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できあがったラーメンを盛り付け、テーブルに運ぶ。市販のチャーシューと刻みネギを乗せたインスタントの味噌ラーメンを、アサはキラキラした目で見つめている。
「ありがとうございます。いただきます」
ラーメンを一口啜ると、アサは「美味しい……」と幸せそうに笑った。誰かのこんな笑顔を、俺はいつぶりに見ただろうか。自分も一口だけラーメンを食べ、そっと箸を置いた。
「あの、聞き流してくれていいんですけど」
「はい」
「俺、東京の大学にまで行かせてもらって、でも何の成果も出せない上にやりたいことも見つかんなくて。高校の時から反抗期で、母親とも上手くいってなくて……というか、それは俺のせいなんすけどね。片親で育ててもらった感謝もろくに伝えず、こんなどうしようもない人間に育っちまって」
アサは、食べていた箸を止め、小さく首を振った。それを見て、俺はまた口を開く。
「なんで俺があの時チューリップを選んだかっていうと、昔よく母親と見に行ってたんですよ、チューリップ畑。そんで、一面に咲いた赤いチューリップがやけに母さんに似合ってたなって、そんな子供の頃の記憶がずっと残ってて」
「……そっか」
「でも、実際お見舞いに持って行ったら、なんて言われたと思います?」
あの時の母親の言葉が、頭に反芻する。
『お見舞いに赤って。普通選ばないでしょ。何も知らないのに買ってきたの?花瓶もないし、持ち帰って』
「あーやっぱ、覚えてたの俺だけかぁ、って。んで、持ち帰ってきたはいいもののオレなんにもわかんないから、危うく枯らしかけちゃったんですよね」
アサは、ずっと箸を置いて俺の話を聞いていた。
「……ラーメン伸びちゃいますよ」
「私、ラーメンは伸びた方が好きなんです」
「変わってますね」
そんなことを言いつつ、自分のラーメンも既に麺は伸びきっているだろう。
「……花もラーメンも、ピークが終わった時の方が好きだったりするんです」
「へぇ?」
「変わってたっていいんです。自分が好きなんだからそれでいい。好きな物とか、やりたいことが見つからないなら、立ち止まってみたっていいんです」
立ち止まったっていい。そんなこと、今まで一度も考えたことなかった。ただがむしゃらに進むことしか、俺には見えてなかった。
「楽しむ方法を探すことだけが人生じゃない。じっと待ってみれば、ドライフラワーが綺麗なことや、伸びたラーメンが美味しいことにも気づけます。だから私は、よく立ち止まって深呼吸をするんです。その結果見つけたものが『変わってる』と言われるようなものだとして、好きになれたならハッピー、それでいいじゃんって思うんです」
アサが伸びた麺を持ち上げたのを見て、自分もそれに倣う。二人して、柔らかくなった麺を啜る。確かに案外美味しかったけど、自分はできたての方が好きだと思った。
「いけなくはないけど、やっぱり伸びてない麺の方が好きかな」
「そっか。じゃあ次からは、伸びないうちに食べないと、ですね」
元の方が好きだから残念、やって失敗、時間の無駄。今まではそう思ってきた。だけど何かに挑戦するのも、何もせずに待つのも、「新たな発見ができたから有意義だった」とこの人は考えるんだろうな。
無駄な時間など、案外ないのかもしれない。伸びたラーメンを美味しそうに啜るアサを見て、俺は人生で初めてそんなことを考えた。




