神殺しの食卓、零れ落ちる永遠
「グオォォォン!」
黄金の角を持つ巨大な鹿【古神の落とし子】が咆哮を上げた瞬間、周囲の空間が歪んだ。
それは音波ではない。純粋な「時間の奔流」だ。
直撃すれば、数百年、数千年の寿命が一瞬で吸い尽くされる。
「くっ……エレイン、フィオナを守れ!」
俺は叫び、黒い魔力を全身に纏って前へ出た。
俺の頭上には、残り一分を指す【〇〇年〇〇ヶ月〇〇日 〇〇時間〇一分〇〇秒】の数字が、赤く点滅している。
『刹那の超過』。
一秒を永遠に引き延ばす、命がけの超加速。
一歩踏み出す。
時間の奔流を、影歩(透過)でギリギリとすり抜ける。
俺の右腕、黒く変質し空間を侵食する「捕食者の腕」が、歓喜に震えていた。
「……三万年か。俺の腹は、空っぽ(ゼロ)すら飲み込めるんだ。全部寄こせ!」
俺の手が、古神の落とし子の眉間に深々と突き刺さった。
「バリリリリリリッ!」
空間が悲鳴を上げる。
俺の右腕から伸びた黒い血管のような紋様が、鹿の巨体を侵食していく。
ハズレスキル【魔物喰い】の真価。それは物理的な捕食ではない。相手の「存在(寿命)」を直接、自分の血肉に変える禁忌の術だ。
「……っ、な、何が……起きているの……!?」
後方でエレインが絶叫した。
彼女の翡翠の瞳に映るのは、驚愕の光景だった。
シュウが触れた場所から、鹿の黄金色の毛並みが、一瞬にして炭のように黒ずんでいく。
それだけではない。
三万五千年の余命を誇っていた鹿の巨体が、見る間に萎んでいく。皮膚が垂れ下がり、強靭だった角がボロボロと崩れ落ちる。
『急激な時間減算を確認——一万年、二万年……三万年……!』
リィネの端末が、狂ったように数値を弾き出す。
三万年の時間が、たった一瞬でシュウの身体に流れ込んだのだ。
「グガァ……ッ、アァァ……」
古神の落とし子は、断末魔すら上げられず、老衰しきった骸となって崩れ落ちた。
神話級の生命体が、一人の少年の「食卓」に並べられ、喰らい尽くされたのだ。
「……はぁ、はぁ……っ」
俺は立ち尽くす。
全身の血管が破裂しそうなほど、熱い魔力が駆け巡る。
俺の頭上の数字は、前代未聞の数値を弾き出していた。
【余命:三五一二〇年〇三ヶ月】
「……シュウ君、大丈夫!?」
フィオナが駆け寄ろうとするが、リィネがそれを制止した。
「ダメよ、フィオナ様! 今の彼に触れちゃダメ! 彼の周りの空間が、時間の負荷に耐えきれず、歪み始めているわ!」
「……っ。なによ、この魔力……。不快なはずなのに、どうして……胸が、熱いの……」
エレインが俺を睨む。
嫌悪していたはずの「略奪者の魔力」。だが、その混沌とした生命力は、エルフの魂そのものを共鳴させ、抗いがたい魅力を放っていた。
「……逃げろと言っただろ、お前ら」
俺は残った左手で右腕を掴み、暴走を抑え込もうとする。
だが、俺の右腕は、もう人間のそれではなかった。
黒い包帯が弾け飛び、現れたのは、黄金色の鱗に覆われ、指先が鋭い爪となった、**「龍の腕」**だった。
【特殊状態:神殺しの摂食(一時的)】
【特殊状態:龍化進行(境界線の超越)】
三万年の時間を喰らった代償。
それは、平凡な人間としての終わりと、神を凌駕する「怪物」へと変質していく、新たなカウントダウンの始まりだった。




