、役人たち。実業家が逮捕された。
彼女の二つの組織が捜査対象となった。
寄付金が減り始めた。
人前では、リサンドラは笑顔を絶やさなかった。
しかし、人目のないところでは、彼女は叫び声をあげた。
「我々の中に裏切り者がいる!」
マリエルは彼女の傍らに立ち、怯えたふりをした。
「誰だか分かりません、殿下。」
リサンドラはテーブルに拳を叩きつけた。
「そいつを見つけろ。」
エヴリンは催眠術をますます多用するようになった。
一部の工作員は些細な命令しか受けなかった。
他の工作員は本格的な情報提供者となった。
公文書館を警備する兵士の一人は、毎晩目を覚まし、事務所へ行き、書類をコピーし、何も覚えていないままベッドに戻った。
エヴリンは、トリガーワードを植え付けることができることに気づき始めた。
「『最初の王冠』という言葉を聞けば、私が求めるすべてのことを思い出すでしょう。」
「最初の王冠…」
「『眠れ』という言葉を聞けば、また忘れてしまうだろう。」
「眠るわ…」
モルガナは魅入られたように見つめていた。
「あなたは私に似てきている。」
「違う。」
――まだだ。
リサンドラが誰かが部下を操っていることに気づいた時、戦況は一変した。
彼女は古代の精神防御の遺物を取り寄せた。
そして罠を仕掛けた。
彼女は3種類の偽造文書をばらまいた。
それぞれが異なる人物の手に渡った。
そのうちの1つが新聞に掲載された時、彼女は情報漏洩者が誰なのかを正確に把握した。
カサンドラはその夜、姿を消した。
エヴリンは手紙を受け取った。
「第7倉庫。真夜中。一人で来なさい、エヴァ・ノワール。」
到着した時、カサンドラは鎖で繋がれていた。
リサンドラは彼女の前に座り、待っていた。
――エヴァ・ノワール。
――リサンドラ。
――やっとだ。
エヴリンはドアを閉めた。
――見事な罠だ。
――ありがとう。
リサンドラは立ち上がった。
――あなたのことをたくさん調べました。
――がっかりさせてしまったとしたらごめんなさい。
――いえ、全く逆です。
彼は彼女の周りを歩き回った。
「君には両親がいない。」
「なんて悲劇だ。」
「君には生まれた場所がない。」
メント。
「物忘れがひどいわね。」
「数ヶ月前以前のあなたの記録は残っていないわ。」
リサンドラが近づいた。
「まるで死から蘇ったみたいね。」
エヴリンは微笑んだ。
「いい言葉を選んでくれたわね。」
彼女の髪の色が変わり始めた。
リサンドラは後ずさりした。
黒。
灰色。
銀色。
彼女の紫色の瞳は青に変わった。
「こんにちは、リサンドラ。」
民衆の王女の顔から血の気が引いた。
「いいえ。」
「寂しかった?」
「あなたは死んだはずよ。」
「ほんの数時間だけ。」
リサンドラは後ずさりした。
「そんなはずはないわ。」
「私も棺の中で目を覚ました時、同じことを思ったわ。」
カサンドラは顔を上げた。
リサンドラはエヴリンを見つめた。
「あなただったのね。」
「すべてよ。」
「私の口座。」
「ええ。」
「新聞。」
「ええ。」
「私の部下たち…」
エヴリンは微笑んだ。
彼女の瞳は金色に輝いた。
「あなたの部下の中には、何ヶ月も私の命令に従っている者がいるわ。」
リサンドラは背筋が凍るのを感じた。
「催眠術ね。」
「その通り。」
「怪物。」
「面白いわね。マリエルも同じことを言っていたわ。」
リサンドラは首に手を当てた。
彼女はメダルを取り出した。
「だからこれを手に入れたの。」
「帝国の遺物よ。」
エヴリンはすぐに自分の精神に結界が張られるのを感じた。
「やめて。」
リサンドラは反応しなかった。
彼女は微笑んだ。
「あなたは入れないわ。」
「今はまだ。」
兵士たちが襲いかかった。
カサンドラはなんとか鎖の一部を断ち切った。
戦いは凄惨を極めた。
エヴリンは二人の衛兵を催眠術にかけた。
「私を見ろ!」
二人は動きを止めた。
「門を守っている奴らを攻撃しろ。」
「はい…」
二人は仲間に襲いかかった。
カサンドラはなんとか鎖を解いた。
リサンドラは逃げ出した。
エヴリンは屋上まで彼女を追いかけた。
「人々は私を愛している!」リサンドラは叫んだ。
「彼らは嘘を愛していたのだ。」
「私は彼らに希望を与えた!」
「あなたは彼らに偽りの姿を与えたのだ。」
リサンドラは後ずさりした。
「そして今、あなたは何者なの?奴隷の女王?」
その言葉にエヴリンは立ち止まった。
モルガナが彼女の背後に現れた。
「彼女を殺せ。」
リサンドラはその隙をついてメダルをエヴリンに投げつけた。
彼女はそれをかわした。聖遺物が石にぶつかった。
石は粉々に砕け散った。
リサンドラの目が開いた。
エヴリンはすぐに結界が消えるのを感じた。
彼女の視界は黄金色に染まった。
「私を見て。」
リサンドラは目を閉じた。
「嫌!」
「私を見て。」
「嫌!」
彼女のまぶたが震え始めた。
エヴリンは無理やり閉じさせられるような気がした。
「開けて。」
リサンドラはもがいた。
小さな隙間が現れた。
緑が黄金色を見つけた。
一瞬、リサンドラは息を止めた。
彼女の視界がぼやけ始めた。
エヴリンは微笑んだ。
「そうよ。」
「嫌…」
「もっと深く。」
リサンドラは無意識のうちに一歩、エヴリンの方へ歩み寄った。
「私の声だけを聞いて。」
「あなたの声…」
「3つ数えたら、完全に目を開けて。」
リサンドラは震えた。
「1。」
「いや…」
「2。」
リサンドラの頬を涙が伝った。
「3。」
彼女の目が開いた。
完全に。
世界が消え去ったように感じた。
エヴリンは彼女の心を感じ取った。
恐怖。
野心。
憎しみ。
しかし、彼女はそれ以上は言わなかった。
まだだ。
「目を覚まして。」
リサンドラは息を呑んだ。
「何を…したの?」
エヴリンは近づいた。
「後でできないことは何もないわ。」
「じゃあ、やって。」
「いや。」
リサンドラは困惑した表情で彼女を見つめた。
エヴリンは微笑んだ。
「まず、お前は全てを失うことになるだろう。」
それから数週間、まさにその通りになった。
汚職の証拠が次々と明るみに出た。
支払い記録。
賄賂を受け取った証人。
偽造文書。
エヴリンに対する告発を捏造するよう命じた文書。
そして最後に、アドリアンの手紙。
エヴリンは一人でそれを読んだ。
王子は処刑前に陰謀を暴いていた。
リサンドラは彼に選択を迫った。
エヴリンを擁護し、王位継承権を危険にさらすか。
それとも沈黙を守り、皇帝になるために必要な政治的支援を得るか。
アドリアンは王位を選んだ。
エヴリンは手紙を公表した。
首都は騒然となった。
かつてリサンドラの名を叫んでいた市民たちが、今度は彼女の逮捕を要求し始めた。
アドリアンは王位継承権を失った。
リサンドラは投獄された。
エヴリンは最初にエイドリアンを訪ねた。
彼女が現れると、王子は凍りついた。
「エヴリン…」
「こんにちは、エイドリアン。」
彼女の目に涙があふれた。
「あなたに死んでほしくなかった。」
「でも、あなたはそれを受け入れた。」
「爵位を失うだけだと思っていた。」
「処刑が宣告された時、あなたは話すことができた。」
エイドリアンは目を閉じた。
「怖かった。」
「分かっている。」
「許してくれ。」
エヴリンは彼を見つめた。
彼女はこの瞬間を何ヶ月も想像していた。
彼女は彼が満足感を覚えるだろうと思っていた。
しかし、彼はほとんど何も感じなかった。
「あなたを許すことができたはずの女性は、ギロチンの下であなたを愛しながら死んだ。」
エイドリアンは泣き崩れた。
「あなたは?」
エヴリンはドアの方を向いた。
「もうあなたには何も感じないわ。」
彼女は彼を催眠術にかけたわけではない。
彼女は彼の記憶を改変したわけでもない。
彼女は彼にすべての記憶を保持してほしかったのだ。
それが彼の罰となるはずだった。
リサンドラは3日後に裁判を受けることになっていた。
彼女は法廷に姿を現すことはなかった。
前夜、エヴリンは牢獄に入った。
2人の看守は彼女を見つけた。
彼らの目は金色に輝いた。
「眠れ。」
2人とも眠りに落ちた。
エヴリンが牢の扉を開けた時、リサンドラは目を覚ましていた。
「来ると思っていたわ。」
「なら、自己紹介は不要ね。」
「私を殺すつもり?」
「いいえ。」
「拷問するの?」
「それも違うわ。」
リサンドラは苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、何が望みなの?」
エヴリンは近づいた。
「あなたはいつもこう言っていました…」
あなたは人々のために人生を捧げるでしょう。
リサンドラは眉をひそめた。
「いいえ。」
エヴリンの目が光り始めた。
リサンドラは壁にぶつかるまで後ずさりした。
「私を見ないで。」
「私を見て。」
リサンドラは目を閉じた。
「嫌!」
エヴリンはもう一歩踏み出した。
「目を開けて。」
彼女のまぶたが震えた。
「嫌…」
「開けて、リサンドラ。」
「開けたくない。」
「わかってる。」
ゆっくりと、彼女の意志に反して、緑色の目が開き始めた。
そこには金色の光があった。
リサンドラの体の力が抜けた。
「そうよ。」
「愛…」
エヴリンは凍りついた。
「何て言ったの?」
リサンドラの唇がゆっくりと動いた。
「奥様…」
モルガナがエヴリンの背後に現れた。
微笑みながら。
「面白いわね。」
エヴリンは眉をひそめた。
「まだよ。」
リサンドラはすっかり魅了されていた。
エヴリンは手を上げた。
「ついてきて。」
「はい、奥様。」
その言葉は、奇妙な感覚を呼び起こした。
それは彼女が命じたものではない。
モルガナが原因なのだろうか?
時間がない。
エヴリンはリサンドラを牢獄から連れ出した。
数時間後、二人は首都から遠く離れた場所にいた。
エヴリンはリサンドラを椅子に座らせた。
「私を見て。」
「はい、奥様。」
エヴリンの金色の瞳がリサンドラの瞳に映った。
「もっと深く。」
リサンドラはうつむいた。
「もっと深く。」
彼女の呼吸がゆっくりになった。
「あなたの額に触れたら、あなたの心の中に入り込むわ。」
「ええ…」
エヴリンは額に指を2本置いた。
世界が変わった。
リサンドラは巨大な白い部屋で目を開けた。
「ここはどこ?」
エヴリンの声が周囲に響き渡った。
「あなたの心の中よ。」
鏡が現れた。
そこには結婚式の光景が映っていた。
エヴリンが逮捕される場面。
「いやだ。」
別の鏡。
裁判の場面。
「見たくない。」
さらに別の鏡。
ギロチン。
「やめて!」
数十人が現れた。
賄賂。
買収されたジャーナリストたち。
騙された家族たち。
マリエルが泣いている。
ソフィーが寄付金を集めている。
エイドリアンが書類に署名している。
「やめて!」
エヴリンが彼女の前に現れた。
「だめよ。」
リサンドラは膝をついた。
「私に何を望んでいるの?」
「思い出してほしいの。」
「もう思い出したわ。」
「違う。あなたは何も感じずに思い出しただけよ。」
エヴリンはリサンドラの顔を両手で包み込んだ。
「今度は全てを感じる番よ。」
鏡が粉々に砕け散った。
リサンドラに記憶が洪水のように押し寄せた。
彼女は叫んだ。
エヴリンは彼女の心の中を探り続け、やがて巨大な何かを見つけた。
黄金の王冠。
玉座の上に吊るされていた。
モルガナが現れた。
「あれよ。」
エヴリンは王冠を見つめた。
リサンドラの執着。
賞賛されたいという欲求。
権力への渇望。
「壊して。」
リサンドラは叫んだ。
「だめよ!」
エヴリンは手を上げた。
王冠にひびが入り始めた。
「二度と他人を利用して権力を得ることは許さない。」
―いいえ…
―もう一度言って。
―二度と…
―もう一度言って。
リサンドラは泣き崩れた。
―二度と他人を利用して権力を得ることは許さない。
―もう一度。
―二度と他人を利用して権力を得ることは許さない。
王冠は粉々に砕け散った。
モルガナは微笑んだ。
―さあ、終わらせなさい。
エヴリンはモルガナを見た。
―何?
―彼女をあなたに崇拝させるのよ。
―嫌だ。
―あなたの声が彼女の喜びとなるように。
―嫌だ。
―彼女をあなたに仕えるためだけに存在するようにするのよ。
リサンドラは跪いたままだった。
完全に無防備なまま。
モルガナはエヴリンの耳元に顔を近づけた。
―彼女にあなたを「ご主人様」と呼ばせるのよ。
エヴリンは、自分がすでにそれをやったことを思い出した。
――それはあなただった。
モルガナは微笑んだ。
「そうかもしれないわね。」
エヴリンはリサンドラを見た。
彼女にはできる。
あらゆる抵抗を打ち砕くことができる。
彼女を人形に変えることができる。
完璧な召使いに。
屈辱を受けても微笑む女に。
エヴリンは手を上げた。
リサンドラは彼女を見た。
「奥様…」
エヴリンは拳を握った。
「だめよ。」
モルガナは眉をひそめた。
「だめ?」
「彼女は人格を保つわ。」
「つまらない。」
「記憶も残るわ。」
「残酷だわ。」
「それに、思考力も残るわ。」
モルガナは微笑んだ。
「では、どうするの?」
エヴリンはリサンドラの頭に手を置いた。
「一つだけ変えましょう。」
リサンドラの心は震えた。
「これからは、私と一緒にいる時は、私の権威を認めなさい。」
「はい…」
「私を『ご主人様』と呼びなさい。」
「はい、ご主人様。」
「しかし、あなたは自分で考えることができる。」
「はい。」
「あなたは私に反対することもできる。」
「はい。」
「私が間違っていると思った時は、そう言っていい。」
リサンドラはためらった。
「はい…ご主人様。」
「そして、二度と権力を得るために誰かを操ってはならない。」
「絶対に。」
エヴリンはモルガナを見た。
「人形はいらない。」
モルガナは微笑んだ。
「今はまだ。」
エヴリンは指を鳴らした。
リサンドラは目を覚ました。
彼女は息を呑んだ。
彼女は周囲を見回した。
そしてエヴリンに視線を向けた。
彼女の頬はほんのり赤くなった。
「奥様…」
彼女は口元に手を当てた。
「なぜそんなことを言ってしまったの?」
「あなたを催眠術にかけたからよ。」
リサンドラは顔色を失った。
「何をしたの?」
「もう十分よ。」
「私の記憶を消したの?」
「いいえ。」
リサンドラは沈黙した。
彼女はすべてを思い出していた。
処刑。
嘘。
牢獄。
そして今、白い部屋のことも思い出した。
「あなたを憎みたい。」
「憎んでもいいわ。」
リサンドラの目は大きく見開かれた。
「何ですって?」
「私はそれを奪ってはいないわ。」
「それなら…」
エヴリンは立ち上がった。
「さあ。」
リサンドラは座ったままだった。
「嫌よ。」
エヴリンは言葉を止めた。ライサンドラは自分が断れたことに驚いているようだった。
エヴリンはかすかに微笑んだ。
「よかったわ。」
「よかったって?」
「それはあなたがまだあなたでいられるってことよ。」
ライサンドラは床を見つめた。
「私をどうするつもりなの?」
エヴリンはドアを開けた。
「まだ分からないわ。」
2年後、遠く離れた場所に小さな町が誕生した…。
病院。
オーロリアと呼ばれていた。
壮麗な宮殿はなかった。
家々があった。
農場があった。
工房があった。
学校があった。
難民や農民たちがそこに定住し始めていた。
カサンドラは警備隊を率いていた。
マリエルは物資を管理していた。
ソフィーは学校と援助団体を統括していた。
エヴリンは、彼らが与えようとしたあらゆる称号を拒否した。
ある時、カサンドラは彼女を女王にしようと提案した。
エヴリンは思わず紅茶を吹き出しそうになった。
「だめよ。」
「ただの思いつきよ。」
「とんでもない考えね。」
「エヴリン様、なかなかいい響きでしょう。」
エヴリンは彼女を見た。
カサンドラは笑い始めた。
「もう、やめて。」
部屋の向こうから声が聞こえた。
「お茶をどうぞ、奥様。」
エヴリンは目を閉じた。
「あなたもそうするべきよ。」
リサンドラがトレイを持って入ってきた。
彼女は相変わらず長い金色の髪と緑色の瞳をしていた。
お姫様のようなドレスはもう着ていなかった。
今は白いブラウスに小さな黒いリボン、シンプルなエプロン、そして作業しやすいように短くも上品な黒いスカートを履き、黒いストッキングとフラットシューズを合わせていた。
リサンドラはトレイを机の上に置いた。
「たとえあなたがそう呼んでくれなくても、そう呼ぶのをやめることはできないと思うわ。」
「分かってるわ。」
「あなたがそう思い込ませたのよ。」
「それも分かってるわ。」
カサンドラは微笑んだ。
「寂しくないように、あなたを『ご主人様』と呼びましょうか。」
エヴリンはドアを指さした。
「出て行きなさい。」
カサンドラは笑って出て行った。
リサンドラは笑いをこらえようとした。
「あなたも出て行っていいわよ。」
「報告書を持ってきたの。」
「では、ここにいなさい。」
リサンドラは書類を開いた。
「今朝、32人が到着しました。10家族です。仮設住宅では2週間以上は持ちません。」
「新しい家を建てましょう。」
「その答えは予想通りでした。」
「何か問題でも?」
「いえ、奥様。」
エヴリンはリサンドラを見た。
「最近、その言葉をあまりにも得意げに使いすぎているわね。」
リサンドラは視線を落とした。
「もしかしたら、慣れてしまったのかもしれません。」
その言葉にエヴリンは黙り込んだ。
リサンドラはまだ命令を拒否できた。
反論することもできた。
怒ることもできた。
実際、何度かエヴリンに怒鳴りつけたことさえあった。
しかし、結局はいつも「奥様」と呼んでしまった。
それは、深い催眠状態にあることを示す唯一の痕跡だった。
リサンドラは報告書を閉じた。
「奥様。」
「はい?」
「一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。」
リサンドラはトレイを握りしめた。
「私を許してくださるでしょうか?」
エヴリンは彼女を見つめた。
この質問は以前にもあった。
しかし今回は違った。
恐れはなかった。
彼女は明確な答えを求めていなかった。
「分かりません。」
リサンドラはゆっくりと頷いた。
「分かります。」
「でも、私の許しを待つより、もっと良い方法があるはずです。」
「何を?」
エヴリンは窓を指差した。
外では、数人の男たちが家の屋根を仕上げていた。
子供たちが彼らの間を走り回っていた。
一人の女性がパンを配っていた。
「もっと良いものを作る手助けをしてください。」
リサンドラは街を見渡した。
「それが私がしようとしていることです、奥様。」
「分かっています。」
リサンドラは軽くお辞儀をした。
「では、頑張ります。」
彼女は部屋を出て行った。
エヴリンは書類に戻った。
数分間、羽根ペンの音だけが響いていた。
そして、彼女は顔を上げた。
背後に誰かがいた。
鏡の中に。
背の高い女性。
長い黒髪。
暗い色のドレス。
アンティークの王冠。
金色の瞳。
モルガナ。
「よく躾けたわね。」
エヴリンは羽根ペンを置いた。
「彼女を動物のように扱わないで。」
「彼女はあなたを『ご主人様』と呼んでいます。」
「あなたが導入に関わった組織ね。」
モルガナは微笑んだ。
「でも、あなたはそれを取り上げなかった。」
エヴリンは黙っていた。
「今すぐにでもできるのに。」
「分かってるわ。」
「じゃあ、なぜやらないの?」
エヴリンはリサンドラが出て行ったドアの方を見た。
彼女は何も答えなかった。
モルガナは静かに笑った。
「あなたはますます私に似てきているわね。」
「私はあなたとは違う。」
「あなたは催眠術を使ってスパイを作った。」
「陰謀を阻止するためよ。」
「あなたは他人の記憶に入り込んだ。」
「真実を見つけるためよ。」
「あなたはリサンドラの記憶の一部を書き換えた。」
「彼女が再び人々の人生を破滅させるのを防ぐためよ。」
「そして、あなたは彼女にあなたを『ご主人様』と呼ばせた。」
エヴリンは拳を握りしめた。
「黙って。」
モルガナが彼女の隣に現れた。
「女王は皆、まず自分を正当化することから始めるのよ。」
エヴリンは立ち上がった。
「もう二度とあなたの力は使わないわ。」
モルガナの笑みが少し消えた。
「私もそう言ったわ。」
エヴリンは彼女を見つめた。
「私はあなたじゃない。」
モルガナは徐々に消え始めた。
「まだよ。」
彼女は完全に姿を消した。
エヴリンは深く息を吸い込んだ。
鏡を見た。
彼女の瞳はサファイアブルーだった。
いつもの姿だ。
一瞬、すべてが終わったと思った。
すると、片方の瞳が金色に変わった。
エヴリンは一歩後ずさった。
廊下からリサンドラの声が聞こえた。
「奥様?大丈夫ですか?」
瞳は再び青くなった。
エヴリンは数秒間沈黙した。
「ええ。」
ドアが少し開いた。
リサンドラが覗き込んだ。
「本当に大丈夫なの?」
エヴリンは彼女をじっと見つめた。
かつての敵。
自分を死に追いやった女。
エヴリンによって心を変えられた女。
そして今、オーロリア建設に2年間尽力した人物がそこにいた。
「ええ。」
リサンドラは微笑んだ。
「では、おやすみなさい、奥様。」
「おやすみなさい、リサンドラ。」
ドアが閉まった。
エヴリンは再び鏡に映る自分の姿を見つめた。
彼女はギロチンを生き延びた。
彼女は破壊した陰謀。
彼女はリサンドラを失脚させた。
彼女はアドリアンから、彼が彼女を犠牲にしてまで手に入れようとした王冠を奪い取った。
彼女は催眠術を用いて敵を情報提供者に変え、記憶を解き放ち、遺言を改ざんした。
そして、帝国に忘れ去られた者たちのための場所を築いた。
彼女の復讐は終わった。
しかし、一つの疑問が残った。エヴリン自身にも答えられない疑問だ。
彼女自身の意志はどこで終わり…
そして、モルガナの意志はどこから始まるのか?
なぜなら、アークライトのエヴリンは死から蘇ったからだ。
そして、彼女の黄金の眼差しに目がうつろになるたびに…
彼女の声に心が屈服するたびに…
誰かが従順に「はい、奥様」と囁くたびに…
扉は少しだけ大きく開いた。
エヴリンは二度目のチャンスを与えられた。
しかし、もしかしたら…
初代女王にもチャンスが与えられたのかもしれない。
終わり
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
エヴリンの物語、彼女の復讐、そして初代女王の謎をお楽しみいただけたなら幸いです。
もしこの物語を気に入っていただけたなら、ぜひご感想をお聞かせください。一番気に入った部分、エヴリン、リサンドラ、モルガナについてのご感想、あるいは結末への感想など、何でもコメント欄にお寄せください。
また、もしこの物語を楽しんでいただけたなら、評価をいただけると大変嬉しいです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




