ある整形美人の一生
ちょっと長めのお話になります。
もちろん架空の人物のお話です。
お話の中に虐め表現やネグレクト表現が出てくるので、苦手な方は回避してください。
最終的に作者としてはハッピーエンドと考えていますが、捉え方によってはそう思えないかもしれません。
私、山田素直は子供の頃からその不細工な見た目のせいで、みんなから馬鹿にされてきた。
あるのか無いのかわからないような小さく点のような目。突き出た出っ歯。
鼻は低く、唇も薄い。目と鼻と口の比率がいわゆる黄金比から大きく外れ…
身長も低くて痩せっぽちなのにお腹だけポッコリ出ている。
ある日クラスの中心的な男の子に言われた…。
『山田って…なんかアレに似てるな…。
え〜っと、この前テレビで見た…
そうっ!!アレ!!
ハダカデバネズミ〜!!』
そう叫んだのは当時私が好きだった男の子で、みんなから無視される私にも唯一普通に話し掛けてくれる人だった。
私は不名誉なあだ名と失恋を同時に手に入れた…。
それから中学卒業までの三年間半…
私はハダカデバネズミを縮めたハダデバと呼ばれた。
その原因を作った彼自身は、変わらず私のことを山田と呼んでいたけれど…。
中学卒業と同時に私は親の反対を押し切って家を出て、都会でバイトをしまくりお金を貯め、少しずつ整形してはまたお金を貯めて整形をする…という生活を繰り返した。
ある程度整形と化粧の腕をあげることで見られる顔になってからは、もっとお金を稼ぐため夜の仕事に転職し、更に整形生活を続けた。
全てを整形に注ぐために他は全て切り詰めて、血を吐くような苦労をして…やっと私が理想の自分を手に入れたのは中学卒業して十年後のことだった…。
今の私を見てあのハダデバだと気づく者はいないだろう。
そんな私にも初めて素敵な恋人が出来た。
若くして何店舗もの飲食店を経営するイケメンオーナーの野中悠。
大金を落としてくれる顧客を掴むために、夜の世界に移ってすぐに枕営業もしていたため、決してもう初心な女とは言えなかったけれど…
恋人と言える関係の人が出来たのは彼が初めてだった。
悠とはお店のお客と嬢として出会い、何度か同伴でご飯に行くうちに親密な関係になった。
何度も『ナオみたいな美しい理想の女性に出会えて僕は幸せだ』と言ってくれ…
私の誕生日に誕生石のルビーの指輪をプレゼントしてくれ『客としてではなく、結婚を前提とした恋人として付き合って欲しい』と告白してくれた。
ナオは私の源氏名だ。
夜の世界で生きるのに素直という本名はちょっと不似合いな気がしたので、すなおから文字ってナオと名乗った。
私も四捨五入すれば三十路という年頃になり、そろそろ落ち着きたいと思っていた。
中学卒業してから13年間がむしゃらに働いてきた。
悠は私がずっと夜の世界で生きてきたことも知っているのに、それでも私が良いと言ってくれる。
そろそろこんな私でも普通の幸せな生活を送っても良いのじゃないか?と夢見てしまった。
でも…そんなおとぎ話のようなことはあるはずがなくて…
ある日…突然彼から別れを切り出された…。
『ナオ…その顔…僕が愛した君の美しい顔は整形で手に入れたものなんだって…?』
『何で…どうしてそんなこと言うの…』
『その焦った表情…やっぱり本当だったんだ…。
アヤからナオはかなりいじってるって聞いた時は信じられなかったけれど…』
アヤは店の古株の子で、ナオが初めてこの店に入店するより前からいた子だ。
後から知ったことだけれど、私が入店する前はアヤが悠のお気に入りだったらしい…。
整形バレするので、なるべく同じ店に長く留まらないようにしていた…。
さすがに細かな整形をするたびに店を変えていては大変なので、どの店にいた時も途中数回はしている。
今の店は三年ほど続いているので、その間に五、六回はプチ整形をしていた。
そのことはアヤ以外の子にもバレているので、今さら隠しても無駄だろう…。
『僕、君の今までの私生活とかは気にしないけれど、顔は天然でないと困る…。
どんなに美しくても、イミテーションには興味ないんだ…』
そう言って離れていった初めての恋人…。
それからすぐに私は店を辞め、東京を離れた。
もちろん店を辞める前には、悠にアヤの胸が豊胸であることは伝えておいた…。
彼はすごいルッキズムな上に、胸フェチだったから…。
ちなみに私の胸は自前だ。これだけは自分でも唯一誇れるところだった。
子供の頃は背も低く痩せていて、お腹だけがぽっこり出た貧弱な体型だったが、それは栄養失調が原因だったらしい…。
物心つく頃には、母が私のための食事を用意することがなくなったため、私は適当に家にあるものから食べれそうなものを選んで食べていた。
一度何も食べるものが無くて、兄が塾に持っていく用にと用意されていたお弁当に手を付けて酷く怒られたことがあった。
母が晩御飯に使おうとしていたものを勝手に使って怒られたこともある…。それからは少しくらい減っても怒られそうにないものを選んで食べていたので偏りが出て、栄養がちゃんと摂れていなかったようだ…。
保険医の先生から指導が入ったことがあった。母は私の偏食が激しくて好き嫌いが多く作っても食べないので困っていると話ししていた。
まともにご飯作ってくれたこともないし、私が何を好んで何が食べられないかも知らないくせに…。
家を出てからは自分でお金を稼ぎ、好きに食材を買って食べられるようになったので、ちゃんと成長した。お胸も成長した。
胸が立派なことは商売道具にもなるし…腹立たしいけれど、そこだけは母に似て良かった。
もう都会のネオン街はいいや…と思って離れたけれど、中学を卒業してからずっと簡単なアルバイトと夜の仕事しかしてこなかったので、他にできる仕事も見つからず…
結局今も田舎のキャバクラで働いていた。
『ナオちゃん、こんばんは。
本当、こんな田舎街にナオちゃんみたいなベッピンさんが来てくれて夢のようだよ』
『ノブさん、毎日来てくれてありがとう♡』
『え〜ッ、ノブさんだけじゃないぞ。俺もナオちゃんが来てからはほぼ毎日来てるし〜』
『シゲさんもいつもありがとね。これシゲさんが好きだって言ってくれた筑前煮、炊いてみたんだ♡良かったら食べてみて』
『本当?ナオちゃんはこんなに美人なのに料理まで出来て、いい嫁さんになるよ〜』
『嬉しい♡でも私…都会で失恋して傷心でこの街に辿り着いたから、結婚は当分良いかな…』
常連さん達とそんなやり取りをしながら楽しくおしゃべりをしていたら…
〜カランコロン♪〜
新しいお客さんが入店してきた音がしたので…
「いらっしゃいませ〜」
いつもの笑顔で出迎える。
「ナオちゃん、こんばんは。
今日は新しく転勤してきた部下の歓迎会を兼ねて会社のメンバーを連れて来たんだけれど…空いている?」
これまた常連のヤスさんが4、5人の若い人を連れてやって来た。
「ナオちゃん、奥の広い席が空いているから、そちらに案内して」
ママから声が掛かったので、ヤスさんとお話しながら奥の席へと案内する。
「奥の席って…VIPルームじゃないか。急に来たのに用意してもらってごめんね」
「いえいえ、いつも来ていただいているお得意様には当然です」
微笑んで答える私とヤスさんを、何かずっと見ている人がいたので、視線が気になってそちらに目をやると…
驚いた顔をした若い男性と目が合った。
ヤスさんが部下だと連れて来た人達の中に紛れていたその人は…
忘れるはずもない…私の初恋の人だった。
「山田…だよな?随分と感じが変わったから分からなかったよ。久しぶり…元気にしてたか?
中学卒業してから誰もお前がどこの学校に行ったのか行方を知っているやつがいなくて…もしかして家出とかしたんじゃないかと心配してた…」
「・・・・」
営業終了後、少し店から離れたところで待っていた彼を見つけた…。
ヤスさん達と一緒にいた時は、お互いに初対面を装って、普通に営業スマイルで話すことができたが、2人きりになった今、私から笑顔は消えている。
そんな私の様子に焦ったように彼は、一生懸命笑顔で言葉を繋ごうとして話し始めた。
「俺…お前がどうしてるのかどうしても気になって…高1の夏休みに山田の家に訪ねて行ったんだ。同級生に聞いて…お前ん家を知ってるやつ探して…。
お母さんらしき人が出てきて応対してくれたんだけれど…
何か山田と似てなかったな…」
「あの人は私と違って綺麗でしょ…」
シングルマザーだった母はいつも仕事で忙しく、残された貴重な時間は自分磨きと優秀な兄のためにだけ使われるので、価値のない私に関心が向けられることはなかった。
母は目を見張るような美人ではないけれど、服装や髪、化粧など身だしなみにそこそこお金を掛けていたので小綺麗だった。
自分のエステやジムに掛けるお金はあっても、私の矯正代を出すのはもったいないと出してもらえなかった。
せめてそれだけでもしてくれていたら、ハダデバと呼ばれることはなかったのに…と少し恨みはしたけれど、もういい…。
中卒で一人で都会で働くと言った時は反対されたが、それも何の能力もない私が一人で街に出て問題を起こされる方が迷惑だったからだ。
それなら適当に私の学力でも入れる近くの高校に通わせて、高卒で働かせる方が世間体も良く、トラブルも少ない。
そう思ったから止めただけ。
決して私の将来を考えて…なんてものではなかった。それが証拠に私から何も連絡がなくても、警察とかから連絡がなければ気にすることもなく放置だ。
私が小学校に上がる前に出て行った父親のことは…よく覚えていない。
元々家族に対して無関心な人だった。
でも…よく考えれば私も父のことを特に覚えていない。
父がどんなものを好んだのか、好きなスポーツは?好きな食べ物は?本は?テレビ番組は?
どんな仕事をしていたのか?
何も知らない…。興味もなかったのだろう…。
兄は…容姿は普通だけれど頭が良くて…母の自慢で…
妹の私には特に関わらなかった。
もし、これで年齢が近くて中学や高校で被ったりしたら『不細工な妹がいる』と馬鹿にされるのが屈辱で嫌がられたのかもしれないけれど…
兄は私より5歳上で学校が被ることもなく、塾や遠くの進学校に通うため生活時間帯が異なり一緒に食事をすることもなかったので、本当に同じ屋根の下に暮らすだけの他人。
うちの家族はずっとそんな感じだったので、今はもう私がどこで暮らしているのかも誰も知らない。興味もない。
一応緊急連絡先だけはお互いに知っている。家を出る時に落ち着いたら連絡先を知らせる。それが最低限の約束だったから。
次に会うとしたら、家族の誰かが亡くなった時だろう…。
「綺麗とか…外見の話ではなくて、雰囲気が違う。
山田は誰の話もじっくり聞いてくれて…真剣にその答えを一緒に考えてくれるやつだけれど、お母さんは家族の…自分の娘の話をしているのに事務的で…まるで他人の話をしているようだった…」
佐藤君は私に話をするのに、気を使い少し言いよどみながらも…
でも少しそんな母の様子に腹を立てているようだ。
「あの人にとっては他人も同然なんじゃないかな…。
出来損ないの私になんて興味ないから…」
ナオは何でもないことのように言ったつもりだったけれど…上手く笑えてなかったようだ…
佐藤君がいたわしげな目で見てくる…。
「それにしても…よく私だと分かったね。
これだけ整形したら、絶対分からないと思ったのに…。
ここまでするのに良い家が一軒建つくらいはお金を掛けたんだよ…」
何とも言えない気詰まりな空気を変えるように、茶化して言ったけれど…
「分かるに決まってるだろ…。
確かに綺麗になったけれど…
笑った時にできる片エクボとか、うなじの小さく連なったホクロとか…それに山田の耳の形って、すごく綺麗だろ?その耳を見て山田かなって思った。
決定的に山田だって思ったのは…やっぱりみんなの話をちゃんと聞いてくれて…困っていたらさりげなくフォローしてくれる様子を見てなんだけれど…」
佐藤君は照れくさそうに頭をかきながらそう告げた。
うなじの私も知らないようなホクロだとか…耳の形が綺麗だとか…
思ったより佐藤君は目のつけどころがマニアックで、ちょっとストーカーのようだ…。
それから佐藤君はちょくちょく店に来てくれた。
まあ、週に1,2回なので毎日来てくれる常連のノブさんやシゲさんに比べたら少ない頻度だけれど…。
佐藤君と再会して一年ほど過ぎたある日…
「ナオ…今日店終わった後に時間をもらえないか?話したいことがあるんだ…」
呼び名は再会してすぐに源氏名のナオと呼んでくれるようにお願いしている。
店で本名の山田呼びされると、他のお客さんより妙に距離感が近くなってしまうので、そこは他のお客さんに合わせるようにしてもらった。
「今日の帰り?アフターに付き合うってこと…?」
「う〜ん、ちょっと違うんだけれど…まあ、それで良いよ」
「じゃあ、この前佐藤君がだし巻きが美味しいって言ってたお店に行ってみたい♪」
「え〜っ、そんなナオを連れて行くようなオシャレな店じゃないぞ…」
「全然大丈夫。じゃあ後で楽しみにしてるね」
お店が終わった後、佐藤君が連れて行ってくれたのは、定食屋さんに近いようなアットホームな店だった。
うちは母親があまり料理好きではなかったのでいわゆるおふくろの味というものを食べたことはないけれど…たぶんこんな感じかな?というメニューが多い。
夜遅い時間でも食が進む優しい味付けだった。
佐藤君オススメのだし巻きは、私が作るような顆粒だしで作ったのとは違う、出汁をしっかりとるところから作られたもので、箸を入れると汁がじゅっと出る。美味しい…。
私がだし巻きを食べることに夢中になっていたら、佐藤君がポツリポツリと話し始めた。
「ナオ…たぶん気付いていると思うけれど、俺…ナオのことが好きなんだ…。
出来れば結婚したいと思っている…」
自信なさそうに…でも今まで見たことがない真剣な表情で話す佐藤君。
「私…けっこう今の生き方好きなんだよね…」
だし巻きを切りながら、私がそう答えると少し困ったような顔をして、でも何とか妥協点を探しながら…
「本当は今の仕事辞めて欲しいけれど…他の男にナオが笑いかけるの見たら嫉妬するから…でもナオが続けたいのなら続けてくれてもいい…。
でも俺の会社転勤が多いから、たぶん後2〜3年したら、また転勤があると思うけれど…その時は嫁として一緒に付いてきてほしい…」
そこで佐藤君は切実に訴えるようにナオを見つめながら、もう一度プロポーズした。
ナオはやっと食べる箸を止め、佐藤君を見つめ返した。そのナオの表情はいつもの親しみやすい笑顔ではなく…どこか冷めた目をしている。
「前に佐藤君、どうして私が中学卒業してすぐに家を出たのか聞いたでしょ?
あれ…家族との不和が原因じゃないんだ…」
「そうなのか…?」
実際に私の母に会った佐藤君は、家族から疎外されているのが原因だと思っていたようだ。
でも家族が私に関心が無いことにはとっくの昔に慣れてしまっていたので、それが家出の原因ではない。
「私…もともと不細工だからみんなから無視されてはいたけれど…ある出来事が切っ掛けでそれがイジメに変わったの…。何だと思う?」
「ある出来事…??って言うか、ナオ、イジメられてたのか!?
それはいつ頃の話だ??
俺…けっこうナオと同じクラスだったことが多いのに…気づかなかった…」
そりゃ…佐藤君達目立つ人気者の男子グループにはバレないようにやられていたからね…。
私のイジメをしていた子の大半は女子だったけれど、普段清楚系や可愛い女子を気取っている彼女達が、陰で陰湿なイジメをしてるなんてバレたらイメージ悪くなるから、いつも男子のいないところでこっそり心に刺さる暴言を吐かれたり、見えない所を蹴られたりしていた…。
一度女子トイレで汚い雑巾絞った後の水を頭からぶっ掛けられた後に、佐藤君に遭遇したこともあった…。
『山田…それ…どうしたんだ?大丈夫か?』
心配してくれた佐藤君に嬉しいと思った反面、自分がこんなイジメをされていると知られるのが恥ずかしくて、何と言えば良いのか困って俯いていたら…
『もうっ、山田さんったらおっちょこちょいなんだから〜。掃除していたら、バケツにつまずいてかぶっちゃったのよね〜。
良かったらコレ使って♡』
そう言ってバケツの水をぶっ掛けた中村さんが、可愛いピンクの何かのキャラクターのハンカチを差し出してきた。
『おっ、中村女子力高いじゃん。山田もちゃんと気をつけて前見て歩けよ』
『え〜♡これくらい普通だよ〜』
楽しそうに笑顔で話す二人に苛立ったのを覚えている。
何てマッチポンプ…
私は中村さんが差し出すハンカチも、佐藤君が呼びとめる声も無視して、その場から走り去った。
「私ね…小学生の時、佐藤君のこと好きだったんだ…」
私が神妙な顔をしてポツリとこぼした言葉に…
「えっ…そうなの?」
佐藤君は驚いたような、少し嬉しそうな顔をしたけれど…
私は構わずに続けた。
「他のみんなが私のことを無視したり、馬鹿にしたりするなか、佐藤君だけは普通に接してくれてたでしょ?それが嬉しかった。
佐藤君はクラスの人気者なのに、そんな貴方が普通に接してくれるから、ひどいイジメとかには発展しなかったの…」
これが愛だの恋だのの浮ついた話ではなく、最初の私の問い掛けの核心に迫る話だと気がついた佐藤君は、真面目な顔で黙って続きを待った。
「でも…あなたがあの発言をしたことで、他の人達は私をイジメても良い存在だと位置づけた」
「あの発言って…
俺はナオに何を言ったんだ?」
「佐藤君、私がみんなに何て呼ばれていたか知ってる?」
「そう言えば…何って呼ばれていたんだ?
俺はそのまま名字で山田って呼んでいたけれど…。他の奴がナオの名前を呼ぶの、あまり聞いたことがなかったな…」
「そうね…。大抵は声掛けるのも嫌がられて、面倒くさそうに『オイ』とか『オマエ』って呼ばれていたものね…。
でも陰で私を馬鹿にして呼ぶ時は『ハダデバ』って言われてたの…」
「ハダデバ…?」
佐藤君が何のことか分からない?という顔をしたので説明してあげた。
「佐藤君が、小学六年の時に私のことを『ハダカデバネズミ』に似ていると言ったの。覚えている?
それが切っ掛けで私はハダカデバネズミを縮めて『ハダデバ』と呼ばれるようになった。
今までまともに接してくれていた佐藤君まで私を『ハダカデバネズミ』と馬鹿にしたから、私はみんなからイジメても良い対象だと思われた…」
「そんな…俺は決してそんなつもりで言ったんじゃ…」
佐藤君が初めて知った事実に顔色を変え、慌てて言い繕うとしたけれど…
「うん、わかってる。佐藤君はそんなつもりじゃなかったって…。
でも、結果として私はそれが切っ掛けでイジメが悪化したの。うちの家族は私がイジメられていると話ししてもそれを面倒事ととらえ対処してくれるような家族じゃなかった。
学校も一緒。優秀でもない不細工な生徒の味方なんて誰もいない…。
実際は違ったかもしれないけれど、当時の私はそう思っていたの…」
そこで私は罪悪感で項垂れる佐藤君に最終通告のような返答をした。
「だから、私は家を出た。自分で自分を守るために。
佐藤君はそんなつもりはなかったんだと思う。でも、私の人生を変えたのは、佐藤君が何気なく言ったハダカデバネズミ。
佐藤君が良い人なのも分かっているし、こんな整形で着飾った偽りの私を愛してくれる人なんてそういないことも分かってる…。
それでも…ごめん。結婚は無理。
どうしてもあの時の惨めな自分を忘れられないし、佐藤君のことを恨んでない…とは言えないんだ…」
「自分が言ったことがどんな影響を与えたのかも知らなくて…ナオがどんなに苦しんでいたのかも気付いてあげられなくて…ごめん…」
本当はそんな昔のこと忘れたふりをして、優しくて格好良くて有望株な佐藤君にプロポーズされたことを喜んで、普通の幸せな生活を送ってみたかった…。
でも…『はい』とは頷けなかった…。
それから佐藤君が一人で店に来ることはなくなった。ヤスさんに連れられて、会社のみんなと一緒に来ることはあっても、自分から私に関わって来ることはなかった。
「ナオちゃん、イケメンくんと何かあったか?彼、前は一人でよく来ていたよな。
絶対、ナオちゃん狙いのワシのライバルだと思ったのに…。
ナオちゃんも彼には何か特別な感じだったのに…どうした?
これでも世の中の酸いも甘いも噛み分けて半世紀以上生きてきたシゲさんに話してみな。
何かいい解決案が出るかもしれないぜ」
そうウインクして男前なことを言ってくれたのは、シルバーグレーがダンディな常連のシゲさん。
今日は雨のせいなのかお客様が少なく、珍しく常連仲間のノブさんも用事があって来れなかったので、シゲさんと二人、じっくり話すことができた。
シゲさんは奥さんに早く先立たれ、男で一人二人の息子さんを育てながらも、自身が経営する会社を海外進出するほど成長させた立派な尊敬すべき人だ。
六十歳の還暦を機に、潔く会社の経営は息子さん達に譲り、今は趣味と実益を兼ねた農作業をしながら、空いた時間は株式投資で財を増やすというダブルワークをこなしている。
父親とまともに接したことのないナオにとってシゲさんは理想の父親のような存在だった。
だから普段から割と軽い相談には乗ってもらっていたのだが…
ちょっとここ最近精神的に疲弊していたのかもしれない。周りに人が居らず、雨の音にかき消され…何となく言いやすい雰囲気だったからかもしれない…。
ナオはぽつりぽつりと自分と佐藤君の関係。家族の話。中学を卒業してすぐに家を出たこと。それから整形を重ね、夜の街を渡り歩き、整形がバレて婚約破棄されてこの町に辿り着いたこと。そこでまた佐藤君に再会し、最近プロポーズされたけれど、どうしても彼を許せなくて断ったことを打ち明けた。
「そうか…。ナオちゃんは若いのに年齢より深みのある表情をすると思っていたけれど…苦労したんだな…。よく頑張って生きてきた」
そう言って優しく頭を撫でてくれるから、思わず涙がこぼれた…。
思えば、両親にも撫でてもらった覚えがないし、恋人にもなかった…。
こんなふうに優しく撫でられたのは、初めてかもしれない…。
「本当は意地を張らずに、私もかわいいお嫁さんになりたかった…。
でも…私がこんなに苦労して歯を食いしばって生きてきたのに…そんなこと何も知らずに幸せに生きてきた佐藤君を選ぶことだけは、どうしても出来なかった…」
涙をポロポロこぼしながらそう語る私の話をシゲさんは黙って肩を貸しながら聞いてくれて、涙がおさまるように頭を優しく撫で続けてくれた。
「ナオちゃん…こんな爺さんで申し訳ないけれど、ナオちゃんが生涯困らないだけの金はある。このナオちゃんを思う熱い気持ちも若い者には負けないつもりだ…。
だから…ワシの妻になってくれないか…?
初婚じゃないし、ナオちゃんよりデカい息子はいるし、この年だからナオちゃんをお母さんにしてあげることは難しいかもしれない…。
それでも…できるだけ元気に長生きしてナオちゃんを幸せにすると約束する。
ワシと結婚してくれないか…?」
いつもの飄々とした様子からは想像出来ない真剣な顔でプロポーズしてくれたシゲさんに、ナオは必死に笑顔を作ろうとして…でもまだちゃんと笑えない状態のまま、何度も頷いた。
でも…もちろん親子以上に年の離れた二人の結婚が簡単に受け入れられるはずはなく…
『こんな若い女が本気で親父に惚れるはずないだろう?騙されているんだよ。どうせ金目当てに違いない!!
いったいいくら貢いだんだ?』
と次男に罵倒されたり…
『アンタもこんな年寄りに本気じゃないだろう?アンタには単なる金づるかもしれないが、俺達にとっては大切な父親なんだ。
手切れ金なら渡すから、親父とは別れてくれ』
と札束を手に持った長男に説得されたこともあった…。
結局、結婚を認めてもらうのに2年もかかった。
その間にまず夜のお仕事から身を引き、昼間にスーパーの総菜売り場で働き始めた。
呼び名が源氏名のナオではなく、本名の素直に変わった。
家賃が高い駅前のマンションから築50年の古いアパートへと引っ越した。
シゲさんは『自分が住む家は用意する』と言ったけれど、まだ結婚もしていないのにそれは違うと思い頑なに断った。
そうしたら『こんなセキュリティも何もないところに素直みたいな可愛い娘一人で暮らさせるのは心配だ』とほぼ毎日来てくれたので、半同棲のような生活になった。
最終的には、奥さんが亡くなった後、長い間一人で頑張ってきたシゲさんが本気で息子達に頭を下げ二人の結婚を認めてくれるよう願ったことで、渋々ながら折れてくれた。
私達が結婚してまず最初にシゲさんがしたことは、シゲさんが持つ不動産、株、貯金などの財産の半分を妻の素直に、残り半分を息子達に遺すという正式な遺言書を作成することだった。
『これでいつポツクリ逝っても大丈夫だ〜』
なんて冗談とも本気ともつかないことを言い出したので、『元気に長生きしてずっと一緒にいてくれるってプロポーズしたくせに、それは契約違反です!!』と本気で怒った。
『もちろんギネスに載るくらい長生きしようとは思っているけれど…こればっかりは神のみぞ知るだからな…。
ワシに何があっても素直が困らないようにはしておきたいんだ…』
そんなふうに困った顔をしながらも私の幸せを願ってくれたシゲさんとの結婚生活は十七年と母や兄と暮らした期間よりも長く続いた。
最後の三年くらいはちゃんと私と認識出来ていたのかあやふやだけれど…でも…少しでも長く、私を一人にしないために頑張って生きてくれたのだと思う。
私に『家族を残してあげれなかった』とシゲさんは悔やんでいたけれど、私はそれで良かったと思っている。
親の愛を知らずに育ち、母になる覚悟も出来ていなかった私が誰かの親になるなんて難しいと思っていたからだ。
それにシゲさんの介護を一緒にしたことで、長男の奥さんの美紀さんや次男の奥さんの真理さんとは本音で語れる仲となり、シゲさんが亡くなった後も義息子家族達とは仲良く交流が続いている。
シゲさんはちゃんと私に家族を残してくれたのだ。血の繋がりばかりが必ずしも大切では無いことは自分の親を通してよく分かっている。
シゲさんの歩行が困難になり様々な日常生活でも人の手が必要となってきた頃に、一度兄から電話が掛かってきたことがある。
兄と喋るのは家を出てから初めてだった。
それまでにはお互いの結婚報告をハガキで簡素にしたぐらいだ…。
『久しぶり…元気にしてたか…?』
『ええ。兄さんも元気?』
『ああ…。あのな…母さんのことなんだけど…ちょっと物忘れが酷くなって…介護が必要な状態なんだ…』
『そう…』
『うちの奴と母さん、嫁姑問題というのか…あまり上手くいってなくて…母さんの世話はしたくないと言っているんだ…』
『そう…』
『…それで…やっぱり血の繋がった本当の娘に世話してもらう方が母さんも喜ぶんじゃないかと言っていて…』
『中学を卒業してからずっと会ってもいないのに…?』
『…それでも、やっぱり最後は血の繋がった本当の家族の方が…』
『…それなら別に娘じゃなくて、息子で良いじゃない。もう何十年も放置していた娘より、ずっと大切に育ててきた息子に世話された方が母さんも喜ぶよ』
『俺は仕事があるから…』
『私も夫の介護があるから、それどころじゃないの…』
『それどころって…自分の母親のことだぞ!!
そっちは他にも世話する人間がいるだろうけれど、こっちは…』
『どうしてまだ小学生だった私の食事も作ってくれなかったような母親の介護をするために、ずっと私を支えてくれた最愛の夫の世話を人に任せななきゃいけないの?
母の愛をずっと受けてきたあなたがするべきでしょ?』
『・・・・』
『…私、忙しいの。もう切るね』
そう言って一方的に電話を切った私を、美紀さんは痛ましいものを見るような目で見つめ、黙ってハンカチを差し出してくれた。
気づかぬうちに涙がこぼれていたようだ…。
もうとっくにそんな感情なくなったと思っていたけれど…
シゲさんに愛情を注がれたことで、そういう感覚が少し戻っていたらしい。
それから兄は母をどこかの施設に入れたようだ。
母が亡くなった時に、またハガキだけが届いた。
葬儀は自分達だけで簡単に済ませ、永代供養の寺に入れたこと…
母の遺産は全て施設に入れる費用に使ったので残ってはいないこと…
あとは永代供養した寺の名前だけが記されていた。
私の涙はシゲさんが亡くなった時に全部使い果たしたので、もう母のために流す涙は残っていない。
一度だけ母が弔われた寺に行ってみた。
それは寺というよりは近代的なビルの中にあり、効率を重視した母らしい納骨堂だった。
『もう来ることはないだろうな…』と思いながらも手を合わせ、最後の別れを告げた。
シゲさんが逝ってしまった後、一人になって抜け殻のようになった私を美紀さんと真理さんは様々な所へ連れ出してくれた。
その中でも私が興味を持ったのは、真理さんの友達が行っている保護猫活動だった。
幸い暇な時間と資金は十分にある。
私はシゲさんと暮らしていた思い出の家で保護猫カフェを開くことにした。
夜の仕事をしていた時に調理師免許も取っていたので、カフェのメニューは私が担当し、猫達の世話は主に真理さんの友達の奈美さんが行ってくれた。たまに真理さんの娘で高校生の紗良ちゃんも手伝いに来てくれた。
でも夜は二人とも帰ってしまうので、私と猫達だけ…。
子猫達が突然夜中に大運動会を開き出したりするので、一人になってシーンと静まりかえっていた家がまた少し賑やかになった。
素直が開いた保護猫カフェは、利益ではなく飼い主のいない猫達の譲渡を目的としている。
ウェブデザイナーをしている美紀さんの息子の悠貴さんが、保護猫カフェのホームページを見やすく素敵に作ってくれた。そのおかげか、駅から少し離れているわりには結構お客さんが集まった。
集まったお客さんの中には、懐かしい顔もいた…。佐藤君だ。
佐藤君は私がシゲさんと結婚を決め、店を辞めた半年後くらいに転勤で九州に行った。
そこで出会った人と結婚したけれど…上手くいかなかったらしい…。
その後、また転々とした後に、こちらに戻ってきたそうだ。
今では定年退職したヤスさんに代わり、彼が支店長を務めている。あの時はまだ若手だったのに…。
そして一人暮らしの寂しさを紛らすために猫にでも癒されようと、偶然ネットでここを見つけやって来たそうだ。
「ナオ、久しぶり…元気そうで安心した…」
「佐藤君もお元気そうね。お互い少し老けたけれど…でもなんか貫禄が出たね…」
「そうか?まあ、俺も四捨五入したら還暦だしな…。まさかナオがこの店のオーナーだとは思わなかったよ」
「うん…夫と死別してから何のヤル気も出なかった私に義娘達が色々と勧めてくれて、やっと次の生きがいを見つけたんだ。それがこのカフェなの」
「そうか…。いい家族に恵まれて良かったな…」
私の母に会ったことがある佐藤君は、余計にそう思ったようだ…。
それから佐藤君は週一ペースで保護猫カフェに通った。
今回も週一ペースなので、彼の中の相手に負担をかけない微妙な距離感というのが週一くらいなのかもしれない…。
佐藤君はいつも1時間くらいお茶をしては帰って行ったが、来る時は決まって同じ猫を膝に乗せていた。
それは猫なのに目が小さく鼻も低い、いわゆるブサカワの猫だ。余りにも不細工で誰にも相手にされなかったためか、人に懐かない子だったのに、何故か佐藤君には自分から擦り寄って行った。佐藤君も甘えてくるその子をカワイイと思ったのか、『テンテン』と店に来たら真っ先に声を掛けていた。
白い背中に黒いブチがテンテンとあるから付けた名前だ。
『うちは譲渡を目的とした保護猫カフェだから、良かったら飼わない?』と聞いてみたけれど…
『一人暮らしで平日は遅くまで帰って来ない俺の家で暮らすより、ここで仲間達と一緒に暮らす方がテンテンにとっても幸せだろう…』
と引き取りはせず毎週ここに通って、テンテンと戯れる時間を楽しんだ。
高校生だった紗良ちゃんが大学生になってから、前より頻繁に保護猫カフェを手伝ってくれるようになった。卒業後はここで働くことを真剣に考えてくれているようだ。
私も還暦を過ぎているので、紗良ちゃんがこの活動に興味を持ち、後を継いでくれたらとても嬉しい。
今は私の手伝いをしながら、カフェのメニューが自分で作れるように訓練中だ。
卒業したら調理師の免許も取るつもりらしい。
そんなふうに可愛い子供達(保護猫達)に前途洋々な未来が見え、安心したからだろうか…?
素直の最期の時は突然やって来た。
『何かちょっと目眩がするから、今日は先に上がらせてもらうね…』
そう言って昨日早上がりした義祖母を心配して、紗良は早めにカフェに顔を出した。
いつもは朝一番に開いているはずの縁側のシャッターが、まだ下りたまま…
「素直さ〜ん」
ピンポンを鳴らしても何の返事もないので、外から呼んでみたけれど…こちらに来る気配はない…。
何だか嫌な予感がする紗良は母の真理に連絡を入れた。
真理はすぐに義姉の美紀に連絡し、美紀は預かっていた合鍵を持って義母の家へと駆けつけた。
合鍵で扉を開け、義母の寝室がある二階へと急いだ。
「素直さん!!入るわよ!!」
美紀は義母が『美紀さん、ごめんなさい。寝坊しちゃったわね』といつもの穏やかな笑顔で迎えてくれるのを願って大きな声を上げながら部屋に入ったけれど…
美紀たちを迎えたのは眠ったままピクリとも動かない義母の姿だった。
すぐベッドに近づき、布団から出ていた手首を触ったが、もう冷たくなっていて脈も止まっていた。心配させまいと家族には黙っていたが、ここ最近締めつけるような胸の痛みを感じていた素直の死因は心筋梗塞だった。
長男の孝志が喪主を務めた葬儀は、小規模だが家族や素直を慕う人達が集い、しめやかに行われた。
享年62歳と若すぎる死をみんなは受け止められないでいたが、素直にとっては理想的な終わり方だった。
大切な家族に苦労をかけることなくポックリと亡くなり、ずっと孤独だった自分が大好きなみんなに見送られて逝けた。
可愛い猫達を守ってくれる後継者も見つかり、遺言書に関してはシゲさんを見習い早めに作成していたので、思い残すことはない。
遺骨は…前妻の優子さんとシゲさんが眠るお墓に納められることになった…。
『まあ素直さんと母さんならあの世でも上手くやれるだろう…』長男の孝志のその一言で決まった。
次男の政志も特に反対はしなかった。
最初は自分達よりも年下の若い義母に猛反対したけれど、これまで過ごした年月が素直をもう家族の一員として認めていた。
素直の保護猫カフェは突然のことだったので一旦休店し、準備ができるまで2年ほど掛かったが、紗良が卒業して調理師免許を取り、準備が整ったところで再開された。
それまでは奈美さんにペットシッターという形で猫達のお世話をしてもらい、また再開と同時にカフェのお手伝いをしてもらった。
素直との早すぎる突然の別れにひどく落ち込んだ佐藤を救ってくれたのはブサカワ猫のテンテンだった。
佐藤はカフェを休店するタイミングでテンテンを引き取り一緒に暮らすことにした。
血の繋がった兄には素直の予てからの遺言通り、死亡通知のハガキだけが送られた。
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