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小さな二階建ての実家には、今は俺しか住んでいない。暗い部屋の電気をつけると、ダイニングテーブルの上で白い花瓶に生けられている数本のチューリップが目に入り、胸がギュッと締め付けられながらも、彼女にそれを見せた。
「これ、なんすけど。ここからまた元気になりますか」
チューリップの花は萎れかけ、花首は少し下がっている。自分で調べてみたりもしたが、写真と実物を比べても、花に詳しくない俺はよくわからなかった。
彼女は顎に手を当て、指でそっとチューリップの花弁を撫でた。
「この状態だと、完全に復活できるかはわからないです」
「そう、ですか……」
「ドライフラワーにするのはどうでしょう」
「へ?」
思わぬ提案をされ、素っ頓狂な声が出る。彼女は花の様子を見て、頷きながら説明を続けた。
「今の状態なら、もう一度綺麗に咲かせることは出来なくても、ドライフラワーとして形に残すことは出来ます」
「……どうやるんですか、それ」
「一緒にやってみましょう」
それから、彼女は一から丁寧に手順を教えてくれた。それに倣い、不器用なから一緒にチューリップを一本ずつ吊るした。
「大体一、二週間で綺麗なドライフラワーになると思います」
「……そっか」
花は枯れたら終わり、だからどうにか枯らさないようにって、必死になってた。それが誰の為かなんてわからない。ただ今の俺にできることは、それくらいしかないから。
俺は一本ずつ吊るされたチューリップを眺めながら、ぽつりと呟いた。
「こんな方法もあったんだ」
「花は、咲いている状態だけが全てじゃないんです。楽しむ方法はいくらだってある」
「たしかに。…………でも楽しむ方法を探る気力も無くなったら、どうしたらいいんですかね」
「……え」
彼女が言葉に詰まったのに気づき、あー、失敗したなと悔やむ。今のは、言う必要がなかった。そんな後ろ向きなことを言ったところで、彼女を困らせるだけなのに。
俺は誤魔化すように軽く笑って、彼女をテーブルに促した。
「ラーメン作ってきます。適当に座っててください」
さっき買ったインスタントの味噌ラーメンを二人分開け、お湯を沸かしながらネギと市販のチャーシューを用意する。
彼女はダイニングテーブルに着き、少し部屋を見渡した後、キッチンの俺に話しかけてきた。
「今はここにお一人で住んでるんですか?」
「今は、そうすね。母親が入院してて、父はもう居ないんで。……俺東京の大学通ってるんですけど、ちょうど今休学してて」
こんな情けない話を、会って二度目の彼女に聞かせてもいいものか。悩んだけど、話すしかなかった。地元を出たくて東京の大学に進学したはいいけど、夢を持った周りの友達についていけなくなって、希望もやりたいことも無いまま何をする気力も無くなって、最近は休学してること。数日前、母親が入院したこと。そして母親から、学校行ってないなら、入院してる間は家のことやってくれと頼まれたこと。こんな大して面白くもない話を、彼女は真剣に、頷きながら聞いてくれた。
「兄も東京出て働き出してから、実家にはほぼ顔見せてないらしくて。まあ、呼び戻せるとしたら俺しかいないよなって」
麺を茹でながらネギを切る俺は、また軽く笑った。こうやって笑って誤魔化す癖が、いつからか治らない。
「やっぱり何か手伝いましょうか」と彼女は言ってくれたけど、そんなのは申し訳なくて、「いやいや、お客さんなんで。座ってていいですよ」と必死に止めた。
「……花屋さんは」
「アサです」
「ん?」
「名前。朝倉明咲っていいます」
まっすぐな瞳でそう言う彼女の名前を聞き、彼女にぴったりだと、純粋にそう思った。
「そういや自己紹介まだでしたね。俺は坂下優真です。……アサさんは、あのチューリップがなんで家族宛ての花だって分かったんですか?」
少し前から疑問に思っていたことを聞いてみると、返ってきたのは、少し予想外の言葉だった。
「……家族への感謝」
「え?」
「赤いチューリップの花言葉です。もちろんそれだけじゃないですけど。坂下さんは、ただ花をよく知らなくて選んだというより、何か思い入れがあってそれを選ばれたような気がしたので、もしかしたらと思って」
すごい。そんなことまでバレているのか。彼女の洞察力の鋭さに少し恐ろしくなる。
「花言葉か……」
確かに花言葉のことは知らなかったけど、あのチューリップに思い入れがあったのは事実だ。それをあの一瞬で読み取るのは、花に詳しいからというより、アサ自身の力だと感じた。




