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店を出て、アサは昨日の公園に向かった。あそこは日当たりも良くて、ご飯を食べながらのんびり過ごすのにちょうどいい。
公園には、親子が一組。昨日ここで見た、五歳くらいの女の子とその父親だった。女の子は砂場で一人で遊んでおり、父親はその少し離れた場所で、青いボールを抱えてしゃがんでいる。
アサはベンチに座り、ボールを隣に置いてパンの袋を開けた。朝ごはんにしては遅いけど、昼ごはんにしては早い、この時間にとる食事をブランチと呼ぶらしいということを、昔誰かに聞いた気がする。
焼きたての塩パンはまだ温かくて、一口噛むと底に染みたバターがジュワっと溢れ出した。サクサク、モチモチとしたパン生地と塩気のコンビネーションが抜群で、思わず頬が緩む。これは買ってよかった。逆になぜ今まで買わなかったのか。今度からは塩パンもレギュラーメンバーに組み込もう、そうしよう。そんなことを一人で考えながら頷いていると、親子が遠くからこちらを見ていたようで、会釈をすると父親も軽く頭を下げた。
ふと、女の子の方が手を止めてじっと自分の方を見ていることに気づく。正確には、アサの隣のボールを見つめていた。アサは少し迷った末に、パンの袋を閉じた。メロンパンとクロワッサンは欠片が落ちるし、ここで食べるのはやめておやつに持ち帰ろう。そして袋をカバンにしまい、ボールを持って親子の方へと歩いた。そこで父親と再び目が合い、「こんにちは」と挨拶すると、彼は立ち上がって「こんにちは」と少し気まずそうに挨拶を返してきた。彼はアサの手の中のボールを見て「なんでボール持ってるんですか」と聞いてきた。
「昨日その青いボール見て、欲しくなっちゃったんです。だから昨日買いました」
「そう、ですか……買ってどうする気だったんですか」
「うーん、そこまで考えてなかったですね。そういえば、今日はお子さんとボールで遊ばないんですか?」
父親は黙々と砂遊びをする子供を見つめ、苦笑しながら言った。
「今日はボールで遊びたくないんだそうです。一応持っては来たんですけど、今日はずっと砂遊びで」
「へえ……じゃあ、私がお子さんとボールで遊んでもいいですか?」
「え?」
「このボール、買ったはいいけど一人じゃ遊べないので」
「……構いませんけど」
アサはくるっと体の向きを変え、砂の山をスコップで叩いている女の子のそばにしゃがんだ。
「こんにちは。私も一緒に遊んでいいかな」
「……いいよ」
女の子は顔をこちらに向けることなく、スコップで砂の山を叩き続けている。
「ありがとう。私はアサって言うんだけど、お名前教えてくれる?」
「よしだえま」
「エマちゃんかぁ、よろしくね。……ねぇねぇ、私ボール持ってるんだけど、一緒に遊ばない?」
少し動きを止めたエマは、アサが持っているピンクのボールを一瞥し、また砂の山をぺちぺちと叩き始めた。
「……ボールはやだ」
「そっかぁ」
アサはボールをネットから出し、その場で小さく地面に落としてみた。跳ね返って手の中に戻ってくるボールを、また地面に落とす。それを繰り返す。エマはそれでも砂の山と向き合っている。
アサは、今度は地面にゆっくりと転がしてみた。それを、走って止める。また転がして、走って止める。それを繰り返していると、エマはついに手を止め、こちらを見た。
「なにしてんの」
「これね、いい音鳴ると思わない?落としたり、転がしたりするの。私こうやって遊ぶの好きなんだ」
「……なにそれ。ボールは投げてあそぶものでしょ」
「そうかなぁ。どうやって遊ぶかは、自由じゃない?ほら、音聞いてみて」
アサはまた、ボールを地面に落としたり、転がしてみたりした。砂の地面とビニールのボールが成す音は、軽くてさらっとしている。
「これね、場所を変えると、音も変わるの。それが面白いんだよ。例えば……ほら、あそことか」
アサは滑り台がある場所を指さす。滑り台を滑り終わった時に着地する地面は、砂場付近よりも硬いゴム素材でできている。
「ちょっとおいで」
アサがボールを持って滑り台の方に向かうと、エマも無言でそれに着いてきた。
「それじゃいくよ」
ボールを地面に落とすと、さっきよりも固くはっきりとした音が響いた。アサは何度かボールを落とす。その度に、軽快な音が鳴る。
「ほらね、音が違うでしょ」
「ほんとだ」
「さっきのは『トスッ』って感じだけど、今のは『ポンッ』って感じがするよね」
「んふ、たしかに」
「じゃあ、これを滑り台の上から滑らせたら、どんな音が鳴ると思う?」
「えー?……コロコロって音じゃない?」
「やってみよっか。じゃあエマちゃん、代表して滑り台に登ってくれる?」
「わかった」
アサの言う通り、エマは生き生きと滑り台の階段を登り、エマが上まで登ったのを確認して、アサは下からボールを手渡す。そして、先程の硬い地面のある場所まで移動した。
「私がここで受け止めるから、ボールを転がしてみて」
エマがそっと転がしたボールは、緩やかな傾斜を素早く下り、硬い地面に着地した。そし軽快な音を立て高く跳ね上がったそれを、アサがキャッチする。
「……あははっ、ぜんぜん音しないじゃん!」
エマはそう言って笑い、楽しそうに滑り台を滑って降りてきた。
「そっかぁ、滑り台は音鳴らないんだ。新発見!だね。あ、それじゃあさ、エマちゃんの青いボールとこのピンクのボール、一緒に投げたらどんな音鳴るかな?」
「たしかに!もってくるね」
エマはボールを持って見守る父親の方へ、楽しそうに駆け出した。
その後は、二人で公園中にボールを叩きつけたり転がしたりして、どんな音が鳴るか試した。




