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無駄に明るいBGMが、虚無状態の頭の中にうるさく響く。近所のスーパーの店内、それも醤油の棚の前で、俺は立ち止まっていた。
赤い花を前にした時の、母親の困ったような呆れたような顔。それを見て、自分の頬が引き攣る感覚。もう数日経っているのに、あの数分の出来事が、俺の中から抜けない。
というか、どうしてそうなった? 俺が花のことよく知りもしないくせに、大袈裟に花束なんか買っていったから? それとも、きちんと大学に行ってもいない奴が花なんかに金を使うなって? そもそも、母さんといつぶりに話した? え、なんで俺今、ここにいるんだっけ。
ハッとして顔を上げると、目の前にたくさんの醤油が並んでいる。そうだ、これ買いに来たんだった。俺はとりあえず近くにあったボトルを手に取り、その場を離れるために歩き出すと、すぐ横に立っていた女性とぶつかりそうになった。
謝ろうと思い慌てて顔を上げると、彼女の顔に見覚えがある気がした。そしてその見覚えの正体に俺が気づく前に、彼女が先に口を開いた。
「あ、あのチューリップの」
「え?……あぁ、あの時の花屋さん」
その人は、数日前に花を買った時、対応してくれた店員だった。彼女はにっこりと微笑みながら、俺を見上げた。
「先日はどうも。あのブーケ、ご家族に喜んで頂けました?」
「えっ、なんで家族って」
「あ、すみません、なんとなくそうなのかなって。違いましたか?」
「いや別に、違わないんすけど……」
家族宛てだなんて、俺はあの時一言も言っていないはずだ。それなのに、なんとなくで読み取れるものなのか。俺の次の言葉を待つように小さく首を傾げる彼女に、俺は少しだけ、頼ってみたくなった。
「あの」
「はい」
「花って復活できますか」
カゴと醤油を両手に持ったまま、真剣にそんなことを聞く今の俺の姿はだいぶ滑稽だろう。しかし、彼女はそんなことは気にしていない様子で、俺に微笑んだ。
「できますよ。ただし状態によります。まだ完全に萎れていないなら、茎を少し切って、新聞紙などで花全体を……」
なんだか難しい話をされそうな気がしたので、慌てて手を振って止める。
「あーえっと、たぶん耳で聞いても覚えられないんで、直接見てくれません?」
「直接、というと」
「すぐそこなんで。……うち、来てくれませんか」
俺はカゴを少し持ち上げ、その中身を見せた。
「ラーメンで良ければ、作るんで」
カゴの中の三食入り袋麺がカサッと音を立て、それに彼女が喉を鳴らすのを、俺は見逃さなかった。
「行きます」




