狂い始めた天秤
学園のカフェテラス。
本来なら一人の劣等生として隅でパンを齧っているはずの俺のテーブルは、今や学園中の注目を集める「特等席」と化していた。
「シュウ君、あーんして? このお菓子、王宮直属のパティシエが作ったの。あなたの寿命の滋養にいいわ」
フィオナが慈愛に満ちた笑みでフォークを差し出す。
王女自らの奉仕に、周囲の男子生徒たちの「殺意」に近い視線が突き刺さる。
「……甘いわね。王女様、彼の寿命にはもっと『毒』が必要よ」
隣でリィネが、大きな狐尻尾を俺の腕に絡ませながら、冷めた紅茶を啜る。
彼女の瞳は、俺の【一二五〇年】という数字が、微かに「脈動」しているのを見逃さない。
「リィネ、離れて。……主様の傍は、私の場所」
テーブルの下、俺の足元ではミーニャが丸まっていた。
彼女は時折、クンクンと俺の匂いを嗅ぎ、満足そうに喉を鳴らす。猫耳が幸せそうにパタパタと動いている。
「な、なによこの空気! 恥ずかしくないの!?」
少し離れた席で、エレインが顔を真っ赤にして本を逆さまに持っていた。
嫌悪しているはずなのに、彼女の視線は磁石のように俺(の持つ濃密な魔力)に吸い寄せられている。
「……おい。お前ら、目立ちすぎだ」
俺が溜息をついた、その時だった。
『緊急警報。学園結界内に、未知の「時間欠落」を確認』
頭上の空が、ガラスが割れるような音を立てて亀裂が入った。
そこから漏れ出してきたのは、魔物ではない。**「真っ黒な砂時計」**を掲げた、仮面の集団だった。
「見つけたぞ。世界の理を乱す、寿命の泥棒め」
彼らの頭上には、数字が存在しない。
代わりに【ERROR】という文字が、赤く点滅している。
「……あいつら、寿命がないのか?」
リィネが表情を強張らせ、俺の服の裾を強く握った。
「シュウ君、気をつけて。あれは『無命者』……。自分の時間をすべて神に捧げ、他人の寿命を強制的に『ゼロ』にする、世界の掃除屋よ」
仮面の男が、黒い砂時計をひっくり返す。
その瞬間、カフェテラスにいた生徒たちの頭上の数字が、一秒間に「一年」の速度で、一斉に減り始めた。
「……っ、ふざけるな」
俺は立ち上がり、黒い魔力を右手に集中させる。
フィオナの優しさも、リィネの知略も、ミーニャの忠誠も、エレインのプライドも。
俺が喰らって繋ぎ止めたこの「時間」を、一秒たりとも渡すつもりはない。
「……お前ら。俺の『一分』を舐めるなよ」
シュウと4人のヒロイン。
世界の理そのものとの、最初の戦いが幕を開ける。




