無命の断罪、喰らえぬ虚無
「一年、三年……十年! やめて、私の時間が……っ!」
悲鳴がカフェテラスに木霊する。
仮面の集団『無命者』が掲げる黒い砂時計が光るたび、生徒たちの頭上の数字が砂のようにさらさらと削り取られていく。
それは攻撃ですらない。「寿命がある者」を、この世界から消去するための「掃除」だった。
「ひぅ……主様、身体が……重い……」
俺の足元で丸まっていたミーニャが、苦しげに猫耳を伏せる。
彼女の三五〇年の寿命も、一秒ごとに一年の速度で溶け始めていた。
「フィオナ、リィネ! ミーニャを連れて下がってろ!」
俺は叫び、黒い魔力を右手に凝縮させて、先頭の仮面男へと踏み込んだ。
狙うは、あの不気味な砂時計だ。
【スキル:影歩(大蜘蛛の遺産)——発動】
物理攻撃を透過する影の体で、男の懐に滑り込む。
そのまま、魔物喰いの爪で砂時計を粉砕しようとした——その時。
「無駄だ。我らに『時間』はない。ゆえに、因果は届かぬ」
スカッ、と。
俺の手が、仮面の男の胴体を虚しく通り抜けた。
影歩による透過ではない。相手に「干渉するための実体(寿命)」が存在しないため、俺の攻撃が空振ったのだ。
「……なっ!?」
「寿命を持たぬ我らは、この世界の理の外側にいる。喰らうべき『時間』がないお前に、我らは殺せない」
仮面の男が、俺の胸元に黒い砂時計を押し当てる。
直後、俺の視界が真っ赤なアラートで埋め尽くされた。
『警告。外部干渉による強制減算——五十年、百年、二百年……!』
凄まじい喪失感。
大蜘蛛を喰らって手に入れた一二五〇年の寿命が、滝のように流れ出していく。
喰らう専門だった俺が、初めて「喰われる側」の恐怖を味わった。
「くっ……あ、あああああぁぁぁ!」
「シュウ君!」
「ダメよ、近寄っちゃ! 巻き込まれるわ!」
駆け寄ろうとするフィオナを、リィネが必死に止める。
俺の数字は、瞬く間に五〇〇年を切り、三〇〇年、一〇〇年へと転落していく。
このままでは、また「残り七日」に戻ってしまう。いや、ゼロになれば存在そのものが消える。
——だが、その時。
俺の脳裏に、リィネが言った言葉が蘇った。
『あなたの【魔物喰い】は、世界のバグ(エラー)よ』
そうだ。
寿命を足し引きするだけの「理」に従うから負けるんだ。
俺のスキルは、理を「喰らって」壊すためのものじゃなかったのか。
「……理の外、だって? 笑わせるな」
俺は、あえて自分から砂時計を掴んだ。
寿命を吸い取られる回路を、逆流させるイメージ。
吸われるのが「時間」なら、俺が喰らうのは、その「虚無」そのものだ。
「寿命がないなら……その『無』を喰らってやるよ!」
【隠しスキル:零の摂食——発動】
ドクン、と心臓が一度だけ、世界を震わせるほど強く脈打った。
俺の腕から伸びた黒い血管のような紋様が、砂時計を侵食していく。
「な、何を……!? 我らの虚無を、喰らっているというのか!?」
仮面の男の声が、初めて恐怖に震えた。
吸い取られていた俺の数字が停止する。
代わりに、俺のステータス欄に、見たこともない文字が刻まれた。
【特殊状態:無命の加護(一時的)】
【残り寿命:測定不能(計測エラー)】
「……あいにくだな。俺の腹は、空っぽ(ゼロ)すら飲み込めるんだ」
俺の拳が、今度は確実に仮面の男の顔面を捉えた。
「無」を喰らったことで、俺自身が一時的に理の外へと踏み出したのだ。
パリン、という硬質な音と共に、男の仮面が砕け散る。
実体を失った無命者たちは、断末魔すら上げず、夜の闇に霧散していった。




