執行者の天秤、そして王女の涙
蒐集家が霧散した直後、森の空気が一変した。
先ほどまでの死の冷気とは違う、脳を突き刺すような「神聖な静寂」。
見上げれば、雲一つない青空が鏡のように割れ、そこから巨大な黄金の天秤を携えた影が降りてくる。
【個体名:第一執行者】
【余命:不可視(システムの一部)】
「……対象、シュウ。保有寿命三万六千年。許容限界を二万八千年代過。——即刻、回収を開始する」
執行者の声は、感情のない機械音のようだった。
彼が天秤を傾けた瞬間、シュウの身体を凄まじい重圧が襲う。
「ぐ、あぁ……っ!」
膝をつくシュウ。
ただの重力ではない。三万六千年という「時間の重み」が、肉体に直接食い込んできたのだ。
「シュウ君!」
フィオナが叫び、シュウの前に立ちはだかる。
彼女の頭上の【八〇〇年】という数字が、執行者の光にさらされて激しく震えていた。
「退け、人の王女よ。その男は世界の均衡を崩す癌だ。これ以上の存続は、この地のすべての時間を狂わせる」
「断ります! 彼は、私の命を……私たちの未来を救ってくれた人です!」
フィオナの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
その涙が、シュウの銀龍の腕に触れた瞬間——。
【共鳴:王女の献身——発動】
シュウの頭上の数字が、青から白銀へと光を増した。
フィオナの「守りたい」という純粋な意志が、シュウの中に眠る三万年の魔力を一本の剣へと変えていく。
「……悪いな、神様。俺たちは、あんたの天秤に載るつもりはないんだ」
シュウが顔を上げる。
右腕の銀龍の爪が、フィオナの涙を吸い込み、眩いばかりの光剣へと姿を変えた。
「フィオナ、リィネ、ミーニャ、エレイン。……俺に力を貸せ!」
四人のヒロインが、シュウの背中を支えるように手を重ねる。
王女の慈愛、狐の知略、猫の忠誠、エルフの情愛。
バラバラだった四つの時間が、シュウという「器」の中で一つに溶け合い、世界の理を真っ向から否定する。
「……計算不能なノイズ。……消去、不可……能……?」
執行者の無機質な瞳に、初めて「困惑」の色が浮かんだ。




