残り寿命、あと一分
地下演習場、第三階層。
本来なら、学生が手分けして低級の『影ネズミ』を狩り、数日分の寿命を稼ぐはずの場所だった。
「な、なんだよ……これ……っ!」
悲鳴が響く。
暗闇の奥から現れたのは、演習用の魔物ではない。
全長五メートルを超える漆黒の蜘蛛。その背中には、禍々しく脈動する「時計」の紋様が刻まれていた。
「……災厄級、『時喰いの大蜘蛛』……!?」
フィオナの顔から血の気が引く。
大蜘蛛が放った不可視の衝撃波が、訓練生たちをなぎ倒した。
物理的な破壊ではない。衝撃に触れた者の頭上で、数字が**「年」の単位で削り取られていく。**
「ひ、ひぃいっ! 俺の五十年が! 一瞬で消えた……っ!」
「助けて! 寿命が……足りない……!」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
逃げ遅れたフィオナの背後に、大蜘蛛の鋭利な脚が迫る。
その一撃を喰らえば、八百年の余命を持つ王女ですら、即座に「消滅」しかねない。
「逃げろ、フィオナ!」
俺は、自分の「残り七日」を顧みず、その間に割り込んだ。
ズドォォォン、と重低音が響く。
大蜘蛛の脚が俺の胸を貫通した。
痛みはない。だが、視界が、世界が、真っ赤に染まった。
『致命的接触。減算開始——一日、二日……五日……』
視界の隅で、俺の寿命が砂時計のように零れ落ちていく。
七日あったはずの時間は、数秒の間に「時間」へ、「分」へと削り取られた。
【残り寿命:〇〇年〇〇ヶ月〇〇日 〇〇時間〇一分〇〇秒】
残り、一分。
全身の力が抜け、視界がかすむ。
死神の鎌が、完全に俺の喉元を捉えた感覚。
周囲の学生たちが「もう終わりだ」と目を背ける中、俺は——笑った。
「……待ってたよ。この『境界線』を」
ハズレスキル【魔物喰い】。
その真の真価は、所有者の余命が「一分」を切った時にのみ発動する。
「喰らえ、俺の命。——『刹那の超過』」
ドクン、と心臓が跳ねた。
残り一分のうち、五十九秒を燃料として一気に燃焼させる。
俺の体から、黒い稲妻のような魔力が溢れ出した。
一秒が、永遠のように引き延ばされる。
驚愕に目を見開く大蜘蛛の動きが、止まって見える。
「……一分もいらない。一秒で十分だ」
俺の手が、大蜘蛛の強固な外殻を紙細工のように引き裂いた。
そのまま、脈動する心臓部——「時の核」を掴み出し、口に運ぶ。
バリリ、と空間が軋む音がした。
魔物の命を直接「喰らう」感覚。
次の瞬間、俺の頭上のデジタル数字が、凄まじい勢いで**逆回転**を始めた。
【+一〇年……+五〇年……+三〇〇年……+一〇〇〇年……!!】
光り輝く数字が、地下の闇を白銀に染め上げる。
静まり返る演習場。
そこには、死に損ないの劣等生ではなく、全生徒を凌駕する「数千年」の時を背負った、異形の怪物が立っていた。




