影に潜む銀の爪
夜の学園は、昼間よりも「死」の匂いが濃い。
リィネとの密談を終え、旧校舎の渡り廊下を歩いていた俺は、ふと足を止めた。
月明かりが差し込む廊下の先。
そこには、一人の少女が音もなく立っていた。
銀色の短い髪。頭上には、ぴんと尖った三角形の耳が二つ。
制服の上からでもわかるしなやかな肢体は、まるで獲物を狙う豹のようだった。
「……異常数値。識別名、シュウ」
彼女の声は、氷のように冷たかった。
視線を上げると、彼女の頭上には【余命:三五〇年】という、戦士として申し分ない数字が浮かんでいる。
だが、その瞳が見つめているのは俺の顔ではなく、俺の頭上に居座る**【一二五〇年】**という巨大な質量だった。
「あなたの時間は、多すぎる。……この学園の秩序を乱す毒。削って、調整する」
返事をする間もなかった。
少女——ミーニャが床を蹴った瞬間、その姿が視界から消える。
速い。
だが、俺の感覚はそれ以上に研ぎ澄まされていた。
大蜘蛛の核を喰らったあの時から、俺の血の中には「魔物の本能」が混ざっている。
「シュバッ!」
空気を切り裂く音が三度。
彼女の指先から伸びた鋭い「気」の爪が、俺の喉元を正確に切り裂こうと迫る。
以前の俺なら、ここで数年分の寿命を吐き出して終わっていただろう。
だが——。
【スキル:影歩(大蜘蛛の遺産)——発動】
俺の肉体が、一瞬だけ漆黒の霧のように揺らいだ。
ミーニャの爪は、手応えなく俺の身体をすり抜ける。
「……なっ!? 物理透過……!?」
驚愕に目を見開く彼女の背後に、俺は音もなく回り込んだ。
そして、その細い首筋に、そっと手を添える。
「……悪いな。俺の時間は、もう誰にも渡さないと決めたんだ」
その瞬間、俺の中に眠る「捕食者」の威圧が、無意識に漏れ出した。
一二五〇年という膨大な時間を背景にした、圧倒的な生命力の圧力。
「ひぅ……っ、あ……あぁ……」
ミーニャの身体がガタガタと震え始める。
それは死への恐怖。そして、それ以上に——圧倒的な強者を前にした、獣としての本能的な屈服だった。
ピンと立っていた彼女の猫耳が、力なくぺたんと伏せられる。
ミーニャは膝をつき、俺の制服の裾を震える手で掴んだ。
左右に激しく揺れていた尻尾が、今は力なく床を叩いている。
「……勝てない。こんな、深い『海』のような時間は、見たことがない……」
彼女は顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見上げた。
そこには先ほどの殺意はなく、ただ圧倒的な存在に魅せられた「雌」の顔があった。
「殺して。……それとも、あなたの『影』にして。私は……強い、主様に従う」
月光の下、俺はまた一つ、世界の境界線を超えたことを実感した。
寿命を喰らうたびに、俺の周りには、運命を狂わされた者たちが集まっていく。




