不磨の聖域、エルフの里の審判
深い霧に包まれた『深緑の樹海』の最奥。
そこには、千年を生きる大樹が天を突き、精霊の光が雪のように舞うエルフの聖域——『不磨の里』があった。
「……ここが、私の故郷よ」
エレインの声には、いつもの高慢さはなく、どこか悲痛な響きが混じっていた。
彼女が森の結界を解くと、美しい緑に彩られた村が姿を現す。だが、そこを守るエルフの衛士たちの視線は、鋭い矢のように俺へと突き刺さった。
「止まれ、穢れた者よ。その右腕に宿る禍々しい『時間』を、この神聖な里に持ち込ませるわけにはいかない」
衛士の長が放つ殺気。彼らエルフは、寿命を奪い合うこの世界において、最も「時間の純度」を重んじる種族だ。
三万年もの他者の寿命を強引に捩じ込んだ俺の右腕は、彼らにとって吐き気を催すほどのバグ(エラー)に他ならなかった。
「待ってください! 彼は、私たちを救ってくれた恩人なのです!」
フィオナが王女としての威厳を持って前に出るが、衛士たちは動じない。
俺の右腕——黄金の鱗に覆われた『龍の爪』からは、今も時折、周囲の草木を強制的に成長させ枯死させる「時間の余波」が漏れ出していた。
「……エレイン、下がってろ。俺がここにいるだけで、この里のバランスが壊れる」
俺は一歩引こうとした。だが、その背中を、もふもふとした感触が支えた。
「ダメよ、シュウ君。ここで逃げたら、あなたの右腕は本当に『龍』に喰い尽くされるわ」
リィネが狐尻尾を俺の腰に回し、冷静な瞳で村の長老を見据える。
ミーニャもまた、鋭い牙を剥き出しにして俺の前に立った。
「主様を、追い出すなら……私も、この牙で噛み付く」
「な、なによあんたたち! 私の故郷で暴れないでよ!」
エレインが慌てて割って入り、衛士たちと俺たちの間に立った。
彼女は深く息を吸い込むと、自らの頭上の【一九〇〇年】という数字を、魔法の光で激しく明滅させた。
「長老! 私が責任を持ちます! 彼の右腕に宿った『古神の呪い』を、里の秘宝【琥珀の涙】で封じ込める……。もし失敗したら、私の全寿命を里に捧げても構いません!」
「エレイン、お前……!?」
俺は絶句した。
あれほど俺を汚らわしいと罵っていた彼女が、自分の「永遠」とも言える寿命を賭けて、俺を庇っている。
翡翠の瞳を潤ませながら、エレインは俺を振り返り、小さく呟いた。
「……勘違いしないで。あなたが怪物になったら、私の『一九〇〇年』をかけた研究が無駄になるからよ……バカ」
耳を真っ赤にして顔を背ける彼女の指先が、俺の龍化した右腕に、そっと、熱く触れた。




