世界のバグ、あるいは救世主
放課後の旧校舎、資料室。
地下演習場での「大蜘蛛捕食」から数時間。学園中がシュウの話題でもちきりになる中、俺は一人、爆増した自分の寿命(数字)に眩暈を覚えていた。
【余命:一二五〇年〇三ヶ月一一分】
さっきまで「あと七日」だった数字が、今は千年を超えている。
だが、身体に流れる魔力は、以前のそれとは明らかに異質だった。熱く、どろりとしていて、どこか獣の匂いがする。
「……ふふ。そんなに自分の『戦利品』が珍しい?」
背後から、衣擦れの音と共に、甘い香りが漂ってきた。
振り返ると、積み上げられた古書の山の上に、一人の少女が腰掛けていた。
豊かな銀髪の間から覗く三角形の耳。そして、椅子の後ろでゆらりと揺れる、黄金色の大きな狐尻尾。
「……リィネ。学園一の変人、だったか」
彼女はこの学園で唯一、魔導の実技ではなく「世界の理(数式)」を研究している異端児だ。
リィネは俺の正面まで歩み寄ると、恐れる様子もなく、俺の胸元に白い指先を這わせた。
「驚いたわ。あなたの数字、ただの『一二五〇年』じゃないわね」
「……どういう意味だ」
「普通の人は、魔物を倒しても『残存余命』を分配されるだけ。でも、今のあなたの数字には……**『毒』**が混ざっている。あの蜘蛛が持っていた『時を止める呪い』ごと、あなたは胃袋に収めたのね」
リィネの瞳が、解析官のような鋭さで俺を射抜く。
彼女が見ているのは、表面上の寿命ではない。その内訳だ。
「シュウ君。あなたの【魔物喰い】は、単なる延命スキルじゃない。喰らった相手の『存在そのもの』を自分に上書きする……**世界のバグ(エラー)**よ」
リィネの言葉に、心臓が大きく跳ねた。
確かに、俺の手のひらには、あの蜘蛛の糸のような紋様が微かに浮かび上がっていた。
「……それがどうした。死ぬよりはマシだ」
「ええ、最高に素敵よ。だから、提案。私をあなたの『飼い主』……いえ、『管理人』にしない?」
リィネはいたずらっぽく微笑み、その大きな狐尻尾を俺の腕に絡ませた。
もふもふとした柔らかな感触。だが、彼女の言葉には逃れられない重みがあった。
「あなたの寿命は、これからどんどん増える。でも、それは同時に、あなたが『人間』から遠ざかるカウントダウンでもあるわ。……私がその手綱を握ってあげる。その代わり、あなたの隣で、この狂った世界の『終わりの時間』を見せてちょうだい」
千年を超える寿命を手に入れた代償。
それは、平凡な学園生活の終わりと、美しき「怪物」たちに囲まれる、果てしない捕食の旅の始まりだった。




