加速する絶望、一秒の向こう側へ
「——【停滞の刻印】」
タイム・キーパーが冷酷に呟いた瞬間、世界から音が消えた。
シュウが踏み出そうとした一歩が、まるで琥珀の中に閉じ込められた虫のように、空中で止まる。
「なっ……身体が、動かない……!?」
フィオナも、エレインも、ミーニャも。
全員がそれぞれのポーズのまま、彫像のように固まっていた。
意識だけは動いているが、肉体が「一秒」を刻むことを許されない。
「無意味だ。私の前では、あらゆる生命は『静止画』に過ぎない。……貴様の持つ『無限』、その重みに耐えきれず崩壊させてやろう」
タイム・キーパーが、巨大な秒針の剣をシュウの心臓へと向ける。
ゆっくりと、だが確実に。
一センチずつ、死の刃が近づいてくる。
(……動け。動け、俺の右腕!)
シュウは脳内で叫ぶ。
だが、世界の「法則」が、彼の筋肉に信号が届くことさえ禁じていた。
(……リィネ! 何か……策はないのか!?)
視線を動かすことすらできない。
だが、シュウの脳内に、リィネの震える、しかし確かな声が響いた。
彼女は自分の時間を「加速」させる禁忌の計算術を使い、思念通信を繋いでいた。
『シュウ君……聴こえる? あいつが操っているのは、この場所の「客観的な時間」よ。でも……あなたの右腕にあるのは、それを超えた「主観的な無限」……!』
(……主観的、だと?)
『そう! 法則に従っちゃダメ! 自分の「心臓の鼓動」を、世界の秒針より速く打ち鳴らして! あなたの命は、もう誰にも測れないんだから!』
シュウの銀龍の右腕が、リィネの声に呼応してドクンと脈打った。
一二五〇年から始まり、三万年を喰らい、四人の絆を束ねて辿り着いた「無限」。
それは、神が作った時計の針に収まるような、安い命ではない。
「……あ、あああああああぁぁぁ!!」
パリンッ、と。
空間が割れる音がした。
シュウの周囲だけ、停滞の呪縛がガラス細工のように粉砕される。
「……なっ!? 私の『十万年』による停止を、力技で……!?」
「——遅すぎるんだよ、お前の時間は」
シュウの姿が消えた。
停滞を解除した反動で、彼の速度は光すら置き去りにする「絶対加速」へと到達していた。
【隠しスキル:特異点の拍動——発動】
タイム・キーパーが剣を振り下ろすより早く、シュウの銀龍の爪が彼の胸元にある「十万年の核」を鷲掴みにした。
「……悪いな。その十万年分、まとめて『完食』させてもらうぜ」
シュウの右腕が、これまでで最も深い「黒」に染まる。
神の蓄積した膨大な時間が、シュウという「底なしの器」へと一気に逆流し始めた。




